古酒の隠れ家

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恐怖大公の平穏な日常

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【第十三章 魔武具騒乱編】

89 プートさんの奥さんの一人は副司令官です


 通信術式には現在、家僕や家扶を通信士として交代で任にあたらせてある。
 その通信士にはロムレイドの連絡以降、俺がいなくとも発信先の既知・未知を問わず、許可無く応答してよいということにしてあった。
 我が城では本棟の執務室近くの空き部屋を、通信室にと定めていたから、執務中はすぐに俺が駆けつけられるようにもなっている。
 その部屋に寄ったところ――

「プート大公閣下から、伝信がございます」
「プートから? なんだって?」
「折り返しいたしましょうかと申し上げたところ、そうせよ、とのことでしたので、ご用件はうかがえていないのですが……」
 申し訳なさそうに、通信士が言った。

「なんだろう……ヨルドルに何かあったとかかな」
 俺は早速、プートの城を呼び出してもらう。
 向こうも専任の応答役をつけているようで、少し待ってから、プート本人が画面の向こうに現れた。

「ヨルドルに何か?」
『む? あの男のことなぞで、いちいち連絡はせぬ!』
 ですよねー。
『だが、存外役には立っておる! しかし筋肉が足りぬゆえ、稼働時間が短すぎる! ゆえに急務として、毎日、筋トレを課し、体力の増強を図っておる!』
 ……ヨルドルが筋肉ムッキムキになるのは確定のようだ。

「では、用件は?」
『我が城の正式名称が決定した! 気にしていたようだったので、親切にも教えてやろうと思ってな!』
「……わざわざありがとう」
『うむ! 礼には及ばん!』
「それで、結局どっちの膂力城にしたんだ?」
『それよ! 結局城名は、〈爪牙煌めき咆哮高鳴る城〉とすることにした。魔王城に届け出た故、正式な文書で通知があろう』
 膂力城はやめたのか! 膂力城(そう)でなければなんでも普通に聞こえる!

「城主を象徴するかのような、いい名前だな!」
『うむ。竣工の暁には、落成祝賀披露宴を開催するゆえ、そなたと妹御を招待してやってもよい! その折にはもちろん、妹御には侍女がついてこられるのであろうが』
 いや……仮に俺とマーミルを招待してくれたとして、アレスディアは連れて行かないから!

 もっとも、こういう問題は、本人がどう思っているかが肝心だ。そういえば彼女に直接、プートの印象とか、聞いたことがなかった気がする。一度確認しておかなければ……。
 もしもアレスディア自身が大公妃の地位を望むなら、それを邪魔する権利は俺にもあるまいし。
 ただ……アレスディアにその気があれば、とっくになんとかしろとせっつかれてる気はするんだがな。

「そういえば、俺もちょっと聞きたいことがあるんだけど……」
『なんであるか』
「確かプートって、副司令官に奥さんいたよな?」
 確かってなんだよ、俺。目の前で瀕死の奥さん見たじゃん! しっかり知ってる癖に!

『モラーシアが何か?』
「その後、怪我の具合はどうかなと思って……」
『うむ! 腹の穴も塞がって、すっかりいつも通りである。魔王城の医療員はなかなかに腕がよい』
「それはよかった」

 いつもは迫力満点の獅子も、話が妻に及んでは、温厚な笑みが浮かぶ。
 アレスディア、アレスディアと言ってはいても、なかなかの愛妻家でもあるようだ。魔王城では重傷の妻に対して厳しすぎるように見えたが、内心、心配でたまらなかったのかもしれない。
 そう考えると、微笑ましいではないか。

「奥さんが副司令官だと心配にならないか? やっぱり魔族の強者って、いつも命の危険にさらされているわけだし……」
『心配とは、意味がわからぬ。モラーシアは強者ゆえ、副司令官まで上りつめたのだ。それを、私が心配してどうなる! 強ければ生き、弱ければ死ぬだけのことよ! 魔族はかくあるべきである! 誰であれな。我は支配者ではあるが、強者の庇護者ではない。妻は妻で、独立した一己の弱者に対する支配者である!』
 なんともプートらしいではないか。

「副司令官ってことは、一緒に住んだりはしていないのか?」
『ここ数日は大事をとって我が居住棟で寝泊まりしておったが、普段は同居しておらぬ。妻は自身の公爵城で暮らし、職務をこなし、番にやってくることになっておる』
「番?」
『我と同衾する番である!』
 ああ、へぇ……五人も奥さんいると、共寝にもちゃんと順番があるらしい。

