古酒の隠れ家

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恐怖大公の平穏な日常

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【第十三章 魔武具騒乱編】

94 魔剣ロギダームの秘めた力……?


「それで、ロギダームのことで話というのは?」
 俺とケルヴィスは、食堂から書斎へと会話の場所を移していた。
 そう、昨夜、エンディオンとも話をした書斎だ。昨日、家令が座っていた席に、今日は少年が座っている。
 こんな短期間の間に、二度もこの部屋を利用するのは初めてだ。そもそも居住棟に家族以外を招いたこと自体、ほとんどないのだから。
 どうでもいいことだけど!

「閣下にロギダームを賜りましたのは、魔王大祭が終わった直後でした」
「そうだな」
 ちょうど、俺の領地で行っていた魔武具展を片そうとしていたときのことだ。ケルヴィスに借りていた剣を大公位争奪戦で折ってしまったので、魔剣で返すことにしたのだった。
 あのときは、ケルヴィスがロギダームを望むばかりか、生涯の友にするとか言い出したものだから、ビックリしたのを覚えている。
 だって、抜くやたちまち下品な歌を歌い出す、ロギダームをだよ?

「ロギダームは素晴らしい名剣です」
 少年は見かけだけは格好いい赤地の鞘を、端から見ても愛情を抱いているのがわかる様子で握りしめた。
「その見事な一振りを、僕がこのまま所有して、他領にもっていってしまってよいのでしょうか? 閣下にお返ししなくてよいのでしょうか?」
 まさか、そんなことを気にしていたとは。
 迷惑を被っているから返品したい、とかいう話ではないらしい。違う方向での返却伺いだった。

「もちろんだ。俺が一度部下に下賜したものを惜しがって取り上げるような、そんな男だと思うか?」
「いえ、まさかそんな――」
 ケルヴィスが慌てて顔を左右に振る。

「ロギダームはもはや君のものだ。どこへいっても、堂々と自分のものだと主張すればいい。それに、俺の腰にはすでに二本の名剣がある。さすがに三本は多すぎる。返ってきたところで宝物庫にしまっておくのでは、勿体なさすぎるだろう」
 俺がそう言うと、ケルヴィスはようやくホッとしたように微笑した。
「ありがとうございます……!」

「実は僕、最近、ようやくロギダームとうちとけてきたんです」
「うん?」
 うちとける? 剣と?
 いや、確かにロギダームは喋る……というか、歌い出すが。

「普通に口をきいてくれるようになるまで、一ヶ月もかかってしまいました。でも、閣下もご存じの通り、彼は結構、物知りなので、今では色々なことを教えてくれるんです。最近では僕の癖をふまえた上で、戦い方のアドバイスとかもくれるようになって――」

 はい? ロギダームが普通に喋るって? しかも、戦い方のアドバイス???
 ロギダームとまともに会話が成立すること自体、俺はご存じないのだが??
 むしろ俺が抜いた時は、いつもいきなり煩く歌い出すばかりだったのだが?

「……ちょっと抜いてみてくれないか?」
「あ、はい」
 ケルヴィスが鞘から少しばかり剣身を引き抜いた途端――
『はぁ~ん! 俺様チョーチョーカッコイイ~! この世に惚れない女はない~! なにせ俺様の<ピー>ときたら~!!』
 俺はケルヴィスの手を上から握り、強引に納剣させた。

「……」
「……」
 大丈夫、あり得ないくらいの大音量だったが、マーミルはマストレーナの所……予備棟にいるのだから、聞こえたはずはない。

「これと、普通に会話できるって?」
「……あの、いつもはこんな興奮している風じゃないんですが……」
 ケルヴィスは困惑しているようだが、逆に、俺にとっては今のがいつものロギダームだ。

「すみません、ちょっと席を外してもいいですか?」
「かまわないが……」
 ケルヴィスは一旦ロギダームを持って廊下に出、それから暫くたってから書斎に戻ってきた。

「すみません――こんなこと、お伝えしていいのかどうかわからないんですが――」
「言ってくれ」
 ぶっちゃけ、俺としてはロギダームが普通に話そうが話すまいが、別にかまわない。それでも待ったのだから、むしろ聞かせてほしい。

「閣下のことが……怖いそうです」
「……え?」
「すみません……」
 はい? 今なんていった? (ロギダーム)が俺を怖いって?
 剣が? いや、剣が?

