古酒の隠れ家

このサイトは古酒の創作活動などをまとめたサイトです
※一部、一次創作同人活動などを含みますので
苦手なかたはご注意ください

恐怖大公の平穏な日常

目次に戻る
前話へ 後話へ


【第十三章 魔武具騒乱編】

99 モグラ侯爵のあっけなさに、肩透かしを食った気分です


 俺の言葉に、我に返ったイタチ公爵が立ち上がる。
「申し訳ありません、ジャーイル大公閣下! つい、かつての支配者であられる御方(おんかた)との再会に、興奮してしまいまして!」
 ホントにね。ここまでの俺への対応から、冷静沈着な人物だと思っていたのに、ビックリだよ。
「アリネーゼ公爵の美貌には、やはり、なんらかの魔力が……でなくば確乎不抜たるこの私が……」
 同じくドン引きしたかと思われたモグラ侯爵は、なんだかブツブツいっている。

「けれど、タデナスを伴っているということは、ジャーイル閣下、あなた、ロムレイド領に入られたのね?」
「ああ。この城の地下にたどり着くまでには、どのみちどこかを削らなきゃいけないからな。さすがに俺の領内でやると、到着する以前に気取られるかと思ってね」
「誤解です――隣地まで続く地下トンネルのことなど、私は何も知りません!」
 モグラ侯爵は、相変わらず関係ないとの主張、一辺倒である。こちらからは、匂わすばかりで決定打は口にしていないというのに。

「なるほど、自分は何一つ無関係であると――」
「はっ! もちろんです! フェオレス公爵にもお伝えいたしましたが、私はあの女とは、全くの他人でして――」
「あの女って?」
「――え?」
「俺はさっきから、君にまだ一つも質問していないよな? 俺がどうやって君の寝室に入り込んだのかさえ、言及していない。むしろ君は、本来なら俺が寝室にいたことを咎めてもいいはずなんだ。なのに言い訳がましく転移陣やらあの女やらと口走って、それで何も関係ないとはさすがに苦しくないか?」

 ヌベッシュ侯爵は、ようやく余計なことを口走り過ぎた自らに気付いたようだった。
 本気でしらばっくれるつもりなら、「え? 地下から私の寝室に転移? 誰かが私の暗殺をはかったのだー、ひきょうものめー」で押し通せばよかったのに。
 まぁ、そんなことで誤魔化されはしないけども。

「で、あの女って誰のことかな? 名前を聞かせてもらっても?」
「……リ、リシャーナ、です」
 とうとうヌベッシュ侯爵は、観念したように彼女の名前を告白した。

「いえ、しかし、私は本当に関係が――」
 心許なさを反映してか、随分と声音が下がっている。
「なるほど。で、君は昔懇ろだった彼女に頼まれて、ロムレイド領と俺の領地の地下にまたがるトンネルを通したというわけか。結界に穴まで開けて」
「まさか、領境の結果に穴ですって?」
「そんな……私にそんなことができるはずが――」
 アリネーゼが驚愕に目を見開き、モグラ侯爵は青ざめて顔を左右に振った。

 否定の言葉は真実だろう。
 領境の結界を張ったのは俺ではない。俺の生まれるもっと以前から――魔王、大公が誰から誰に変わろうと、そんなことには関わりなく、お互いの領地の境に存在する結界。それが領境の結界なのだ。
 魔族の往来を阻みはしないが、その事実を記録し、観測者に知らせる機能を持っており、大公の力をもってさえ、おいそれと穴など開けられるものではないのだ。

 ……まぁ、俺は試してみたことはないけども。うん、そんな話を聞いたことがある、というだけのことだけども。
 とにかく、その結界に穴が空いていたのである。
 どう考えても支障しかないので、応急処置的に俺の結界を重ねて塞いではおいた。当然、そこだけは往来すら許さない、強力な結界を、だ。
 さすがに領境に穴が空いたとなると、魔王様にも報告が必要だろう。ちゃんとした直し方も、魔王様なら知ってるだろうか?

