古酒の隠れ家

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恐怖大公の平穏な日常

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【第十三章 魔武具騒乱編】

79 火傷しない、火傷しない、火傷しないって唱えるとしないのです!


 かすかな違和感がわきあがった。
 ベイルフォウスが、それまでは一時も怠らず本気をみせていたからかもしれない。
 だが、気が逸れた、というか、抜けた、といってもいい、そんな反応が、二度ほど続いたのだった。

「?」
 違和感がなければ「しめた! スキあり」とでも攻めたろう。
 誘いだとすると、いくらなんでもわかりにくい。俺だから気づけたレベルだし……ってことは、誘われてるのではない?
 俺との対戦中、ベイルフォウスの集中が途切れたことなんて、かつて一度としてなかった。それで違和感があるだけ、か?
 んんんー? 食いついたら、逆にしてやられるパターンか?
 どうしよう……誘いとしても、乗ってみるか? それとも――

 逡巡を悟られてか、強烈な一打が放たれる。
「ちょ……」
 横っ面を叩かれる直前、レイブレイズを差し込んだ。
 蒼い刃と黒い柄の間で、あり得ない量の火花が散る。
「っつ!」
 ちょ――これ、俺の頬、火傷してない!?

「俺との戦いで、気ぃ抜いてるんじゃねーよ!」
 なんだと!? そもそも、先に気を抜いたのはお前のくせに!
 俺は一時、湾刀を宙に投げてレイブレイズを両手で持ち、剣身を平らに当てて力任せに押す。すかさず蹴りを加えて、ヴェストリプスを弾いた。
 軽く跳んで落ちてきた湾刀の柄を受け止め、勢いに乗せてベイルフォウスに――

「は?」
 俺は当然のように、その凶刃を魔槍が受け止めると信じて疑わなかった。反応できる時間は、十二分にあったはずだ。
 しかし、その異様に鋭い刃を、阻むものはなかったのだ。
 さして力を入れずとも、触れた瞬間に抵抗なく物質を一刀両断にする湾刀――レイブレイズとはまた違った意味で、〈切れぬものはない〉と讃えてしかるべき鋭利な刃。
 そいつが断ち切ったのは、目に痛い赤毛だったのである。

「……!!」
 切ったという手応えもなく、はらりと落ちた長い髪。その先にあるのは、当然――
 俺はとっさに腕を引く。だが、つけた勢いのすべてがそれで相殺できるわけはなく、肉を断った感触が、手に伝わってきた。

「ばっ!」
 俺は拳を開き、両手に持った剣をどちらも手放す。
 派手な音を立てて地に落ちる二本の剣。その一方――湾刀にべっとりと絡みつく、赤い液体。

「どういうつもりだ、ベイルフォウス!」
 本来俺の斬撃を受け止めるはずだった大槍は、今は地面に突き立てられ、所有者が右半身を預けてなんとか立っていられる、といった具合だ。
 左半身は、腕にさえ力が入らないのか、だらりと下がっていた。
 服の前身頃は、流れ出る血で真っ赤に染まっている。
 大公ベイルフォウスが膝をつきかねない一打が、左肩に入ったのだった。

「どういうも、なにも……お前の、実力……」
「ふざけるな! 俺にわからないと思うのか? お前がわざと、防御を怠ったことが――」
 いくらなんでも、今の結果が自分の実力だけでもたらされたものだと、自惚れはしない。
 そうだとも――ベイルフォウスはわざと、俺の剣をその身に受けたのだ。

「死ぬつもりか? 大公ともあろうものが、なんだってこんなことを……」
 さっきの違和感は、わざと気を抜いたからだったのか?
 俺の隙を誘うのではなく、本当に攻撃を受けるつもりで?
 だが、今のはいくらなんでも……俺が故意にそらさなければ、斬撃はベイルフォウスの肩ではなく、首に届いていたろう。

「俺に殺されるつもりだった、とでもいうのか? それとも致命傷は避けられると思ってのことか?」
「……」
 いや、なんか言えって。
「とにかく――」
 俺が中止を宣言しようとしたときだった。

「きゃああああああ! ベイルフォウス様!」
 大階段の上から、女性の甲高い悲鳴があがったのである。
 弟と同じ、柑子色のくせっ毛を揺らしながら、イムレイアが一足飛びで前地に飛び降り、ベイルフォウスに駆け寄る。
 そして彼女は、震える手を伸ばし――

「ベ……ベイルフォウス様の御髪(おぐし)があっ……! きれいな御髪が……!」
 え……? いや、え?
 髪?
 いや、髪より肩がざっくりいってるんだけども???
 え? 伸ばした手が肩じゃなくて、短くなった髪に触れてるから、俺の聞き違いじゃないよね?

