古酒の隠れ家

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恐怖大公の平穏な日常

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【第十三章 魔武具騒乱編】

84 サンドリミンにリーヴ兄弟をはじめ、諸々の相談を!


 早寝早起きが基本といったリーヴの言葉は本当だったらしく、まだ朝早くという時間帯にもかかわらず、医療棟は忙しく立ち回る職員たちで賑わいでいた。

「おや、旦那様。こんな朝早くから、どうなさいました」
 おなじみ医療班長サンドリミンがまっさきにかけつけ、診察室に通してくれる。
「これ、治してもらおうと思って――」
 俺は自分の頬を指さした。
「ほうほう、軽傷ですな」
 ふむふむと、サンドリミンは腕組みをしながら頷くや、火傷の痕をちょちょいと治してくれた。ついでに、ピアス穴も塞いでもらう。

「ところで、リーヴの部屋に旦那様の結界があるようですが……」
「ああ、すまない。昨夜遅かったんで、断りをいれなかった。仕事にも出てこられない状態で悪いが、実は……」

 俺はリーヴと一緒に、ハシャーンを連れて帰ったこと。その警戒のために、一応結界を張っていること。リーヴが弟の面倒をみたいといっていること。ハシャーンにはできる限りの治療を施した上で、その希望を叶えてみたいと思っていること。それにはサンドリミンをはじめとする医療員の同意と協力が、どうしても必要となってくること。しかも、母親であるリシャーナは逃走したと思われ、再び息子二人に接触を図ってくる可能性があること。俺がそれを警戒し、許さないつもりであるのは当然のこととして、二人の受け入れを許諾できるというのであれば、医療員たちにも自身で可能な限り、何らかの対処を講じておいてほしいということ、などを話したのだった。

「かまいませんよ」
 意外にも、サンドリミンはあっさりと頷く。
「本当にいいのか? かなりの手間や面倒をかけると思うんだが……なにせハシャーンは、おそらく今までリシャーナとしか、交流をもたなかったと思うんだ。人慣れもしてないだろうし、物事も知らないだろうし」
「逆に言うと、素直であるかもしれないということでしょう。まぁ、今や医療棟の人材も豊富ですし、余程の相手でなければ、大丈夫でしょう。むしろ、研究対象としても、興味がありますな! もちろん抜け目なく観察し、逐一、様子をご報告いたします。それにいざとなれば、人格矯正の第一人者もおりますしね!」
「…………」
 あれ? 大丈夫かな??
 別の意味で、大丈夫かな??

「それより旦那様、あの御方をなんとかしていただけませんでしょうか!」
 医療班長は深いため息をついた。
「あの御方?」
「ウォクナン閣下です!」
 ……だよね。

「相変わらず、か?」
「相変わらずですな! フェオレス閣下が根気よくお話しくださいまして、ご自身の立場と状況は理解されたのですが」
 さすがフェオレス! 俺が不在の間に、そんなことまでしてくれていただなんて!

「それでもなお……いえ、むしろ自分が副司令官であると知って、ますます図に乗り、権威を振りかざし、女性職員にいやらしく触れようとするので、小部屋に閉じ込めて、食事は男性職員が運んでいます。しかし男性には乱暴な口を利き、暴力的で、かつ、部屋の窓から外を通る女性を舐めるように眺めては、下品な言葉を投げかけてよだれを垂らし、床をびちょびちょに汚すので、不衛生なことこの上ありません!」
 ……ウォクナン。
 子供だろう、お前。見た目の姿にあわせて、精神年齢も退行するんじゃなかったのかよ……。
 子供になってまで女性にだらしないところが、さすがというか、何というか……。

「それなんだが、実は……」
 俺はウォクナンを大人に戻す手立てがなくなったことを話した。
「それでは、ウォクナン閣下はあのまま、ということですか……」
「そうなんだ。ここはどうかな、ハシャーンと一緒に、ウォクナンも医療棟で面倒を……」
「ご冗談でしょう!」
 サンドリミンの拒絶は、怒りと嫌悪感に満ちていた。
 どうやらウォクナンは、『余程の相手』にあたるらしい。

