古酒の隠れ家

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恐怖大公の平穏な日常

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【第十三章 魔武具騒乱編】

100 普段の行いこそ、禍と幸せの元なのです


 まさか、こんなことになるとは思っていなかった。
 俺の考えが甘かったのだろう。ああ、そうに違いない。
 いくら大公といえ、アリネーゼに仕事を押しつけておいて、自分だけいい思いをしよう、などと考えたのが、そもそも厚顔の至りだったのだ。
 なにせ、禍福は業報というではないか。
 そうとでも思わなければ、とうてい納得いかない。そうだとも――

 今さら言うまでもなく、魔族は世界の支配者だ。世界中の領土は、魔王と大公によって八つに分割され、治められている。
 さらに大公領内は、大公の直轄地と四名の副司令官が担当する、五つに区分される。その下に軍団長がいて、師団長やら旅団長やら……まぁ、キリがないのでそこら辺はいいだろう。

 男爵時代に小隊長だったとはいえ、交流範囲も狭かった俺は、大公になってからでさえ、他の居城を訪れたことなど数えるほどしかないのだ。
 むしろ、独り立ちしてから今の今まで、俺が自領内で訪れた城の八割――さすがに多く見積もりすぎとしても――は、ティムレ伯の軍団城だといっていい。
 なんなら副司令官の城で訪れたことがあるのは、男爵時代から含めて、フェオレスの公爵城(いえ)くらいしかないのだった。
 つまり、ジブライールの公爵城を訪れるのは、今回が初めてのことなのだ。

 ヌベッシュ侯爵の領地はヤティーンの管理下にあり、副司令官たちの領地のうち、ヤティーンとジブライールの担当区域が隣り合っている。
 故にその位置関係も鑑みて、俺は大公城に戻らず、魔豹を駆って地上を行ったのだ。
 そうだとも――決して竜で行ったら目立つとか、そういうことを考えたからでは――うん、いや、多少、そういう気持ちがあったのは認めるが。
 とにかく、そんなわけで思いのほか早くヌベッシュ侯爵邸を出たとはいえ、ジブライールの公爵城に到着したのは、午睡の時間を過ぎた頃だったのだ。

 そこが深い谷の奥にある、というのは知識として知っていた。しかも、単なる谷ではない。
 〈竜の谷〉と呼ばれる野生の竜の群生地を見下ろす切り立った崖の上に、その城は建っているというのである。
 そんな周辺の環境を考えても、訪れるのが愉しみな城ではあった。

 竜も魔豹も雑食だが、お互いを捕食対象とすることはない。とはいえ竜と魔豹が一対一で戦えば、当然、何倍も体躯の大きな竜に軍配があがる。
 その上、竜は縄張り意識が強い。魔豹がたったの一匹で谷に迷い込んだとあっては、とうてい無事に通り抜けることなどできないだろう。

 だが、地上の支配者、全ての生物の頂点に立つ魔族が騎乗しているとあれば、話は別だ。強者たる俺を憚かってか、竜たちはほとんど遠目の姿すら、見せることがなかったのである。
 あれやこれやの竜を見られるかもしれないと思っていたので、正直、その点はがっかりだった。

 とはいえ、隘路を抜けるや、岩から浮き出すように突如として顕われた荘厳な門――それは、俺のテンションを持ち上げるのに十分なものだった。
 その城門は、岩に隣接して建っているのではなく、特徴的な赤い岩、そのものから掘り出されているのだった。
 それも単に岩の表面だけを削った飾りのような建造物ではない。ちゃんと内部も通常の建築材料を用いて建てた城に劣らず、掘られ整えられているというのだ。下部にぽっかり空いた洞穴を進むと、崖上のジブライール公爵城まで、小部屋をいくつも備えた長い階段が穿たれているらしい。

 その正面には、天地を貫く立派な四本の柱。幅は二十mほどと狭いが、高さは百mを越えるだろう。
 柱と柱の間には、等身大の人物像を交えて、逸話らしき物語が幾重も浮き彫りにされている。
 役割上、門と言い表しているが、外観は立派な城を正面から見ているかのようだ。
 その造型の見事さと、物語を解読してみたいという好奇心が勝って、しばし魔豹の歩みを止めて見入ってしまった。
 そこへ――

「ジャーイル閣下!」
 門の内側から、俺を呼ぶ声。しかしそれはジブライールのものではなかった。
 だが、聞き覚えのある男性の声……というか――
「何グズグズしてるんすか、そんなとこで。さっさと入ってきてくださいよ! こっちは待ちくたびれてるってのに、ホント!」
 そうだとも――なぜか姿形もよく見知った雀が、走り寄ってきたのだった。

「……え?」
「なんすか、その顔」
「なにって……あれ?」
 俺は訪問先を間違ったのだろうか?
 ジブライールの城を訪ねたつもりが、ヤティーンの公爵城を尋ねてしまった?

