古酒の隠れ家

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恐怖大公の平穏な日常

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【第十三章 魔武具騒乱編】

116 魔王といえど、欲には勝てないに違いありません


「閣下、大丈夫です? なんか、調子悪い? ……です?」
「いや、大丈夫だ。どこも悪くない」
「そう? なら、いいですけど……」

 未だジブライールと会っていない俺のモヤモヤを察してのことか、ミディリースがこっそりと聞いてくる。そんな見破られるほど、態度に出ていただろうか?
 それとも単に、見慣れない場所にいることで、警戒心の満ち満ちた彼女の勘が鋭くなっているからか。
 いいや……場所のせいだけではないかもしれない。むしろ同行者に対する遠慮と緊張で、一層声を潜めているのかもしれなかった。

 そうだとも――宣言通り、我が大公城を訪ねてきた魔王様が、隠蔽魔術の知識が必要になるかもしれない、と仰ったために、ミディリースにも地下の調査に同行してもらっているのだった。
 魔王様が子供の姿だったときにはあんなに親しげにしていたというのに、大人に戻ってからの二人ときたら、まるで初対面の間柄のようにそっけない。しかも魔王様なんて、「大人になっても仲良くしてね」とかミディリースに言っていたくせに、無難に「こんにちは」の挨拶を交わしただけなのだ。
 まぁ、実際問題、そういった態度も含め、自分が子供の頃にいろいろな相手に甘えたことは、全て、記憶の彼方に葬り去ってしまいたいのだろう。気持ちはわかる。だってほら、あんな魔王様、今思い出しても……。

「あ、よかった。元気出たみたい?」
「おい、何をにやけておる。貴様、またよからぬことを考えておるのではないだろうな」
 いえ、まさか魔王様が子供に戻っていた時のことを思い出したりなんてしてません、と言いかけて、なんとかこらえた。さすがにこんな医療員もいない場所で頭を割られては、冗談にもならないからだ。
 それに、そんな情けない大公の姿を、あとの二人に見せるわけにもいかなかった。

 なにせこの場にいるのは俺と魔王様とミディリースだけではない。モグラ侯爵――ヌベッシュを調査に同道させているのはもちろんだ。
 前触れもなく侯爵城を訪れた俺たちを、ヌベッシュは震えながら出迎えた。その(おそ)れは、後ろ暗い気持ちが魔王様の魔力にあてられてのことだろう。
 俺のように目で魔力を測れない者――ことに強者は、それでも相手の実力を推し量るのに優れていたりするからな。

 ヌベッシュは俺たち一行に対し、平身低頭してあからさまに媚びようとした。しかし魔王様は、「お疲れでしょうからお飲み物でも」、という申し出に対して、「いらぬ」と一言、ばっさりと切り捨て、転移陣のある寝室まで案内させたのだった。
 俺に見つかった後、転移陣を消そうと試みたのか、床を削った痕があった。そんなことしても、魔術で定着してるから無駄なのに。
 消そうと思えば消せるが、それにはもちろん魔術を使わねばならない。
 もっとも、さすがに床を全部取っ払えば、話は別だが。

 そして、魔王様、ヌベッシュ、ミディリース、俺、もう一人の順番で、地下に転移したのである。
 そうだとも――魔王様は今回、一人で俺の領地に来たのではなかったのだ。なんと、メリハリのある体躯の褐色美女を伴ってきていたのだった。

 うん。ミディリースにそっけないのは、彼女の存在もあってのことだと考えている。なにせ、紹介されたその女性の名前はラディーリア――以前、ウィストベルが魔王様の通信具を持っていた相手の一人を『褐色のラディーリア』と呼んでいたのを、俺は覚えているのだ。
 真面目な顔をして、魔王様が女性に対してだけは、弟同様、気が多いのは周知の事実だった。にしても、配下の大公を訪ねるのに、愛人を連れてくるってなくない?
 もしかして、ウィストベルとの関係を公言して以降、他の女性との逢瀬が減ってしまったので、これ幸いとこの機会を利用して羽目を外そうということだろうか。
 だとしたら、迷惑な話だ。間違っても、痴話げんか的なものに巻き込まれないよう、よくよく気をつけなければ――

「それで、こちらの転移陣を使うと――」
「それはどうでもよい」
 岩と土で隠されていた寝室と繋がる転移陣と違い、堂々と設置されていた二つの転移陣について、説明しようとしたところ、俺まで魔王様に一刀両断された。

「どうせ繋がっているのはお前の領地なのだろう。それがどこであろうが、問題にはせぬ。予はロムレイド領との領境の様子を見に参ったのだ」
 そう言って、魔王様は二つある通路のうち、ロムレイド領に通じる通路を迷わず選ぶ。

