古酒の隠れ家

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恐怖大公の平穏な日常

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【第十三章 魔武具騒乱編】

102 きちんとしたお付き合いを志しましょう


「あの、閣下……、昨日は本当に、申し訳ありませんでした」
 二人きりになるや、ジブライールが弱々しい声で言った。
「いや、ジブライールが謝ることでもない」

 結局、大公と副司令官という立場以上の親しみなく、公爵城にただ一泊しただけの俺を、ジブライールが大公城に送ってくれているのだ。
 なにせ昨日はさも俺を送り届けるためにやって来た、と言わんばかりだったヤティーンが、一晩寝るやその発言自体を忘れてしまったかのように――鳥頭だから仕方ないのかもしれないが――、俺と顔を合わせる暇もなく、夜が明けるやとっとと自分の城に帰ってしまっていたからだった。

 そのせいで、ジブライールとドレンディオと俺の三人で朝食をとるはめになったのだが、一晩経って冷静にでもなったのか、父娘ともお互いにちょっとした気まずさを感じているような、妙な空気が流れていたのだった。
 殊に、スープに指をつっこんだり、ソースのかかった肉を手で掴んだりと、ドレンディオの狼狽っぷりが際立っていた。娘に対しても役職で呼ぶほどよそよそしく、昨日は酔ってでもいたのか? と疑問に思ったくらいだ。
 それで俺たちは、あくまで大公と副司令官と軍団長、という立場を崩さず、行儀よく朝食を終えたのだった。
 そんな調子だったから、ジブライールが遅くまで俺を付き合わせたお詫びに、今日は大公城まで送らせて欲しい、と父の前で主張しても、さすがのドレンディオも反対してはこなかったのだ。

「それで俺も、一晩ゆっくり考えてみたんだが――」
 俺の言葉に、ジブライールが手綱を握ったまま、勢いよく振り向く。不安そうな、青ざめた表情で――
「そ、それはつまり――昨日のことで、私に愛想を尽かされ……」
 消え入るような声だった。

「腫れている。寝てないんじゃないのか?」
 瞼に手を伸ばす。
「いえ、これは……」
 ジブライールは恥ずかしい、と言わんばかりに、両手で目元を隠すよう覆った。

「付き合うのをやめようとか、そういう話じゃなし、愛想を尽かしたりなんか、当然していない」
 微笑を浮かべつつ手を取り、じんわり握りしめて、甲に口づけを落とした。
 それでようやく、曇っていた目元が晴れる。

「むしろ、ドレンディオのおかげで、俺も反省するところに気づけたよ」
 手段の是非は別として。
「建前なんか作って、コソコソやって来たのが、そもそも間違っていたんだ。だから帰ったらマーミルにきちんと話をしようと思っている。『お兄さまはジブライールと付き合うことにしました』って」
 そうだとも。別に公的に発表する必要まではないが、家族にはちゃんと宣言しておくべきではなかろうか。

「その時、私もお隣にいたほうがいいですか?」
 俺の手をぎゅっと握り返してきたジブライールの瞳は、うっとりと潤んでいた。さっきまでの落ち込んだ雰囲気は、もうない。声も弾んで聞こえたのは、気のせいではないはずだ。
「いいや、とりあえず、俺一人で話してみるよ」

 昔、別の女性と婚約していた時には、まだ幼すぎて、口出ししてこなかったが――ただ、彼女のことが苦手だったのは知っている――、今ではすっかりブラコン気味な妹のことだ。ジブライールに対して、そんなの認めない、お兄さまを取らないで、とか怒り出すかもしれないじゃないか。
 やきもきして出張ってきたドレンディオのように。
 だからとりあえず、俺一人で話をすることにしたのだ。
 そして妹が反対するときは、彼女が納得するまで話をしよう。そう決意した。

