古酒の隠れ家

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恐怖大公の平穏な日常

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【第十三章 魔武具騒乱編】

119 帰城された魔王様に感謝を捧げます


 魔王様を見送り、竜の上でぐっすり眠り込んでしまったミディリースをその母(ダァルリース)の男爵邸まで送って、俺は大公城に帰城した。  普段通りに城の前庭に竜を降ろして本棟に入った俺を、セルクが玄関ホールで出迎えてくれる。
 にっこにこで!

「おかえりなさいませ、旦那様! 本日はもうお仕事もございませんので、後はごゆっくりお休みください! お疲れ様でした!」
 目が崩れ落ちたのではないかと思うほどのにっこにこで俺から外套を受け取り、それから執務室への階段ではなく、控えの扉をぴっしり腕を伸ばして示したのである。その先を見て、俺はセルクの上機嫌の原因を正しく理解した。
 わずかに開いた扉に身を隠すようにして、こちらを覗く銀髪を認めたからだ。

 だが、見えたと思った姿は、扉の向こうに一瞬で消えてしまう。
 俺は控えの間に足早に歩み寄り、中を覗いた。だが、扉のすぐ後にいるだろうと探した姿は、そこには無かったのである。それどころか、控えの間のどこにも――セルクの態度がなければ、この数日気にしすぎて幻覚でも見たのかと思ったくらいだ。
 が、視線を下げるとちゃんといた。扉の脇に。
 きゅっとしゃがみ込んで、両手で顔を覆ったジブライールが。

「……どうした、ジブライール?」
 気をつけて中に入り、扉を閉めて同じように正面に座った。
「あ、あの……魔王様がご滞在であれば、来ないつもりだったのですが、お帰りになったと伺いましたので……」
 魔王様、お泊まりしないで帰ってくれて、ありがとうございます!

「それで、せっかく会いに来たのに、顔も見せてくれないのか?」
「…………駄目です……」
「……何が?」
 さすがにここまできたら、「俺の何が駄目なのだ」などと、下手な誤解はしない。だって耳まで真っ赤だしね!

「閣下のあまりの格好良さに頭に血が上って鼻血が出そうです!!」
「は、な……」
 誤解はしないが、まさかの感想だった! 未だかつて、恋人にも婚約者にも、こんな可愛いことを言われたことがない。
 そもそも恋人関係になって後、いつまでも恥じらう様子を見せてくれた相手なんて今までいない。ガンガン来る系ばっかりだったからね!
 なんだろう。疲れが一気に消し飛んだ気がする。
 俺はしゃがみ込んだままのジブライールを上からぎゅっと抱きしめ、彼女の頭に自分の頭をひっつけて、目を瞑る。

「か……閣下?」
「じゃあ、朝までこうしているか」
 身じろいだ気がした。
「そ、それはちょっと――足も痺れると思いますし……」
「……そうだな」
 そういう問題でもないと思うが、頷いておこう。

「念のため聞くが、公務で来たのではないんだろう? プライベートだよな?」
 こんな可愛い反応をみせていても、普通に仕事で来ました、とか言い出しかねないので一応聞く。
「……私の担当区域の全有爵者のところに、通信術式の設置を終えてきました」
「えっ――もう?」
 俺の直轄地でも、全有爵者の城への設置とか、完了してないのだが――

「通信文様も、一冊にまとめて持って参りました」
「もしかして、この数日姿をみなかったのはそのせいか」
「他にも色々――公爵として、副司令官として、後回しにしていた仕事を片付け、予測される要件への対処は、指示を出してきました。両親にも、きちんと閣下とお付き合いしていることを報告いたしました。公爵城の家臣にも、閣下とのことを伝えて、今後は急な不在もあるかもしれないと申して参りました。ですので――」
 ようやく、ジブライールは指先を少し折り曲げ、葵色の瞳を見せてくれる。

「お……お泊まりしていっても……いい、ですか?」

 ……ねぇ、言ってもいいだろうか?

 俺の彼女可愛くないですか!?

 濡れた上目遣いの効力がハンパないのだが!?