 とにもかくにも、領境の結界に穴が空く、というのは、それほどの大事なのだった。
 だからか、その事実を告げた後は早かった。結界の破損と自分は無関係だ、と、何が何でも主張したかったのだろう。何が早かったって、ものすごい早口で、怒濤のような言い訳が展開されたのだった。

 曰く、協力するつもりなどなかったが、子供の認知を盾に脅された。
 曰く、地中に穴を掘るついでに手を出した。相変わらずエッロかった。
 曰く、関係をもってしまったことを盾にまた脅された。
 曰く、リシャーナは大罪人であるし、関係を公にされるとまずいと思った。
 曰く、故に、地下からこっそり自分の寝室にダイレクトに訪れられるように転移陣を用意した。
 曰く、よし、それならと思ってもう数回、関係を迫った。
 曰く、さらにそれを盾に脅されて、ロムレイド領に向けての穴を掘る羽目になった。
 曰く、さすがに結界があるので無理だと言うと、モグラを使役するようにと命令され、逆らえなかった。
 曰く、結界は、動物を感知しなかった。
 曰く、それでもモグラを使うなんて、無茶だししんどかった。いくら私の顔がモグラでも、あいつらそんなに言うこと聞かない。
 曰く、穴がつながっても、結界が有効であると思い込んでいたので、ロムレイド領には移動していない。
 曰く、顕われている二つの転移陣の一つはリシャーナの家の地下迷宮につながっていたはずだから、今はもう無効なはずだ。
 曰く、もう一つは私の領内にある森の小屋につながっている。
 曰く、転移陣は自分が設置したのではない。
 曰く、転移陣を設置したのは、リシャーナでもない。
 曰く、転移陣を設置したのは、『名無し(ノルヴェイン)』と名乗った人間だった。
 曰く、リシャーナは幾度か、数人の人間を双方の領地に行き来させていた。
 曰く、自分は『名無し』以外の人間とは、会ったことがない。
 曰く、だが、名無しの顔は覚えていない。
 曰く、自城の入り口には、侵入を阻みはしないが、魔力を持った侵入者を感知する結界は張ってある。
 曰く、ロムレイド領側に張った結界が一部消されていたのには、気がつかなかった。
 曰く、自身ではほとんどトンネルは利用したことがない。
 曰く、リシャーナの家と地下迷宮が無くなったことを知ったので、彼女も死んだかと思い、ホッとしていた。
 曰く、地下のトンネルは、今後は愛妾たちと利用しようと思っていた。
 曰く、……等々。

 とにかく、すごい早口だった。半分以上、何を言ってるのか聞き取れなかった。おそらく、語った順番も、時系列とは関係なかったろうと思われる。
 それでも聞き取れた事実だけで、この男がゲスい、ということについては確信をもてたのだった。

 ああ、本当にガッカリだ。
 この様子では、モグラ侯爵は本人の告白通り、たいしたことは知らないのだろう。
 俺はなんなら、光線攻撃の主が彼であるかとさえ、疑っていたというのに。
 だが所詮、ヌベッシュ侯爵が関わっているのは、この城からロムレイド領に繋がる穴がせいぜい――それも、果たしたのは掘るのに協力した、というくらいのことなのだ。

 となると怪しいのは『名無し』と名乗ったという人間――いいや、それだって人間であるとは思えない。
 なにせモグラ侯爵は、その男は人間であると断言したものの、姿形については何一つ、記憶してさえいなかったのだから。
 いいや、人間のことになど魔族が興味をもつはずがない、特徴など、覚えていなくとも無理はない、と言われればそうかもしれない。
 彼の記憶の問題だけならば。
 見た者に印象を残さない、というのなら、ロムレイドの報告にあった出版社の関係者もそうではないか。

 それに、転移陣を設置できる相手だぞ?
 何度も言うが、転移陣と定着技術はこの俺が近々に創造したものだ。
 魔族の中でも使いこなせる者は未だ少数なのに、我らより数段魔力と知識の劣る人間に、果たしてそんなことが可能だろうか。

 俺が考えるに、やはりその『名無し』は魔族で、しかも隠蔽魔術とは違う方法で、他者から自分を誤魔化すことのできる特殊魔術を持っているのに違いない。
 当然、魔力は少なくとも公爵以上――

