古酒の隠れ家

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恐怖大公の平穏な日常

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【第十三章 魔武具騒乱編】

117 残虐の裏での平和な語らい


 領境結界の破れた箇所には、俺が臨時の結界をかけていた。それを解いてから、俺と魔王様とミディリースは、少し離れた場所に退くこととなった。
 なぜって、領境結界の作成方法は、術式などを含めて公的に秘匿が宣言されているものの一つなのだという。
 つまり褐色美女――ラディーリアが領境の結界を張り直すその方法を、誰も見てはいけないそうなのだ。
 それは。魔王様であっても例外でないらしい。
 そのため要求されたのは、待機場所と領境の間に視界と音を遮る結界まで張っての一時退場だった。

 そうなると、気を失ったヌベッシュを引きずっていくのも面倒だ。それで起こそうかとしたところ、ラディーリアが……。
「その男の身柄は、この先必要ですか?」と聞いてきたのだった。
「どういう意味だ?」
「生かしておく必要がございますか、という意味です。もしないのであれば、置いていっていただけませんか? 結界に役立てようと思います」
 え……ちょっと待って。つまり結界の構築には生贄が必要だってことですか? だとすると、もしヌベッシュがいなければ一体誰が……。

「いえ、どうしても魔族の犠牲が必要なのではありません。ただ対価があった方が、より強力な結界を張れる、ということです」
 俺の心を読みでもしたかのように、ラディーリアが説明する。
 生贄が必須でないとしても、結界術超怖い。

「どうせ、処分なさるのでしょう? 領境の結界の破綻など、逆臣が知っていてよいものではありませんし」
 まぁ確かにその通りだ。ヤティーンも()る気満々だったし。だが、せっかく待ってもらったというのに……。
「魔王様、彼に何か確認したいことなんかありませんか?」
「ない」
 モグラを一瞥し、魔王様はそう淡々と切り捨てた。

 ――と、言うわけで、ヌベッシュは置いてきた。
 残虐を好む魔族といえど、ミディリースが普通よりは遙かに怖がりであるのは承知している。さすがに断末魔が聞こえてきたところで腰を抜かすようなことはないだろうが、それでも彼女のことを考えれば、全てを阻む結界が張られていて、よかったといえた。
 それに、なんか、ほら――

「あーおほん。息災であったか?」
 ちょっと素知らぬ風に気をそらしてみせたら、魔王様が意を決したように、ミディリースに話しかけたではないか!
 やっぱりラディーリアの存在がネックになっていたのだろうか。

「あ、えと、はい……元気です、ありがとうございます」
「先だっては、そなたにも苦労をかけた。ジャーイルに申し伝えておいたのだが、そなたの尽力には感謝しておるのだ。故に望むものがあれば、なんなりと申すがよい」
「あ、うえ? いえ、あの、その……」

 最初はなんだか話しにくそうだったが、さすがに女慣れしている魔王様! 一度声をかけただけでふっきれたらしく、普通にスラスラと話しかけている。
 一方のミディリースは、やはり小さなルーくんを相手にするのと違って、大人な魔王様には緊張するようだった。
 まぁな……あの子供と今の魔王様が同じ人物だとは、俺だって思えないもんな。

「おい、ジャーイル。まさかミディリースに伝えていなかったのではないだろうな」
 ああ、しまった……。そういえば、バタバタしていて忘れてた。
「ちが、あの、閣下はちゃんと言付けてくれてましたけども、私が考えてなかったというか!」
 ミディリース! かばってくれるとか、なんて良い()なんだ! 年上のお姉さんだけども!