「もちろんだ、一泊でも二泊でも三泊でも、好きなだけ一緒にいよう!」
「……あぁ」
「……? ジブライール?」
「好き、大好き、格好いい……」
「ちょ、ジブライール!?」
 あろうことか囁くように言った後、本当にジブライールは鼻血を出して、それからクラリと気を失ったのだった。

 ***

 ジブライールが丸いクッションに顔を(うず)めて、ソファの上で身もだえしている。
「私ったらなんて失態を!!」などと言いながら。

 失神したといっても一瞬のことだったので、俺が抱え上げるや意識を取り戻したのだが、ホントに鼻血を出してしまったことがどうにも恥ずかしいようで、客間に移動してからずっとこの調子だ。
 なんならまだまともに正面から顔を見ていない。せっかく対面に座っているというのに。

「ジブライール、夕食はまだだよな? 俺はまだなんだけど――」
 気にしてないと言わんばかりに違う話題を振ってみたら、ようやくピタリと止まってくれた。
「……はい、まだです……」
 座り直したが、クッションは顔のままに掲げたままだ。
「なら、とりあえず食事をしようか」

 俺たちがいるのは本棟の、正式な客間の一室だ。その前室に入ったところ、長机の上に『軽食をご用意しております。ご指示いただけましたら、お部屋にでも食堂にでも、旦那様のタイミングでお運びいたします』という、セルクからの伝言があったのである。

 っていうか、本棟で前室まで備えた客間の数は限られているとはいえ、俺がこの部屋を使うとよくわかったよな。それもこれも、筆頭侍従としての実力がついてきたからということなのだろうか。
 それとももしかして、利用する可能性のある部屋には、全て同じメッセージが置かれてあったりするのだろうか。案外、セルクならそんなことをしそうだ。

「あ、あの……でも、食事は……その……」
「うん? お腹すいてない?」
「そういう訳でもないのですが……けれど、その……でも……」
 さわさわと、気にしたようにお腹を撫でながら――まさか!?

「もう子供が!?」
「えっ!? ち、違いますっ」
 だよな! いくらなんでも――マーミルみたいな反応をしてしまった自分が恥ずかしい。
「あの、単純に……お腹いっぱい食べてしまって、ぽっこり出たら嫌だなって……あ、いえ、今までそういうことがあったわけじゃないんですけどっ! というか、そんな、いくらなんでもそんなお腹が出るほど食べるつもりでもな……っ!」
「へぇ?」

 ジブライールの手から、クッションを優しく奪い取る。
 彼女がわたわたしている間に、俺はその隣に移動していたのである。おかげでようやく、間近で顔を見られた。
 少し驚いたような表情だけれども。

「俺は気にしないけどな。というか、ジブライールは痩せているから、食後に少しぽよんとするくらい、可愛いと思うんだが」
 さんざん身もだえして乱れた髪を右手で撫でつける。もっとも俺はベイルフォウスと違って、きれいに結ったりはできないので、梳いただけだ。
 何度目かの手櫛で、耳の上からうなじに滑らせると、されるがままに固まっていたジブライールの身体がびくりとはねた。

「や……痩せてはいない、と、思います……」
 伏し目がちになるや、銀色の長い睫毛が葵の瞳にかかってコントラストが美しい。
「痩せてるさ。だって、ほら……な?」
 ジブライールの腰に左手をあて、そのまま背中に滑らせて抱き寄せる。
「もう少し……太った方が、いいですか?」
「ん――いや、気にしない。体型で相手を好きになるわけじゃないし」
 ホントはもう少し、ふっくらしてくれてもいいのだが、バカ正直に口にするのが幸せとは限らないのである。

「閣下、あの……」
「うん?」
「やっぱり、食事にしませんか?」
「……」

 わかっている。ジブライールはこういうことに慣れていないのだ。
 だが、お泊まりしたいというのだから、覚悟はしてきているに違いない。
 さっきだって俺のこと、格好いいって言ってくれたし、鼻血まで出したくらいだしね!
 そうだとも……ここは焦らず、がっつかず、大人の対応をしようではないか。……俺の方がだいぶ年下だけれども。

「そうだな、軽食を持ってこさせよう」


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