「いっそウォクナンに人格矯正を試してみるとか……」
「その研究をしている医療員は女性でして、そもそもウォクナン閣下に嫌悪感を抱いて近寄りませんので、無理です! 早々にお引き取り願いたいのですが!」
「わかった。家族を呼んで、早急に対処するよ」
 次の副司令官を誰にするのかも、検討しておかないとな。

「あ、そういえばサンドリミン、これを知ってるか?」
 俺は懐から小瓶を取り出した。ベイルフォウスからもらった、疲労回復薬の空瓶だ。
 ハエリーダーことサンドリミンは、そいつを大きな複眼の前に持ち上げ、じっくりと観察しだした。
 興味の対象が移ったためか、さっきまでの怒りは、もう息を潜めている。小瓶を持っていてよかった。

「なになに、オロローン・ガットⅣ式? いえ、知りませんな」
 サンドリミンは蓋をあけて中身をのぞき、小さく細い薬匙で残った残留物を掻き出して、秤量皿に向かって液体を投下し、臭いを嗅ぐ。
「粘着性のある無色の液体、特徴的な臭いもなし」
「味もしなかったよ」
 次いでくるりと小瓶を回してラベルをチェックし――

「超……超回復万能薬? 効能書の字が小さくて、見えにくいですな」
 え。説明とか書いてあったんだ。
「……ええと、
『用量:一疲れに一瓶。
 用法:疲れたらぐいっとあおってください。
 効力:怪我は治りませんが、気力はたちどころに回復し、疲労感を消し去ります。なんならアソコも超回復! あらゆる男性の強い味方!』
……と、あります。ほう、旦那様はこれをお飲みに……」

 しまった……まさかそんな謳い文句が書いてあったなんて!
 味のことなどいうのじゃなかった!
 っていうか、一体なにが回復するって?

「ちなみに、効果の持続時間は……」
「書いてありませんな。正確なところは調べてみないことにはわかりませんが、こういうのは、たいていもって数時間ですが」
 数時間……。ってことは、そもそも大公城に帰り着いた時点で効果は切れていた、ということか?

「解析をお任せいただけるので?」
「まぁ、うん……一応」
 デヴィル族の表情を読み取るのは難しい。中でもハエであるサンドリミンなら尚更だ。
 だが、その時ばかりはいやらしい笑みを浮かべたのだろうことが推測できたのだった。

 それから俺は、またもハエリーダーが手配してくれた二人のデヴィル族医療員と共に、リーヴの部屋を訪れる。
 三階建ての医療棟は、一階に待合と診察室と治療室と資料室があり、二階に入院設備と研究室と会議室と倉庫、三階と屋根裏に職員たちの個室があった。
 毎食の食事は、別の場所から届けられたり、食堂に食べに行ったりするそうだ。

 医療員でもなく入職した時期も遅いリーヴの部屋は、屋根裏にあった。
 しかし三階と屋根裏といっても、医療棟に所属する者は、身分や立場に依らず同じ広さと設備の部屋が割り当てられているとかで、大きな違いは天井高だけなのだそうだ。
 それは医療班長にして軍団医務長官、かつ侯爵たるサンドリミンとて例外ではないらしい。
 とはいえ彼のような有爵者は、この個室の他にも自分の領地と城をもっていたりするのだが。

 とにかく職員が個別に与えられているのは衣装室の備わった、たったの一室ずつで、そこに最低限の、寝台と作業机と椅子、書架と収納棚が詰め込まれている。それ以外の家具は個人の好みでそろえられるとかで、意外に個性は出るようだ。
 水回りは六室ごと共同で、談話室などはないらしい。
 それでもリーヴが実家で与えられていた部屋に比べると、広いそうだ。

「リーヴ、入るぞ」
 俺は結界を解き、ノックをした後で、リーヴの部屋の扉を開けた。
 最低限の家具の他にリーヴ個人が誂えたものとして、二対の長椅子と長机があるだけで、もともとの所有物も少なかったとみえ、すっきりと収まっている。
 ネズミ君は己がその部屋の主だというのに、一晩、弟に寝台を譲ったらしい。溶けつつある氷で、シーツがべっちょりと濡れていた。
 防水とか……考える余裕もなかったんだろうな……うん……。
 そのリーヴは、つい今まで横になっていたとみえ、長椅子から緩慢な動作で身体を起こす。

