古酒の隠れ家

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恐怖大公の平穏な日常

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【第十三章 魔武具騒乱編】

96 魔豹は地上を走る魔獣のうち、最も足速い騎獣です


 翌朝、俺は再び旧リーヴ宅のあたりへと、魔豹を駆ってきていた。地中の調査を始めるにあたり、わかりやすいだろうその地点で、アリネーゼと待ち合わせていたためだ。
 竜では来ないでくれと言ってあったから、アリネーゼも俺と同じく魔豹に乗っての登場だった。

 ちなみに魔豹とは、騎獣に利用できる中では最も足が速いとされ、かつ、性質が大人しく、捕獲・調教が容易だというので、無爵にも広く利用されている魔獣である。
 繁殖させるのを仕事にしている者もいるほどで、当然、我が大公城でも十数頭単位で飼育されていた。

 もちろん個体によるが、頭胴長は平均して四mほどもある、疾走系では大型に分類される魔獣だ。
 その巨体と速度にかかわらず、足運びは飛ぶように優雅で振動はほとんど気にならず、足音すらよほど耳を澄まさねば聞こえてこない、と言われるほどの良質な騎獣だった。

「竜は駄目だなんていうのですもの、時間がかかって面倒だったわ」
 魔豹から降りてズボンの裾を直しながら、元大公であればこその台詞を吐く。
 アリネーゼは以前はスケスケだったり布面積が狭かったりだとかいう衣服ばかり着ていた印象があるが、俺の領地にやってきてからはそういう服装をしているところはほとんど見ない。
 ヤティーンに清楚さでも印象づけたいのか――今さらな気もするが――、単にウィストベルと張り合っていだけだったのか、それとも片足が義足であるから見せたくないのか、とにかく下半身は特に、以前と違って露出少なく、きっちり踝までのズボンをはいていることが多かった。

「殺風景だこと……。どうしてこんな、何もないところで待ち合わせなのかしら。それに、調査区域から随分遠すぎませんこと?」
 殺風景なのは、言うまでもなく俺が一帯を無くしたからだが。
「ヌベッシュ侯爵に気取られないためだ」
 念を入れて、目立つ竜での移動すらやめた位なのに……。
 会議中にそう説明したはずなのに、もしかしてヤティーンに夢中でちゃんと聞いていなかったのじゃないだろうな、アリネーゼ。

「そうは言いますけど、本当にその侯爵にバレていませんの? あなたがその彼のつくった穴を、今まさに調べようとしていることを」
「君の懸念はわかる。なんたって、自分の城の真下にある、自分が作ったろう空間だ。俺なら侵入者を感知する結界か何かを張っておく」
「ええ、そうよね。私もそう思うわ。ジブライール……でしたっけ? 彼女が(そこ)を突き止めた時点で、そうと気取られているのではありませんこと?」
 昨日の会議で、ジブライールは突き止めた地下の様子は話したが、どうやってそれが判明したのかまでは明かしていない。だから、アリネーゼがそう疑問を抱いたのも尤もだった。

「ところが、ジブライールは別にその現場に踏み入ったわけじゃないんだ」
「どういうこと? 確か昨日の話では、モグラのトンネルの先に人が立って歩けるだけの結構な広さの地下空間があり、さらにそこには転移魔術が設置されていた、という話でしたわね。しかもそれが、現ロムレイド領にまで繋がっている、という? 目視したわけでもないのに、どうやってそれを確認したと?」
 アリネーゼは扇を広げ、猫の目を半ば閉じて、怪訝な表情を向けてきた。

「まぁ、見ていてくれ」
 遠隔自走式魔術はジブライールのオリジナル――さすがに俺が、詳細な解説をするわけにはいかない。
 だから実際に術式を見せることにしたのだが、その際の展開速度は通常通り、忖度なしの高速展開だ。つまり理解は、アリネーゼの魔術的な実力に委ねることにしたのである。

「なんだか、面倒な術式ね」
 アリネーゼが術式の能力をどの程度把握できたのかどうか、その感想ではわからなかった。
 ともかく俺は、この数日でなんとかモノにした遠隔自走式魔術を走らせる。とはいっても付け焼き刃程度の習熟度のため、さすがに術式を改良するまではできなかった。

 モグラと同等の体積に造り上げた半透明のウニウニ蠢く物体を、ジブライールが発見した穴にあてる。粘着性をそなえたその物体は、触れる空間にあわせて自在に伸縮する性質のため、すぐに形を変えて、モグラの穴にすべりこんだ。
 音速に近い浸潤速度のおかげで、ヌベッシュ侯爵城の地下までたどり着くのはあっという間だ。
 それでも調査を終えて結果を語るより、まずは嘆息が漏れる。