 髪なんかより、ほら、ベイルフォウス本人の様子は気にならないのかな?
 肩からドバドバ出血してるよ!?
 いつも偉そうなベイルフォウスが、ほんとにやっと立ってますって感じだし、顔色もほら、ものすごく悪いよ!? 口をきくのも辛そうだよ??

 だが、彼女が気にしているのは、本当に毛髪の方らしい。
 なぜって、イムレイアの手はベイルフォウスの肩には向かわず、切り落とされた赤い髪を拾おうとしたのだから。
 もっとも彼女が赤い髪の束に触れる前に、ベイルフォウス本人が、得意の炎で全部灰にしてしまったが――

「ああっ、そんな! もったいない……」
 泣き声のような弱々しい声が漏れた。さすがにその反応はどうなのだろうか……。
 イムレイアって、こんな感じだったのか。
 なんていうか、もっとこう……あのボヤッとしたロムレイドが怖がるくらいなのだから、残酷で残虐で冷酷、とでもいうか……ついでにつけ加えると、塔での仕掛けも考慮するに、妖艶な感じなのだろうと思っていたのに。
 ものすごい髪フェチ、とかなのだろうか?
 いや、他人(ひと)の性的嗜好とか、どうでもいいけども!
「…………」
「…………」
 俺はベイルフォウスの様子を観察した。眉根に刻まれた深いしわは、痛みのせいばかりではないと思う。

「……とにかく、対戦は終わりだ。とっとと医療員に診てもらえ」
 俺は傷ついた肩口を凍らせた。
 ベイルフォウスは自身の状態に頓着しないままだし、イムレイアもこの調子じゃ、いかに頑丈な魔族とはいえ、ほっといたら失血死しかねない。
 なにせ、足下をみてみるがいい。それはもう、えらい量の血だまりができているのだから。

「……そうだな」
 えぇ……なにその素直な態度。気持ち悪い。
「おい、まさかと思うが……もしも、お前が自分のしでかしたことを気にしてるってんでも、こういうのはもうやめろよ。反省してるなら、二度と同じことしなきゃいいだけのことだろ。殊勝なベイルフォウスとか、らしくない」

 ベイルフォウスが俺に、最悪、命を差し出そう、というほどの理由――思い当たることとしては、魔王様の魔力を取り戻すために、俺を騙して意識を奪い、魔力を奪おうとしたこと、くらいしかない。
 確かに騙し討ちは、魔族にとって唾棄すべきことだ。
 殊に、お互いの強さをぶつけ合うのが信条の魔族の強者にとって、ベイルフォウスがしでかしたことは、そうと発覚した後、無条件に命を奪われてもおかしくない手ではあったのだ。
 だがそうすべきだと思うなら、目が覚めた後にとっくにやっていた。

 ぶっちゃけ、俺にとっては害なく終わったことだし、ちゃんと殴ったし、そもそも何があっても暫く同盟は結ばない、親友とも名乗るな、という宣言で決着をつけたつもりでいる。
 それなのに、まさかベイルフォウスが、そこまで気に病んでいるとは思ってもいなかった。
 しかし、その推測は当たりだったらしい。ベイルフォウスの奴ときたら、言い当てられた、とでも言わんばかりのバツの悪そうな表情を浮かべたのだから。

「すまない」
「だから、そういうのをやめろ」
 普段は「大公ベイルフォウス様」とか、恥ずかしいことを鼻高々と自称するくせに。

「こうざんばらだと、いったん切りそろえないとですね。また以前の長さになるまで、かなり時間がかかってしまいそう……でも、ベイルフォウス様ならすぐかしら」
 ……うん、イムレイア。空気を読もうか。
 っていうか、ほんとに髪しか気にならないのか?

「もういい……俺は帰る。どっと疲れた」
 せっかくの疲労回復薬の効果も、どこかに飛んでいってしまったようだった。むしろ、飲む前より疲れた気がする。
 主に精神的に。

「ジャーイル大公閣下は、医療班にかからなくともよろしいので?」
「は? 俺が、どこを……」
 イムレイアが自身の右の頬骨を指さすので、俺は自分のそこに触れてみた。
 ああ……やっぱりか。ブニブニした感触――これ、水ぶくれになってるなぁ。くそ、あんな火花が散ったくらいで……。
 火傷したかもと思ってしまったのが失敗だった。

「このくらい、たいしたことはない。帰って自領の医療班に診てもらえばすむことだ」
 俺は、イムレイアにそう答えた。
 だがその判断は、早計だったと言わざるを得ない。
 火傷など一瞬で治してもらえるのだから、診てもらうべきだったのだ。

 なぜって、〈断末魔轟き怨嗟満つる城〉では、ジブライールが俺の帰りを待ち構えていたのだから――


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