「旦那様……! 失礼いたしました」
「あまり眠れなかったようだな、リーヴ」
「いえ、そんなことは……」
 顔色が悪い……が、もともとネズミ顔のネズミ色だから、元気がないだけで、そう見えるだけかも知れない。
 彼は顔見知りの医療員が二人も入ってきたのを見て、とまどいを浮かべる。

「弟の治療が終わったら、ついでにリーヴの体調もみてやってくれ」
 医療員たちが寝台の脇に立つのを見て、リーヴは泣きそうな顔で俺を見つめてきた。
「サンドリミンが快く引き受けてくれてな……とはいえまだ子供だ。暫く同室で面倒をみてやるといい」
「あ……ありがとうございます!」
 昨日、弟を育てたいと俺に頼んでみたものの、叶うとは思っていなかったのだろう。リーヴは膝を折り、額を床にぐりぐりとこすりつけるようにして俺に感謝を述べたのだった。

「万一、リシャーナの困った影響があるようだったら、すぐに俺に報告してくれ」
「はい。弟に監視が必要なのは、わかっているつもりです」
 難しい顔をして頷く様子は、気負いすぎているようにみえた。

「それ以外のささいなことでもいい、気軽に相談してくれ。普段の生活のこととか、子育てのこととかでもいい。俺に言いにくければ、話しやすい相手なら誰でも。とにかく、一人で抱え込まないように」
「ありがとうございます……」
 わかっているのかいないのか、やはりリーヴの表情は固い。まぁ、今はいっぱいいっぱいだろうから仕方ないのだろうが。

「旦那様、治療は終わりました。目はすっかり見えるでしょうし、小さな傷も見えないところまで、すべて治しました。栄養状態も悪そうだったので、補えるところは補いました。ただ、無くした片腕だけは――」
 ジブライールが刺した目は治ったらしいが、俺が切った腕は、部位を失ったこともあり、さすがに元通りとはいかないようだ。

「このままでも神経が死んでいるので、痛みはないでしょうから、治療の必要はなさそうですね。とはいえ折を見て、ぜひ別の手をつけてみたいです」
「触手系がいいですね」
「触手系かぁ。となると魔獣から部位を取ることになるが、うまくいくかな」
「いや、私が考えているのはむしろ水棲生物のもので……」
「ウヲリンダさんみたいな? ああ、いいな、あれ……」
「でしょう」

 途中から俺の存在を忘れたかのように、医療員たちはお互いの医療方針を語り出し、不気味に笑い合うのだった。
 ……いや、医療方針なのか、人体実験の希望なのか、わからないけども。
 そんな風に、頭上で煩くしていたからだろうか。
 氷結状態もすっかり溶けきったとみえて、ハシャーンが目を覚ます。

 魔王城で目覚めたとき、鼓膜が破れるのではと思うほど叫びだしたから、一応警戒はしたが、治療のかいあって本当に痛いところはないらしく、彼はただただ不安かつ不快そうな表情を浮かべて、身体をゆっくり起こしたのだった。
 それからすぐ、見知らぬ大人に囲まれているのに気づいて、恐怖を感じたのだろう。
 キョロキョロと逃げ場を探すように視線を巡らせるも、地面が見えないことで絶望したのか、ガタガタと震えるや、頭を抱えて身体を縮こませ、再び寝台に横になったのだ。

「母、さん! デ、デモっ、デモー、ンがっ、僕を、殺、しに!」
 …………あれ、待て。
 リーヴは言うに及ばず、同行した二人の医療員もデヴィル族だ。
 今、この部屋にデーモン族って、俺以外いないよな?
 もしかして、怖がられてるのって、俺?
 っていうか、俺だけ?
 そう結論づけたのは、俺だけじゃなかったのだろう。

「旦那様、できれば席をお外しくだされば……」
「……」
 申し訳なさそうにこちらに向かって放たれた医療員の言葉に、俺はおとなしく従うことにしたのだった。


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