「あらまぁ、あなた……よくもまぁ、私の目の前でこんな魔術を使ったものだわ。今の隙ったらなかったわ」
 アリネーゼが呆気にとられるのも無理はあるまい。

 その遠隔自走式魔術を自分で展開してみてわかったことだが、アレスディアが竜の舌のような感触、と表現したそれが、触覚を兼ね備えるが故の仕様なのだった。そうしてその突起で触れたものの形状が、操者へ感覚として伝えられるのである。
 例えば、だ。俺が今、この穴を調べてわかったことをさわりだけでも述べてみよう。

 モグラのトンネルにしてはえらく深いところにあると思ったら、棲息主はタダのモグラではなく、魔獣の一種である魔土竜だった、ということ。それがわかったのは、個体の形状、色、毛の固さなどの外見的特徴を知れたからだ。また、昨日のいつ、どのくらいの速度で穴を移動したか、といった行動も、まざまざと伝わってきた。
 この魔術は、そういう知りたくもないことまで、皮膚感覚として知れるのだ。
 そこまでとなると、物体に触れられた方も気持ち悪いかもしれないが、さすがに操者の方がより一層、気持ち悪い。

 しかも、術式を見ただけでも欲せられる魔力の増大なことは察しがついていたが、実際にはそれだけじゃなく、その気持ち悪い皮膚感覚に、ほとんどすべての意識をもっていかれる。
 つまりこの魔術を展開している時は、さすがの俺でさえ、殺気だった相手に襲われても対処できないであろう没入状態に陥っているのだった。
 故に、能力的には便利だが、実用的とはとても言えない。

 魔力に余力のある俺でさえこうなのだ。ジブライールがこの魔術を使った後は、疲労困憊になる、というのが心底実感できるではないか。
 今までだって、余程の時で無いと使用してこなかったとは言っていたが、ジブライールには信頼できる守り手がいるとき以外はできるだけ使用しないように、と注意しておこう。

「私にその気があれば、今頃大公位に返り咲いていたかもしれない、というほど無防備でしたわよ」
「そうだろうな。実際、君が側にいてくれなければ、展開しようとも思わなかったさ」
「あら、まぁ……」
 アリネーゼが微笑を浮かべる。

「あなた、私を信頼すると仰るのね」
「もちろんだ。そうでなければ、そもそもこの時期に副司令官には採用しない」
 ぶっちゃけ、大公が副司令官全員を信頼するかといえば、そんなことはないんですけども!

 しかし、なんといっても相手は元大公のアリネーゼだ。
 ややこしい事態を避けるためにも、ある程度の信頼関係を築いておきたい。
 つまりこれは、一種の賭けなのだった。
 もっとも、さすがにこの魔術を使っている間に、アリネーゼが仕掛けてくるとは思ってもいないのだが。

「そういう判断ができる方は、存外、嫌いでは無いわね」
 よっし! 好感を得ることには成功した! ……よね?
「それで、今の魔術で一体なにがわかりましたの?」
「ああ……まず、ジブライールの調査以後、誰も利用した形跡がない、ということが知れた。モグラ穴をモグラが利用したのを除いて、な。侵入を阻む結界もなかった。万が一、緩い結界があって、侵入者の有無は知れるのだとしても、小さな動物が入り込んだ、という認識にとどまるはずだ。それでももちろん怪しまれるには十分だから、間を置かず実地検分してしまいたい」

 いくら遠隔自走式魔術である程度のことは知れるといったって、やはり実際の現場を見てこそ知れることがあるに違いない。
 何より、転移術式をこの目で見たい。
 何度も言うのもあれだが、その技術は俺が考案したもので、ちゃんと会得できていると思われる者は、そうそういないはずなのだ。

 そのうちの一人であるヨルドルには確認したが、彼はリーヴ邸の下に広がる迷宮のことも、ヌベッシュ侯爵の地下空間のことも、全く知らされていなかったのである。
 魔術の定着は、術者の魔力をかすかにだが残らせる。
 つまり俺が見れば、その術式を定着させたのが誰か、ある程度見破れるのだ。

「気取られることなくと言ったって、それは無理というものではないかしら。さすがに自身の城の真下にあなたが入るとなれば、小動物の気配とは格段に違うのだし?」
「そこで、アリネーゼ。君の力を借りたい」


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