古酒の隠れ家

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恐怖大公の平穏な日常

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【第十三章 魔武具騒乱編】

90 会議への参加を希望してきたのは


「私が引き受けてさしあげてもよろしくてよ?」

 遠慮無く会議室に入ってくるや胸を張り、威風堂々、淀みなくそう言い放ったのは、誰あろう、アリネーゼだった。
「引き受けてって、何を?」
 今ここに乗り込んできたのだ。主張するところはわかっていたが、敢えて聞いてみる。
 なにせウォクナンの状態は、公表してはいないのだから。

「あの、俗悪なリスが副司令官を追われたのですってね? その後任をお決めになるのでしょう? だから、引き受けてもよろしくてよ、と言ってますの」
 アリネーゼはいつもの高慢な笑みを見せまいとするかのように、口元を扇で覆い隠したのだった。

 確かに大公を追われた今でも公爵位にあるアリネーゼのことだ。実力的にいって、彼女ほど副司令官にふさわしい者はいないだろう。実力的に言えば、である。
 だが、状況と、それから性格…………ごほん。

「副司令官となると、魔王城での会議に参加しないといけないこともある。そうなると、プートやサーリスヴォルフとも顔を合わせないといけなくなるぞ。それは君が俺の領地に属することになった流れからみて、避けたいんじゃなかったのか?」
 なにせアリネーゼときたら、永らく同盟者であったデヴィル族の二人を頼らずに、デーモン族で、特段親しくさえない、この俺の領民となることを選んだのだから。
 なお、ラマは論外だ。

「確かに面倒なこともあるでしょうけど、副司令官まで全員、招集される会議なんて、それほど頻繁には行われませんもの。加えて、あなた……ジャーイル閣下の開発した、通信術式とやら? それがあるなら、他領に赴いての会議の機会は、今後、減るでしょう? それよりこちらの領地では、副司令官同士の会議が、割と頻繁に行われているというじゃありませんか」
 今、ヤティーンを見たよね?

 つまり副司令官に立候補したのは、公務を利用して、大好きなヤティーンにアプローチしたいからって、そういうことだよね?
 そんな魂胆だろうと思ってはいたけれども。
 だがむしろ俺の領地では通信術式を積極的に敷設するのだから、副司令官会議こそ、通信を利用して行えばよいのではないだろうか。

「俺はいいと思いますけどね。実際、アリネーゼ閣下……じゃねーや、アリネーゼなら実力的にいって、副司令官にふさわしいし」
「んまぁぁぁぁ! んまぁぁぁぁ! 嬉しい評価ですわ!!」
 一番に賛成の声をあげてくれたのが、意中の男性と知って、アリネーゼの顔面がとろける。彼女はそのままキラキラと瞳を輝かせ、競歩の大会でも出るんですか? という速度でヤティーンに歩み寄るや、雀の手を両手で握りしめたのだった。

「さすが、実力のあるお方はよくおわかりですわね!」
「毎回思うけど、アンタ距離感おかしいっすよね」
 煩わしそうに、ヤティーンがアリネーゼの手を払う。  ねぇ! ヤティーンも大概鈍いと思うけども! ホントにモテるのか? だってこれって男らしいっていう? ただの朴念仁じゃない?

「ジブライールとフェオレスはどう思う?」
「そうですね。アリネーゼは経験豊富でいらっしゃいますし、その点で我が君の助けになられるかと思いますので、私としても、反対する理由はございません」
 アリネーゼはフェオレスの賛同には、無反応だった。
 ヤティーンの態度にショックを受けてのことかと思ったが、鼻息が荒いのでそうでもないのだろう。

「ジブライールは?」
「……」
「ジブライール?」
「……」
「ジブライール、聞いてるか?」

 どうしたことだろう、反応がない。
 確かに、会議室にやってきたときから、ちょっと元気がないなとは思っていたんだ。
 ただ、ジブライールのことだから、過剰な反応をしないよう、気をつけているだけかも、とも考えていたのだが。

「おい、ジブライール!」
 業を煮やしたヤティーンが、フォークの爪をジブライールの左目に向けて投げつける。
「ちょ……!」

 いつぞや、ノーランがウルムドガルムをティムレ伯に投げたことがあったが、さすがヤティーンは公爵だ。あのときより段違いのスピードだった。
 しかし対するジブライールもさすが魔族の強者。高速で放たれたそのフォークを、放心していてさえ、事もなげに受け止める。

「何をする!?」
 ボキッと音がして、フォークがジブライールの手の中で真っ二つに折れ曲がった。
 相手の攻撃に対して一瞬で殺気だったその姿を見て、全く元気がないわけではないらしいとホッとする。

「何をする、じゃねぇよ。閣下が呼んでるだろうが!」
「閣下が……?」
 しかしジブライールはハッとしたように俺を見たその瞬間、気恥ずかしさを感じたというより、気まずさを感じたかのように、目をそらしたのだった。

「申し訳ありません。少しボンヤリしてしまって……」
「いや……何か気にかかる事でも?」
 あ、しまった。この質問はまずかったか?

「いえ、申し訳ありません。なんでもありません」
 にべも無いんだけども。
 え、ちょっと待って……何、今の反応……え?
 え、何……?

