古酒の隠れ家

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恐怖大公の平穏な日常

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【第十三章 魔武具騒乱編】

98 多産だけあって、デヴィル族の密度が高いです


 なぜ、こんなことになったのだろう。

 私は十分に、その来城理由を怪しんでいたというのに……。
 元大公アリネーゼ……まさに今日、副司令官になったという彼女から手を差し伸べられた途端、理性が吹っ飛んでしまったのだ。
 それからはもう、ただただアリネーゼ公爵に恍惚となるばかり。

 応接に招き、差し向かいで酒を飲みながら、私は残念な気持ちを抱いていた。なぜ、二人きりの寝室にいるのでないのか、と。なんとしてもこの機会に親交を深め、いずれ私の十八番目の細君として迎えてみせる、と、意気込んでさえいた。
 その考えにあまりにも夢中になりすぎて、我に返ったのは彼女に所望された秘蔵の酒を手ずから取りにいこうと、応接を出たその時だったのだ。
 自室への廊下を闊歩する私の脳裏に、急速に焦燥と恐怖が来襲したのである。

 アリネーゼは確かに絶世の美女だ。
 だが、だからといってこれほどの――我も忘れて夢中になることなどあろうか。あの美貌には、何らかの秘密が隠されているに違いない。
 そうだとも――決して、私が好色すぎるから、とかではないのだ。決して――

 なんにせよ、早急に考えをまとめなければ。
 アリネーゼがやってきたのは、その告知通り、退去の挨拶などであろうはずがない。
 リシャーナの息子であるモグラ顔の子供が、私の血筋でないかと、フェオレス副司令官が尋ねてきたのはわずか五日ほど前のことなのだ。それに加えて、先日、所領のすぐ近くで、ジブライール副司令官の姿を見かけた、という報告もある。

 私はパレードに参加していたので、実際の場面は見ていないが、アリネーゼはかつて、大公位争奪戦でジャーイル大公に無慈悲にも角を切られているのだ。当時の仕打ちにより、かの大公に恐怖心を抱いているであろうことは、容易に想像できる。
 そのアリネーゼが副司令官になったその朝に我が城を訪れたと聞けば、ジャーイル大公の勅令で探りを入れにきたに違いない、と考えるのは当然だった。

 リシャーナが、かつて大演習会の際に、息子をジャーイル大公に差し向け、大罪人となったのは広く知られている。だから私は、今さら彼女に関わる気など無かった。
 そうだとも――そもそも、私はあの女との縁は、もう百年も前に切ったのだ。
 なにせこの私が、あんな粗末な家までわざわざ通ってやるほど優遇してやっていたというのに、あの女は、ある日突然、もう貴方には飽きたので来ないでくれ、地下の穴も塞いでくれ、と手ひどく拒絶してきたのだから。

 確かにリシャーナは、相手の性癖に寛大で付き合いやすい女ではあった。とはいえ妾などに馬鹿にされて、考え直してくれと、すがってやるほどの愛情は持ち合わせていない。私は女には不自由していないのだ。
 我が城からあの女の家まで、まっすぐ地下を掘っていたトンネルは、お望み通り、その時に塞いでやった。
 故にあの女が近頃、コソコソしていたからといって、まさか我が城の地下にあるトンネルまで、発覚することはあるまい。そう高を括っていたのだ。
 だというのに――

 ああ、昔のよしみで協力などしてやるのでは無かった。
 私は何の関係もない、ただ、地下に穴を掘っただけだというのに……ああ、あの性悪女が、子供のことなどちらつかせて、卑怯にも脅してくるものだから――こちらは別れた後に我が子を産んでいたなど、初耳であるというのに!
 それに、久しぶりに我が前に提示されたあの身体は、たいそう魅惑的であったのだ。
 ああ、けれど、その誘惑にさえ頑として抗うべきであった。

「い、一体、どうやってここに……」
「どうやって? 転移陣に乗ったらここに飛ばされただけのことだが」
 我が寝室で我が視界を占めているのは、望んだアリネーゼの肢体ではなく、恐るべき大公閣下の笑みである。

 そうだとも――自室所蔵の秘蔵酒を取りに戻ったところ、寝室に現れたジャーイル大公閣下と鉢合わせたのだった。
 なぜ私は寝室などに、転移陣をつくったのだ! かつての己の軽薄さを呪いたい!
 転移陣は寝室の奥、私は扉を開けたところだったので幸いと、すぐさま扉を閉めて逃走に転じた。しかし居室を出ることすらかなわず、寝室の扉を蹴破ってきた大公閣下によって、床に押し倒されたのだった。

「ち、地下の転移陣なぞ知りません! 設置したのは私じゃない!」
「転移陣とは言ってないし、まして地下にあったなぞと、一言も言っていないが」
 しまった! 万人が愛すべき私のおっちょこちょいさが、今はマイナスに働いてしまっているではないか!

