古酒の隠れ家

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恐怖大公の平穏な日常

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【第十三章 魔武具騒乱編】

88 栗鼠くん、さやうなら、とこしへに?


 妻に見向きもされなかったウォクナンの引き取り手は、意外なところから現れた。

「ウォクナン公爵閣下様が子供になられ、その成長を見守る者が必要だと聞きました。どうか、私にお任せいただけませんでしょうか」
 そう申し出てくれた、クワガタの角を生やしたアルマジロ顔の女性がいたのだ。誰あろう、ガルマロスの娘、メルフィルフィちゃんだった。

 しかし俺は困惑した。当然だろう。
 ウォクナンの状態は、とりたてて公表はしていない。
 そうはいっても引っ越し準備中の正妻たちに口止めもしていないから、情報が漏れることはあるだろう。
 だからメルフィルフィがウォクナンの子供化を知っていることについては、あり得ないことでもない。だが、そうとしたところで――

「君はウォクナンとはついこの間、初めて、しかも一度、会ったきりだろう。なのに?」
「一度ではございませんし、夫も了承済みです」

 え!?
 初対面がつい十日ほど前のことなのに、要件が終わってわずかの間に、何回も逢瀬を重ねていたってこと?
 しかも子供になっているとはいえ、夫が浮気相手を引き取ることを了承してくれてるってこと!?
 美人の侍女目当てで大公城にこっそり忍び込む、だなんてことをやらかす輩を!?
 太っ腹な旦那さんだな!!

「閣下のことは、私たち夫婦でまた以前のような、強力な公爵になるよう、きっちりお育てするつもりです」
「以前も公爵だったからといって、育った後も、また公爵まで届くかどうかはわからないぞ。届いたとして、俺が大公である限り、ウォクナンを副司令官に再任させるつもりはない。それでも?」
 もしかしたら、育てた恩で、将来、楽な生活ができると考えているのかとも思ったので、釘をさしてみる。

「それに万が一、以前の通りの実力を得たら、その魔力が戻るに応じて、記憶も戻っていくはずだ。つまり、以前のウォクナンに戻る可能性が高い。ややこしいことにならないか?」
「…………」
 メルフィルフィはただ無言で、母性に満ち満ちた笑みを浮かべたのだった。
 それがなんだろう……怖く感じられた。

 メルフィルフィちゃんも怖いし、寛大っぽいと思えた旦那さんも、こうなると怖い。
 俺は余計な詮索をするのはやめて、とりあえずウォクナンの子供たちへの打診は続けることとして、メルフィルフィに一時――当人の望み通り数十年となるかもしれないが――の養育をお願いすることにしたのだった。

 早速、今からでも連れて帰りたい、と、申し出てくれたので、ウォクナンを呼んで当人の意見を確かめることにする。
 さすがに本人が嫌というなら、無理強いすることはできないからな。
 だが、しかし――

「お目が高い! 俺は将来、いい男になるぜ」
 ウォクナンはノリノリだった。なにせアルマジロちゃんを見るなり、立派な前歯を光らせながら、ウインクをしてその手を握りしめ、さすりだしたのだから。
 ちなみに三人の妻に見放されたことも、当人は知っているが、全く気にしていないようだ。
 それどころか、俺に対してはこう大言を吐いたのだ。

「まぁ、待ってなよ! また俺様が、副司令官に駆け上ってくるのをな! もっともそれまでには大公自体が変わってるかも知れないし、そもそも、副司令官どころか俺が大公になっちゃうかもね! ふぉっふぉ!」
 自身の境遇を言い聞かされて、なんの反省もないばかりか、不安、落胆、悲嘆もなく、むしろ根拠のない自信に満ち満ちているところは素直に感心した。リスってば、俺が考えるより大物なのかもしれない。

 医療員たちが、万歳しながら見送るのにも気を良くしたようで、ウォクナンはメルフィルフィとしっかり手を繋ぎながら、ホクホク顔で大公城を出て行ったのだった。
 今後の推移は見守るつもりだが、直接会うことはもう二度とないかもしれないというのに、全く寂しさを感じなかった。薄情だろうか。

