古酒の隠れ家

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恐怖大公の平穏な日常

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【第十三章 魔武具騒乱編】

103 時々は、中休みも必要だと思います


「あら、そうですの。へぇ、それはおめでとうございます」
 拍子抜けした。
 マーミルは、「ジブライールと付き合うことにした」という俺の告白に対して、少し驚いたようではあったが、それはあっさりと祝福の言葉をくれたのだ。

「え? それだけ? 本当に?」
「それだけって、お兄さまがご自身で選ばれた方だというのに、私に何を言えとおっしゃるの?」
「いや、まぁ……」

 俺だって別に反対して欲しかったわけではない。
 だが、マーミルは以前、誰が俺の恋人になっても反対すると言っていたではないか。それはジブライールが相手でも、同じであったはず。
 とはいえ、諸手を挙げて賛成、というテンションでもないようだ。反応が薄いというのもそれはそれで……。

「……お兄さま。私ね、最近、よくよく思い知ったんですのよ……」
 ふぅ、と妹はため息をつく。
「好きな相手とは、一緒にいられる間に存分にいるべきだって……恥ずかしがらずに、好きですって告白すべきだって……」
 すん、と鼻を鳴らす。
「だって、いつ、突然会えなくなるか、わからないんですもの。魔族に奪爵という慣習のある限り……」
「そうだな……」
 ケルヴィスとの別れが尾を引いているようだ。

「だからジブライール公爵がお兄さまに勇気を持って告白して、お兄さまがそれを受け入れたのなら、いくら可愛い妹とはいえ、軽々に邪魔するべきではありませんわ」
 むしろここで号泣でもしてくれたなら、いつもの妹だと安心しただろうに。
 だが、なんというか……今までと違って静かな様子に、戸惑いを覚えてしまう。

 つい、こんな時でも後ろに控えている蛇顔の侍女に救いの目を向けてしまった。兄妹水入らずで話したいと言ったのに出ていかないで、相変わらずなんて空気を読まないのだろう、と思ったが、今はむしろいてくれてありがたいと感じたほどだ。
 だが、侍女は何の役にも立たなかった。
 俺と目があったはずなのに、素知らぬ顔で外の風景に視線をそらしたのだから。

「それに、他の方ならいざ知らず、ジブライール公爵でしょう? 私だって何度か協力したこともありますし」
「ああ、言っていたな。俺の好きな香りを教えたとか――」
「他にも、好きそうな装いを教えて差し上げたりしましたわ」

 俺の好きな装い?
 もしかして、やたら可愛らしい、言ってみれば少女趣味な格好をするな、と思っていたが、もしやあれがそうなのか?
 妹よ……それはむしろ、お前の趣味なのでは?
 いや、確かに湖のところで着ていたフリフリのエプロンとか、可愛かったけども!
 普段とのギャップもあって、それはそれでいいけども!

「ジブライール公爵なら、私をいじめたりしないでしょうし――」
「お前をいじめる? ……待て、まさか以前、そんなことがあったのか?」
「いえ、そういうわけじゃなくて!」
 マーミルは慌てたように首を振った。
 妹と暮らすようになった当初に婚約していた女性は、それはそれは気の強い女性だった。だが、子供をいじめるなんてことはしないと思うのだが……。

「いじめられた、とか、そういうことではないんですけど、えっと……私が苦手だったというか――」
 うん。それは知っている。
 それにしても、思い出すだけでこの妹の元気がなくなるのだから、余程あわなかったのだろう。

「と、とにかく、私に配慮は不要ですわ……いえ、ちょっとくらい配慮してほしいですけれども。目の前でイチャイチャされるのは、さすがにご遠慮いただきたいですけれども」
「もちろん、配慮はするとも」

 いくら浮かれているからといったって、教育に悪そうなものは、見せないよう気をつけるに決まっている。なんなら、お泊まりに私室を利用しないと誓ってもいい!
 俺の決意に意味があるのかどうかはわからないが、とにかく妹への告白は、あっけなく受け入れられたのだった。

 それにしても、特に外見が変わったという訳でもないのに、急に妹が大人びて見えたのだが。
 女の子の成長って著しいな。

 ***

 さて、そうなると、次はいよいよプートの信書だ。
 信書、というところを盾にとって後回しにしたが、むしろ重要な案件をはらんでいると察するに難くない。

「嫌な予感しかしない」
「左様ですか?」
 マーミルにジブライールとの交際宣言したことを告げるや、手を叩いて喜んだご機嫌セルクくんである。
「マーミル様にだけじゃなく、世間に広く公言いたしましょう! この大公領にあまねく!」と、今にも拡声器でも使って触れ回りそうだったのは、さすがに止めた。

