古酒の隠れ家

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恐怖大公の平穏な日常

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【第十三章 魔武具騒乱編】

114 ネズミ君の心境は推して知るべしです


 魔王様がちゃっちゃか会議を終えてくれたおかげで、我が〈断末魔轟き怨嗟満つる城〉には、夕暮れ前には帰り着くことができた。
 普通の時間に帰ってくるときには、たいてい本棟に戻ることが多いから、竜は前庭に降ろすのだが、今日は何はともあれまず医療棟に向かってリーヴにリシャーナの首を渡してしまいたい。それで夜中の帰宅時と同様、竜舎に直接降ろして、そこで騎獣を借り、医療棟へと獣首を向けたのだった。
 ちなみに前回は、ジブライールが待ち構えてくれていたが……さすがに毎回、そんなことはないらしい。まぁ、それはそうだろう……。

「またどこかお怪我でも?」
 この間、頬の火傷治療で訪れたばかりだからか、サンドリミンが気遣わしげに出迎えてくれた。
「いや、今日は怪我じゃないんだ。ちょっとリーヴに用事があって……彼は今、仕事中かな?」
「リーヴならこの時間はもう、自室にいるはずですな。なにせ弟がまだ幼いでしょう。睡眠を重視しない魔族といえど、さすがに子供は早く寝るのが好ましい。正しく残虐の判断を行える魔族に育てるには、まっとうな生活習慣から、というのが我が医療班の研究結果でもございますしな! 故に彼には以前より、就業時間を早めてもらっているのですよ」
 就業時間自体を短くする、でないのがなんとも魔族らしい。っていうか、正しい残虐ってなに?

「なら、自室にお邪魔してもいいかな。それとも、まだハシャーンは俺を見ると怯えだすだろうか?」
 リーヴは子供に戻った弟が慣れるまで、同室で面倒をみているはずだ。あの弟モグラときたら、俺の姿を見るや、えらく叫びだしたのだから。
「大公城に暮らすというのに、その主人に悲鳴を上げるような者は、さすがに置いておくわけにはいきません。故に、姿絵を使って旦那様は恐怖の対象であろうが、面と向かって絶叫してよいお方ではない、ということを重々言い聞かせました。怯えはしていたところで、以前のように取り乱すことはないはずです」
 ……ねぇ、それってどうなの? つまり、恐怖で言い聞かせたってことだよね?
 いや、魔族らしいっちゃらしいけども!!

「しかし、もちろん旦那様が外させよ、と仰るのなら、別室をご用意いたしますぞ」
 サンドリミンは意味ありげに俺が抱えた小箱を一瞥した。
「ああ、うん……その方がいいかな……」
 さすがにビクビクする子供が同席する中で、その母親の首を差し出す気にはならない。ハシャーンを部屋から出すか、俺たちが別室で話すかのどちらかがいい。
 そんなわけで、俺とリーヴは『相談室』と書かれた医療棟の、せいぜい四人が同席できるかという狭い一室で、向き合うことになったのだった。

「弟には、閣下がいかに慈悲深い御方か、我ら兄弟の恩人であるか、ということを、懇々と言い聞かせています。それでもまだ、デーモン族に抱いた恐怖心が拭いきれないようですが、あと少しで克服できるかと思います!」
「そうか、それは何よりだ」

 リーヴはいつになく明るい調子で、そう報告してくる。これまでずっと庇護される側であったろう彼が、護るべき、導くべき存在を得て、いっそう使命感に燃えているのかもしれない。
 それとも、俺の来訪を受けた理由はわからないまでも、何か不穏な空気を察しての空元気であるのか……。

「リーヴ、今日は君にこの箱を届けにきたんだ」
 首の入った簡素な木の小箱を、俺たちの間にある簡素な白い机の上に置いた。
「なんでしょう?」
 リーヴは一拍おいてから、手を伸ばす。その笑みは固く、どこか不自然だった。
 やはり何かしら感じるものがあるようだ。
 いきなり中を見て知るのではショックが大きかろう。そう思って、俺は先に告げることにした。

「リシャーナの首だ」
 かぶせ蓋の上に置かれたリーヴの手が、震える。観念していたのか――彼はネズミの瞳をぎゅっと閉じた。
「ありがとうございます。弟を、呼ばないでもらって……」
 暫く、次の行動に移るのをためらうのではないかと思ったが、意外にもリーヴは躊躇なく蓋を勢いよく取り去る。