「――レイブレイズのことが怖い、と?」
 今は持っていないけども!
「いえ……。
閣下の剣がではなく、閣下に対する恐れを克服せんと、鼓舞するために歌っているそうです」
「……」
 は? ちょっと待て。
 あんな下品な歌が、自身への応援歌だとでも?

「他にはなにか?」
 俺が促すと、ケルヴィスは遠慮がちに続けた。
「ロギダームによれば、大公位争奪戦で死をもたらす幸いが竜伐に折られたのも、閣下に対する恐怖心から、もろくなっていたためだろう、と……」
 はい?
 つまり死をもたらす幸いが折れたのは、俺のせいだと……え?

「怖いって……まずもって、ロギダーム以外の剣にもそんな感情があることにも驚きだが……」
 いや、確かに俺だって、魔剣が生きているようだとか、意志があるのでは、とかは思ったりしていたよ? 話しかけたりしたことだって、ごく稀にあるし。
 だとしても、そこまで感情豊かだとは思ってもみないではないか。

「しかしそれにしては他の……たとえば魔王様が黒の剛剣を折ったとは、聞いたことがないんだが……」
「魔力の多寡は、魔剣が感じる恐怖とは関係ないそうです」
 なに、どういうこと?
 魔族として温厚なこの俺の、どこが特別怖いというのだろう!

「閣下のことを怖がらないでいるのは、大公城にある剣のうちでは、今、愛用されていらっしゃる二振りくらいでは、と――」
 俺はこんなに魔剣が好きなのに、魔剣の方は俺に使われた時に限って、恐怖から強度が下がるっていうのか?
 いや、待てよ――ショックでウッカリするところだったが、今の話だと!

「つまり、ロギダームは他の剣とも話せるのか?」
「はい。
話す、というのとは厳密には違うと思うのですが、剣だけでなく、魔武具の類いとは意志の疎通ができるそうです」
「なんだって……」
 またもや、ヒンダリスが管理していたはずの、宝物庫記録帳にはない情報だった。

 魔武具と意志の疎通ができるって、それはある意味、鑑定魔術を持っているのと同じなのでは?
 むしろモノは嘘を言わないだろうから、敵意を持った鑑定魔術士より、有意義な情報をもたらしてくれるのでは?

「ケルヴィス! ロギダームは今回のことについて……例えば、何かガルムシェルトのことを知らないかな? ティムレ伯の武器庫にあった、ウルムドガルムのこととか……」
「実は僕も何か閣下のお役に立てないかと、今回の事件が公表された際に、ロギダームに聞いてみたのですが、ガルムシェルトとは一度も同じ場所に存在していたことがないそうで」
「そうか……」

 ティムレ伯からウルムドを預かった時、相談相手として、俺の脳裏に少年のことが浮かばないではなかったのだ。だが、彼の興味は剣に限られていると思い込んで――いや、それは事実ではあるのだが――俺はケルヴィスには相談せずに、ミディリースにウルムドを預けたのだった。
 あのときせめて、ケルヴィスにも少しは話を聞いていたら――

 そうでなくとも、ガルムシェルトが存在した間にロギダームの能力を知れていれば、リシャーナや人間たちの動きについて、すべて解明できていた可能性があったのでは?
 なんなら黒幕についても、確認できたのでは?

