古酒の隠れ家

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恐怖大公の平穏な日常

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【第十三章 魔武具騒乱編】

108 生首好きな姉弟です?


「それで、プート大公は俺とデイセントローズの関係を明かして、俺の過去をあげつらうために、わざわざ〈大公会議〉を召集したというんじゃないだろうな? それともなにか。俺がかつてリシャーナを無礼うちにしなかったからといって、それを理由に断罪しようとでも?」
「そんな無茶な! それならば、リシャーナに言い寄られた大公はみんな同罪ですからね!」
 ベイルフォウスの援護のつもりか、他の大公に向けて、デイセントローズが食ってかかる。

 ああ、そうだとも。そのデイセントローズだ!
 ラマの実父については、何度か気になったこともあった。本人も思わせぶりだったし……でも、まさかベイルフォウスとは!
 いつからだ? いや、親子という事実は揺るぎないとして、ベイルフォウスは最初から知っていたのか? デイセントローズが台頭してきた時点で、自分の息子だと?

 なら、なぜ公表しなかった?
 わざと関係を内緒にしていたのか? いや、そうだよね? なのに、今はこんなあっさり認めるのか?
 さんざん気にくわないって態度を示していたあれは?
 どういうことなの?

「我は議題を変えたつもりはない。そなたらのことは、あくまで本題の前提として、皆が把握しておくがふさわしかろうと思った故である」
「議題って……ああ、プートの城を攻撃した者について、だっけ?」
 この場において最も動揺も興味も少なそうなロムレイドがそう言って小首を傾げる。だが、いつも緩んだその表情が、凍り付くような出来事が起きたのだ。

「入るがよい」
 プートがよく響く低い声でそう言い渡すや扉が開き、小さな影が飛び込んで来たのである。
「えっ?」
 珍しく緊迫した声をあげたロムレイドだが、彼が驚いたのは自分が掴んだそれが、とあるデヴィルの生首であったからではない。むしろそれを放り入れた相手の姿を見て、たちまち蒼白になり、及び腰で机の下に潜ろうかと逡巡する様子をみせたのだ。

 デーモン族の兄弟姉妹というのは、俺とマーミルのように容姿は似ていなくとも、髪色が同色になることが多い。もしくは魔王様とベイルフォウスのように、それぞれ両親の髪色に似るかだ。
 突然現れたその人物の、腰まで伸ばしたまっすぐな髪は柑子色(こうじいろ)。ここ数日で、見覚えのある色だったのだ。
 いいや――というか、容姿そのものが、血縁者と予想できるその女性によく似ていた。俺の考えを裏付けるように、すぐさまロムレイドが答えを発する。

「姉さん、どうしてここに……」
 彼は手にした生首を盾に身を隠しながら――全く隠れていなかったが――、それでも怯えた様子で尋ねる。
 そう、似ていると思ったのはロムレイドの姉、ウィストベルの副司令官である幻影魔術の使い手、イムレイアだった。
 つまりここに現われた彼女は、同じくウィストベル領の公爵であるという、ロムレイドのもう一人の姉ということだろう。
 もっとも、お色気ムンムンの妹と違ってパンツスーツに身を包んだ涼しげな雰囲気は中性的であり、ロムレイドが「姉」と呼ばねば、細身の男性かとも思ったに違いない。

「プート大公、並びに諸大公方――」
 その人物はギラギラと煌めく瞳で最初にプートを、それから五人の大公に向けては軽く滑らせるように、そして最後にウィストベルの上でしっかりと視線を留めつつ、右手を左胸の前に置いて軽く腰を折る。
「中でも我が主、ウィストベル大公にことさらご機嫌をお伺いします。この私めが〈大公会議〉にお邪魔しました無礼をお許しください」

 言葉の上では謝意を表しながら、その実、我々の許しなど全く求めていないのは、鈴の音のような美声が高慢に響いたためにそうと知れた。
 魔王様に断りを入れなかったのは、ここが〈大公会議〉の場で、魔王様は自分と同じく部外者、あるいは参考人の立場であろうと思ってのことか。いずれにしても、妹よりずいぶん遠慮のない人物のようだ。

「つまり、プートよ。主が『自分の城を攻撃した相手』というのは、今更ヨルドルのことなどではなく、この、アギレアナだと申すか?」
 ウィストベルがじろり、と、自らの麾下を睨みつける。

「まさか。この私がプート大公に牙を剥くなど、あろうはずがございません。むしろ功労者とほめていただきたい。それ、その首を、もってきたのですから」
 柑子髪の女性――アギレアナが指した生首に、注目が集まる。
「それが誰のものであるか、私からの説明がなくとも、ここにいらっしゃる皆様のほとんどには一目瞭然でしょう」
 ああ、見覚えがあるに決まっている。なぜってそれはラマの首――あのリシャーナの生首だったからだ。

「もしかして、これがリシャー」
 ロムレイドが手に持った生首の正面を自分に向けて回そうとしたときだった。横に座ったデイセントローズが、ひったくるように奪ったのだ。
「これが! リシャーナ!」
 え? これが、って……。
 だって、仮に母と叔母の仲が悪くて会ったことがなかったとしても、雌ラマの首ですよ? アギレアナのいうとおり、一目瞭然ですよね。