「通信術式があるのに、わざわざ速達での信書だぞ? 確認するまでもなく、中身については察しがつくというものだ」
「そうですね。むしろ、通信術式があるのだから、全有爵者に設置され次第、そちらで一斉に告知すればよろしいですね」

 よし、関係ない話は無視しよう。
 まったく、俺はこんなに憂鬱だというのに。
 ああ、そうだとも。できればプートの信書など、今しばらくは見たくない。だが、そういう訳にもいかないので、覚悟して封を開けた。
 案の定、中には黒地に金文字で用件が記されたカードが一枚。

“明日 日の昇る頃、魔王城にて〈大公会議〉を開催する”
“議題:我が城への攻撃者について”

 ほら! 思った通り、〈大公会議〉開催のお知らせだった!
 にしても、魔王城で? プートの新しい城が未完成だから、魔王城を借りるということか?
 それにその議題――〈竜の生まれし窖城〉を攻撃した相手について?

 それってヨルドルだよな? なぜ、今になってわざわざそんなことを?
 それとも、彼に同行した人間たちのことだろうか? だが、殲滅させた後で、プートがそんなこと気にするか?
 一体どういうことなんだろう……?

 それに、開催場所が魔王城でとあるのに、どうして〈大公会議〉なのだろうか?
 あらたな情報を掴んだというのなら、ちゃんと魔王様を首長に据えた、正式な報告会とかにするべきでは?
 なにせ〈大公会議〉はあくまで『大公達による私的な会議』という位置づけなのだ。

 っていうか、帰ったばかりなのに、また魔王城へ行かないといけないのが面倒でたまらない。しかも早朝からってことは、遅くとも夜中には出かけておかないといけないってことだよな。
 いくらなんでも急すぎないだろうか?
〈大公会議〉ってそんな急にするものでもないよね!
 俺はいったいいつになったら、自分の城でゆっくりできるんだ……。

 とにもかくにも、様式的に信書を送る必要があったとしても、その真意を先に問い質すくらいはしてもいいだろう。
 俺はそう考え、通信術式でプートの居住棟を呼び出したのだった。
 ところが――

「え? いない?」
『はい、申し訳ございません。我が主は大公閣下方に信書を送った後、すぐ出立いたしました』
 画面の向こう、金獅子の代わりにそう答えたのは、プートの副司令官であり奥さんでもあるモラーシア公爵・夫人である。筋トレを頑張っている俺よりも、むしろ立派な二の腕だ。

 それにしても、夫のことを『我が主』って呼んでるのか。
 大公と副司令官ともなると、やっぱり色々気を遣うだろうから、公のことだけかもしれないけど。『我が主』、『我が主』ね……。
 俺は名前で呼ばれる方が好きだな。ジブライールに「ジャーイル様」と呼ばれるのはくすぐったい。
 実際にはプートも「プーちゃま」とか呼ばれてると面白いのに。

「そうか。なら、時間をみて魔王城に連絡をとってみることにするよ」
『は。では――』
「この間の怪我は大丈夫なのか?」
 プートは大丈夫とは言っていたけども、奥さんにもちょっと厳しそうだもんな。
『怪我?』
 え、そこ疑問形? 覚えてもいないの?

「腹に穴が空いていたと聞いたが……」
『ああ、お気遣いいただき、ありがとうございます。お目にかけることはできませんが、もうすっかりよくなっております。鍛えておりますので』 「それはよかった」
 いやいやいや。さすがに穴が空くとか、筋肉では解決できないよね!
『それでは』

 モラーシア夫人は、〈だめー! こっちこないでー〉を披露しつつ消えた。
 うーん。とりつく島もなかった。
 せっかくだし、もう少し公的なこととか、私的なこととか……ごほん、聞いてみたかったのに。
 まぁ、仲良くどころか、ほとんど話をしたこともないのだからこんなものか。

 いけない、いけない。むしろ俺も気を引き締めよう。
 通信室には俺が不在の間に連絡を寄越した一覧がある。緊急案件以外は、昼夕と、一日二回に分けて報告を受けることになっているのだ。
 せっかく通信室にいるのだからと確認したが、今のところ稼働したばかりで設置先も少ないからか、それとも俺の領地が概ね平穏であるからか、平和な報せばかりで折り返しが必要な要件はなかった。
 帰宅中に気になった方面からの報告も、今のところはなかったのだった。


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