古酒の隠れ家

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恐怖大公の平穏な日常

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【第十三章 魔武具騒乱編】

85 魔族は多夫多妻制、数の制限はありません


 意外にもというか、目覚めたハシャーンは、心細さに母親を呼びはするが、リーヴが兄だと名乗るとすぐに信じて受け入れたり、デヴィル族医療員の言葉をちゃんと聞き分けたりと、おびえつつも素直な態度をみせたのだという。
 だが、デーモン族に対しては、その姿を見た途端、とにかく恐怖にかられて叫び出すのだとか。
 どうせ子供の姿となったハシャーンが、たいした情報をもっていないことは知れている。それでしばらくの間、『デーモン族接近禁止令』を出すことにして、モグラくんについては様子をうかがうことにしたのだった。

 さて、子供になった大人といえば、もう一人いる。言わずと知れたリス――副司令官のウォクナンだ。
 俺は早速その日の午後、その関係者三名を、大公城の応接室に迎えることにした。

「え? 引き取りたくない!?」
 ウォクナンには、なんと三名もの正妻がいたのだ。正妻が三名も!
 以前の俺なら「ぐぬぬ」となっていたところだが、今は多少の心の余裕が生まれている。
 ジブライールのおかげである。
 そのジブライールは、報告してくれた件について、瞬時の対処は不要と判断したため、おそらく今頃は自分の城に帰ってゆっくりしているはずだ。

「しかし、相手は君たちの夫で――」
「肉体は大人でなく子供のものなのでしょう。しかも、副司令官の身分は剥奪され、公爵位も失うとなれば、城だって追い出されるということでございましょう? なら私は、子爵の母が健在ですので、そちらに帰りたいと思いますわ」
 一人がそういえば、
「私だってあの方が権力者で、何より、魅惑的な身体を持っていらっしゃるから、妻になったんですわ。記憶の有無なんてどうでもいいですが、せめて身体が大人のままならともかく、子供には用はありません。愛人がいるのでそちらにいきますわ」
 と、もう一人が言い、最後の一人は――
「同様ですね。私も贅沢三昧できると思ったから、愛妾でなくて妻になったというのに……がっかりよ。ああ、次の夫を探さなきゃ!」
 と、ため息と共に吐き捨てた。
 多少、ウォクナンに同情を覚えた。

「君たち正妻以外で、ウォクナンが通っていた女性は……」
「そりゃあ、いたでしょう。愛妾などいくらでも」
 なんということだ……あのリスは、本当にモテていたようだった。どうしてあんなリスが?
 それはともかく、その質問をしたのは、何も嫉妬にかられたからではない。ウォクナンとリシャーナの接点を探れないかと思ったからだ。

 だがしかし、三人の正妻は首を横に振った。
 彼女たちは夫に愛妾がいることは認知していても、気にかけたことはないらしい。
 相手が誰で、いつから付き合っていて、どういう関係なのか、三人が三人とも全く気にしていなかったのだ。

「そもそも、大公城に忍び込むなど、大罪をおかした方と、これ以上関わりたくありませんわ――」
 そう言って、三人の妻は夫に会いさえせず、帰ったのだった。
 ひとまず彼女たちが屋敷を退去するのに、十日の猶予を与えることとした。

 ウォクナンには、親兄弟は存在しない。
 成人前の子供たちは、母親が引き取るそうだし、成人後の子供たちは、残念ながら俺の領地には一人としていない。
 何人いるかも今の時点では知らないが、なんとかその成人後の子供たちに連絡をとってみることとして、それまではこの大公城で預かるしか――いや、待てよ。もし子供たちからも全員、養育を断られたりしたら、俺がこのまま大公城で育てるしかないのか?
 しかし正直、子供になってさえゲスなあいつを、マーミルやマストレーナに近づけたくはない。

「どうしたものかな……」
「どうもこうも、そもそもが大公閣下の居住棟に侵入したためにこうなったのです。軍団会議にでも諮れば、即斬首と唱和されるほどの重罪かと」
 内容にそぐわず、ニコニコと答えたのはセルクだ。
 ウォクナンの三夫人との接見を終えてから、執務室でいつもの事務仕事に戻った俺について、これまたいつものように補佐業務をこなしてくれている。

「……いやに機嫌がいいな」
「それはもう! 私もこれで、本当の意味で安心できるというものですから!」
「……」
 なるほど。セルクが俺のことを、未だエミリーとの仲に対する脅威であると見做していたらしいことはわかった。
 そんな気配は全くなかったはずなのに。

「とりあえず、副司令官閣下だけでも、今夕、招集された方がよろしいのでは?」
 まだ明るいうちだというのに、なぜ、夜限定……。
 もし今から招集の手配をすると、どうしてもその位になる、というのなら、もう明日でいいと思うんだよね。わざわざ夜から会議をする必要はないよね!
 だが、一応……。

「そうすすめる理由を聞いてもいいか?」
「旦那様のことですから、空位となった副司令官の選定に、同僚である他のお三方の意見を求められるかと思いまして。魔王陛下の問題が一段落をみたとはいえ、副司令官閣下が不在では、やはり不用心ですし、早急に後任を決められる必要があるかと。それに魔王城からお帰りになられてからは、まだどなたからも直接のご報告を受けられていませんしね! 早急に会議を開かれる方がよいと思います!」

 わざとか、セルク。わざとだな、セルク。
 一晩中、ジブライールといたのは知っているだろうに、その言い方は、わざとだな!
 俺が今朝の邂逅を、敢えて触れずにいるものだから!
 というか、服を用意してくれたのは君だよな、とか、どうやって察したのか、などとは、今後も自分から確かめるつもりはなかった。

「副司令官の招集は、明日でいい」
 今夜こそ、俺は自分の部屋で寝るのだ。疲れている、いないの問題ではない。
 仕事で徹夜して、というならともかく、「お城に帰ってきているはずのお兄様が、連日、どこでお休みになっているのかわからない」などとマーミルに言われてみろ! 俺はどう答えればよいというのか。
 それに帰城してから未だ、エンディオンに会っていないのだ!
 だいたい、無理矢理用事を作って呼び出して、いきなり二日続けてとか、いくらなんでもがっつきすぎで恥ずかしいわ!

