古酒の隠れ家

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恐怖大公の平穏な日常

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【第十三章 魔武具騒乱編】

93 送別の会は和やかに 


「お兄さま! こっちとこっち、どちらがよろしいかしら!」
 ケルヴィスが夕食に来ると知った妹によって、部屋に引き込まれた俺の目の前には、いくつもの衣服が広げられている。
 本当なら侍女にみてもらいなさい、とでも言いたいところだが、マーミルが万が一にもアレスディアでなくユリアーナに確認をとっては困るので、渋々付き合っているのだった。

「そっちの黄色い方がいいんじゃないか? 元気な感じで」
「元気……。子供っぽすぎないかしら……」
 お前はまだ子供なのだから、どれだけ子供っぽくったって、かまわないではないか。っていうか、そっちの水色を着たところで、別に大人っぽく見えるというわけでもないし……そう言いたい気持ちを、ぐっとこらえる。

「それにしても、どうして急に? ケルヴィスを晩餐に招くだなんて、今までなかったことですわよね」
「ああ、まぁ……たまには、な」
 俺は悩んでいた。先に事情を話しておくべきか、それとも本人から聞くのを待つべきか。
 しかし、今話してしまうと、マーミルは食事どころではなくなるのではないだろうか。
 そう思って、俺は話さないことに決めた。

「さあ、そろそろ着替えてしまわないと、本当にケルヴィスがやってくるぞ」
「! そうですわね! じゃあ――こっち! お兄さまの言うとおり、黄色い方にしてみますわ! アレスディア、髪を結って! 花を散らして、可愛くね!」
「はぁ……今日もまた、難問を押しつけられる私」
「どういう意味よ!」

 妹とアレスディアがわちゃわちゃしているのを聞きながら、自分が着替えるために自室に戻る。
 基本的に、自分の衣服は自分で選ぶ。もちろん、式典系に参列するときは、エンディオンの知識をあてにしたりはするが。

 というか、俺の服って黒・白・青系統がほとんどで、色目の幅がないんだよな……いや、変に原色ギラギラの衣服を用意されても、それはそれで着こなす自信もないから、いいんだけども!
 ちなみに今回は、マーミルと色を合わせよう、などということは考えず、濃紺の一式を選び、夕食に臨んだ。

「本日は、お招きいただき、ありがとうございます!」
 俺とマーミルの待つ応接に入ってきたケルヴィスが、元気よくお辞儀する。
 彼も仕事の後にわざわざ着替えてきたらしく、昼間は上下つなぎの作業服だったのに、今は三つ揃いの盛装だ。黒を基準に、黄蘗色(きはだいろ)をアクセントに散らして、よく似合っている。

「ねぇ、お兄さま! 私、黄色いワンピースにしてよかったですわ! だって、お揃いみたいですもの!」
 水色の方をすすめるのだったかな。
 会食するのは俺、マーミル、ケルヴィスのたった三名だ。マーミルから誘ったのだが、ネネネセは遠慮したらしい。なにか、察するところがあったのだろう。

 天気の話でもしているうちに、家扶が呼びに来たので、食堂に移動した。今日は、昨日よりさらにこぢんまりとした、五名座るのがやっとの、食卓のある部屋を準備してもらった。あまり大仰にしても、かえってケルヴィスが緊張するだろうと思ったからだ。
 俺が魔王様席、客であるケルヴィスが右手、左手にマーミルという順で、席に着く。

 そこで出てきた汁物に、俺は驚いた。なぜって、以前、この城で供された時には、俺もマーミルも、吐いた経験のある一品(ひとしな)だったからだ。
 そう、黒とも灰色とも言いがたい、泥のような見た目のそのスープは――

「毒蛇のスープ……」
 そうだとも。ダァルリース男爵邸近くの毒沼に住む、毒の大蛇のスープだったのだ。
 妹と俺は、恐怖に彩られた瞳を合わせる。
 どうして、よりによって来客時に、またこのスープが!?

「変わった色のスープですね」
「待て、ケルヴィス!」
 俺の制止は間に合わず、何も知らないケルヴィスがスプーンを口に入れた。
 次の瞬間、少年の瞳が巨額に見開かれる。

「美味しい!」
 思わずあげてしまったというような、感嘆の声だった。
「え、本当に……?」
「大丈夫か、舌はピリピリしてないか? バケツをもってこさせようか?」
 俺たち兄妹の反応に、ケルヴィスが首をかしげている。

「ものすごく美味しいですが……あの?」
「いや、すまない。以前、このスープがこの城で出された時には、とても飲めたものじゃなかったんだ」
 マーミルが強張った表情で、ウンウンと頷いて、同意を示す。

「そうなんですか。でも、とても美味しいですよ」
 ケルヴィスの言葉に、妹は恐る恐る、といった感じでスプーンにすくった液体の匂いをかいだ。
「お兄さま! この間と違って、臭くないですわ!」
「確かにそのようだな」

 俺はじゃりじゃりと、泥を食むようだった以前の記憶を上書きすべく、ケルヴィスの感想を信じてスープを口に運んだ。
 その瞬間――
「美味い! もしかしてこれは、ダァルリースが作ったのか?」
 まさしく、彼女の城で食した大蛇のスープと同じ味だったのだ。

「左様です。男爵は竜の返却の手土産に、と、大蛇の新鮮な部位を、いくらかもって参りました。そこで、料理長がうまく調理できなかったことを相談すると、指南していったそうです」
 エンディオンが答えてくれる。
 言わずもがな、竜と大蛇は天敵だ。
 今日は俺の城の竜を返しにきたわけだから、万が一のことがあってはいけないと遠慮して、ダァルリースは一匹丸々もって来るのを諦めたのだろう。
 しかし、料理長に指南していったということは、今後は食材さえあればいつでも、この美味しい料理が食べられるということではないか!