『しかし、なぜ急にそんなことを聞く?』
「いや、別に……この間の怪我した副司令官が奥さんだって聞いたから、ちょっと気になっただけで……」
『ほう? わが妻を心配してのことと?』
「そりゃあそうだよ」
『ほう……』
「……」
 ……鋭いとか、やめてくれよ。
 だがしかし、アレスディアへの態度を考えてみれば、プートは意外に色恋沙汰には敏感なのかもしれない……。

「そうだ、連絡をもらったついでみたいで悪いんだが、ヨルドルと話すことはできるかな? ちょっと確かめたいことがあるんだが……」
 俺は話題を変えることにした。
『それは、今回の魔王陛下魔力強奪の件に関与することか?』
「大きくはそうだが、魔王様のというより、俺の領地で起こったリシャーナ絡みの件で、彼に心当たりがあるかどうか確認したいことがあるんだ」
『そうか。ならば、待っているがよい。呼びにやらせよう』
「助かるよ。ありがとう」
『うむ。私は忙しい身ゆえ、外すが、今後も相談に乗って欲しければ、そちらから通信してくるがよい! 妻とのことといえども、遠慮することはない!』
 いや、相談とかしませんけども! ちょっと聞いてみただけですけども!

 俺はやってきたヨルドルに、二、三、確認したかったことを尋ね、プートの城との通信を終えた。
 その通信では、たった一日見なかっただけなのに、疲れ切って別人のように見える、生気の薄いヨルドルが確認できたのだった。

 ***

 さて、副司令官を集めての会議である。
 このところ立て込んでいるので、俺は珍しく、その会議は昼食をとりながらのこととしたのだ。

「大公城の料理人、腕がいいから楽しみなんすよね!」
 一番に到着したヤティーンが、子供のようにはしゃいでいる。
「あ、ちょっと待て、ヤティーン」
 俺はいつもの席につこうとしたヤティーンをとどめた。

「なんすか?」
「一つずれて座ってくれ」
 副司令官の着席順は、着任した順と決まっている。最長老だったウォクナンの退任が決定となった今、全員席を一つずつずれる必要があるのだった。

「ああ、そういやウォクナンの奴、やらかしたらしいっすね。んで、副司令官辞めるんですっけ?」
 俺の席から見て右に回り込もうとしたヤティーンだったが、左手の手前に座る。
 実際に小ウォクナンと会ったジブライールやフェオレスと違って、驚くのではないかと思っていたのだが、一応、ヤティーンも概要は掴んでいるようだ。

「辞めるというか、まぁ、勤められなくなったが正しいんだが」
「フェオレスが副司令官になったのが百年前くらいっすから、顔ぶれが変わるのは久しぶりだなぁ。次、誰にするか決めたんすか?」
 割と事もなげにいう。あっさりとしたものではないか。

「いや、まだだ。今回、それも含めて、君らにも相談しようと思ってな」
「え。俺たちに相談するんすか? 大公閣下が?」
 え? いけない? だって実力も重要だけど、みんなともうまくやっていける人物を選ぶ方がいいよね。

「閣下、ホント変わってるっすよね」
「ヤティーンはヴォーグリムを基準に考えすぎじゃないか。あいつってば、大公の中でも結構、傍若無人な方だと思うんだが」
「かもしれませんね。でも、いうて俺、閣下の他にはネズミ大公にしか仕えたことないんで、わからないっすわ。てか、他の大公閣下でも大差はなさそうに見えますけど」

 そんな話をしているうちにフェオレスが、最後にジブライールがやってきたのだった。
 俺が説明せずとも、フェオレスはヤティーンを、ジブライールはヤティーンとフェオレスを見て察したらしい。新しい位置に並んで着席する。ジブライールが俺のすぐ右手、フェオレスがその奥に。

「全員そろったところで、始めよう」
 楽しみにしていたヤティーンには悪いが、会議をしながらの食事なので、給仕はいないし、おかわりもなしだ。
 各人の前に並べられたスープからデザートまでの一通りの品の他は、飲み物が自由につぎ足せる位だった。
 もっとも十二品も並んでいるのだから、十分だと俺は思う。

「まずは、君たちにもっとも関わりの深い、ウォクナンに関することから。彼が子供になったのは知っての通りだと思うが、元に戻す手段もなくなってしまった。そこで、副司令官の後任を決める必要があるんだが、誰か、任せるにふさわしい人物に心当たりのある者はいるか?」
 俺がそう口火を切ったときだった。

「失礼いたしますわ」
 その断りと共に会議室の扉が開き、とある女性が入室してきたのだった。


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