「しかし旦那様、女性に対してはもっと細やかに――」
 セルクがもはや会議云々の建前を取っ払い、話を続けようとしたときだった。
「失礼いたします、旦那様。未確認の通信が入っておりますが、いかがいたしましょうか」
 通信術式の当直――通信士にと定めた家僕が、報告にやってきたのだ。

「認識文様は?」
「動物の肉球のようですが」
 これはまた、採択者の多そうなデザインだな。まぁ、このタイミングで使ってくる者といえば、限られてはいるが。
「ロムレイドだろうな。出よう」
 俺は事務仕事を中断し、通信室と定めた部屋に移動する。
 思うところあって、通信士たちを別室に待機させ、一人になってから応答した。

 果たして、連絡をとってきたのは予想通り、ロムレイドだ。
「やぁ、やぁ、お元気~? うまくいってよかったよ~」
「ちょうどよかった。君と連絡をとりたいと思っていたところだ」
 魔王城で会議をしていたみんなには、俺の城の認識文様を描いて渡しておいた。だが、俺が相手の文様を知っているのは、現時点では魔王城とプートの城の二軒分だけ。
 だからこうして連絡をとってきてくれれば、こちらも相手の文様を把握できるので助かるのだった。

「え、ほんと? なんだろう?」
「先に君の用件から聞こう」
「え~。特にないよ?」
 ないのかよ!

「うまく発動するか、ちゃんと試しておこうと思っただけで~。だって、通信術式で会議をしますって連絡が来てから、ぶっつけ本番でやって、うまくいかなかったら格好悪いもんねぇ~。ジャーイルを初手に、次は魔王城につないでみるつもり~。その次は、プートのところかな~。認識文様知ってるのはそれでおしまいだから~」
 何がおかしいのか、ロムレイドはケタケタと笑う。

「で、その部屋には君一人か?」
「あ、奥さんはいるよ~。ジャーイルから見えないところにね。何か内緒のご用件なのかなぁ? 席を外させたほうがいい?」
 ロムレイドの妻……人間の、か。
「いや、そのままでいい」
 むしろ話を聞いた感じでは、ロムレイドよりその人間の奥さんの方が頼りになりそうだったし。

「実は、リシャーナの件に関して、君の領地にまで及ぶ事実が発覚してな」
 俺はロムレイドに浴室でジブライールから……ごほん、とにかく、報告してくれた内容を、彼に関係のある部分のみ伝えることにしたのだった。
 俺の領地からロムレイドの領地にまたがる地中に、越境しているとみなされる穴がある、という事実をだ。

「そんなばかな~。地中とはいえ、魔族がこっそりそんな怪しげな穴を掘るのは無理だよ~。だってお互いちゃんと、領境の管理はしているでしょう~。双方ともにうっかりするなんてことはないよね~」
 ロムレイドの言うとおり、普段から領境の行き来は監視されている。
 有爵者なら咎められることはないにしても、記録をされないということはない。

 もっとも往来が身分によらず長期間、自由だったことが近年一度だけあって、それが言わずと知れた魔王大祭の開催時期なのだった。
 あのときばかりは無爵であっても、自由な越境が許されていた。だが、それもあくまで地上でのことだ。
 地中となると、話は別。姿もみせず、領境をまたぐことは魔族には許されていない。

 単純に、決まり事云々を言っているのではない。
 穴が魔術を使って掘られたというなら、領境の結界、もしくは監視役に感知され、咎め立てされて、わざとなら罰せられていてもおかしくないからだ。

 そしてその往来の結果は、魔王城や大公城の家政の最上位、つまり俺のところだとエンディオンやセルクに、すぐさま報告が入るようになっている。
 だからロムレイドがその実現を疑問に思うのも、無理からぬことだった。

「だが、実際にうちの副司令官が、近年、利用されていたことが確実な穴を見つけたんだ。こちらのことはいくらでも調査が可能だが、侵犯とみなされては困るから、君の領地までは踏み入れない」
「ふぅん? そこで僕がこちら側の穴の調査をするってこと?」
「ああ、そう希望する。どこに繋がっているのか、なんのために造られたのか、どう利用されていたのか、調査をお願いしたい」

 俺はとにかく、その領境をつなぐ穴について、現時点で判明しているわずかなことを、あくまで相手にも関わるであろうことに限って話して聞かせたのだった。
 プートなら、自身の領地の地中に知らない穴がこっそり掘られているかもしれないと知れば、激怒してすぐさま配下に檄を飛ばすだろう。
 だが、何事も放任主義らしいロムレイドが、どう反応してくるか……。
 そう構えたのだが、まさかの返答を得て……いいや、ある意味、彼らしい返答を得て、俺はため息をつかざるを得なかった。
 ロムレイドは俺の要請に対してこう返してきたのだ。

「いいよ、ジャーイルが好きに調べてくれて。配下にも言っておくから、僕の領地までお好きにどうぞ~」
 俺の多忙は、暫く続きそうだった。


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