 ……いや、これってもしかして、デヴィル族に対して、乱暴な考え方なのか?
 デーモン族で例えると、同じ金髪なのだからお前の兄弟姉妹だろう、と言われるに等しいのだろうか。
 そういえば両者に対面した感じ、リシャーナとペリーシャは双子とはいえ、醸し出す雰囲気が全く違っていた。肉付きにしても、リシャーナの方があきらかにふくよかだったしな。身内からすると、母とは似ても似つかない顔をしているのかもしれない。
 もっとも、胴から離れて色々落ちたのだろう生首は、生前の時よりやせ細っている。人相も、変わっていると言えばそうなのかもしれないが、俺は敵を生首にしたことがないのでわからない。

「この女がっ!」
 憎々しげに叫び、デイセントローズは頭皮の毛を握りしめ、力任せに腕を振り上げる。
 だがそれが降ろされる前に、ラマの左手に座ったベイルフォウスが、その(しるし)を奪い取ったのだ。
 そうして相手の正体を確認するよう、正面に持ち上げて頷く。

「ああ、確かにリシャーナの首だ」
 そう言って、魔王様も含め、他の大公たちに見えるようにその首をぐるりと一巡させるや、正面をプートに向けて机上に置いたのだった。
 乱暴を阻まれたデイセントローズが、衝撃をこらえるように両手を胸の前で握りしめた。

 ……ってねぇ、これってつまり、お父さんに駄目出しされたから、ホントは手をのばしたいのに我慢してるってこと!?
 思い返してみれば……ラマがベイルフォウスに逆らっているところ、見たことがない気がする。やたら近寄ってくるな、と思ったときも、よく考えればいつもベイルフォウスと話していた時だったような……。
 ちょっと待てよ……まさか、まさかとは思うが……マーミルに呪詛をかけてきたとき、確かこのラマってば、俺の信頼を得たかったのだとかふざけたことを言っていなかったか?

 いや、まさか……ホントにあれが本心だった? お父さんの親友と、自分も仲良くしたかったとかそんな……??? いやまさか!
 待て待て。今ゾッとしたんだけども!?
 でもそういえば、この間ガルムシェルトでラマが子供になったときも、同盟者をさしおいて――サーリスヴォルフが乗り気ではなかったといえ――、ベイルフォウスがその身の保護を申し出たんだっけ。あれも、もしかして息子だったから? ほんとに護ってやっていたっていうのか?

 もうホント、いちいち気になるんだけども!?
 本人に問い詰めたいことが山ほどあるんですけれども!?
 この会議、早く終わらないかなぁ!!!!
 それとも今、この席で聞いてもよいだろうか???
 みんなは聞きたくならないのか? 気にならないのか?
 俺はむしろ、リシャーナとかアギレアナとかより、二人の関係の方が気になって仕方ないんだよ!
 正直、他のことは大して頭に入ってこないんだよ!

「その首が精巧な造り物ということは? 本物なのでしょうか?」br> 「この私がこの手で絶ったのです。偽物であろうはずがございません」
 アギレアナがうっすら微笑みながら言う。気の弱い者なら、それだけで震いあがりそうな強者らしい底知れぬ自信に満ちていた。

「この私が、と言われたところで、私たちのほとんどは、あなたのことを存じ上げないのですが?」
「ごもっともですね。しかしこの場合、私の紹介は、この場に私を召喚されたプート大公か、我が主たるウィストベル大公がなさるべきかと存じます」
 デイセントローズの皮肉の効いた言葉に負けじと、アギレアナが強気に返す。
 いや……どれだけ気が強いのよ。

 とはいえ、確かに――
 俺の見る限り、次姉イムレイアとロムレイドの実力の差はほとんどなかったが、この長姉はそれよりまだ魔力が強い。つまりは大公として立っていても、なんの遜色もないということだ。
 しかも、ロムレイドですら年齢は500歳を超えると聞くから、長姉はそれ以上の長命――おそらく力のある公爵として在るのも長いのだろう。言葉遣いは丁寧でも、高慢さがにじみ出るのも理解できなくもない。

「この者は――」
 意外にも、口を開いたのはウィストベルだった。
「名をアギレアナ。ロムレイドの実姉にして、我が領地で公爵の地位にある者じゃ。とはいえ、年中ふらふらと全土を漂蕩しており、我が領地に落ち着くことがない。貴重な公爵城を、大半空いたままにするのも勿体ない故、そろそろ爵位の剥奪も検討したいところじゃ」
「さすがにそれは困りますね」

 ウィストベルの淡々とした紹介に対して、アギレアナが軽笑めいた笑みを浮かべる。
 もっともウィストベルの口調は冷静でも、態度はそうとも言えなかった。同じデーモン族の、しかも配下に向けるとは思えないほどの嫌悪感と殺気が、彼女を見るウィストベルの瞳には籠もっていたのである。
 いいや、ウィストベルの方だけではない。二人の間には、見えない刃が渡っているかのようだった。
 気がかりが他にあるといえ、さすがにヒュンヒュンしたのは言うまでもない。


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