 副司令官の後任人選については、同僚となる三名の副司令官が午後にもやってくることになっているから、その席である程度の目処はたつだろう。
 そんなことを考えながら、執務室に戻ろうとしていたときのことだ。

「閣下、少しお時間を頂戴してもよろしいでしょうか」
 ケルヴィスが、意気消沈して声をかけてきたのだった。

 ***

「なんだって? それは本当なのか?」
「はい、残念ながら……」
「そうか……」
 肩を落としながらの報告を、俺自身も驚きつつ受け止める。

「はぁ……」
 いつも意気揚々とした少年にしては珍しく、さっきからずっとため息ばかりついている。それどころか、今にもうずくまりそうなくらい俯いた姿勢を崩さない。
 それもこれも――

「いえ、父にとっては喜ばしいことなのです……それは、わかっているのですが……でも、僕だってもうすぐ成人なのに……あと何年か、せめて待ってもらえたら……」
 そうなのだった。彼の父が、また領地を移動するというのだった。

 魔王大祭の爵位争奪戦において、プートの領地から俺の領地に伯爵となって移ってきたケルヴィスの父は、今この時期に〈修練所〉に挑戦したらしく、今度は侯爵となってプートの領地に舞い戻るのだという。
 あまりにも短期間の移領に、俺のことが気に食わなかったからなのか、と、気にせずにはおれない。狭量な男だと思われたら嫌なので、口には出さないけども。

「こんな、個人的なことで、お引き留めして申し訳ありませんでした……」
「そんなことはない。残念だよ。君は貴重な同好の士だったから……」

 授与して以降、ケルヴィスはいつ見ても、魔剣ロギダームを佩している。口の悪い剣だから、俺の前で抜くことはないが、それでも肌身離さず携行してくれているようだった。
 こんなことならもっと、魔剣のことを語り合っておくのだった。もう少し、稽古だってつけてやればよかったなぁ。

「弟がいればこんな感じかなと思っていた」
 そう言うと、ケルヴィスは勢いよく、ガバッと顔を上げる。今にも泣きそうな表情を浮かべて。
「僕、絶対に成人したら、閣下の領地で子爵になってみせます!」
「ああ、うん。愉しみにしてるよ」
 その数年の間にプートの影響ですごいマッチョになってたりしたら笑うだろうなぁ……などと考えた俺は、やっぱり薄情なのだろうか。

「実際、ケルヴィスなら爵位を得るのはあっという間だろう。子爵どころか、その上まで狙えるんじゃないか? どこでそうなるにせよ、頑張れよ」
 俺は彼の肩を叩いた。
「はい! ありがとうございます!」
 少し励ましてやるだけで、瞳をキラキラさせる。ホントに純朴な子だ。

「引っ越しはいつだ?」
 せっかくあがった気分を、俺のその質問が、また下げてしまったようだ。しゅんとしたように、肩を落とす。
「それが、明日だそうなんです……」
「そうか、急だな」

 叙爵、陞爵、降爵、奪爵――事象として「遷爵がある」などと言い表す――の際の役所での手続きは、最短でも丸一日は必要だ。その書類が本人の手元に届くまで、通常でも二日はかかる。
 それも最短で手続きがかなった場合のことだから、下手をするともっと長期間、待たされる可能性もあった。
 その作業の一端を担っているのは俺で――あれ?