「マーミル、ほら、食べてみろ!」
「えぇ……本当に……?」
 以前の苦い記憶がどうしても甦るのだろう。妹は思いっきり顔をしかめた。
 しかし、すぐに同席しているケルヴィスのことを思いだしてだろうか。咳払いをして、すまし顔を取り繕う。

「世に魔族の恐るるものなし、といいますものね! いいわ、いきますわ!」
 覚悟を決めたような台詞の割に、妹は、なかなかスプーンを口に運ばなかった。しかも、食べる瞬間には、盛大に眉間に皺がよっていた。
 だが――

「!!!!」
 マーミルは、こぼれ落ちるのではないかというほど紅玉の瞳を見開き、端から見ても嚥下した瞬間がわかるほど、スープをゴクリ、と、派手に飲み込んでみせた。

「な……ななななな、なななな!」
 スプーンを持つ手がプルプル震える。
「なにこれ! ぜんっぜん、味が違いますわ! 嘘みたいに美味しい!」
 そう叫ぶや、俺やケルヴィスがいることも忘れたかのように、背中を丸め、貪るようにスープをすすりはじめたのだった。
 こうなるのではないかと、俺が以前想像していた、そのままの反応に!

「マーミル、もう少し落ち着いて飲みなさい」
「はっ……! ごめんなさい、私ったら!」
 俺の注意で我に返った妹は、ケルヴィスを気にしてか、頬を赤らめている。

「マーミルの気持ち、すごくわかります。本当に美味しいですね。お代わりしたいくらいです」
 実のところ、俺もその意見には同感だ。
 にしても、それをサラッと爽やかに言うのだから、ケルヴィスがモテると言われても、納得できる話ではないか。

 そんな風に、なごやかに始まった夕食だったが――

「え、今なんて――」
 ケルヴィスの発表に、三つ並んだ色とりどりの果実のゼリーを前にして、妹の動作が固まった。
「お……お引っ越し……? ケルヴィス……お兄さまの、この領地から……出て、行くの?」
 さっきまで、料理に舌鼓をち、ご機嫌だったのが嘘のように、青ざめている。

「それも……明日? そんな、急に?」
「うん、そうなんだ。父が〈修練所〉に挑戦してね。プート大公閣下のところで、侯爵にあがることになったんだ」
「そ……そう、ですの……」
 うまく加減ができなかったのだろう。妹は音を立ててデザートスプーンを置き、俯いた。

「それは、おめでとう……ございます……」
「父が〈修練所〉に通っていたのは知っていましたけど、最上階に挑戦していたのは知りませんでした。僕も妹も、明日引っ越すからと、昨夜聞かされて……」
 ケルヴィスは苦笑を浮かべた。
 昼間に会ったときは随分な落胆ぶりだったが、少しは気持ちの整理がついたのだろうか。もしくは、幼い妹の気持ちを慮ってくれているのかもしれない。

「マーミルには家族のことは少し、話をしていたんですが、実は、妹の実母……義母(はは)が、プート大公の領地で男爵位にありまして。二人は仲がよかったんですが、お恥ずかしい話、少し前に、派手に仲違いをしてしまっていたんです。父が爵位争奪戦に挑戦したのは、それが原因で……ただ、離れて暮らしていても、手紙のやりとりはしていたらしく、最近、どうも仲直りをしたらしいんです」

 えぇ……まさか、父親の遷爵にそんな事情が隠されていたとは。
 奥さんと喧嘩したり仲直りしたりのたびに爵位に挑戦するって、ある意味、ケルヴィスの父は奥さんとの仲に命をかけてるってことにならないか。
 少なくとも、俺の臣下でいることが気に食わない、とかいう理由からじゃ無くてよかったけれども。

「今日まで仲良くしてくれて、ありがとう、マーミル」
「そんな……仲良く、だなんて……。さみ、寂しく…………なり、ますわ」
 妹は小刻みに震える口元を、きゅっと結んだ。泣くのをこらえようとしているのが伝わってくる。

「私、失礼しますわ……ネネネセ……マストレーナにも、教えてあげたいの。いいでしょう……お兄さま?」
「ああ、かまわないよ」
 結局、妹はデザートに手をつけず、アレスディアを伴って食堂を出て行った。
 きっと扉を出た瞬間、大泣きしていることだろう。後で慰めてやろう。

「閣下、今日は本当にありがとうございました。こんなお時間をいただいて……」
「いや、本当なら妹君も呼べればよかったんだろうが」
「そんな、とんでもないです」
 ケルヴィスも、色とりどりの果実のゼリーに手をつけていない。

「あの、実は閣下……」
「うん?」
「お話ししたいことがあるんです。その……この、ロギダームのことで……」
 真剣な面持ちで、ケルヴィスは腰の魔剣を剣帯から外したのだった。


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