古酒の隠れ家

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恐怖大公の平穏な日常

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【第十三章 魔武具騒乱編】

97 私こそがデヴィル族一の美女であることには疑いないのです


 私の力を借りたい――それがまさか、こんな意味だとは思いもしませんでしたわ。
 どうするのかと聞いたら「俺が地下を調査している間に、君の美貌でヌベッシュ侯爵の気を引いていてほしい」ですって!
 ジャーイルときたら、少しは頭を使うタイプかと思っていたのに、まさか私頼みの色仕掛けとは!

「相手に気取られたくない、というのなら、隠蔽魔術……でしたかしら? それを利用すればよいのでは?」という私に、
「それはなんかコソコソしてる感じがして嫌だ。バレたらバレたでいいやっていう感じを残したい」と返してくるのだもの!
 私が気を引いている間に侵入して調べるのは、コソコソではないというのかしら?
 ほんと、男の人のこういうこだわりは、意味不明ですわ。

 けれどそれはそれとして、デヴィル族男性の気をひく、というのなら、誰より私を推す気持ちはわかります。
 そりゃあ、私の美貌ときたら、デヴィル族一ですもの。ええ、それはもう、デヴィル族一ですもの!

 先刻、アレス・ジャーだかなんだかいう侍女が、美男美女コンテストでは一位になったといえ、あんなのは結局、物珍しさからの手違いに違いないのだわ!
 私の信奉者が、どうせ私が一位なのはわかっているのだし、自分一人くらい、今回に限っては奇をてらってみても……と、こぞって油断した結果に違いないのだから!
 ええ、そうですとも!

 とにかく――今回、私が相手をする侯爵は、妻ですら十七名も抱えた好色ぶりというではありませんか。しかも、なんですって? パレードの合間に、そのアレス・デーだかいう侍女を口説いたこともあったのですって?
 そんな男が、私の美貌に夢中にならないはずはありませんとも!
 だから下手に回りくどいことをするより、私が誘惑するのが効果的、というのはよく理解できる話。

「これはこれは、アリネーゼ大公――いえ、今は公爵閣下でいらっしゃいましたな」
 魔豹で城門に乗り付けた私の元へ、駆け寄ってくるモグラ顔の紳士。
 袖からのぞく両手はレッサーパンダ、背の後でフリフリと揺れるアライグマと狼、二本の尻尾。
 醸し出す雰囲気からみて、見えない場所にはもっと混じっているのでしょう。確かにパレードの一員に選抜されるのが納得できるだけの容姿ではあるわ。

「あら、公布をご存じない? もはやただの公爵でもありませんわ。本日より副司令官を拝命いたしましたのよ」
「それはそれは……左様でしたか。存じ上げず、申し訳ありません」
 魔豹の背から扇子で口元を隠し、睥睨する私を見上げて、驚いたように侯爵が姿勢を正す。
 ジャーイルが言うには、私の副司令官着任の公布は、大公城を出る前には行ってきたとのこと。とはいえ未だ有爵者全ての城に通信術式が設置されてはいないのだから、さすがに軍団長ですらない末端の侯爵が、この段階で知っている訳はないのだけれど。

「それでその、お忙しいはずの副司令官閣下が、我が屋敷に何用でしょうか? まさか――」
「近隣の方々に、退去のご挨拶に回っておりますの。ほら、私ときたら、ジャーイル大公閣下の所領に属することになった事情が事情であっただけに、越した当時はご挨拶に回っておりませんでしたでしょう」

 大公の支配下にあって、副司令官は五つに分割された区域のうち、一区画の管理を任されている。ヌベッシュ侯爵城のあるこのあたりは、ヤティーン公爵の担当。
 私が〈断末魔轟き怨嗟満つる城〉の仮住まいを出て初めて所有した公爵城も、ヤティーン公爵の管理下にある城。そう、ここから三十kmほど西に離れているけれども、その程度ならご近所と言ってもよいでしょう。

「ことに侯爵、あなたは私が公爵城に越してきた際に、ご挨拶に来てくださったのを、覚えておりましてよ。その時にお会いせず、すげなく追い返してしまった無作法を後悔しておりますのよ。ですから越していく前に、せめて御返礼をと、やって参りましたの」

