恐怖大公の平穏な日常
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95 通信術式が大活躍で、考案者として会心の思いです
『なんだ、その眠そうな顔。もはや早朝ですらないってのに』
翌朝、通信術式を繋いで憎まれ口を叩いてきたのはベイルフォウスだ。
「一晩中、マーミルを慰めててあんまり寝てないんだから仕方ないだろう」
俺は遠慮せず、大欠伸をする。
『マーミルがどうしたって? 慰めていたって、何があったんだ?』
「仲のよかった子が、俺の領地から引っ越していくことになったんで、さみしがってな」
『そうか、それは可哀想に。俺が遊びにいけたら、気を紛らわせてやれるのにな』
「で、朝からなんの用だ?」
『俺が遊びにいけたら――』
「来られないから残念だな。で?」
『……接続テストだ』
お前もかよ。いや、相手の認識文様がわかるから、通信してきてくれるのはいいんだけども。
〈不浄なり苔生す墓石城〉の認識文様は〈蜘蛛の巣〉にしたらしい。ちなみに、ベイルフォウスの紋章は『巣を張った蜘蛛』だ。
ついでにいうと、今までの通信先では当人の背景は、普通に部屋の壁が映っていたのみだったが、ベイルフォウスは背面にしっかり大公旗を飾っている。
正直、いいアイデアだと思う。今度から俺もそうしようかな。
「それにしても、接続テストってなら、お前にしては時間がかかったな」
『……俺があれから、すぐに自分の城に帰れたと思うのか』
「治療に時間がかかったのか?」
単純な切傷だったとはいえ、なにせあの、魔族が見ても不気味と評する魔剣で切ったのだ。魔王城医療員でも手こずったほどの傷だったというのだろうか。
『魔王城の医療員の技だぞ。傷はすぐ治ったさ』
「なら、なぜ?」
『そもそも俺が、あんな時間まで魔王城にいたのは、なぜだと思う? 長らく兄貴の身代わりを務めていたイムレイアを、彼女が満足するまで歓待するためだったんだからな』
……なるほど。つまり、兄弟揃って妖艶な美女と……いや、俺も他人のことを言えた義理ではないので、やめておこう。
「髪の毛、ばっさりいったんだな。そのイムレイアが刈り上げたのか?」
俺の剣で左側だけ肩の上で切り落とされていた髪は、ちゃんと整えられている。それでも相変わらず、前髪はうっとおしそうだけども。
『イムレイアに任せるはずがない。彼女は呪詛にも詳しいんだからな』
え? つまり何?
ベイルフォウスがイムレイアに髪を取られないよう燃やしたのは、呪詛をかけられることを警戒してだったってことか。
っていうか、つまり切り落とされた髪の束があれば、呪詛をかけられる危険があるということなんだな……。俺も気をつけよう。
『それに、刈り上げてまではいない。ほら』
ベイルフォウスは振り返って、首筋にかかるかどうかというくらいの後ろ髪を見せてきた。
『とはいえ、こんなに短くしたのは、多分、幼児の時以来だ。結構楽だな』
長くたって、どうせ自分で手入れしたこともないくせに。
『たまにヴェストリプスが絡まるから、結っておかないといけなくて面倒だったが、こう短いとそんな心配もないんで、その点もいい。今後はずっと短髪にしようと思っている』
どうとでも好きにすればいいじゃないですか。
『そもそも、俺ってなんで髪伸ばしてたんだっけ』
いや、知りませんけども。
『多分、子供の時に女児と間違えられるほどの可愛さだったから、伸ばした方が似合うとかなんとか、周りが勝手に決めたんだと思うんだよな』
それから暫く俺はベイルフォウスと、どうでもいい話とちょっと興味深い話を語って、通信を終えたのだった。
「閣下」
息をつく間もなく、本日の通信士番であるデヴィル族の家扶が、遠慮がちに声をかけてくる。
「ベイルフォウス閣下と通信されていた間に、他五件の受信がございました」
ちなみに俺の城の通信術式も、魔王城に設置したのと同じく、同時に八枚まで、投影板を設定できるようになっている。
だからベイルフォウスと話していても、他に七つの通信先を割り込ませることが可能だったのだが、通信士は遠慮したのか、呼びかけてこなかったのだ。
しかし、五件もって! ベイルフォウスの長話っぷりがわかるではないか!
「誰からだった?」
「まずは、〈魔犬群れなす城〉より通信がございました」
〈魔犬群れなす城〉といえば、城主はサーリスヴォルフだ。認識文様は〈シダの葉一枚〉。彼の紋章は『シダを這うカタツムリ』だから、やはりそれに似せたようだ。
「つないでもよかったのに」
「それが……」
相手方も通信士からで、認識文様の通知のための事務的な通信だったため、繋がなかったのだとか。
同じ用件で、デイセントローズから。もっともこちらは本人が繋いできて、俺と会話をしたいと希望があったらしいのだが、ベイルフォウスと通信中であることを伝えると、遠慮したのだという。
ラマが遠慮! むしろ割り込んできそうなのに、遠慮できたんだ、あのラマ!
