古酒の隠れ家

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魔族大公の平穏な日常

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【第八章 魔王大祭 後編】

間話9.結果を一番に知れるのは、担当者の特権なのです



「サーリスヴォルフ大公……。おい、サーリスヴォルフ閣下がいらしたぞ」
「それじゃあ、今日、いよいよ……」
「コンテストの結果がっ!」
 一人が私の存在に気づき、名を呼ばわったことで、わずかな見学者たちの間に緊張と喜びが走る。

 ジャーイルが三層四枚六十五式をもって出現させた、二十m四方の黒い大きな石の箱。そこに私が結界を張り、すべての者の出入りを封じたのはもう五日も以前のこと。
 今日はその結界を解くために、こうして改めて旧魔王城の前地にやってきたのだった。

 つい先日まで、ここは世界中でもっとも注目を浴びた場所だったが、今は閑散としている。
 魔王が城を出て以後は、ただコンテストの結果を愉しみにする者たちが、周囲をうろつくばかり。あるいは、石に彫られた魔族の〈偉業〉を、観に来ている者たちか。どちらにせよ、その数は決して多くない。
 そんな場所に私が足を運んだ理由は、ただ一つだ。
 その見学者の一人が言った通り、いよいよ美男美女コンテストの集計が終わったのだ。今日はその結果を受け取りに来たんだよね。

 私は投票箱にかけてある結界を解いた。そうしなければ、私自身であっても箱には手を触れることもできなかったからだ。
 なにせ髪の毛一筋でも触れれば、誰彼の区別なく、たちまち全身を黒こげに焼く結界を施してあったのだからね。
 そうして私は投票がすべて終わったその瞬間より、その箱の中に閉じこめられることになった十数人の〈公正投票管理委員会〉の者たちの安否と、彼らの出した結果を確認すべく、天面に穿った入り口より中に降りていったのだった。

「サーリスヴォルフ大公閣下。お待ち申し上げておりました」
 監理委員たちはもういくらも前から待っていたのだろう。
 全員がその広大な空間の中央で整然と列をつくり、その場に倒れ込むようにひれ伏している。
 もしかして、そのうちの数人が眠っていたとしても、おかしくはないかな。彼らは寝食も忘れて、ただ開票作業にあたってきたのだからね。
「どうやら、ちゃんと間に合ったようだね」
「は」

 私が立ち、委員たちがひれ伏すこの空間の四方は、どこを見回しても紙の山が積まれてある。それは天井高すれすれまでのものもあれば、寂しく一枚きりがまるで誤って置かれたかのように、並べられている場所もあった。
「全投票結果のリストでございます」
「なんと!」
 監理委員のまとめ役が恭しく差し出した紙の束を、一枚めくったその瞬間に、我知らず声が漏れた。
 表紙のすぐ下には、デヴィル族・デーモン族、それぞれ男女の一位に輝いた、その者の名だけが得票数と共に記されてあったのだ。

 それは、驚くべき結果だった。
 デヴィル族の男性は、マストヴォーゼが亡くなって以降は予想できた名であったし、デーモン族の一位であるウィストベルについても同様だ。
 デーモン族の美醜については、私自身は真の意味で理解が及ぶとはいえないが、男性に限らず女性に及ぶまでのウィストベルに対する反応を考えれば、その結果は当然のものとわかる。
 問題は、デーモン族の男性とデヴィル族の女性だった。

 そこにあったのは、ジャーイルとアレスディアの名だったのだ。
 ジャーイルに関しては、確かに驚きはしたがベイルフォウスと並び称されている声も聞くことだし、デーモン族たちの実際の反応を見ても、目が飛び出るほどの驚愕は覚えない。
 けれど、本人はどうやら自分の容姿に無頓着で、まさかそんな結果を予想してもいないだろうから、知らせればきっと驚くだろう。
 通常は該当者には発表式の前日に知らせて、それなりの心構えを持って式に臨んでもらうんだけど……さて、どうしようかな。
 ジャーイルは大祭主だ。
 その姿が発表の日の公の場にないというのもあまりよろしくない。それに、絶対に当日、いきなり発表した方が面白いと思うんだよね……。
 よし、これに関しては魔王に相談してみることにしよう。
 ベイルフォウスは……二位になったところで、そんなに心配はいらないかな。
 彼はそんなことを気にする性格でもないからね。