「では、私も……両親に打ち明けようと思います。それからえっと……城の者たちにも……閣下がいつ、公的にでなく私的にいらっしゃって、お泊まりされてもいいように……」
 真っ赤になって俯き、テレテレしながらいう俺の彼女が大変に可愛らしい。
 毎度思うんだが、いつもの凜々しさとのギャップがいいよなぁ。
「ジブライール……」
 雲の上の屋外とはいえ、二人っきりなのだし、ちょっとばかしいちゃついてもよいのではないだろうか?
 素直な感情にまかせることとし、握った手を恋人つなぎにして、空いた逆の手を細い顎にのばしかけた時だった。

 はっきりと、何があったというわけではない。だが左の彼方が、いやに気になった。
 一瞬、例の光線でも放たれたのかと気を引き締めたが、そうでもない。攻撃など、何も届かなかった。
 どうやら杞憂……いや、だがあの方向――昨日行っていた辺りじゃないか?
 まさかアリネーゼに何かあったのか?
 いいや、さすがにあんな男の所にアリネーゼが一泊するとは考えがたい。しかし調査の進展によっては――

「ジャーイル様? どうかされましたか?」
 突然沈黙してあらぬ方向を向いた俺に、ジブライールが怪訝そうに問いかけてくる。
「今、あっちの方で空気が揺れなかったか?」
 ただならぬ雰囲気を察してか、ジブライールの表情が一気に副司令官仕様になった。

 繋いでいた手を離し、俺が示した方向を、怖いほど真剣な眼差しで見つめている。
 ホントに緩急がすごい。声のトーンまで違う。
「いえ、私は何も気付きませんでしたが……大公城にお帰りの前に、様子を見に寄ってみましょうか?」

 うーーーん……。
 気になった方向が、ヌベッシュ侯爵の城や、地中に穴のある領境の辺りとはいえ、はっきり何かが見えたというわけではないし、ほとんど勘に近い。
 寄る、というには距離がありすぎる。

 今こうして高所から臨む限り、火の手が上がっているとか、破壊の様子が見られるとか、異常が見受けられるわけではないのだ。
 それにアリネーゼに任せた手前、日参するのもどうかと思われた。彼女だって通信術式を識っているのだし、何かあるなら報告してきてくれるだろう。

「いや、このまま大公城に帰ってくれ。何かあったなら、しかるべき報告があるはずだ」
「はい」
 何より、このところちょっと城を開けすぎている。
 それで大公城に帰ることにしたのだが、残念なことが一つ――
 結局、ジブライールとの間の引き締まった空気を、城に着くまでに変えることができなかったことだ。移動速度が速いのも考えものだな、と思わざるを得なかった。

 しかしまぁ、お互い家族にちゃんと話す、と決めたのだから、そこを区切りと考えてもいいだろう。まだ慌てる時期ではない。そうだとも。急いては事をし損じるのだ。
 そんなわけで、俺を大公城の前庭まで送ってくれたジブライールは、そのまま自身の城にとんぼ返りしたのだった。

「旦那様、お帰りなさいませ」
 セルクが前庭まで俺を出迎えに出て来ていた。珍しいことなので、てっきりお泊まりの反応を見るためかと勘ぐってしまったのだが――
「プート大公閣下より、速達が届いております」
「プートから?」
「私信でございます」
 通信術式もあるのに、わざわざ私信を速達で送ってきた?
 ということは……うん、あまり良い予感がしない。

「もう二、三日、延泊されるのであれば、本日の午後にでも通信を使って連絡いたさねばと思っておりましたが、存外にお早いお帰りで」
 怖いほど、真剣な眼差しだ。一見、仕事に対して真面目なように見えるが、俺はそうは考えない。
「安心しろ。別に別れたりしてないから」
「そうですか!」

 ほらな! 途端に満面の笑みになったからな!
 セルクは未だ、俺がエミリーとの脅威にならないか、探っているに違いない。
 もう最近では、それを見極めるために、筆頭執事に就いたのだろうと確信している。

「ちょっとマーミルに話があるんだ。時間はかからないから、それが終わってから執務室にいくよ」
「はい、お待ちしております!」
 セルクはご機嫌に本棟へ消えていった。
 仕事はちゃんとしてくれるから、動機とかは別にいいけども!

 うん――今後も一層、エンディオンを大事にしよう。
 それはそれとして、覚悟を決めて妹に打ち明けようではないか――


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