古酒の隠れ家

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恐怖大公の平穏な日常

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【第十三章 魔武具騒乱編】

105 確かに〈大公会議〉が多すぎる気がします


 睡眠の質というのは、時間の長短によるものではないようだ。
 それほど寝たという訳でもないというのに、実に目覚めがいい!
 宿泊した〈西の宮〉の客間の寝具がいいのか、あるいは頭の治療をしてくれた魔王城医療員が、俺の自己治癒力を高めるため、深い眠りに落ちるような施術でもしてくれたのだろうか?

 まだ朝日も昇らない時間だというのに、とにかく頭がスッキリしていた。今なら魔王様の攻撃だって、避けられるかもしれない!
 前室に用意されていた、俺のために誂えられたかのようなぴったりサイズ――しかも白に青のアクセントの入ったデザイン――の服に着替え、官僚区へと向かう。

 通常、魔王城での公的な会議は〈御殿〉で行われるが、今回はプートが開く私的な会議、しかも魔王城には間借りをしての開催であるためか、西にある官僚区第三層にある会議室の一室で、〈大公会議〉は行われるようだった。
 なお、いつものことながら、朝日が昇るより早く、との指示はあったが、詳細な時間は指定されていない。面子が揃えば会議は開催されるのだ。
 前乗りしてるんだから、さすがに俺が一番乗りだろ――と思いつつ鼻歌交じりで入室すると、すでにサーリスヴォルフがいた。

「あらご機嫌だね、ジャーイル。もう来たの」
 今日は女性でいくらしく、うっすらと化粧を施し、空色のワンピースを着たサーリスヴォルフが、湯気のあがったカップを口元に運びながら、優雅に出迎えてくれた。

 私的な会議といえど、席は序列順と決まっている。四角い机の場合、〈大公会議〉では『魔王様席』に主催者が座り、そこからみて右手に上位二名が、左手に次の二名、正面に下位二名が腰掛ける。
 今回は一位のプートが主催者なので、二位である俺は『魔王様席』のすぐ右手についた。

「俺は泊まったからな。サーリスヴォルフこそ、随分早いじゃないか」
「おや、君もか。そうと知っていれば、晩餐をご一緒するのだったね」
「ということは、サーリスヴォルフも昨日のうちに、魔王城へ?」
「そうだよ。宵の口にね。いくら〈大公会議〉といったって、あんまりにも急すぎると、一つ文句でも言ってやろうかと勇んでやってきたのに、まさか肝心のプートが来ていないとは予想外だったわ。そのせいで陛下と二人っきりで食事をするはめになるし。会話の弾まないこと弾まないこと……君がいれば場も和んだろうに」

 ということは、俺の方が早かったのか。いや、待て――
「魔王様と晩餐を?」
「というか夜食ね。もう日をまたいでいたからね」
 魔王様!!
 俺との晩餐は拒んだくせに! っていうか! 仲間はずれひどい!!!
 確かにその頃、俺はすでに熟睡していたかもしれない。だが、起こしてくれればちゃんと参加したのに!
 俺は給仕されたココアを飲みながら、気分を落ち着かせる。

「それじゃあ、同盟者であるサーリスヴォルフも、今回の会議の詳細は知らないのか」
「同盟者といったって、何もかも全部、あけすけに話し合うわけじゃないからね。同盟の締結には、仲の善し悪しすら関係ないし」
 それはそうだ。

「仲といえば、君……いや、君たち、喧嘩でもしたの?」
 サーリスヴォルフの瞳が底光りした気がした。
「君たちって?」
 俺はとぼけてみせる。 「君と親友の彼のことだよ」
 ただのちょっとした興味だと言わんばかりに、邪気のない笑顔をみせてくる。却って怪しい。

「ベイルフォウスのことなら、別に……」
「俺がなんだって?」
 三番手はベイルフォウスだった。噂をすれば影とはよく言ったものだ。
 今日は魔槍どころか剣の一本すら佩しておらず、俺の隣に颯爽と腰掛ける。
 そんなベイルフォウスへ、給仕はサッと高い脚のグラスに注がれた黄金色の酒を配膳した。

