古酒の隠れ家

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恐怖大公の平穏な日常

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【第十三章 魔武具騒乱編】

118 地下に潜っていると、なんだか疲れます


 結界が無事張り直せた、というので戻ってみると、確かに通路いっぱいに開いていた穴は、接合面も見事にきれいにふさがれていた。
 なお、ヌベッシュは跡形もなかった。ただ焦げたような跡が、地面に残っているだけだ。

「念のため聞くが、潜って逃げられた、とかではないよな?」
 なにせ、ヌベッシュはモグラだ。その息子のハシャーンも、土に触れるやすごい速度で潜っていったことだし。
「お答えしますが、そのようなことは決してございません」
 ラディーリアがにっこりと微笑む。
疑うわけではないが、念のために後で紋章録を確認しておくか。

「じゃあ、この地下も、埋めてしまいますか。どうせ向こうも無くなったのでは、調査のしようもありませんし」
 土魔術は得意ではないが、苦手でもない。地下にできた穴を、崩すのではなく塞いでしまうくらい、訳もないことだ。
「待て。なんのために、ミディリースを連れてきたと思っておるのだ」
 魔王様が呆れたと言わんばかりにため息をついた。

「と、言うと?」
「良い機会でもある。領境結界への検証を試みる」
 どうやら、話がしたくて連れてきたわけではないらしい。隠蔽魔術の活躍の場は有るようだ。
 ただ、おそらく魔王様は――

「ミディリースの隠蔽魔術は、結界を越せないらしいですよ」
 万が一、魔王様が両領地にまたがる巨大な隠蔽魔術の壁でもつくって、その中で検証を、と考えていてはいけないので、先に伝えておく。
「なに? そうなのか?」
 やはりその特性を知らなかったらしい。まあ俺も、この間プートの城を攻めたときに知ったばかりだしな。

「えぇと、そうです……すみません……」
「いや、そうか……。だが、それはたいした問題ではない。むしろ、却ってよかった。ここにはまだラディーリアもいるのだしな」

 最初、魔王様は実際の結界に攻撃するつもりであったようだ。なにせ再び領境の結界がなくなっても、ラディーリアが再構築すれば問題はないのだから。だが、隠蔽魔術が結界を越えられないとなると、どうしたって両領地にまたがって覆えない以上、領境への攻撃は警邏に察知される。
 一応、双方に報せはしてあるが、いちいち気にするのも面倒臭いだろう。それで魔王様は方針を変えたようだった。

 俺たちは、モグラの転移陣があったあたりまで戻り、そこを含む一帯に隠蔽魔術を張り、その小さな空間の中にラディーリアが領境結界と同じ性質のものを、二メートル四方くらいでこしらえ――その際も方法は先ほどと同じく秘された――、検証を行うことにしたのだった。
 地上に出ての実験でもよかったが、そうしなかったのは、どのみちこの後地下を埋めることが決定しているからだ。つまり、万が一俺たちが結界を破れなくとも、地中に証拠隠滅してしまえるからだった。

 なにせ、魔王様はラディーリアを先に帰らせてしまったのだ。
 実際の領境で試すならともかく、臨時に造った結界を無事に打ち破ったところで、二度目の構築は不要。であるならば、彼女の使う結界術が秘されている以上、提案すらもらえないのだから、いても仕方ない、というのが魔王様の考えだった。

「領境の結界を造る技が、血統隠術であるというなら、ラディーリアの一族なら破ることはできるんですよね?」
「まぁ、そういうことだな」
「まさかラディーリアも、兄弟姉妹でないといえ、ロムレイドやアギレアナと血がつながっていたり?」
「いいや、念の為に紋章録まで確認したが、全く関係ない」
「なら、彼女の一族の誰かが、リシャーナに協力していた、とか?」
「それはない。少なくともこの二千年の間、彼女らの一族は、時の魔王の元にあって、忠実に職務をこなしておる」

 なるほど――一族もろとも、きっちり管理されているわけだ。それは随分、窮屈だな。
 しかし、素性を追えるのは幸いだった。
 さすがにこれ以上、人間やリシャーナと手を組んでいるような魔族がいるだなんて、勘弁してもらいたいからな。

 実験があまりにも長時間に及んだためか、それとも知らぬ顔だったラディーリアがいなくなったことが影響してか、ミディリースの魔王様に対する緊張も、途中からかなり解けたようだった。なにせ、彼女の魔王様に対する口振りときたら、俺に対する遠慮のなさと同等になったのだから。

「なるほど――では、溶解の効果を出すためには、この層にこの文様を――」
「いえ、魔王様! それだとさっきのとあんまり変わらないです。むしろ、こっちの方がいいです!」
「そうか? だがしかし――」
「だってほら、この文様が、こっちに影響するんですよ。それで特定の魔術効果に対する溶媒になり得るんです。わかります?」
「それは一体どういう理屈で……」
「うーん……ええと……説明難しいな! とにかく、やってみればわかります! 私はできないので、魔王様、やってみてください!」
 とかいって、実際に魔王様に魔術を使わせたりまでしたのだ。すでに、初対面の相手に対するオドオドした感じはなくなっていた。

