古酒の隠れ家

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恐怖大公の平穏な日常

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【第十三章 魔武具騒乱編】

113 会議の進行役は重要です


 魔王城のあちこちに設置された転移術式をいくつか経由して、俺は急ぎ官僚区の会議室に戻る。
 中断された〈大公会議〉が再開される前に、まずはロムレイドに地下通路の顛末を確認するつもりだった。
 だが――

「なぜ、私が認めると思うのか――」
「どうやらそなたの手に余るようだ。故に私が引き受けよう、というのだ」
「私の手に余るじゃと? バカなことを申すな!」
 会議室の扉を開けるや、プートとウィストベルが火花を散らしていたのである。

 とばっちりを恐れた俺は、目立たないよう静かに席に戻り、ベイルフォウスこっそり尋ねる。
「これ、どうしたんだ?」
「アギレアナがプートに移領を申し出ていたそうだ。さっきのリシャーナの首を手柄と主張して、な。で、それを受けたいと思う、というプートと、認められん、というウィストベルで、この有様だ」
「アギレアナが?」

 リシャーナがプートの城を撃った犯人だ、と公言していたアギレアナが、それを偶然とはいえ討ち取ったのだから、その報いとして自分の身柄を受け入れろ、とプートに要求してきていたらしい。
 成人した魔族が自ら住居を変えようと思った場合に取りうる方法としては、周知の通り、奪爵で城を奪うか、〈修練所〉で勝ち上がるか――いずれにしても、陞爵(しょうしゃく)に伴うものだ。同位と戦って勝ったところで地位に変化はないから、たとえ敗者が殺されたとしても、勝者が相手の城をもらいうけることはない。故に公爵にまで上りつめると、大公となる以外で引っ越すには、負けて追い出されるか、結婚して爵位を捨てるか――ほとんどこの道を採る者はいない――しか方法がなくなる。
 例外は領主同士が話し合って、移領に同意する、という方法だが、そのほとんどは、ガルマロスや以前のダァルリースの時のように、自分でそれをなす力の無い無爵を対象に行われるのが一般的だ。
 つまり公爵が移領を願い出るというのは、結構珍しいことなのだった。

「主も先ほど申していたであろう。あの娘こそが、主の城を撃った当人に違いないと――それを自ら抱え込んで、なんとする」
「自身に向けられた悪意を、見逃すわけにはいかぬ」
「つまり私の元にあっては手を出せぬ故、自らの配下として後、難癖でもつけて処そうとでもいうのか」
「我を見くびるでない! そのような姑息な手は使わぬ!」

 本当にみんなの主張するとおり、プートの城を狙って撃ったのが彼女なら、プート領への移領は、自ら危険に飛び込むに等しい行為だ。いくらシラを切り通せたとしても、公爵が領主(たいこう)の暴虐に逆らうことはできまいからな。
 プートがその主張通り、姑息な手は使わないとしても、筋トレを命じられた結果、死に至るということはありそうじゃないか。
 だというのに、わざわざプートの領地に引っ越したいということは……自分が大公達からどう思われているのか、気付いていないとか?
 もしかしてアギレアナって態度で損してるだけで、ホントにこの一件には関係ないとか? 単に出てくるタイミングが悪かっただけだとか?

「なぁ、その話し合いに俺たち関係ないよな? 後にしてもらえないか?」
 ベイルフォウスが辟易とした態度を隠さず、冷めた口調で言う。しかしそれに反応したのはもめている当人たちではなかった。
「よかろう。この〈大公会議〉、ここより予が巻き取ろう」
 ここまでずっと沈黙していた魔王様が、決然と立ち上がったのである。

 ***

 意外にも、プートは魔王様の口出しに異を唱えなかった。
 そのため〈大公会議〉は閉会となり、そもそもが主題がハッキリしなかったという理由で開催の事実も検討されることとなり、会議は魔王様を主催者として、再開されることとなった。

 ぶっちゃけ、俺は何の違いが? と思ってしまった。
 だっていつもの魔王様主催の会議でも、魔王様自身はほとんど意見を差し挟まず、たいていプートの主導で会議がすすんで、ベイルフォウスと喧嘩し出すとか、ウィストベルとアリネーゼが喧嘩し出すとか、そういった感じでグダグダ進むことが多かった印象だからだ。
 だがしかし……今日の魔王様はひと味違った。
 自分の魔力奪取が、一連のわかりやすい発端と言えなくもないからか。

「つまり、流れとしてはこうだ!」
 黒板まで運び込ませて、相関図とプロセス図を色とりどりのチョークを用いて書き出し、教師の講義か! と言わんばかりの進行っぷりをみせたのだった。
 だが黒板って……魔王様って、武器を手で磨き出したり、装飾品をわざわざ鋳造したり、時々、魔術を使わない、原始的な方法をとるよな。職人気質なのだろうか。
 ちなみに、まとめられた図を見た魔王様の感想はといえば「あらためてこう見ると、ジャーイル、お前、短期間に随分、命を狙われたの狙ったのと、殺伐としておるな」だった。平穏に暮らしたいと思っている俺にとっては、心外な環境である。

 ともあれ、会議はサクサク進んだ! もう毎回、魔王様が進行すればいいのに、と思うサクサクっぷりだった!
 もっとも、そう思えたのは最初のうちだけのこと。自分が発言しないでいい場面では、確かに好調に感じたのだ。

