古酒の隠れ家

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恐怖大公の平穏な日常

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【第十三章 魔武具騒乱編】

101 父親の複雑な心境も、わからないではありません


 ジブライールの公爵城については、その岩を掘って造られたという門、というか、入り口が見所なのだと聞いていた。
 なんなら、我が大公城の図書館にある例の『君は知っているか!?』シリーズの別冊とやらで、『死を覚悟しても巡る価値のある魔族の城64選』とかいう本があるらしいのだが、それにも載っているほどだというのだ。

 ……そういえば、その出版社は跡形もなくなってしまったのだったっけか。今後、本は発行されないのだろうか。
 それとも、機械ごと転居したようだから、別の土地でまた新しく奇妙な本を刷っているのだろうか。
 ちなみに『君は知っているか!?』シリーズは、うちの司書が定期購読しているそうだから、今後も配本されるのなら、その流通経路を辿って出版社を突き止めてみせよう、とは思っている。

 それはともかく!
 人間にまで知られているほどの珍しい城にお邪魔しているというのに、俺は別のことが気になって、全く楽しめずにいる!
 それはそれは、内部も見所いっぱいだというのに……。
 そうだとも。確かに中も、通常の城に劣らず整えられているとは聞いていたよ?

 だが、そうはいっても岩の中だ。正直にいうと、俺は入り口を通った後は、単に崖の上まで続くそれはそれは立派な階段が、まっすぐ伸びているだけだと思っていたのだ。けれど、そうではなかった。
 外観の装飾努力に劣らず、内部もとうてい岩を掘った結果とは思えないような様相を呈しており、見るべきところがたくさんあるのだった。

 等間隔に置いた柱でわざわざ上下を見渡せるようになっている回り階段――ただし、ドレンディオの起こした爆発で、一部焦げていた――、その階段からあちこちに伸びる廊下の、なめらかに湾曲した天井は言うに及ばず、いくつもの部屋に備え付けられた棚や机、椅子などの什器や細かな食器の類いでさえ、一つとして外から持ち込まれたものはなく、すべて岩から掘り出して造られたのだという。しかもその多くに外観と同じく繊細な浮き彫りが、時に存在を主張し、時に秘やかに施されているのだ。そればかりか、浮き彫りは色とりどりに着色されているのだが、その技が見事に質感を偽っており、ものによっては木や金属のように見えるものさえ多々あるのだった。

 その内部に存在する多数の部屋のうち、八割は将校が集まる会議室や集会場、武器や魔武具、装飾品を集めた宝物庫、魔術の練習場などという、軍団運営に関わることに充てられ、残り二割は城勤めの一部家臣の住居にと、利用されているらしい。
 さすがにジブライールの執務室などのある公爵城本棟は岩の中ではなく、崖上にあるらしいが、掘り出した階段は本棟の中まで続いた上、途中から素材を変えて、最上階まで伸びているのだとか。

 階段だけではなく、公爵城本棟の下部も岩を削って土台にしているらしく、崖の上から見ると、岩から城が生えているようにでも見えるらしい。
 ぜひその評判通りの様を、実際に目にしたいところだが、残念ながら俺は、未だに岩の中の集会場の一室から抜け出せていないのだった。
 ドレンディオの猛攻によって!

「はい、閣下が本日、ジブライール公爵のところへ通信術式の講習指導のため、わざわざ御光来と伺いまして、第五軍団をお預かりする身として、これは参加せねばと――」
 実の娘を敬称を用いて他人行儀に呼ぶことで、公務でやってきたと印象づけたいようだった。
 だが――

「ジブライールの領民が参加するというならまだわかるが、ヤティーンと、ヤティーンの所属である君がやってくる理由は、全くないと思うのだが」
 俺自身、わざわざ建前をつくってやってきた後ろめたさはあるが、だからといって、『彼女の父親(ドレンディオ)』の言い分を、「あ、そうなんだー」と素直に受け取れる心境にはない。
「何言ってるんすかー。さっき言ったでしょ、俺が来たのは閣下のためだって!」
 ヤティーンには別の意図とかなさそうだな。ただ、事実とかけ離れた余計なお世話であるのは違いないが。

「なぜといって、閣下……」
 ドレンディオが、ひやりとするような雰囲気をはらんで口を開いた。
「正直に申しましてジブライール公爵はとても器用とは言えませんし他者への魔術指導など経験したこともない上に説明下手なのはわかりきっていることですしそれを判定する閣下に至っては魔術の天才すぎてやはりご説明が苦手のようですししかもお二人とも感覚派に分類されると私には見えましたので非才の視点などお持ちではないでしょうから適した生徒役がいないでは御指導の(じつ)など到底判断できますまいと考えならばこそ非凡な私こそお力になれるやもと思い駆けつけたのですよ」
 息もつかせず早口で言い切ったところが、もうなんか必死感あふれて空々しい。