「まぁ、とにかく――いきなり押し倒されて、君も意味がわからないだろう。アリネーゼがいるよな? そこでゆっくり話をしようか?」
 ほら案の定だ! やはりアリネーゼはジャーイル大公の命令で、私を調査しにきたのだ!
 私は何も知らないというのに!!

 ***

「あら、ジャーイル、あなた……私に気を引いておけ、などと言っておいて、結局はご自分がいらしたの?」
「いや、ちょっと成り行き上……」
 この城の城主であるヌベッシュ侯爵を伴って応接室に入るなり、アリネーゼに呆れたように言われたが、それも無理はないだろう。
 俺だって別に、今日はこんなところまでやってくるつもりはなかったのだ。

 アリネーゼと別れた後、一旦、ロムレイド領に入った俺は、そちらからヌベッシュ侯爵の城下をまっすぐ貫かれた通路に入り込んだのだった。
 そして通路というよりは広間のように、大きく掘られた空間で、転移陣を見つけたのだ。
 しっかりと、誰が見ても確認できるよう、文様が大地に定着させられた転移陣が二つ。
 そして部屋の隅に、きっちりかぶせられた土と積んだ石で隠れるよう、刻まれた転移陣が一つ。つまりそちらは俺のこの目でなければ見逃したであろう、隠蔽工作がなされていたのだった。

 そうなるとさ、まず、その一つの隠された方が気になるじゃない? そっちから調べたくなるじゃない?
 だから後の二つはおいておいて、その隅の転移陣に乗ったのだ。どこに繋がっているのか確認して、またすぐ地下に戻るつもりで。

 それがまさか、ヌベッシュ侯爵の寝室に繋がっていて、しかも転移したまさにその時、当人と出くわすだなんて、思ってもみないじゃないか!
 相手もビックリしていたみたいだが、それはもう俺だってビックリした!
 その上相手に反射的に逃げられてご覧なさい――思わず捕まえちゃうよね?
 一旦捕まえちゃったら、本人から直接話を聞く方が、もう早いと思っちゃうよね?

 なお、ロムレイド領では他所(よそ)様の大地を大きく削ったりしたものだから、領主たるイタチ顔のデヴィル族公爵が駆けつけてくる、というちょっとした騒動が持ち上がった。もっとも、ロムレイドが本当にちゃんと話を通してくれていたらしく、大きな問題にはならなかったのだ。
 そのロムレイド麾下の公爵は、快く協力を申し出てくれて、共に地下に潜ったのだった。
 彼は俺に続いてこの城へも現れていたので、今、アリネーゼの目の前に――

「アリネーゼ大公閣下っっ!!!」
 うおっ! ビックリした!
 俺の後を控え目に歩いてついてきていたイタチ公爵だったが、アリネーゼの姿を見るや彼女に駆け寄って、スライディング土下座を披露したではないか。

「あら、あなたは――」
「はい! 私はアリネーゼ大公閣下直属の公爵、タデナスであります! まさかこのような場所で、閣下に拝謁が適うとは!」
「まぁ、ほほほ」
 自分の足下へ、滝のような涙を流し、靴を舐めんばかりの勢いですがってくる男性魔族を見て、アリネーゼはご満悦の表情だ。
 だが、賭けてもいい。きっと彼女は、相手のことをちゃんと覚えているわけではないと思う!

「私はもはや大公ではなくてよ。とはいえジャーイル大公閣下のただの麾下ではなく、副司令官の一ではあるのだけれど」
 墜ちてもただの一公爵にはならぬ、とでも言いたげに、アリネーゼがつんと角をそびやかす。
「ははっ! さすがは我が閣下――」
「ですから、もはやあなたの閣下ではないというのに――ふふふ」
 口では否定しながらも、かしずかれるのはまんざらでもないようだった。

 いや、もしかしてアリネーゼ……できあがっている?
 見たところ例の酒はないようだが、かなり飲んだのだろう。酔うとはいかなくとも、飲酒によって多少、陽気さが増しているようだった。
 しかし、無理もない。別れてから、結構、時間が経っているからな。
 その間、アリネーゼがずっと酒盛りをしていたのなら、かなりの飲酒量になっているだろう。
 なんていうか――部屋全体が酒臭いからね。

「あの……いいかな……」
 陶酔中の元主従に、俺は遠慮がちに声をかけた。


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