古酒の隠れ家

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恐怖大公の平穏な日常

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【第十三章 魔武具騒乱編】

111 白熱の会議実況


「どういうことだ。まさか、同盟を結ぼうとでもいうんじゃねぇだろうな。気持ちわりぃ」
「そこまでは言っておらぬ。今しばらくはいがみ合うのを止めようと言っておるのだ」
「は? なんのために」
 ベイルフォウスは心底嫌でたまらない、という表情を浮かべる。

「そなたがどう思おうが、私はこれでもルデルフォウス陛下には忠誠を誓っておる。故に今回の苦難にも、反意を示そうと思えばできたものを、すすんでご協力申し上げた」
 魔王様が承知しているとばかり、こくり、と頷くのが視界の端で捉えられた。
 ホントに静かだな、魔王様。弟と逆の立場だったなら、こうはいかなかったに違いない。

 それはそうとして、確かに――プートが魔王様のことを認めているようなのは、魔王様の魔力奪還に協力的なことからもなんとなく感じていた。
 もともとは、魔王様がプートより下位だったのは知っているし、先の魔王が斃れた時に、魔王様が大公全員と戦って下したことも聞き及んでいる。つまりプートは魔王様に屈した経験が、一度ならずあるのだ。
 それでなお、恨みに思わず忠誠を誓うというのだから、それはもう、魔王様が正々堂々きれいな勝ち方をしたのだろう。
 なにせ魔王様ときたら、ホントに強い。プートと俺の魔力を足しても敵わないかもしれない、というほどの、強力な魔力の持ち主なのだ。
 こうして常々、平静なのも、その強者の余裕なのかもしれない。

「我ら魔族の矜持――それは強敵と認めた相手に対し、己の力のみを頼んで堂々と立ち向かうことだ。故に、徒党を組んでの戦いなど、通常は行わぬ。だというのに、先日、我らは共闘を余儀なくされた。これがどれほどの痛恨事であるか、その場に不参加であった者とて、容易に想像がつこう」

 プートはギリリと奥歯をかみしめた。
 共闘というのは、〈竜の生まれし窖城〉を俺とベイルフォウスとプートで攻めた時のことをいっているのだろう。
 まぁ、魔族は一対一が基本だからな。プートのような脳筋が、殊更他者の力頼みを嫌うのも、わからないでもない。

 ぶっちゃけ俺は、理由があっての共闘なら別にいいと思うんだが。
 ほうぼうで好き勝手に攻撃するというのは論外だが、タイミングを計っての波状攻撃とか、ゲームみたいで楽しくもある。
 つまり、魔王様本人というならともかく、魔王様の魔力を強奪したヨルドルと対峙したその時のことを、俺は別に、全く、何一つ、気にしていないのだ。
 ――なので、獅子と目を合わせると面倒だと思い、リシャーナの首に注視してみた。

 白目をむいているし、水分が抜けたためか、ちょっと肌にも生前にはなかったヒビみたいな皺が入っている。だが、どこからどう見ても、雌ラマの首だ。うん、デヴィル族を見分けるのが苦手な俺も、さすがにリシャーナの顔だと判別がつく。
 頭髪? を結んでいたのだろうリボンが、千切れてかろうじて絡みついているのが生々しい。

 たまらないのは、この鼻をつくツンとした臭い――ロムレイドのドロドロ酒を凌駕する異臭が、頭部から漂ってきているのだ。メイヴェルの時にはそれほど気にならなかったのだが、何が違うのだろう。
 これって死臭か? 内臓なくても、死臭ってするのか? 生前のリシャーナからは、こんな臭いは漂っていなかった。とにかく強烈な臭いだ。  とはいえアギレアナが持って帰りたいだなんて言ったものだから、もしかして精巧な偽物か、と疑わないでもない。

 それを調べるためにも、できれば我が領地に持って帰りたい。一応、領主なのだから、そう主張してもよいはずだ。だいたい、みんなはリシャーナのことには興味すらなかったのだから!
 持って帰って、実物かどうか、医療班に調べてもらおう。あとはやはり二人の息子たちに、遺体を届けるという意味でも――
 リーヴ、母親の遺体を前にして、大丈夫かな……。

「先ほどの小娘――大公ウィストベルと大公ロムレイドは、さも愉快犯と言わんばかりであったが、私はそうは思わぬ。あれは本気で魔王陛下を仆そうと企んでいたのだ。それが自ら表だってのことであれば、私とて何も言わぬ。だが、あのように他者を操るようなやりようは、我ら強者の為業ではない。あれを許しては、理が歪んでしまう――そうは思わぬか」
「おい、どういうことだよ。共闘はごめんだと言ったその口で、強者の極みたる大公が、たかが『小娘』一人を脅威に、一致団結しようとでもいうのか? バカバカしい――」
 ベイルフォウスの言い分はもっともだった。
 もっとも俺は、みんなで仲良くするのはいいと思うけどね! 平穏無事に過ごせそうで!