「魔王様、すごい。私、もう東西南北、ちっともわかんないです」
 ミディリースが小声で感心したように褒め称える。もっと本人に聞こえるように言えばいいのに。なんなら上機嫌になるよう、おだててくれればいいのに。
 だが、確かにたいした方向感覚ではないか。俺は一度来ているから、転移陣の配置などから通路の区別がつくが、魔王様はもちろん初めてここを訪れるのだ。それも見知らぬ城の中を巡った後、転移陣に乗って移動した先の、こんな閉じられた地中で、行くべき方向を迷わず定められる、というのは、素直に感心できる能力だった。

 そうしてたどり着いた領境の様子は、アリネーゼの報告にあったとおり、ロムレイド領に及ぶ通路が崩落し、行き止まりになっていたのだ。
 実際にこの目で見るまでは、もっと向こうの方で崩れているかと思ったのに――こんな間近でふさがっているのを見ると、ロムレイドがわざとやったのではないかと疑えてならない。

「結界は――なるほど、破られておるな」
 その霧散を確かめるように、魔王様は領境に手を伸ばす。
 なにせ通路が通じたというだけでは、魔族が通ればたちまち察知されてしまう。通路として穿たれたその部分の結界も同様に壊れているからこそ、リシャーナが行き来をしても警邏に引っかからなかったのだ。

「そうなんですよ。でもアリネーゼが実験したそうですが、普通の攻撃では、こうもきれいに結界を壊せなかったそうです。しかもそればかりか、攻撃をしてみたところ、すぐに警報が走って異変が察知されたのだとか」
「であろうな。領境の結界は普通のものとはわけが違う。こうなったのは、何らかの結界をきれいに解く特殊魔術が使われたと、みるべきであろう」
「隠蔽魔術を使った上で、結界を崩した線もあるかと思いましたが、ヨルドルはこの地下通路のことも、ヌベッシュのことも、全く知らないとのことでした。となると、人間が多数関わっていたようですし、彼らの創った魔道具、という線もあるかと――」
 俺の意見に対し、魔王様は一瞥を向けてはきたが、賛成も反対も表明しなかった。人間がそれほどのものを創るとは思ってもみないからか、それともそうであったところで人間がしたことであれば不問と考えているからか――

「ヌベッシュ、本当にお前の能力じゃ――あれ?」
 俺はモグラ侯爵に念を押そうと振り返り、その身体が地に伏しているのを見て驚いた。
 土下座、というのともちょっと体勢が違う。膝をつき、尻を突き出すように天に向けている一方、両腕はだらりと落ち、胸から顔にかけて、地についているのだ。いや――顔、めり込んでないか?
 気を――失っている?

「ミディリースにちょっかいを出そうとしておった」
「えっ!」
「ええっ!?」
 俺とミディリースの驚愕の声が重なる。

 ちょっと待って――確かに俺と魔王様は結界に向かっていて、ヌベッシュには背を見せていたけども……その隙を狙って、ミディリースを人質に取ろうとしたということだろうか?
 だというのに魔王様はその動きを察し、何らか反応を見せたというそぶりもなく、こんな相手がコテンパンになるよう対処したということだろうか?
 それとも褐色美女が手を下した? 間違いなく、彼女は有爵者に違いなかった。けれど、彼女が何らかの対処をしたのなら、さすがに俺が気付きそうなものだ。

 確かに俺は、他人の気配には鈍い方だ。とはいえ、あからさまな殺気が出ていれば、決して見逃しはしない。だというのにそれを成そうとしたのだから、ヌベッシュはよほどうまく潜んだのだろう。
 護られたミディリースでさえ、そうと気付いていないというのに。
 魔王様……どんだけ抜け目がないんだ。こうなると、本当に隠蔽魔術でも使わない限り、不意はつけないのではないだろうか。やはり俺ではまだまだ敵いそうにない。
 いや、仕掛ける気もまったくないのだが!

「いずれにしても、修繕が必要だな」
 俺とミディリースの賞賛の眼差しすら不要とばかり、魔王様は淡々と結界を観察している。
 蛮行を阻んだからには、ヌベッシュの存在すら、気にせぬという具合だった。
 なので俺も、しばし地に伏したモグラは無視することにする。とはいえ、ミディリースのことは視界のうちに移動させたけども。

「修繕というと――」
 魔王様がさっき言った通り、領境の結界は並のものではない。
「察しておろう。このような結界は、特殊魔術によるもの――それも、血統隠術によるものだ。その一族は、当然、歴代の魔王麾下に配属しておる。だいたい、何のためにラディーリアを連れてきたと思っておる」
「え、ああ……! そういうことですか」

 なんと! 愛人、という理由で連れてきたわけではないらしい!!


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