「ジャーイル閣下。ロムレイド閣下の領地での調査は、是非、私にお任せください!」
 瞳をキラキラと輝かせ、イタチ公爵タデナスが、チラチラアリネーゼに視線を送りながら、俄然張り切って胸をどんと叩く。
 すごいな……アリネーゼにいい格好見せたいという下心が、ミエミエじゃないか。

 もっとも、他領まで俺が調べねばならないのか、とうんざりしていたので、手札が増えるのはありがたかった。
 しかし、ここまでことごとく肩透かしばかり、不明が積み重なるばかりだと、調べたところでどうせ事実など詳らかにならないだろう、というような気がしてならない。
 まぁ、魔族の寿命は長い。今すぐなにもかも解決してしまわなくともいいといえばいいが――
 言っておくが、そろそろ調べるのに飽きてきた、とかじゃないぞ。本当だ。

「では、閣下。取り急ぎ、今から残った一つの転移陣の行き先を、調査してしまいましょうか? 私と閣下とアリネーゼ公爵閣下で!」
「今から? そうだな。けど今日はこの後用事が……あまり遅くなるのはちょっと……」
 今、何時だ?
 もちろん、まだ夕方まで、時間はある。全然ある。
 あるのだが、しかし……なにせ今日の移動の足は、竜ではないのだ。遅くなるとは言ったが魔豹だと、ここからジブライールの城まで…………あんまり遅くなったりしたら、また何かいらない心配を…………ごほん。

「あら、用事ですって? 何かしら。会議の時にはそんなこと、仰っておられなかったわよね」
「そう、だったかな……」
 まさかアリネーゼから突っ込みが入るとは思ってもみなかったので、少し焦る。

「では、よろしければ、私とアリネーゼ閣下とで、調査を続行いたしましょうか?」
 ありがたいことに、タデナス公爵は俺に協力的だ。
「ああ、そういうこと――」
 え、どういうこと!?
 なんで意味ありげにニヤついたんですか、アリネーゼさん!
 そしてなぜ、その笑みを浮かべたまま、こちらに寄ってくるんですか、アリネーゼさん!
 彼女は扇を広げ、その影に隠れて、俺に耳打ちしてきたのだった。

「彼が私にゾッコンだから、二人きりにさせてあげようというのでしょう? あなた、意外に気が利くのね」
 予想と違う誤解だった!
 アリネーゼが自分大好きで、本当によかった!
「それとも私をようやく信頼してくださったのかしら? あなたがおらずとも、何も企んだり、誤魔化したり、サボったりはしなくてよ?」
「わかっているはずだ。君のことは、とっくに信頼しているよ」
「よろしいわ」
 アリネーゼは扇を畳み、その先端をヌベッシュ侯爵に向ける。

「ならば、私に彼も任せていただきましょうか。転移陣の行き先に、彼も同行させます」
「ヌベッシュ侯爵を? しかし――」
 どうやら彼は、俺に対する反逆心からリシャーナに協力をしたとか、そういうことではないらしい。そうは知れたが、それでも二つの大公領を物理的に繋ぐ、などという大それたことをした男なのだ。
 むしろそれが、女性の色香に迷ったという理由で――
 そんな人物を、よりによって絶世の美女であるアリネーゼに任せてよいものだろうか――

「ジャーイル大公閣下。私はこれでもあなたより遙かに長く、大公を務めていたのよ。配下の掌握に、迷うところがあると思って?」
 全身から立ち上る揺るぎない自信が、分厚い魔力の層となって、顕われているようだった。
「そうだな、君の言うとおりだ。では、彼のことは任せよう。調査の継続をお願いしたい」
「実働は配下の仕事。大公は構えていてこそ――ええ、任されてあげてよ、ジャーイル大公閣下。あなたが自身で調査するより、効率よく結果をお届けしてさしあげますわ」
 さすがの貫禄というか――俺は素直にアリネーゼの言葉に感服したのだった。


前話へ 後話へ
目次に戻る
小説一覧に戻る
inserted by FC2 system