 よい機会とばかり、ロムレイド領との地下通路のことを話しだしてはじめて、俺はこの会議の短所に気がついたのだった。
 まぁまぁ大事だと思うのに、思ったほど他の大公からの反応がなかったのだ。俺が、地下に掘られた穴が、領境を越えて繋がっていた、と発表したときは、さすがに数人が気色ばんだようだった。だがその誰一人として意見も感情も表に出さず、口をつぐんだまま、冷静な態度をみせたのだった。
 それもそのはず――

「――というわけで、俺の領地における地下の穴を掘ったのは、リシャーナに唆されたヌベッシュという侯爵に違いないのだが、通路には彼の手でもなくリシャーナによるものでも転移陣が設置されていた。ロムレイド領に及んでも、俺の方で調査をする予定だったが……」
「あー」
「大公ロムレイド」
 ロムレイドが虎の手を上げ、魔王様が許可を出す。
 そうだとも――意見と報告は、挙手し魔王様に当てられて初めて発言を許されたからだった。そのおかげで過激な感想は、ある程度封じられた。しかし、想像してもらえればわかると思うが、面倒なことこの上なかったのだ。

「ごめんなさーい。僕、穴を壊しちゃった……」
「それはわ」
「ジャーイル、発言は挙手しろ」
 えぇ? 俺、ついさっきまで発言してたよ。その続きなのに、いちいち? と思ったが、渋々ながらも手を上げる。
「大公ジャーイル」
「……わざとじゃないんだろうな」
「大公ロムレイド」
 ちょ! まだ話したかったのに!!

 他の大公が、ぐっと発言をこらえている気持ちがよくわかった。いつもなんやかんやと口を挟むベイルフォウスでさえ、この方式になってから一度しか発言していない。ウィストベルに至っては、完全に沈黙を守っていた。
 対して張り切っていたのがデイセントローズだ。何が愉しいのか、「それは大変ですね!」とか、「どういうつもりでそんなことを!」とか、どうでもいい発言のために、いちいち手を上げたのだ。

 そんなこんなで、結局の所、俺は考えを改めざるを得なかった。やはり、魔王様に進行をまかせるべきではないのだ、と。
 大公一位の特権かと思っていたが、もしかして、魔王様と付き合いの長いプートはそれをわかっていて、いつもすすんで議長を務めていたのかもしれない。
 とにかく魔王様が進行を務めてからの会議ときたら、今まで経験したどの会議より、面倒臭かった。
 しかしだからこそ、事実の確認だけでサクサクすすみもしたのだった。

 アギレアナの身柄は、魔王様の判定で、プートが預かることになった。ウィストベルは不服そうだったが、いちいち手を上げて抗議することまではしたくないようだった。どうして魔王様がそういう判断を下したのかは、二人きりの時に確かめでもするだろう。
 また、アギレアナが本当にこの件の裏にいるのだとしても、魔王様自ら、真相を追求しようとは思っていないらしい。

 俺の領地とロムレイド領の地下通路については、魔族が領境の穴を気付かれずにつなぐことは、魔王大公の誰一人、できないと考えているようだった。そのため、人間かもしくは動物の関与が疑われたが、そうであっても他の大公たちは、やはり大して興味を示さなかったのだ。いや、内心はどうであれ、表立って感想を述べるようなことをしなかった。
 でももしかすると、帰ってからこっそり、自分の領境の地下を調べたりするかもしれない。とはいえ、どこも領地が広大すぎて、全地域をくまなく調べるのには無理があるだろうが。
 ロムレイドは地下の攻撃について、あくまでもうっかりを主張したが、それはさすがに怪しいと思っている。だが、この場での追求はやめておくことにした。

 リシャーナの首は、俺が持って帰っていいことになった。彼女と面と向かって対決したのは俺だけだし、もともとが俺の領民だし、息子たちも俺の領地にいるからだ。それにロムレイドを除いて、死んだ同族の首に執着する者など、一人もいないのだった。
 その死者がかつて何をなしたとしても、魔族にとって、敗者はそうなった瞬間から、公的には忘れ去られるべき存在でしかないのだ。
 気の利く侍従長が、ちゃんと小ぶりな箱を用意してくれた。

 発端となったガルムシェルトは全て破壊したとみなされるため、当然のように捜索は終了となった。
 魔王様の魔力はちゃんと元通りに戻ったが、魔力奪取と〈竜の生まれし窖城〉の破壊の実行犯であるヨルドルには、プートによってしばらく相応の罰がくだされ続けることが再確認された。
 君は知っているかシリーズや、関与のあった団体、などという人間たちに関する話題は、このときもまた、ほとんど口の端にもあがらなかった。俺は出版社の移転のことなども少し話してみたのだが、もともと読書の習慣のあるウィストベルだけが、興味のありそうな反応を閃かせたにとどまった。
 万が一、国家単位での企みがあったとして、誰一人歯牙にもかけていないのだ。まぁ、なにせ非力な人間たちのことだから、無理もないけども……。しかし俺は引き続き、ひっかかる情報があれば、気にかけておこうと思う。

 そんなこんなで会議が終わったとき、内容に比して時間は決して長くはなかったというのに、俺は疲労の絶頂にあった。しかし、それは多分他のみんな……いや、魔王様とデイセントローズをのぞく他の大公達も同じであったろう。
 あんなに溌剌としていたプートもいつもより小さく見えたし、ウィストベルは生気が薄そうにさえ感じた。珍しくサーリスヴォルフの目がふさがりそうだったし、ロムレイドはいつにも増して眠そうだった。兄上大好きなベイルフォウスでさえ、明らかに飽き飽きとしてみえたのだから。
 そんな精神的疲労のピークにあったものだから、あんなに気になっていたベイルフォウスとデイセントローズの関係も、ツッコむのは今度にするかと諦めて、早々に帰城することにしたのだった。


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