恐怖大公の平穏な日常
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109 挑戦的なお姉さんが引き起こしたもの
「我が配下が、我の城への攻撃手を探し当てられなかったことは、報告の通りだ。というのも、この公爵がその者をすでに処断していたからである。そして我が探していることを知り、申し出て参ったと言うわけだ」
ウィストベルに続いてアギレアナのことを語ったプートは平静そのもの、デーモン族に対する敵意など、一つもにじませてはいなかった。
「待ってくれ。プートの城に向かって、あの光線を撃ったのがリシャーナだというのか? そんなバカな……いくら公爵の魔力を奪ったとはいえ、彼女にその力量はない」
俺は二度の攻撃を目撃した当事者として、発言する。
そうだとも。対峙した時に認めたリシャーナの魔術は、どれも稚拙なものだった。あの光線を撃つ技量はない。それに――
「そもそも一度目は、他ならぬリシャーナが撃たれたんだぞ」
「そのことは私は知りません。ともかく、私はただ、プート大公の城を攻撃した者を処断しただけのこと」
俺の追求に対して、アギレアナはしれっと嘯いた。澄ましたその様子が、どこからどう見ても怪しい。
「つまり、この者の申し出によると、こうである。ジャーイルの領地で消滅したと思われるリシャーナが、我が領にて復活を遂げており、自身が受けたと同様の攻撃を会得し、移動中の我が城に向けて放った。しかし、近隣にてその場をたまたま目撃していたこの公爵が、相手を強者とみなすや即座に戦いを挑んで勝利し、問答無用とばかりにその首をとったそうだ」
なんという胡散臭い話だろうか。そう思ったのは俺だけじゃないらしい。
「問答無用とばかりに、ですって? つまりあなた……アギレアナ公爵、でしたか? あなたは戦いを挑んだ相手が誰であったのか、知らなかったと主張するのですか? 相手が誰かも確認せずに、殺したのだと?」
「問題なのは、相手が強者であるか否かだけ。戦ってたのしいかどうかだけ。素性など、問題になりますまい。奪爵が目的ではないのですから」
「首だけをわざわざ残しておいて?」
「それは私が、斃した相手を蒐集する癖があっただけのこと」
斬首蒐集癖……つまり弟と同じ趣味ということか。そういえば前にロムレイドが、お気に入りの首を姉に取られたのなんなと言っていたっけ。
その弟は、次姉ならず長姉も苦手なようで、なんとか相手の視界から逃れたいと思っているらしく、大きな体を無駄に縮こませて居心地悪そうにしていた。
「聞けばこの罪深き女はプート大公への攻撃だけでなく、世界を混乱させた原因でもあるのだとか。はからずもコソコソと這い回る害虫を処分でき、ようございました」
「つまり自分は何も知らん、その混乱には関わってもいねぇ、偶然にリシャーナを討ったのだ、と主張するわけか?」
ベイルフォウスが厳しい口調で問い質す。懇ろな間柄の妹と違って、そういう関係にはないのかもしれない。そう思えるような素っ気なさだった。
「私は先の大祭の終盤から、ずっとプート大公領の友人宅に世話になっておりました。愉しくこもっておりましたので、恥ずかしながら、世界に混乱が満ちていたことも知らず、この度、プート大公にお伺いして、ようやく事の次第を把握したような状態です」
「よくもまあ……」
ウィストベルが低い声で呟いたのを、俺は聞き漏らさなかった。
どうやらこれまでの対応を見ても、同じく自身の配下とは言え、ウィストベルは重用している妹と違い、姉の方にはいい印象を抱いていないようだった。それも、その発言に信を置いてもいない。
気持ちはよくわかる。俺も自分の配下がこんな挑戦的なら、とても仲良くはできないだろう。
「もしや私の挙動をお疑いなら、領境の記録でもお調べになられるがよろしいでしょう。諸大公方にはその権限と能力がおありなのですから。私が領地を移動した記録は、魔王大祭の以前で止まっているはず。しかし、裏を返せば私が世間の混乱を知らなかったというのは、閣下方の問題解決が迅速であったということでしょうから、そこは誇られてよろしいのでは?」
なんとも人を食った主張だった。
「よう、わかった」
あくまで強気なアギレアナに、ウィストベルが繊手を振る。