 俺は有爵者宅への通信術式の敷設を各副司令官に任せたが、ジブライールは軍団長をはじめ、代表的な有爵者を集めた講習会を開くことで、その実現を企図している。
 ドレンディオは、そのリハーサルをするにしても、俺とジブライールではちゃんと聴衆に理解できる内容になっているか、判断できないだろうというのだ。
 確かに、言い分としては一理ある。

 常日頃、お兄さまの指導はわかりにくい、ベイルフォウス様の方が教え方は上手だ、とか、言われている俺は、ぐうの音も出ない!
 だとしても、大公である俺に、あけすけと言い過ぎではないだろうか?
 そう断ずることもできたが、本来の目的に対する罪悪感が手伝って、ドレンディオの言い分を無下に責める気にはなれないのだった。
 なんと言ったって、相手は『彼女のお父さん』だからな!
 実のところ、さっきのネズミ退治といい、俺が彼の娘(ジブライール)のところにやってきた本当の意図に気付いているに違いないのだから。

「私がなんですって、ドレンディオ侯爵?」
 ん? ジブライール、さん……?
「確かに私は不器用ですが、見てもいないうちから人に教えるのが下手だなんて断言されるのは、納得がいきません! 感覚派との評価も、到底受け入れがたいですね!」
 おおい、ジブライールさん……。

「ほうほう、ならばぜひ、この私にご指導いただき、その実力をお示しいただきたいですな。そうしてサルにでもわかるくらい上手に教えていただけたなら、私だって素直にゴメンナサイいたしましょう!」
「ええ、いいですよ! その時は母上もいる前で、娘を侮ってすみませんと謝っていただきますから!」
 父娘の間に見えない火花が散っているようだった。

 ……なにやってるんだろう、この父娘(おやこ)。もしかして、普段からこんな感じなのだろうか。
 ドレンディオは一見、落ち着いた性格に見えるのだが、どうやらそうでもないようだ。
 ジブライールもクールな印象で、実は短気で武闘派だが、その点は父親に似たのかもしれないな。

 そうしてその集会場の一室で、それから本当にジブライールによる通信術式の設置講習リハーサルが行われた。
 ヤティーンが共に指導の方向を検討するという名目でジブライールと教壇に立ち、俺とドレンディオが内容を判定するという聴衆役に回って。
 結果として、俺が言うのもなんだが、ドレンディオの言葉通り、確かにジブライールは教え下手だった。言葉の選択が感覚によりすぎている。「ドドーン」、とか、「バヒーン」とか、よくわからない擬音語が多すぎるのだ。

 隣に立つヤティーンも同じタイプらしく、方向修正には役立っていなかった。
 それに対してドレンディオが、「聴衆が文様に対する知識が豊富であることを前提にし過ぎていて不親切だ」
と突っ込みを入れ、その程度を把握しかねた二人がアタフタしだし、結果、リハーサルは深夜近くまで続いたのだった。
 当然、終わった頃にはジブライールもヤティーンもヘトヘトだ……。教壇でぐったりしゃがみ込んで、二人でブツブツ反省会を行っている。

「もうこんな時間です、仕方ありません。今から帰るのは諦めて、三人でジブライール公爵の城にお泊まりいたしましょう!」
 涼しい顔で、ドレンディオがうそぶく。
「なんでしたら閣下、私と同室で語り合いませんか?」
「遠慮する」

 俺はため息をつき、諦めの境地でドレンディオに尋ねた。
「そもそも、どうして今日、俺がジブライールの城に来ることを知っていた?」
「この公爵城には、もともと私の城で働いていた者がいくらかおりましてね」
 つまり、ジブライールの公爵城家臣から密告があったというわけか。

「それってどうな――」
「私は閣下の臣民である前に、一人の娘の父親なのです!」
 俺の反論を遮るように、ドレンディオが興奮した面持ちで俺の方に振りむき、机をダンと叩いた。
 ジブライールもよくやるよね、その、ダンって……。やはり父親似なのだろうか?

「私はジブライールに幸せになって欲しいですが、お相手にはやっぱりやきもきするんですよ! 閣下だって娘をもてばわかります! いくつになっても心配な、この気持ちが! あ、だからといって、早く娘をお持ちくださいって言ってるわけじゃありませんので!」
 男前の涙目に、若干ひく。
「……大人げないって言われないか」
「私が? まさか!」

 ドレンディオの行動はどうなんだと思わないでもなかったが、ジブライールをマーミルに置き換えると、自分でも反省する点がなかったわけではない。
 ジブライールもかなり疲れているようだったこともあって、俺はドレンディオの希望通り、その日は大人しくただ一泊するに留め、翌日、ちゃんと外から公爵城の外観を堪能してから、大公城へと帰ることにしたのだった。

 ただ、今後はユリアーナの蛮行を止めないでおこうと決意した、とだけは言っておこう。


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