古酒の隠れ家

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恐怖大公の平穏な日常

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【第十三章 魔武具騒乱編】

91 僕は最適解を導いているつもりなのですが


「そもそもジブライール、お前、なんでそこに戻ったんだよ。普通に考えて、意味ねぇじゃん」
 ジブライールが捕捉として、エンディオンの誘拐から地下の捜索開始までを語ったところで、早速、ヤティーンから突っ込みが入る。

 雀がそんな疑問を抱いたのも、無理はない。
 なにせ俺が百式で抉った土地は、地下迷宮が広がっていたと思われるそのすべてを含んでいたのだから。
 つまりハシャーンの棲息地は、すべて跡形も無く消え失せていたのだ。

「勘だ」
「勘……そうか、なら仕方ねぇな」
「なるほど、勘ならば確かにやむを得ない」
 ヤティーンとフェオレスが、納得したような声をあげる。
 勘というのはなんだかんだで魔族一般の、いいや、高位者であれば一層、行動原理として納得のいく要素なのかもしれなかった。
 なにせそのおかげで生き延びてきたという経験が、強者ほど豊富であろうから。

「後でどうしても気になってくるところがあるだろう。それが今回は、閣下が大地を復元される前に見た、断層の小さな穴だったのだ」
 そりゃあ俺だって、抉った時に周囲を見回してはいたよ?
 だが、一応敵と対峙していたのだし、そんな広範囲をじっくり観察してはいなかった。
 もっとも、たとえ周囲を見回して、その穴を目にしていたところで、気にかけたりはしなかっただろう。

 なぜって、ジブライールが気になったという穴は、本当に小さな……それこそ動物のモグラであれば通れたであろう、という直径三、四㎝ほどのものだったからだ。
 むしろそのくらいの穴なんて、目にとまらないだけで、いくらもあったに違いない。
 しかし、何かが引っかかったらしいジブライールは、その穴を見たと思われるあたりを、人一人が立てるほどの幅で深く掘って、うまく探し当ててみせ、そこへ例の遠隔自走式魔術を駆使して情報に迫ったのだという。

「それで、ただの地中生物の穴だった、とか言うなよ」
「ああ、動物のモグラの掘った穴だった」
 わざわざ動物の、と言い表したのは、デヴィル族ではないと明言するためだろう。
「おい……ほんとにモグラの穴だったのかよ」

 時間と魔力を費やして、結果がホントに動物のモグラが使う道でした、では、ヤティーンがガッカリした気持ちもわかるではないか。
 けれどジブライールは調査を途中で打ち切りにはしなかった。直感に従い調査を続けたその先に、別の跡――動物が利用するよりはるかに大きく掘られた、洞穴といっていい穴を、見つけだしたのだった。
 上部に抜ける鉄の扉を備えたその穴の、真上にあったのがヌベッシュ侯爵の城だ。

「だが、単に城の敷地の下に穴があった、というだけでは、当人が掘ったものかどうか、わからないのでは? ジブライールは実際にその穴の中を確認した訳でも、上部への入り口を開けて出てみた訳でもないのだろう?」
 フェオレスが質してくる。
「確かにその通りだ。だが、無関係とも言い切れまい。なにせ彼は、リシャーナと関係があり、ハシャーンの父であり、穴を掘るのが得意なモグラでもあるのだから」
 もうすっかり、いつもの冷静なジブライールだった。

「つまり、調査が必要ってことっすね。あのあたりの担当は…………俺が調べるんすかね?」
 その声音で、ヤティーンが乗り気でないことがありありと知れる。ホント、力推し以外のことには消極的だよね!
 だが、安心するがいい。俺はその調査を、人任せにするつもりはないのだ。

「リシャーナの裏にいるのがヌベッシュ侯爵だとすると、相当油断ならない人物のはずだ。抜かりない調査が必要だと思っている。俺はこれでも、ヤティーン、ジブライール、フェオレス、いずれの実力も重々承知しているつもりだ。誰に任せることになっても不安はない」
 本心だった。リシャーナとヌベッシュ侯爵の関わりを調査したフェオレス、洞穴を突き止めたジブライール、地域担当であるヤティーン、どの副司令官に任せるとしても、きっと俺の期待通りの成果を上げてくれることだろう。

「しかし、探索がロムレイド領に及ぶ以上、今回についてはひとまず俺、自らが赴くつもりでいる。ただ、その補佐を、副司令官一名に頼みたいと考えているんだが、それを……」
 ジブライールとフェオレスは真剣な表情で頷いたが、ヤティーンはやはり億劫そうな表情を隠さなかった。

「アリネーゼ、君に」
「えっ!?」
 驚いたような声は、指名された当人から出たものではなかった。
 ジブライールが、小さく不満げな声をあげたのである。
 真面目なジブライールのことだ。穴を見つけたのは自分なのだから、調査も自分が、と思ってのことだろう。だが――

「このタイミングで君が副司令官についてくれたのは、むしろ僥倖かもしれないな。現ロムレイド領の前領主であった君の知識と経験は、今回の調査の助けとなるに違いないからな」
「ええ、その通り、大いに助けとなることでしょう」
 大きく広げた扇子の向こうで、猫の目がにんまりと細まった。

「侯爵の不審を見逃した私にお命じいただきたかった気持ちはありますが、それが最善でしょうね」
 フェオレスが未練を断ち切るように頷く。
「この件に、いつまでも時間をかけるつもりはない。なにせ〈修練所〉の運営が迫ってきているからな。それまでには何らかの決着をみたいと思っている」

 そうだとも!
 なにせあともう幾日かで、ようやく〈修練所〉の番が回ってくるのである!
 運営会議で話し合った、あれやこれやの仕掛けを試せる日が、もうすぐやってくるのだ!
 煩わしいばかりの問題に、いつまでもかかっていたくはないではないか。
 ああ、いいとも。俺のことも脳筋と呼ぶがいい。
 愉しみこそ、魔族の生きる糧なのだから!