「移領許可証が届いたのが、昨日今日だったとか?」
「はい。そうなんです。待ちに待っていたものが、今朝、届いたとかで……」

 遷爵で他領へ転居となる場合、必ず移領許可証という書類の発行が必要となる。
 その書類は所属軍団長と、副司令官以上の二名の紋章を焼き付けて発行されるもので、ネズミが大公の時には一名の副司令官とウォクナンとの刻章で発行されていたものを、今は一名の副司令官と俺の刻章で発行されることになっているのだ。
 で、俺はこのところ忙しく、三、四日ほど書類を貯めていたのだが、それを昨日、一気に片付けたのだった。

 ちなみに、書類に刻章をする一名の副司令官は、普通に考えて、その者が所属している軍団の長であることが常だ。
 ケルヴィスの父、ケルダーは、確かジブライールの所属であったはず。なら、手続きに時間がかかりすぎている、ということはないはずだった。

 なにせ、ウォクナンを顧みるがいい。
 今、彼は副司令官として、全く機能していないのだ。
 もっともそれ以前から、あのリスめはとりわけ書類業務の初動が遅かった。ヤティーンですら遅くとも十日以内には処理をしているようなのに、ウォクナンから届く書類は、下手をすると四十日以上も前のものが混じっていたりするのだ。
 彼の妻たちの引っ越しに、十分な日程を与えたのは今更どうしようという気もないし、今現在、ウォクナンがするべきだったはずの仕事は他の副司令官にも分担してもらうこととしても、やはり後任は早急に決めた方がよさそうだった。

「移領許可証が届いたとはいっても、別に次に住む人が決まってるわけでもないんだから、そんなすぐに引っ越す必要なんてないと思うんですが……」
「まぁ、実際父上からすれば、城は陞爵(しょうしゃく)の象徴だしな。逸る気持ちもわからないではない」


 有爵者の引っ越しというと、家具などの大物はいうに及ばず、衣服や小物などの生活用品も、基本的にはすべて転居先で用意されるのだから、手持ちの荷物などほとんどない。
 俺が男爵城から今の大公城に移ったときだって、持ち運んだ私物はせいぜいトランク一つで収まるほどだった。
 あれやこれや持って行きたい、なんなら侍女まで連れて行きたい、とごねる妹がいなければ、ホントに身一つで移動したかもしれないのだ。

 だから陞爵に伴う引っ越しには、それほど時間はかからない。
 しかも奪爵と違って〈修練所〉で得る爵位は、主不在の城が用意されているのが普通だ。受け入れる方は、当日言い渡されたところで、対応できるだろう。

「このこと、マーミルには?」
「いえ。職場の皆さんにだけはお伝えしましたが、その他の方にはまだ……まずは閣下にご報告をと思ったので……」
 ケルヴィスは、大公城の宝物庫で手伝いをしているのだ。彼の言う職場の皆さんというのは、その職員たちだろう。

「そうか。気が向いたら文通でもしてやってくれ」
 いずれ通信術式があちこちに設置されれば交流の方法も変わるかもしれないが、いくらなんでもケルヴィスが大人になるまでに各家庭に普及するのは無理だろう。私的な交流の手段は今まで通り、手紙が主となるに違いない。とはいえ、うちの妹は筆まめではなかろうが。
 それとも相手がケルヴィスだと………………想像するのはやめておこう。

 俺の領地で暮らしたのはわずかの間とはいえ、子供同士で仲良く交流していたようだし、特にケルヴィスは活動的だったようだから、あちこちに知り合いがいるに違いない。
 自分自身では長距離の移動がままならない子供たちからすれば、親についての領地の移動はよくあることとはいえ、顔なじみと別れる寂しさはいかほどのものだろうか。
 だがそれだって、きっと妹にはいい経験になるに違いない。……俺はそんな経験はしてこなかったけれども。

「あの、お忙しいのは承知の上なのですが……。いえ、やっぱりなんでもありません。貴重なお時間を割いていただき、ありがとうございました!」
 ケルヴィスは心残りを追い払うかのように、大きく(かぶり)を振った。

「よければ今晩の食事を一緒にどうだ?」
 さすがに人伝にケルヴィスの引っ越しを聞くのでは、妹が可哀想過ぎる。
「それとも、挨拶回りで忙しいかな?」
「いえ、ありがとうございます! お招きいただけるなんて、光栄です! ご厚意に甘えて、ぜひご相伴にあずかりたいです!」

 喜ぶ少年と晩餐の約束をして、俺は本棟に向かったのだった。


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