「あの、口を挟んで申し訳ないんだけど――そもそも、彼女がリシャーナを操っていた黒幕で決定なのか? 単なる自信家の思わせぶりな女性、というだけの可能性は? リシャーナが光線を撃った云々も、単に彼女の勘違いとか?」
 俺は念のため、思い切って疑問を差し挟んでみた。これだけ言っておいて、えん罪だったらシャレにならないからだ。
 なにせ、確たる証拠があるというのではないのだから。
「は?」
 するとどうだ。プートとベイルフォウスとウィストベルに、一斉に睨まれたではないか。

「バカをいうな。あんなあからさまな挑発をして、無関係なわけがあるか。イムレイアも、以前、姉は面白そうだと思ったことは、どんな大それたことでもすると言っていた。それに、何より俺の勘がそうだと言っている」
 と、ベイルフォウスが言えば――

「全くじゃ。私はあの娘の性格をよく知っておる。その上で言うが、なるほど、あれが裏で糸を引いていたといえば、ことごとく納得できる。それに、私の勘もそうじゃと言うておる」
 と、ウィストベルも仰い――

「あの娘とは初対面だが、対面したその瞬間、私もビビビと来た! この娘はとぼけておる、と、わかったのだ! あのような者が無関係とはあり得ぬ! 私の勘が、全面的にそう言っておる!」
 と、プートが宣った。

 仲良し三人組かよ!
 オマケに端でそっと、「やりそう~」とロムレイドが呟いたではないか。
 デイセントローズは「ベイルフォウスが間違うはずがありませんし」とかサラッと言うし、さっきまであんなに色々言っていたサーリスヴォルフも、今はニヤニヤ笑って事の成り行きを眺めているばかりだ。

「勘……」
 本当は、三人が三人とも、別の根拠を持っているかも知れないが、とにかく勘だと主張するのだ。
 いや、まぁ、言うて強者の勘だ! わかってる、三人もの強者が勘が告げたと断言している。これに対して、俺一人が「そうかなって俺の勘が言っている」と言ったところで、負けるに決まっている。

 魔王様に意見を求めることはできないし、聞いたところでさらに「予の勘もそう告げておる」とかなっても面倒だ。
 俺は、もういっそ黙っておこうと決意した。
 その時である。タイミングよく、扉をノックする者がいたのだ。
 おそらくその時この俺が、誰よりもその相手を歓迎していたろう。

「〈大公会議〉中に、失礼いたします」
 それほど申し訳ないと思っていなさそうな飄々とした様子で入ってきたのは、黒髪長髪のデーモン族……確か彼は、魔王城侍従長。
「兄貴に用事か?」
「いいえ、ベイルフォウス様」
 侍従長は主人の弟にだからか、ベイルフォウスにだけにこやかに微笑んでから、また表情をキリリとひきしめた。

「皆様にご報告申し上げます。ジャーイル閣下の御領地から、通信がはいっております」
「俺の?」
「〈大公会議〉中であるぞ、それを――」
「そう申し上げましたが、ならばちょうどよいと仰いましたので、お邪魔した次第です」
 え、まさか……この面子が揃っていて、そんな強気な態度をとれるというと――俺の領地で思い当たるのは、ただの一人しかいない。

 推して知るべし。
 なんと、〈大公会議〉は中断された。
 痔になっても中断しない、という〈大公会議〉がだ。いや、確かにあれは、プートの冗談だったけれども。

 それに前回の俺の城で行われた〈大公会議〉だって、中断したといえばしたよ? 魔王様を迎えにいったのがそうだといえば、そうだからね。
 だが、俺の領地から通信があったと言ったからって、中断するとは思わないよね。俺はもちろん、遠慮した。連絡をとるのは〈大公会議〉が終わってからでいいって。

 だが、わざわざ決がとられ――俺以外をのぞく男性陣全員の賛成を受けて、会議は中断されることになったのだ。そうして、今、俺は、プートとサーリスヴォルフ、ベイルフォウスを従えて、魔王城本棟の通信室に向かっているのである。
 そうだとも――

「ジャーイル大公領副司令官アリネーゼ公爵からの通信でございます」
 魔王城侍従長がそういった途端――
「アリネーゼだと!」
 食い気味に叫んだのは、当然、プートその人だったのだ。


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