 まさかジブライール、一日おいたら後悔に苛まれてきた、とかそういう……? まさか、俺にガッカリし………………。
 よし! 余計なことを考えるのはやめておこう。
 今の俺は大公として、副司令官たちと会議中なのだから!

「それで、何でしょう」
「何でしょう、じゃねーわ。ウォクナンの後釜に、アリネーゼがつくのはどうかって話をしてんだろ」
 ヤティーンは、さっき投げたのとは別のフォークの先を、ジブライールに向けてくるくる回しながら、強い口調で言った。

「アリネーゼ? ……ああ」
 ようやく、ヤティーンの横に立つ犀女に気づいたようだ。
「閣下のご決断に異はありません」
「……」
 素っ気ないからって、気にしない、気にしないぞ。

「副司令官たちに反対の意思なしとなれば、あとはあなた、ジャーイル閣下次第というわけですわね! さあ、どうなさるのかしら?」
 アリネーゼはヤティーン隣の空席の後ろに立ち、背もたれに手をかける。

「こちらに着座が叶うか、否か。今この場で、裁断を下していただきたいですわね!」
 俺に決断を迫るアリネーゼの声音は、ドスが利いていた。
「そうだな……」

 副司令官の後任は早急に定めなければとは思っていたし、どのみち他に心当たりもない。
 ついこの間まで、大公であった人物を副司令官に据えることには多少の不安があるが、なんといっても、アリネーゼが治めていたのは現ロムレイド領。地中の調査に現領主の積極的な協力を望めないのであれば尚更、フェオレスの言葉通り、彼女の知識と経験が助けとなる可能性は高い。

「わかった。着座を認めよう」
「賢明なご判断ですわね」
 俺が頷くと、アリネーゼは優美に微笑みながら、空席を埋めた。

「ウォクナンの家族の転居には、十日の期間を設けてある。全員の転居が終了次第、報せはいくようにしておくから、引っ越すのはそれからにしてもらえるかな?」
「ええ、もちろん、配慮いたしますわ」

 ウォクナンの解任とアリネーゼの着任は、この会議が終わり次第、ただちに宣布することとした。
 なお、解任の理由として、ガルムシェルトの使用により子供に戻ったことは公表するが、大公城に侵入した事実は伏せておく。どうせ噂は流れるだろうが。
 食事についてはアリネーゼが食べてきたからと断り、飲み物だけを手酌で注いでいた。

「では、次に魔王様の魔力強奪に始まる一連の件についてだ。各人、聞き及んでいるとは思うが――」
 今の今まで官職になかったアリネーゼは、一般に流布する説しか知るまい。それで整理の意味もかねて、認識を共にするためにも、俺は魔王様が魔力を奪われたその日から、本日この瞬間までの関知事項の概要を、解説したのだった。

 もちろん、詳細な状況は省いてある!
 たとえば、魔王様が露天風呂で魔力を奪われたこととか、俺がジブライールから報告を受けた場所や状況だとかは!
 さらに、ベイルフォウスが俺を相手にやらかしたことだとか、プートが配下に激務を強いていたこととかもだ。

「〈爪牙煌めき咆哮高鳴る城〉って、なんだかプート自身のようですわね」
「アリネーゼ、私的な時はともかく、こういう会議の時は、他所(よそ)の大公を呼ぶときも、プート大公とか、プート大公閣下とか、プート閣下とかって言うっすよ。一応、発言は記録されてるんすから」
「あら、思い至りませんでごめんなさい。本当に、貴方はご親切ですわね」

 助言を与えたヤティーンへ、さすがに副司令官という立場を鑑みてか、アリネーゼもうっとりとした表情で礼を言うにとどまった。
「今の発言、プート大公に直しておいてちょうだいな」と、会議の記録をとっている書記係に申し伝えるのは忘れず。

 確かにヤティーンって、結構、面倒見がいいんだよな。アリネーゼの美貌に魅了されてるって訳でもなさそうだから、相手が彼女でなくとも同じ忠告はするのだろう。
 なお、重要なのは敬称だけで、言葉遣いについては不問であるらしかった。

「結局、ウォクナンが子供になっちまったせいで、リシャーナがどうやって近づいてきたのかも、わからないってことっすよね」
「私が事情を話した時には、すでに記憶を失っていた状態だった」
 フェオレスはウォクナンに面会して、自分の境遇をいいきかせてくれていたのだ。
「すみません。私が最初の段階で、きっちり話を聞いていれば……記憶を失うことだって、知っていたのに……」
 ジブライールが肩を落とす。

「いや、ジブライールはすぐさま不審者の捜索にあたってくれたんだし、その対応に不備のあろうはずがない。そもそもリシャーナを逃したのは完全に俺の不手際だし、ガルムシェルトが無くなったのだって、俺が不注意だったといえる」
「そんな! 閣下に責めなどあろうはずが!」
 あれ? ムキになって俺をかばおうとしてくれるところは、いつものジブライールっぽいなぁ。

「俺に責任がないとは言わないが、それなら余計、ジブライールには責任などない。だが失敗に対する反省は個人のものであって、いつまでも公的な問題にすべきでないと俺は考える。故に話し合いは、むしろ今後どう対処するかの方に重点をおきたいと思っている」
「はい……」
 しかし、やっぱり元気がない。本当にどうしたというのだろうか。会議が終わったら、じっくり聞いてみることにしようではないか。


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