古酒の隠れ家

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恐怖大公の平穏な日常

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【第十三章 魔武具騒乱編】

112 いくら魔族の女性が強いといっても、やはり涙には勝てないのです


「アリネーゼ、どうしてまた、〈大公会議〉中に通信を? それほどの事件があったというのか?」
 魔王城の通信室は、部屋の中央に向けて八つの机が囲むように置かれた会議室だ。投影板面も、一席ごとに向いて、八枚設置してある。
 そのうち一枚に映った猫目の犀女と向き合いながら、尋ねてみた。
 なにせアリネーゼは元大公。俺よりむしろ、その歴が長い彼女であれば、〈大公会議〉の重要性は重々承知のはずだ。

『あなた一人でいらしたの?』
「いや――三人ほどついてきているが、外で待ってもらっている。なにせ、副司令官から大公への通信だ。領地の内政に関わることもあるだろうと、すんなり応じてくれたよ。それでも君の顔は見たいようだが……」
 以前、アリネーゼは他の大公達――ことに長らくの同盟者であったプートやサーリスヴォルフとは、暫く会いたくないと言っていた。その意志を尊重し、ついてきた三名には、とりあえず廊下で待ってもらっている。

『誰かしら?』
「プートとサーリスヴォルフとベイルフォウスだ」
『そう。丁度よかったといったものの、全員と顔を合わせる羽目にならなくてよかったわ』

 どうやら、その三大公と話をするのは問題ないらしい。会いたくない相手もいるようだが、まあ、喧嘩相手のウィストベル……それにデイセントローズのことも、足を切り落とされた件を快く思っていないはずだから、そのあたりか。
 ちなみに好色な彼ら――サーリスヴォルフは今日は女性版だとしても――がついてきた言い分はこうだ。

「〈大公会議〉を中断させるなど、とんでもない! いかに相応の理由があろうとも、一言申さぬではおかれぬ!」と、プートが言葉とは裏腹に、上機嫌で頬を上気させながら息巻き、「私は元同盟者として、顔を見たいね。何一つ事情を聞かさず、身を潜めてしまったのだもの。多少は恨み言をいってもいいはずだ」とサーリスヴォルフは素直に恨み言を申し述べ、「元同盟者二人に攻められたのでは肩身が狭かろう。俺が仲裁に立ってやろう」などと、ベイルフォウスができもしそうにないことを宣ったのだ。

「では、会うのは問題ないんだな?」
『ええ、直接は面倒だから会いたくないけれど、あなたの副司令官になってしまったのだもの。いつまでも陰に隠れて素知らぬふりでいることはできないでしょう。なら、最初のきっかけとして、いっそ通信で話すぐらいならいいかなと思ったのよ』

 ちなみに、俺の城からの通信だ。
 彼女はまだ、旧ウォクナン邸に引っ越しをしていないので、それも仕方なかった。もっとも、設置が終わっていたところで、自分の城の通信文様を領外にまでおおっぴらに明かしたくない、と言う。
 なるほど――俺は全戸対象の通信文様事典の作成を希望しているが、アリネーゼのように、誰彼と公表するのはごめんだという考え方もあるのか。確かに考えてみれば、個別の文様を公表すると言うことは、ジブライールのところにいろんな男性魔族が、気軽に連絡を取れるようになるってことだもんな……これは、掲載内容に一考の余地があるかもしれない。

『では、先に恨み言をお伺いしましょうかしら。その方が、後でまだ用件があるのだと切り上げやすいでしょう』
「まぁ、確かに――」
 アリネーゼの意見をもっともだと思った俺は、三大公を中に招き入れた。

「アリネーゼ! 息災であるか!」
 一言注意を――などと言っていたのはやはり建前だけだったらしいニッコニコプートの第一声……。
『まぁ、プート大公、それからサーリスヴォルフ大公も……お逢いしなかったのは少しの間のことなのに、お懐かしいわ……お二人とも、私のことは不義理にお思いでしょうけど、許してちょうだいね。やむにやまれぬ事態だったの……』
 さすがはアリネーゼだった。サーリスヴォルフが口を開く前に、ヨヨヨとハンカチを目頭に当て、さも弱々しい雰囲気を醸し出したのだ。
 美人に泣かれて――俺は嘘泣きだと知っているが――、躊躇しない男などあろうか。

 案の定――
「そう、気にせずともよい。奪う、奪われるの渦中には、判断を過つこともあろう。その末に最悪の事態を避けれたとなれば、そう悪手とも言えぬであろうしな」
 プートが慰めるようにそう言ったのである。
 ちなみに俺だって、先に彼女が面倒だと言っているのを聞いていなければ、すっかり騙されたことだろう。