「そういや、それもだ。つまり、修練所の運営も、ウォクナンがやるはずだったとこを、アリネーゼが代わりに担当するってことっすよね」
「そうなるな」
「じゃあもう一回会議を開いて、なんやかや調整した方がいいんじゃないっすか。軍団長にも顔見せして、彼女がいる環境に、ちょっとでも慣れさせといた方がいいと思うんすよね。特にデヴィルの男共に」
「んまぁぁぁぁ!」

 アリネーゼは今度は小さく震える声を発すると、ヤティーンの横顔をうっとりと凝視した。
 今後はこのやりとりに、慣れないといけないってことだろうか……。
 それはともかく、ヤティーンの主張には一理ある。
 確かにデヴィル族で一、二の美貌を誇るアリネーゼが、当日いきなり修練所の運営に参加しては、興奮したデヴィル族男性諸君によって、運営に支障がでないとも限らない。
「そうだな。ヤティーンの提案に従い、近日、最終調整会議を開くことにしよう」

 その後、三時間に及んだ会議で、俺は四名の副司令官と認識を共にし、有爵者の城に対する通信術式の設置義務など、いくつかの方針を定めたのだった。

 終会となってすぐ、新妻のところにとっとと帰りたいらしいフェオレスが、礼は怠らずもそそくさと部屋を出て行き、次にヤティーンが席を立つ。
「んじゃ、そういうことで!」
「あ、お待ちになって、ヤティーン! 途中までご一緒しましょう!」
「ちょ、アリネ――」
 俺の声かけは丸ごと無視して、アリネーゼは雀の後を追うよう、出て行ってしまった。

 せっかくだから、初会議の感想とか、彼女の領土で経験した会議との違いとか、色々聞いてみたかったのに……。
 だが、まぁ、今日はいいか。ジブライールの様子も気になっていることだし。

 そのジブライールは、みんな出て行ってしまったというのに、一向に席から立ち上がろうとしない。
 それが、俺の方を気にしてそわそわしてる、とかなら、ああ、そういうことかな、とも思えるけども、今日は明らかにいつもと雰囲気が違うのだ。
 会議中は普段通り快活だったというのに、今はまた、じっと机の上で組んだ両手を深刻そうに見つめたまま、ピクリともしない。
 嫌な予感しかしない……。

「ジブライール、どうした?」
 俺は恐る恐る、声をかけた。
「……私では、いけませんでしたか?」
「……いけなかった、って……」
 え、ちょっと待って! 一回でふられるほど、俺の何がいけなかったと……!

「穴を見つけた私に……今後の調査も私にお任せいただけると思っていました」
 ビックリした。そっちの話か!
 勘違いした自分がちょっと恥ずかしい。

「それはさっき言った通りだ。調査がロムレイド領に及ぶ以上、アリネーゼが適任なのは、ジブライールにだって理解できるだろう?」
「……それはわかりますが」
「本来、アリネーゼが我が領の事情に通じていれば、彼女一人に任せてもよかった位だ。だが、そうはいかないから、俺と二人で事にあたることにした、というのもわかるだろう?」
「それはけれど……アリネーゼ一人では心許ないというのであれば、私にお命じいただければ……あの魔術だって、きっと役にたつはずです……」

 そんなにヌベッシュ侯爵の調査に携わりたかったのだろうか。モグラを締め上げて白状させる、とか、そういうことがしたかったのだろうか。
 まさか、俺とアリネーゼが二人きりになるのが心配だ、とかはないよな?

「閣下自ら動かれずとも……」
 これは俺を休ませてあげたい、というジブライールの気遣いだろうか?
 確かに、自分でいうのもなんだが、俺はちょっと自分で動き過ぎだと思う。他の大公たちのように、もっと配下に任せてもよいのではないだろうか、と、最近は考えている。
 だが、そうだとしても、さすがに今回は、副司令官になったばかりのアリネーゼに丸投げすることはできないではないか。

「ジブライールの言うとおり、あの遠隔自走式魔術……君の考案した魔術をそう勝手に名付けさせてもらったが、あの魔術が、必要になってくるかもしれない。だが、それは俺が体得するから問題ない。その方が、半日も疲労する君が使うより、よっぽど効率的だし――」
「私……副司令官としても、閣下のお役に立てないんですね……」
 うん?

「いや、今回はアリネーゼが適任だというだけで、ジブライールが役に立たないとか、そういうことでは……」
「う……」
 ポタポタと、ジブライールの瞳から落ちた雫が拳を湿らせる。
 なに? え、これ、どういうこと?
 なんで急に泣き出したの???

「ジブライール、どうし……」
「違うんです。すみません、なんでもないです。申し訳ありません! 帰ります!」
 差し出した俺の手を弾き、ジブライールは勢いよく立ち上がって、部屋を出ていこうとした。
「ちょっと待て、ジブライール!」
 俺は彼女の腕を強引に取り、引き留める。

「なんで泣いてるのか、ごめん、意味がわからないんだが……。俺が何かしたのか?」
 いやしたけども! やっぱり、俺に初めてを捧げるのでなかったとか、今になってそういう後悔に苛まれてしまっているということなのだろうか!?
 だって、いつものジブライールなら、アリネーゼに調査を任せただけで、こんなに感情的にはならないよな?

「ち、ちがっ……閣下は別に……私が欲深いだけなんです。ごめんなさい、離してください!」
 ええ???
 んんん???


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