「閣下、やはりお返ししたほうがよいのではありませんか? 今からでも、ロギダームがお役に立てることがあるのでは?」
 俺が黙りこくったせいで、ケルヴィスが不安げにロギダームを両手に掲げ、差し出してきたではないか。

 確かに、今からでもロギダームの能力を使って、たとえば大公城宝物庫の魔武具やティムレ伯の宝物庫の魔武具から事情聴取をするとか、できないわけではないと思うよ。
 だがなんていうのだろう……事件が起こった当初、手元にロギダームがあった、というのなら、そういう手をとってもよかったとは思うが、後でって!  しかも、明日には別の領地に移ろうという未成年の少年から奪って、だよ? 本人が返すっていってても、それはもう奪ったのと同じだからね!
「いや、言ったろう。俺は配下に下賜したものを、惜しがって取り上げたりしない、と」
「ですが、もしや閣下はロギダームの能力を、今までご存じなかったのでは……」
 その通りだ!
「たとえそうだとしても、俺がロギダームを所持したままでは、やはりその能力に気付くことはなかったろう。今さら、どんな能力があろうと発覚しても、俺に返す必要などない。持ち主にふさわしいのは君だ、ケルヴィス」
「閣下――」
 ケルヴィスは感極まったように、目元を潤ませる。
 だが少年よ。これは別に、そんな感動してもらうことでもないのだ。

 少なくとも同位の大公になら、わかってもらえると思う。
 奪爵に挑戦して、実力が及ばず負けて、殺されなかったのをいいことに、人間の町を襲って魔力を底上げする魔武具をたんまり奪って、それを使って同じ相手に再挑戦する感じ、というか!
 それと同等の感じがするのだ。
 たとえそれで相手に勝ったとしても、その爵位に実力が足りてるとは、到底言えないよね!
 いや、俺は過去に人間の魔武具を借りたことがあったけれども!!
 あのときは非常事態だったし、奪爵とかには全く関係なかったからそうしたのであって、同族相手だったら決してあんなことはしないのだ!

「僕、今日のこの日のことは、一生忘れません。そして成人したら一刻も早く、閣下の配下として、また戻って参ります!」
「ああ、待っているよ」

 俺の何が気に入ってこんな熱心に慕ってくれているのかはよくわからないが、素直な配下は貴重なので、歓迎するに決まっている。
 もっとも、年若き少年の言うことだ。途中で心変わりしたところで、責めはしない。
 尚……万が一、ケルヴィスがホントに俺の領地で爵位を得たとして、その時まで何も解決していなかったら……ちょっと力を借りることもあるかもしれない。

 少年は深い息を吐き、深呼吸する。
 そうして俺に向かって落ち着いた微笑を浮かべたところで、書斎の扉がノックされた。
 入室を許可すると、目を赤くしたマーミルが、数人のマストレーナと共に入ってきたではないか。

「あの、ケルヴィスを見送りたいと思って……他のみんなもご挨拶に……それで、これを私からの餞別に――」
 ネネネセに後押しされて、マーミルがケルヴィスに向かってきれいに包装された小包を二つ、差し出す。
 大丈夫だろうか。妹のセンスはちょっと心配だ。まさかまた、自分の顔が刻印されたペンとかを贈ってないだろうな。
「こちらはチエリカに、こちらが……貴方に」
 チエリカというのはケルヴィスの妹の名前らしい。

「これは、私たち姉妹から。それから、お手紙も書きましたのよ、みんなで」
 ネネリーゼが、やはり二つの小包を渡す。
 ネセルスフォがマストレーナたちの分もあわせてだろう、ずっしりと束ねられた手紙を、ケルヴィスに差し出した。

「ありがとう!」
 さっきまでの感傷的な態度は封印したのだろう。ケルヴィスは少女たちを相手に、明るく振る舞いだす。
 思えば食事の時も、必要以上に暗くならないよう、気を遣っていたような気がする。ほんとにできた子じゃないか。

「ケルヴィスは、大公城まで竜できているのか? 魔獣で来ているのか?」
「魔獣に乗ってきています」
「なら、大荷物でも大丈夫だな。さっきのゼリーを包むようにいってあるから、土産として持って帰ってくれ」
 言っておくが、食べ残しを包めとか、そういうことではない。

「最後まで、お心遣いをありがとうございます! みんなも……本当にありがとう。また、きっとそう遠くない日に会えると信じているから、それまでお元気で……」
 最後の最後だけこらえきれなかったように涙ぐんで、少年は帰って行った。

 俺はその夜は、大泣きをする妹を慰めながら、彼女の寝台で一緒に眠ったのだった。


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