後は副司令官が三名、ジブライール、ヤティーン、フェオレスだ。
そもそもアリネーゼは、まだ副司令官の城に移っていないのだから、連絡は暫く先だろう。
三人はいずれも本人からの通信だったが、相手がベイルフォウスとあって、やはり遠慮をしたらしい。
ヤティーンとフェオレスからは、特に言伝もなかったとか。
ヤティーンはともかく、フェオレスは、アディリーゼのこととか言ってくれてもいいのに、それも遠慮したんだろう。
「ジブライールからはどうだった?」
「また後で、折を見て通信しなおします、とのことでした」
「……それだけだったか?」
「はい。閣下はお忙しいだろうからと……あの、何か他にあるはずでしたか?」
「ああ、いや……」
通信士が首を傾げる。どうやら本棟勤務の家扶だからといって、全員が俺たちの関係を把握しているわけでもないようだ。
俺がジブライールと付き合うことになりました、とか、まだ宣言したわけでもないのだから、そりゃあそうかもしれない。
通信士役の人選は、家扶と筆頭侍従に一任していたが、その性質から、人格的に信頼できる者を選んでくれているはず。
別にジブライールとの関係を隠すつもりもないが、かといって、個別に伝えておく必要はあるだろうか。
……うん、匂わしておこう!
「とりあえず、ジブライール公爵邸を呼び出してみてくれ」
「はい」
ジブライールの公爵邸の認識文様は〈一輪の葵〉。ちなみにデイセントローズは〈羽虫の翅〉、ヤティーンは〈雀の顔〉だった。
当代城主の紋章や身体の一部を簡素化したものが、利用される傾向にあるようだ。
そんな中、フェオレスが採用した認識文様は〈竜の片翼〉。彼の紋章にも身体的特徴にも、どちらにも縁の無い素材だった。
アディリーゼにでも関係があるのかとも思ったが、思い当たらないし……。
今度、どういう意図でそれを採用したのか、聞いてみたいと思う。
ちなみに後々つくられることになる認識文様辞典のうちでは、『植物、動物、武器、道具等々』などの分類と共に、描き方から『一筆、影絵、省略』という分類もされることになるのだが……それはどうでもいい話だな。
「閣下、つながりました。ジブライール公爵です」
通信士からの声で我に返る。
投影板の一つに、ジブライールが映っていた。
ちなみに、俺の城に設置した通信術式の投影板は――――――うん、解説は長くなるのでやめておこう。とりあえず、盤面の位置は自由に設定でき、大きさも伸縮自在だ。
『閣下、いかがされました? 何か問題でもございましたか?』
今日はいつもの副司令官モードのジブライールだ。
「問題がなければ呼び出してはいけないか?」
通信士がちょっとギョッとしている。よし!
『いえ、もちろんそのようなことは……』
「折を見てかけなおすと言ったのは君だろう。まぁ、俺の方の用件はといえば、顔を見たかっ」
『閣下、その件なのですが、実は!』
「……うん?」
ジブライールって、ちょいちょい急に叫ぶよね。
『この通信術式、有爵者には強制設置とのご命令がございましたので、早速、明明後日にでも軍団長に向けて講習会を開き、以下への設置は任せるつもりでおりますが、よろしいでしょうか』
「ああ、方法は一任するよ」
本当に業務連絡だったとは。
うん、そうだよな! そもそも俺が、公的な用件でしか通信術式は設置しないとみんなに釘を刺しているのだ。ぶっちゃけ、設置後の実際の用途までいちいち制限するつもりはないが――今もベイルフォウスと世間話してたし――そうだとしても、さすがにジブライールと甘い会話を交わすために使用しよう、などというのでは、何をか言わんや、ではないか。
さすがはジブライール! その生真面目さで、我知らず俺に自覚と自戒と反省を促すとは……。
とはいえ――
「しかし、軍団長への講習会か」
『いけませんでしたか?』
「いや、全然、いけないことは一つも無い。というか――なるほど。それでジブライールは念のため、俺に見本となる術式のチェックをしておいてほしい、と、そういうわけだな?」
『え?』
怪訝顔である。
「とはいえ、明日は朝からアリネーゼと例の検分がある。明後日も、まぁ、あれやこれやあるし……」
これはあくまで業務連絡だった。
『あの……?』
ジブライールはまだピンときていないらしい。
「そうなると、空くのは明日の午後以降、下手をすると、夕方になるかもしれない。それでもいいか? 場合によっては、泊まらせてもらうことになるかと思うんだが」
『――は……』
ジブライールは大きく目を見開いた。どうやらようやくこちらの意図を察してくれたようだ。
だが次の瞬間、彼女の姿は消え、生成りの壁紙だけが画面に残る。
「ジ……ジブライール!?」
『はいぃ………………』
弱々しい声だけが、返ってきた。
『ごしょくろうをおかけして、もうしわけありましぇん、おまちしていましゅ』
耳を澄ましてようやく聞き取れたその言葉を残して、ブッツリと通信は終了したのだった。
「……ごほん。どうやら、通信術式の調子が悪そうだ。念入りにチェックしないとな」
「そうですね……」
なぜか、通信士は青ざめていた。
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