古酒の隠れ家

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恐怖大公の平穏な日常

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【第十三章 魔武具騒乱編】

115 付き合うと、些細なことが気になります


 どうしたことだろう。この二、三日、我が大公城に副司令官が一人としてやってこない。
 確かに通信術式が設置されているのだから、用事があったところでわざわざ参城しなくともいいだろう。だが、前は何の用事もなくても毎日のように来ていたのに……。
 ああ、そうだとも。副司令官が、と、さも四人とものように言ったが、俺が気にしているのはただの一人、もちろんジブライールである。

 彼女の公爵城に泊まった翌日に大公城まで送ってもらって以来、通信ですら顔を見ていない。
 その間に魔王様から『そのうち地下通路見に行くからな!』という通信があった。このままでは恋人より、魔王様の顔を見る回数の方が多くなってしまう……。
 だからといって、通信術式は仕事でしか使うなと公言した俺が、さっそく私事に使いまくるのもあれだし、ついこの間用事をつくって公爵城を訪ねたばかりなのに、すぐまたジブライールの城ばかりに行くのもどうかと思うし……。

 まさか、家族に話して交際を反対された? しかしいくらなんでも成人した娘の付き合いに、親がそれだけ口を挟むだろうか。
 いや、ドレンディオは反対しそうだけども! でもリリアニースタは賛成っぽいし……そこら辺の意見の相違でもめているとか?

 それともジブライールってもしかして、飼った魔獣に生肉をやらないタイプだとか……もしくはあれか。手に入れるやすぐ飽きてしまうタイプ、とか……。いいや、まさかそんな!
 っていうか、俺こそ付き合いだした途端、細かいことを気にしすぎだろうか。気弱になりすぎだろうか。だってしょうが無いじゃないか。女性と付き合うのなんて何十年――ごほごほっ――ぶりだし、そもそも俺は繊細なんだもの。

 だいたい、付き合ったという割に、いちゃいちゃの機会が明らかに少ないと思うんだ! だからこんなに不安になるんじゃないだろうか?
 もうあれか。家族に話すだけじゃなくて、俺とジブライールは付き合ってます! って公言しちゃうか? なら堂々と訪ねていけるのでは?
 魔王様とウィストベルだって、関係を公表した途端に、傍目も憚らず昼間っから籠もりだしたからな!
 いや、公表したとして、俺はさすがに寝室から出てこない、なんてことはしないけども!

 昔はどうだったろう?
 女性と付き合っていたのなんて、ホントに数十――ごほっ――年も前の話だから、情けないことに記憶もおぼろげだ。
 だが、やはり恋人といえども地位に上下のある限り、下位から上位の住居へ通う、というのが一般的なはず……。
 俺は男爵だったので、付き合う女性といえばたいてい自分より上位だったから、寝室に忍び込まれたりした時以外は、ほとんど俺の方から出向いていたと記憶している。自分でいうのもなんだが、結構マメだったのではないだろうか。

 婚約していた最後の相手なんかは伯爵だったから、俺が九割通っている状態だった。
 だが、マーミルを引き取ってからは夜に一人で放っておくことができなくて、通う回数が減り、けど彼女はそれが気に食わないって俺に言ってきたんだよな。
 そうだった……なんなら妹を他所にやれとも言われたんだった……。断固として断ると、暫く音信不通になったあげく、お前のような強いくせに上昇志向のない、しかも婚約者を第一に考えられない男はごめんだ、他に有望な男を見つけた、とか言われて、なんなら結婚式の招待状まで送ってこられたんだった。
 …………今思い出しても心が痛む。嫌な思い出だ。

 ジブライールはもちろん、彼女とは違う。そんなことを言い出す女性でないと信じている。
 それとも大公ともなると、プートのように「番」の設定が必要になるというのだろうか。ジブライールは俺から声がかかるのを待っているとか?
 いや、相手が一人しかいないのにそんな――
 むしろ真面目なジブライールのことだ。俺の仕事の邪魔をしてはいけないと、遠慮しているに違いない! きっとそうに違いない!