 正直を言うと、今の公爵城に暮らすようになってから数日間は、ひっきりなしに近隣のデヴィル族男性の訪問を受けていた。ただ、それが誰であったのか、など、私は知らない。誰一人として興味をひかず、面会を許さなかったのだから。
 けれど私の夫たちは、妻に色目を使わんとする男性諸君の全員と面会し、その名と身分を、逐一、記録していたのだわ。ほとんど悪口に近い書付と共に。

 そして私が言ったように、このヌベッシュ侯爵も、私の美貌を拝みにやってきたリストに記された一人であったのだ。
 記録によると、夫たちによるヌベッシュ侯爵の印象は「慇懃無礼の体現」、あるいは「相手の立場に理解を示さず、身分を鼻にかけて下位を見下す高慢ちきの権化」らしい。
 ことに私の最も最近の夫によれば、もともと好きではなかったけれど、訪問時には私に負けたことを揶揄され、いっそ殺してしまおうかと考えたほどの苛立ちを感じたのだとか。もっとも、そうすると侯爵城を手に入れてしまうので、私と同居が適わなくなる、と、諦めたという。

「ほう、そうでしたか。それはお心遣い、ありがとうございます」
 確かに、性根のいやらしさが透けてみえるようなこの笑い方――ヤティーン公爵と真逆に位置するようなその態度は、好きになれそうにないわ。
 本来、私のごとき絶世の美女の訪城を受けられる、というだけでも滂沱の涙を流して土下座して万謝を表すに値するというのに、プライドを刺激されたと言わんばかりに口元を引きつらせているのだから。

「近隣を回るおつもりであらば、時間は惜しくていらっしゃるでしょう。何もお構いもできず残念ではございますが、わずかばかりでもお目にかかれて幸いでございました」
 あら、まさか――まさかと思っていたけれど、この侯爵ときたら、絶世の美女であるこの私を、門前払いにしようというのかしら。
 あろうことか、この私に対してこのタイミングで敬礼を示してきたのですもの。

「あら、お気遣い無く。ジャーイル大公閣下は転居には十日ほどの猶予をくださいましたの。今日明日、引っ越すという話ではありません。お茶を頂戴する時間はあってよ」
「そうですか。しかし、先触れもない状態では、碌なおもてなしもできません。よろしければ日を改めて、お越しいただけましたなら――」
 まさか私に対して、陶酔ではなく、胡乱げな眼差しを向けてきている?
 やはり、ただのスケベ侯爵、という訳ではないようね。

「まぁ、私ったら――先触れもないのは確かに失礼いたしましたね。大公であった時の振る舞いが身に染み付いているせいね。進言、感謝します。今後、訪問させていただく先には配慮しましょう」
 ベイルフォウスはデーモン族の女性を相手に、手を差し出すだけで籠絡するという。
 この私が、同じことができないはずがない。
 私は魔豹の背から優雅さを失わず、けれど威厳は保って大仰に降り立った。もったいぶって口元を隠していた扇子を閉じて胸を張り、右手の指先まで(たが)わず優美に差し出してみせる。

「喉が渇いてますの。お茶でもご馳走いただけるかしら?」
 さすがに好色な侯爵。改めてこの絶世の美女の立ち姿を見て、ゴクリと生唾を飲み込んだではないの。
 もっとも、この私を前に、陶酔しない者なぞ、デヴィル族のうちではごく一部に限られているのだけれども。
 敵意を抱いているであろう相手まで虜にしてみせる――それこそ、魔族一の美女である私にしかできない至芸。

 ほら、ご覧なさい。
 澄ましていた侯爵も、呆けたように口元を緩ませ、足下をふらつかせながら、一歩、二歩と、小股に歩み寄ってくるではないの。
 そうしてレッサーパンダの両手を震わせ、私の右手をすくい取ると、恭しく膝を折って甲に口づけたのだから。当然あってしかるべき、私への賛辞と共に。

「ああ、アリネーゼ! 魂に染み入る美酒を、貴女に捧げましょう!」


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