「そ、そもそも! 魔王陛下にご協力するのは、魔族として当たり前なので……そんな、お礼とか、よい、です……」
 だんだんと声が尻すぼみになっていく。
「もちろんだ。魔王の命令に尽力するのは魔族として当然の義務」
 魔王様が頷く。確かに、傍若無人にしても通る話ではあるしな。

「だが、今回は少し事情が違う。私は魔力を失っていたのだ。それを知った上での尽力は、魔族にとっては当然であるとは言い切れぬ」
 だな。力のない魔王なぞ廃せ、元に戻す必要などない、という意見もないわけではない。

「なに、そなただけが特別だというわけではない。故にそう気負わなくてもよい。他の……例えば、私の代役を務めてくれていた女性にも、彼女の望む格別の礼をしてある。そなたに対しては、男児の服を持ってきてくれたりだとか、心細い夜に一緒に遊んでくれたりだとか、そういう心に添った対応をしてくれたことに対して、礼を示したいのだ」
 魔王様はふんわりと微笑した。その優しさを、俺にも少しは向けて欲しい……。今、心細かったと言ったことは、聞かなかったことにしてあげますから。

「えと、そういうことなら……」
 ミディリースが迷ったように俺の方を見てくるので、力強く頷いておいた。こんな機会はそうそうないのだから、思いっきりねだってやれ! という風に。
「あの、だったら私、公文書館の、禁書を、いつでも好きに見られる権利が欲しいです!」
 頬を上気させ、溌剌と告げるミディリース。てっきり三百冊ほど本が欲しい、とでも望むかと思ったが、そうきたか。

「禁書を?」
 さすがに、柔和だった魔王様の表情が引き締まる。
 なにせ公文書館の禁書といえば、俺の図書館にあるような、未成年の閲覧を忌避するといった地下本のことではないのだ。何らかの、公にするには好ましくない情報が記載された、けれども廃するにはいかない文書のことなのである。

 もちろん、大公たる俺なら自由に見られる。許可は必要だけれども、その許可はすんなり下りるからな。
 故に、俺がうちの司書に必要なので、といえば、ミディリースだって閲覧の許可はもらえるのだ。が、しかし、それほどのものだから、理由もなしに簡単には口添えをするわけにはいかない。
 ……まぁ、あくまで建前上は、であって、別に俺はミディリースが見たいと言えば、許可くらいいつでも出すつもりだ。だってミディリースが見たところで、害などあるわけがないからな。
 しかしそう請うてこないのは、彼女が遠慮しているからだろう。

「さすがに、やっぱり、駄目……です、よね……?」
 一時の勢いを失い、ショボンとなるミディリース。
「いや……駄目、というわけではない。ないが……魔力(ちから)のない、特に遠方からの者の閲覧は、身辺の警護に気を張る必要がある。禁書の情報というのは、誰もが得たいと思って得られるものではないからな」
「なら、ミディリースが公文書館の閲覧を望むときは、俺が信頼できる護衛をつけますよ」
 それって俺に許可をとるのと、結局手間は変わらないよな、とは思いながらも、そう申し出てみた。

「それだけでは足りぬな。禁書の中には、それ自身が魔力を持ち、読む者に影響を与えようというものもあるのだ。ミディリース自身が対処をできぬなら、あらかじめ、それに対する防御を施しておく必要がある」
 精神を乗っ取ろうとする本や、なんなら手が生えて、実際に襲ってこようとする本があることは、俺も知っている。

「その対処も俺が考えますよ。それに、公文書館の司書たちも、それなりに対処方法を教示してくれるでしょうし」
 俺の言葉に魔王様は右手を顎に当てる。
「まぁ、そうだな。それならばよかろう。だが、私が許したとして、ミディリースは決して自ら公文書館の閲覧許可を持っていることは公言せぬように」
 そう言い切って、力強く頷く。

「え……ホントに、いいんです……?」
「そなたが禁書を望むのは、知的好奇心からであろう」
「そ、そう、です……けど……」
「私はそなたを信じる。公文書館には申し伝えておくゆえ、いつでも閲覧に参るが良い」
 今までで見た中で、一番の慈悲深い笑みだった。
 魔王様、その何十分の一かでもいいから、俺にも優しさを……。

「ありがとうございます!!」
「うむ」
「ひっ!」
 元気よく満面の笑みを浮かべて謝意を伝えたミディリースの頭を、魔王様がポンポンと撫でたのだ。そういう経験に乏しいだろうミディリースが悲鳴をあげたのも、無理はなかった。


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