 検証のための魔力攻撃が必要な場合は、ほとんど魔王様が行った。
 唯一、例の光線を再現する時だけ、実際にそれを二度も受けた俺が実行することにした。
 ミディリースは魔王様に何度か隠蔽魔術をかけたり解いたりした。そうすることで、どこまで、何が隠蔽できるかを試したのだ。

 そんな風に、俺と魔王様とミディリースは文様の知識を出し合い、ああでもないこうでもないと切磋琢磨して、できる限りの実験を行ったのだった。
 すべてを終え、地上に出て夕日を浴びた俺とミディリースは、疲労困憊の体だった。
 実のある結果が得られていれば、きっと疲れなど吹っ飛んだだろうに。

 そうだとも――結局、俺たちが何をどうやっても、ラディーリアの築いた領境結界を、わずかも破壊することができなかったのだ。大公たる俺と、その俺よりも格段に強い魔王様の魔術をもってしても、さらには文様の知識だけは俺たち二人に勝るミディリースが知恵を絞りきっても、である。
 なにせ、領境結界には通過物を遮断する機能がない。魔術や物体を拒む、いわゆる一般の結界ではないのである。ただ、通ったものを察知するだけ。
 あるということが一目でわかりやすいよう、色――ちなみに目に優しい緑――をつけてもらったが、本来は無色透明のものである。魔力のあるものが通ればそこに結界があるのはわかるだろうが、力の無い動物や人間が通っても、存在すら感じないだろう。

 もちろん、レイブレイズもふるった。もう一本の、片刃の剣もだ。
 だが、どれでも結界は破れなかった。『世にあるものは何でも切れる』と賞賛されているレイブレイズが、もっとやらせろとでも抗議をするように震えたが、キリがないので無視しておいた。
 なお、隠蔽魔術で囲っていた間は、その中でどれだけの衝撃があっても、その全ては外部に漏れることはなかった。まぁ、それはそうだろう。あの魔王城築城を、完成するまで隠し通した大魔術だ。本当に、たいしたものである――

「大いに実のある実験であった」
 俺たちとは対照的に、魔王様は疲れなど微塵も感じさせない溌溂とした様子を見せている。なんだろう、筋肉量の違いのせいとかなのだろうか。もっと筋トレを頑張らねばならないのだろうか。
 それとも虚勢ではなく、俺たちとは違って、結果に本気で満足しているために精神的疲労がないのか。

「つまり、魔王様は結界を破るのは無理だと予想していたんですね?」
「その通りだ。たとえ魔王によるものであっても、領境の結界が容易に解かれるなど、あってはならぬこと――故に、この結果には満足しておる」
 なら余計に、結界を破ったモノが気になるではないか。なのにそれで満足しているということは、魔王様はもしやその正体に気がついている?
 もしや、アギレアナの特殊魔術を知っている、とか?

「では、私は帰ろう」
「えっ! 今からですか? 泊まっていかれるのでは?」
 てっきりそのつもりだと思ったのに!
「いいや、まだ本日中に片付けねばならぬ仕事が残っておる。それにウィストベルも未だ魔王城に滞在しており、予の帰りを待っておるのでな」

 寝るなら他所の城での一人寝ではなく、恋人と一緒に、という気持ちはよくわかる。
 俺だってジブライールと……。
 しかし、鼻の下が伸びている、というのはこういうことか。俺も気をつけよう。

 ちらり、とミディリースの様子を窺ったが、今の発言を気にした風はない。子供の魔王様を可愛がっていたからといって、なんでもかんでも恋愛に結びつけるのは、やっぱり違うよな。
 ていうかそもそも、ミディリースの恋愛観ってどうなんだろう。恋人がほしい、とか思っていないのだろうか。「本が恋人」とか言いそうな気もするが。
 隠れて住んでいた頃は、そんなことを考える暇はなかったとしても、今は自由の身だし、頼りになる保護者もいることだし……気持ちの余裕は十分にあるだろう。

「では、ミディリースへの公文書館に対する全記録への閲覧許可証は、おってジャーイルのもとへ届けることとする」
「はい! ありがとうございます! 一日千秋の思いで、首を長くして待っています!」

 急に元気を取り戻し、ビシッと敬礼を決めたミディリースからは、色恋の気配は感じなかった。
 その様子を見て、魔王様はふっと笑うと、またミディリースの頭をなでたのだが、今度は彼女も身構えるのをやめたせいか、それとも褒美への期待のせいか、「ぐへ、ぐへへ」とでも言うのが似合いそうな満面の笑みでそれを受け入れたのだった。

「ベイルフォウスが妹がほしいと言っていた気持ちが、少しはわかるな」
 ああ、うん。わかる、わかりますよ。
 実際に妹のいない男性諸君が夢見がちだってことは。


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