 竜の速さに慣れすぎて、魔豹での移動速度を見誤ったのだろうか?
 竜の谷という割にその姿をみかけなかったのは、俺を憚ったわけではなく、そもそも場所を間違えている?
 いやいやいや。いくらなんでもそんなばかな……それにヤティーンの公爵城は平城のはず。少なくとも、崖の上になど建ってはいまい。
 この岩門の特徴だって、ジブライールの公爵城と聞いたものと一致しているし、間違いない、よな……。

「ヤティーン!」
 俺が疑問に首を傾げていると、今度は門からジブライールが飛び出てきた。怒りと焦りと困惑が、ない交ぜになった表情を浮かべて。
「申し訳ありません、閣下! ヤティーン、勝手に行動するな!」
「は? 同位のお前にそんなこと言われる筋合いないね!」
 どうやら、ちゃんとジブライールの城であるらしい。

「なぜ、ヤティーンがここに?」
「えー、だって、閣下が通信術式の講習指導のために副司令官のところを回るってきいたんで、なら、わざわざ来てもらわなくても、俺がジブライールのとこに出張って一緒に受けといたほうが、閣下だって一軒ずつ回る手間が省けるでしょ? って思ったわけですよ」
 さも、俺って気が回るでしょ、と言わんばかりに胸を張って、ヤティーンが得意げにニヤつく。

 いや……そもそも俺、副司令官全員の城を尋ねるなんて、言ってないんだけども!
 だが、確かに通信術式の点検を建前にして来た以上、簡単に否定できない……!
 っていうか!
 ヤティーンはどうして俺が、今日、ジブライールの城に来ることを知っていたんだ?

 ジブライールと訪城の約束したのは、つい昨日のことだぞ。そりゃあ通信術式を使ってのことで、側に通信士だっていたのだし、会話の内容は秘密でもなんでもないが、それにしたってヤティーンが知る暇などないはずではないか?
 ジブライールを見ると、彼女はぶんぶんと首を左右に振った。どうやら同僚に業務連絡の一環として伝えた、という訳でもなさそうだ。

「でも、俺が来ててよかったっすね! 魔豹での移動だと遅すぎてタルイでしょうから、講習が終わったら大公城まで送ってってあげますよ!」
「いや、それは別に……!」
 俺は日帰りのつもりで来たのではないのだが!
「いいっすって! 俺と閣下の間柄で、遠慮はいらないっすよ!」
 任せろと言わんばかりに、雀が笑いながら胸を叩く。
 いや、遠慮はしていないのだが!
 どうして今日に限って、ヤティーンはこんなに気が利くのだ!

「とはいえ、グズグズしてる理由はないっすからね! ほら、さっさと行きましょう!」
 まるで自分の城であるかのように仕切り出すヤティーンが、もういっそウザい。
 雀のこういう態度に対しては、普段ならジブライールから一言二言ありそうなものだが、調子でも悪いのだろうか?
 そう思っていると――
「閣下……」
 ジブライールが申し訳なさそうな、やや泣き出しそうな表情で、俺を見ているのに気がついた。

「どうし――」
 ……はっ!
 まさか、何か弱みでも握られているのか?
 ヤティーンに?
 それとも――

 もっとも、ジブライールの消極的な態度の理由は、すぐに察せられた。
「うわ、なんだ!?」
 門に向かっていたヤティーンが、驚いた声をあげて身を守るよう、手を上げる。
 岩門の内から轟音と共に、煤煙がモウモウと流れ出てきたためだ。
 しかも門から出て来たのは、それだけではなかった。
 慌てたように、数匹のネズミが飛び出してき、それに続いて――
 紫がかった銀髪に露草色の双眸をした美丈夫が口元にハンカチをあてつつ、悠然と煙をまとって歩み出て来たのである。

「どうなっているのかな、ジブライール。コソコソと、害獣が動き回っていたよ。だが大丈夫、父さんが追い出してあげたからね!」
 軍団長の一人であり、ジブライールの父である、侯爵ドレンディオ。
 その笑みに含みを感じたのは、気のせいだろうか。いいや、気のせいじゃないに違いない。


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