「覚悟は、していました。こんな日がくることを――」
 そう言って、思い切ったように瞳をしっかりと開いて箱の中をのぞき込んだのだ。
 もっとも、首はそのまま入っているのではなく、麻製の首袋に入れてあった。覚悟を決めたとはいえ、母の生首を見ないですんで、リーヴは思わずホッと息をついたようだ。
「無理に見ないでもいいんじゃないか?」
「いえ、家族である僕が、検めないと――」

 リーヴによって、その首は間違いなくリシャーナ本人であると認定された。
 彼は耐えきれず、床に吐瀉した。それはそうだろう。なにせ、実母の首なのだ。干からびて、生気のない、物言わぬ――
 けれど小心の彼にしては意識も失わず、さらに気丈にこう言い添えまでしたのだった。

「我が母といえど、大罪人の首です……医療班で検死すべきと考えます」
 もっとも、それでも未だ幼い弟には母の無残な姿は見せたくないという。もちろん、俺に否やはない。
 それでサンドリミンを呼び、リシャーナの首の検死を命じたのだった。

「一つだけ確認させてくれ。まさかこの状態から、呪詛をかけたら復活する……なんてことはないよな?」
「ないとは思いますが……」
「よろしければ、今、実証してみましょう」
 俺はリーヴの様子を覗う。しかし、検死すべきと言い出しただけあって、彼は青ざめながらも頷いたのだった。
「ぜひ、そうしてください。今、すぐに!」
「無理に付き合わなくてもいいんだぞ、リーヴ」
「いえ、母の特殊魔術は僕の特殊魔術でもあります……自分の能力は、自分できちんと把握しておきたいです」

 その言い分は尤もだった。
 ヨルドルも言っていたが、そもそも特殊魔術のよく知られた能力はむしろ補助的な役割のものであり、本来の隠された能力が別にあるらしいのだ。
 俺のこの目も、魔力を視るのがその能力の全てかと思っていたが、どうやら違うらしい。ウィストベルなら知っているのだろうが……俺はなんか嫌な予感がするので、正直、知らないでいいと思っている。少なくとも今のところは。
 リーヴの特殊魔術は血統隠術――その能力は、呪詛を受けて甦る能力だ。そして、触れた相手に呪詛をかけることができる、というもう一つの能力があることが判明している。しかし、その甦る、という能力一つとっても、どの程度なのかを他人が知る術はほぼない。こういう機会でもなくば。

 リーヴを気遣う心はあるとはいえ、サンドリミンが好奇心を募らせないわけがなかった。
 そこでリシャーナに対して、すぐさまその相談室の中で実験してみることとなったのだった。
 箱から首袋を出し、その袋を敷布の代わりに机に広げ、リシャーナの首を置く。
 そこへサンドリミンが例の呪詛軟膏を持ってきて、リシャーナの唇に塗り込んだ。なぜそこなのか? と思ったが、そもそもが液体に混ぜたりして飲用するものだからだろう、と納得することにし、息子のリーヴもいることだし、真面目なシーンなのでツッコむのは止めておいた。

 暫くそのまま様子を見守っていたが、呪詛を塗ったところでリシャーナは復活しなかった。死んでから呪詛を受けても、能力は発動しないようだ。
 そりゃあね……さすがにこれで生き返ったら、ホントに不死身だからな。そんな能力が存在したら、いくらなんでも怖すぎる。一旦、溶けた身体が再生するだけでも、十分脅威だというのに。

 母の首を見ている間に、リーヴの心中にはいろんな思いが去来したようだった。ついにポロポロと、涙が流れ出したのだ。けれど彼は、決して席を立つとはいいださなかった。そうしてもう検証には十分だろう、というほど時間が流れた後、さらなる検死をお願いしますと言い置いて、ようやく退室したのだった。

「よかったですな。食事の後で……あれでは喉を通らないでしょうからな」
 リーヴに対して親身になっていることがわかる、サンドリミンの言葉だった。
「ところで、検死をすれば死因ははっきりわかるのか? どんな魔術が使われたか、とか」
「ある程度わかります。しかし、首だけしかありませんので、どこまで判明するか……」
 だよな。
「さっきは言わなかったが……実は、リシャーナを殺害した者は、単にそれをなした、というだけでなく、この一件に深く関わっている可能性がある。知れることはどんな些細なことでもいいから知りたいんだ」
「承知いたしました。調査の結果は漏らさずお知らせいたします」
「頼んだよ」

 俺はリシャーナの首をサンドリミンに預け、医療棟を後にした。


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