 さらに――
「できれば私を頼ってほしかったけどね、ま、命があって何よりかな」
 サーリスヴォルフでえさえも、苦笑を浮かべて軽くチクリと言うだけに留まったのである。もっとも勘が鋭いとの彼――いや、今日は彼女か――のことだから、アリネーゼの企図は承知の上でなのかもしれない。

「よう、アリネーゼ。ジャーイルの副司令官になったんだってな。良い判断だ」
 同盟者でもなかったベイルフォウスは、不平不満などあろうはずがない。軽く手をあげる。そもそもベイルフォウスだけはアリネーゼが俺の領地で公爵城を構えた後、その城を訪問していたから、彼女が大公を退いて初めて会うというのではないしな。

『ええ、あなたの助言に従ったというわけではありませんけど、幸いにも機会が巡ってきましたので』
「え?」
 ベイルフォウスの奴、アリネーゼに俺の副司令官になれと言っていたのか。ウォクナンのことがあったからいいが、そうでなかったら誰を襲えと言ったんだ。
「いや、別に強引に()れとは言っていない」
 俺の非難するような視線に気付いたのか、ベイルフォウスは手を振った。

『今後はジャーイル大公の副司令官として、ぜひお手柔らかにお願いいたしますわ』
「うむ、そうであるな。で、そなたの城の通信文様は――」
 おい、プート!

『あら、いやだ。急を要することだったので位には就いたけれど、まだ副司令官城に移ってもいないのよ。当然通信文様も、決めていなくて――』
 すかさず、アリネーゼは大きめの扇子で、鼻から下の部分を覆い隠した。そろそろ演技に疲れてきたのかもしれない。
『そのうち、ですわ』
 さらにはにっこり笑うという体で、両猫目まで閉じてしまったではないか。

「……三人とも、挨拶はもういいかな? アリネーゼと本題に入りたいんだが……」
「うむ、よい。気にせず打ち合わせするがよい」
 ん? いや、出て行って……くれないつもり、なのだろうか……?
 内政云々は……。
『皆様をお待たせしてしまってはいけないと思い、先にご挨拶させていただきましたの。特に仲の良かったお二人のお顔を拝見できて、光栄でしたわ。私の用件については、もちろん、聞いていただいてもいいのだけれど、なにせお三方ともご事情をご存じないでしょう? ご説明で中断ばかりとなっては、他の大公方をお待たせするばかりで、申し訳ありませんわ。後でジャーイル閣下からうまくご説明いただけると存じますので、会議場にお戻りいただけませんかしら?』
 さすがに切り上げると言っていただけあって、アリネーゼは上手に三人を追っ払ってくれた。
 まぁ、三人とも、どうせ本当に顔を見たかっただけなのだろうから、別にいいだろう。

「で、本題は?」
『ロムレイド大公からお聞きかもしれませんけど、例の穴の件ですわ』
「ロムレイドから? いや、さっき会ったばっかりで、すぐ〈大公会議〉が始まったから、特にその話はしていないが」
 穴の調査は勝手にやってくれといっていたロムレイドが、アリネーゼに協力でもしたというのだろうか。

『やはりね……』
 アリネーゼが大仰にため息をつく。
『つまり領境の穴のことは、他の大公達にも仰っていないのね?』
「ああ。魔王様には報告したが、大公達にはまだだ。話の流れによっては、と思っている」
 まぁ、さっきが丁度良いタイミングだったといえば、そうだったのかもしれないが。

『そう……』
 アリネーゼは瞳を曇らせた。
『結論から言うわ。穴の調査はできなくなったの』
「……うん?」
『ロムレイド大公が、自分の領地からあなた――ジャーイル閣下の領地の間近まで、抉って消滅させてしまったの。調査箇所が、跡形も無くなってしまったのよ』
 ……なん、だって?

「そんなこと、一言も聞いてないんだが!?」
『〈大公会議〉が終わってから、弁明するつもりなのかもしれないけど――とにかく、私はこのことを早くご報告申し上げた方がよいかと思って、通信した次第でしてよ』

 地下通路を跡形もなく消し去った? ロムレイドが?
 おい、まさか――さっきはあんな、僕は姉の思惑には何一つ関係ありません、などと言っておいて、実は何か調べられたらまずいことがあるからと、証拠隠滅を図ったというのじゃないだろうな。まさか、結局姉弟揃っての企みがあったというんじゃないだろうな!


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