「自身は何の関係もないと主張をしに参ったのであれば、目的は果たせたであろう。知らぬ存ぜぬしか申さぬのなら、ここにおっても無駄じゃ。とっとと帰るがよい」
すると、初めてアギレアナは好意的ともいえる笑顔を女王様に向けた。
「それは、本当にお役に立てずに申し訳ありませんでした。私としては、諸大公に相まみえる機会をちょうだいでき、幸運でありました。ところで、そちらの首は持って帰っても?」
机上に白目をむいて置かれたラマの首を、アギレアナは指さす。
「当然、置いてゆくがよい」
「……そうですか。花瓶にでもしようと思っていたのですが、残念です。万が一、不要にでもなればご返却ください。それまではお預けいたしますので」
最後まで、堂々と――というか、慇懃無礼さしか感じさせない態度を貫いて、アギレアナは退場した。よくこの短気な大公たちが――当然、俺を除く――怒気を我慢したものだと思うほどに。
それと、気にすることでもないかもしれないが、それでも気にかかったことが一つ……徹頭徹尾、彼女は魔王様の存在を無視するかのように、ふるまっていたのだ。ただの一度も、魔王陛下と呼びかけなかったのだから。
まぁ、魔王様自身もずっといるのだかいないのだかわからないほど、黙っているけれども――とはいえ、もちろん、存在感はある! ありますからね、魔王様!
「あれを、どうみる」
アギレアナが退室して暫く沈黙が続いていたが、プートがそう口火を切った。なにせ彼は、この会議の主催者なのだ。音頭を取るのが当然ではある。
「なるほど――今回の主題は『プートの城を攻撃した者』であったな。主の提示した議題の意味が、ようやく理解できたわ」
ウィストベルの言葉に対して、デイセントローズが怪訝な表情で尋ねた。
「どういうことです? その、二度目の光線……ですか。その攻撃手が、リシャーナであると認めるというのですか?」
「俺が言ったろう。それはあり得ない」
「では、あのアギレアナとやら……ロムレイドの姉が、嘘をついたということですか? 一体、何のために」
デイセントローズの言葉に、ロムレイドへと視線が集まる。
「ロムレイド、姉についてなにか言いたいことは?」
ベイルフォウスの問いかけに、ロムレイドは困惑の表情を浮かべた。
「僕は嫌われているので、あまり交流もなくて……多分、弟とも認めてもらえてません。ただあの人は、退屈しのぎに他人からなんであれ、奪うのが好きな人で……他人の苦しむ姿とか、慌てる姿とか、困った姿を見るのが大好きな、怖い人、です」
声に張りがないのはいつものことだが、いつも呑気な虎耳まで、力なく見えた。
「……つまり、どういうことです?」
デイセントローズがやはり首を傾げて問いかける。
「俺には、この私が堂々と姿を見せてやったのだから、これ以上の追求はなしにせよ、どうせ何一つ理解できまい、と、言っているも同様に感じたな」
ベイルフォウスくん、察しの悪い息子さんへのご教授ですか。でも、正直まだ、息子さんピンときてないようですよ! 疑問だらけって感じの表情が浮かんでますよ!
「仮にそういう意図があったとして、それならば余計に真相を追求もせず放免したのはどうなのかな?」
サーリスヴォルフが、いつもの含み笑いを浮かべながら言った。
「真相もなにも――ロムレイドが申したであろう。あの娘は気まぐれに、退屈しのぎに残虐を行うのじゃ。そこに確たる目的など、なくともな。それも、自ら動くばかりではなく、愚者を操って破滅においやろうとする。今回もあらかた楽しんだので、ラマの首一つで終幕としよう、とでもいうのじゃろう。あれだけ堂々というのじゃ。挙動を調べたところで、プート領から移動した記録など、みつかりはすまい」
ウィストベルが不機嫌を隠さず、見解を述べた。それに対し、またもサーリスヴォルフが茶々を入れる。
「本当に? 彼女は君の配下だ。まさかまた、何か意図的に隠して、自分の同盟者たちだけで事を運ぼうというのじゃないだろうね? 陛下が子供に戻っていたことを、我々デヴィル族には秘そうとしていたように」
「……ありえぬ」
サーリスヴォルフの指摘に対し、最初、魔王様の若返り状態を内緒にしようとしていたのが事実だけに、ウィストベルも怯んだようだった。
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