 書類に紋章を焼き付けながら、そんな風に悶々としていると、通信室から連絡が入った。副司令官ができれば俺と今、話をしたいと言っている、と。
 もちろん、否やはない。
 が、待っていたのは――

「なんだ、ヤティーンか……」
『なんだってなんすか! しかもそのガッカリした顔! いくら閣下でも、失礼っすよ!』
「ああ、悪い」
 確かに指摘の通りなので、表情をキリリと引き締めてみせた。

「で、どうした」
『閣下に一応、ご報告っす。ヌベッシュ侯爵、()りますね?』
「えっ! なんの罪で?」
『なんの罪って……そりゃあ、言うまでも無く領境の地下にトンネルなんか掘った罪っすよ。大公閣下から領地をお預かりしている身として、看過できる話じゃないっしょ。何もお咎めなしじゃあ、示しがつかないっす』

 確かに、ヤティーンの主張は理解できた。
 地下の調査はアリネーゼに頼んだが、もともとヌベッシュの公爵城がある地域はヤティーンの管理下だ。
 ヌベッシュが自分の領内の地下に穴を掘るくらいならなんでもないことだが、こと、他大公領にまで繋がる穴をコソコソ掘ったというのは、当然、処罰の対象になってしかるべきだった。っていうか、ネズミ大公ならそうと知った時点で問答無用と殺していたかもしれない。

「そうだな。その裁定に異存はないが、時期は少し待ってくれないか? 実は、魔王様がその地下通路を確認したいと仰っているんだ。何か聞くことがあるかもしれないし、処断はそれからにしたい」
『………………それは仕方ないっすね』
 ほんっっとうに、心底残念そうだった。

『じゃあ、せいぜい気配はさとられないようにしてますよ。ビビって逃げられても面倒ですからね』
「そうしてくれ」
 まぁ、他領に逃げられたところで、相手が生きているならなんとでもなるんだけども。

『ところで閣下。聞きましたよ、ジブライールに。閣下と恋人同士の関係になったって』
「……ジブライールが、君に? 俺とのことを?」
 ヤティーンとは幼なじみだと知っているが……てっきり喧嘩相手なのかと思っていた。だが、どうやらそんな単純な関係でもないようだ。確かに二人はプートとベイルフォウスのような感じではない。
 うん、この間のドレンディオとのやりとりをみても、親戚づきあいに近い感じなのかもしれない。

『いや、俺だけにじゃなくて、フェオレスにも言ったみたいですよ。同じ副司令官として、報告しておく、っとかなんとか言ってましたが、ありゃ完全に浮かれてました。ニヤついてて気持ち悪かったっす。んで、それってジブライールの妄想じゃなくて、本当に本当のことですか?』
「ああ、本当だ」
 ニヤついていた? ということは、少なくとも嫌われたとか、飽きられたとかではないらしい。よかった……。

『やだな、二人してニヤけて……』
「ニヤけてなんてないわ! 失礼だな!」
 そうだとも。ホッとして微笑(わら)ったかもしれないが、ニヤけてはいない。
 デヴィル族であるヤティーンには、デーモン族である俺の感情の機微がわからないとみえる!
『ジブライールは公私混同はせず、会議では今まで通り分をわきまえる、とも言ってたっす』
 ……それは俺も気をつけよう。公的な場で二人の世界に浸る恋人たちほど、煩わしいものはないからな。

「ところでそのジブライールだが、忙しそうだったか?」
『いや、別に……特別忙しそうなことはなかったっすけど』
「そうか……」
 あれ? なら、なんで大公城に来ないんだろう。やっぱり誰かの反対が?
 ……。
 …………。
 ………………。

 まぁ、焦るのも格好悪いしな! ちょっと心に余裕をもとう、俺!


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