「君たちが喧嘩したのかって聞いてたんだよ」
「は――」
 ベイルフォウスは俺を一瞥し、サーリスヴォルフに視線を定めて鼻で笑う。

「いい年の大人同士が、喧嘩なんてするわけないだろ」
 ベイルフォウスは細い脚を持ってグラスに口をつける。
「……年がら年中、プートと喧嘩をしているお前が言ったところで説得力がない」
「は? あれは権力闘争ってやつだ」
 いやいやいや。

「ふーん?」
 サーリスヴォルフはまだ俺とベイルフォウスの仲につっこみたかったようだが、それから続々と、デイセントローズ、ウィストベル、ロムレイドの順でやってきたので、断念したようだった。

「なんじゃ――わざわざ魔王城に呼び出しておいて、当人が来ておらぬのか」
 ベイルフォウスのように口論の習慣はなくとも、ウィストベルがプートを嫌っているのは周知の事実だ。
 それはともかく、ライバルであったアリネーゼが大公から退き、魔王様との関係が公表された後でも、むき出しの細い肩と谷間を強調し、長いスリットからなめらかな素足を見せつける方針に変わりはないようだった。

「まったくだ。こんな時間に呼び出しておいて、失礼な奴だぜ」
 こっちはこっちで、髪が短くなって赤の面積が減ったとはいえ、相変わらず目に痛い。
 今日はウィストベルのドレスもワインレッドなせいもあって、赤の主張が甚だしい。

「皆様ご存じの通り、私は未だ一度も〈大公会議〉を開いたことがないのです。憧れます、〈大公会議〉の開催主――ええ、できればあのメイヴェルめを断罪する〈大公会議〉を、それこそ私の名で行えればよかったのですが、なにせ――」
「〈大公会議〉なんて、そんな頻繁に行うものじゃなくない? ちょっと安易に開きすぎじゃない?」

 いつもながら、デイセントローズは誰が聞いておらずとも構わず一人で悦に入っているし、ロムレイドは大欠伸をしている。
 猛獣はそこそこ長時間睡眠だというから、彼がいつも眠そうなのは、虎由来なのかもしれない。

 好き勝手に話し出す大公たちそれぞれに、違った飲み物が給仕された。ウィストベルにはチェリーの添えられた青いカクテルが、デイセントローズには何かの乳酒が、ロムレイドには――いや、何この臭い。赤黒いドロドロの飲み物から、異臭が漂ってくるのだが……。まさか、何かの動物の新鮮な血、とか言わないよな?
 個々に好みの飲み物を出してくれるのはありがたいが、みんなが集まる場で臭いのきつい飲食物を提供するのは止めて欲しいよね!

 っていうか、七位のロムレイドと二位の俺の席はまあまあ離れてるのに、それで臭うってどうなの!? あと、どうして俺はココア? いや、おいしいけども! 嫌いじゃないけども! せめて大人らしく、酒でも垂らしてもらえないだろうか!
 俺がそう要望してみようかと思った時である。
 ようやくプートが姿を見せたのだ。それも、魔王様を伴って。
 二人とも、黒い。しかもどちらも体格がいいから、一気に黒の面積が増えた気がする。

「本日は、魔王陛下に列席いただく。とはいえ、もちろんこれは〈大公会議〉であるから、陛下のことは気にせず、いつも通りの私的な会議と捉えていただきたい」
 そう言ってプートは魔王様席に、それから魔王様は急遽観覧のために用意された豪奢な椅子に、それぞれ腰掛けたのだった。

 まぁ、魔王城で行うというのだから、そうなるかなという可能性も考えなかったわけではない。
 こちらもそうと予想していなかった訳ではないだろうが、慣例のようにベイルフォウスが席を立って噛みつく。

「魔王が参加する〈大公会議〉なんて、聞いたこともないぜ。どういうつもりだよ」
「前回の〈大公会議〉でも、魔王陛下はご臨席であったが」
 あー。確かにね! 俺のところでやった〈大公会議〉の途中から、小魔王様姿とはいえ、魔王様も参加してたもんな。

「あれとこれとでは、意味が違うだろう! だいたい」
「それでは、〈大公会議〉を開催します!」
 ベイルフォウスの抗議を、プートが大音声で強引に遮る。
 そうなると、表向き『室内での戦闘、罵倒が禁止された会議』だ。ベイルフォウスが苦虫を噛み潰したような顔で席についた。

「さて、召集状の通り、議題は〝我が城への攻撃者について〟である」
 プートがことさら重々しく宣言し、〈大公会議〉の幕が上がった。


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