 問題はデヴィル族の女性の結果だ。
 デヴィル族の女性の一位――その場所から、あの気位の高いデヴィルの女王が陥落してしまうとは――

 いいや。確かにアレスディアは美しかった。一位を取ったとして、何の不思議もない美貌だ。
 一人は女王然として、一人は楚々として。私からすれば二人の美しさは趣が違うだけで、甲乙つけ難い。今回は愛人の一人に投票したが、そういう相手がいなければ、彼女たちのどちらかに入れただろう。
 だが、まさかアレスディアが一位になるとしても、こうも圧倒的な票差がつくとは――
 なにせ二人の得票数は、一桁違っていたのだから。
 おそらくこれは、パレードの効果による新鮮な驚きの表れなのだろう。
 その得票数が本人たちに直接あかされないことを、せめてもの幸いと思うしかないだろうねぇ。
 もっとも、後でその情報まで記されまとめられたものが、製本され公文書館に置かれるのだから、完全に秘するのはどだい無理だ。
「アリネーゼが荒れなければいいがね」
 私の発言の意味を、まとめ役が理解したのが雰囲気で知れた。

「それで、それぞれの記名者の投票用紙だが、まさか無記名投票に混ぜてはいないだろうね?」
「もちろん、別にしております」

 まとめ役が立ち上がり、私をその山に誘った。
 その他の者はさっきからぴくりともしないし、気配もほとんどないから、本当に寝ているのじゃないかな。そうであっても今回はさすがにこの箱の中で、着の身着のまま暮らして疲弊しているだろうから、許してあげることにしよう。

「なにこれ。どういう現象?」
 今度驚いた原因は、ジャーイルだ。
 一位は誰も、記名者の投票が他に比べて圧倒的だが、それにしたってジャーイルのところは……。
 四人のうちで最も得票数の多かったウィストベルでさえ、記名投票の用紙は五百枚にも届かない。アリネーゼに勝利した、アレスディアでさえそれほどない。だというのにジャーイルに集まった記名投票の数たるや千を越しているではないか。

「ふふ……考えるまでもありません」
 くぐもった声が、地の底から響いた。ひれ伏したうちの誰かが発言したようだ。
「ベイルフォウス大公と違って、旦那様……ジャーイル大公がその地位についてからというもの、かの寝室を汚した女が一人もいないのは周知の事実」
 発言しているのはどうやら、デーモン族の娘のようだ。しかも、「旦那様」
と言ったところをみると、彼の城の勤め人なのかな?

「であれば、この機会に希望を抱く者、あるいは本当のところを確認したいという好奇心を抱く者が多数現れるのも、当然のことではございませんか」
「ふむ……そういうからには、君もジャーイル大公に投票したのかな?」
「ふふ……当然です」
 はしたなくも、じゅるり、とすすり上げる音がした。

 ジャーイルもバカだなぁ。適度に手を出さないから、おかしな連中を引きつけてしまうんじゃないか?
 寿命の短い動物や人間じゃあるまいし、誰でもいいから何人かと遊べばいいのに。

「しかしこれはいくらなんでも突出して多すぎるね……他の者と均整がとれない。彼の分だけ箱を変えるのもおかしいし、彼のに合わせると他の者の分がすかすかになりすぎるねぇ。であれば、いっそ全員の分を絞るか」
「絞る……のですか?」
「記名のある投票用紙は、こちらにまとめてあるだけだね?」
「はい」
 そう確認したのは、記名のある用紙だけは、記念として当人に配布をされるからだ。つまり翻って、他の無記名のものは集計が終わった今となっては、不要なものということになる。
 私は山と積まれたその無駄紙を、一気に燃やした。
「あっ」
 熱波を感じてか数人がようやく顔をあげ、驚きの声をあげた。

 それが終わると今度は、天面に立つ夜光石の一本を折って引き寄せ、そこから四つ立方体を切り出す。その一面に大きな穴を開け、中をくり抜いた。
 一位の記名票を山から五十枚のみ、つかみあげ、雑然とその箱に放り込んでいく。だが、ジャーイルのところで手が止まった。
 残った山の一番上に、見たことのある名が現れたからだ。
「リリアニースタ、だって? ……ふむ」
 私は手持ちのうちから一枚をはずし、その知った名の記された用紙と入れ替えた。
「あっ」

 コンテストの担当が私でなくば。
 また、掴んだ紙の下からその名が出ていなければ。
 あるいは、私が面白がって一枚と入れ替えなければ――
 リリアニースタの投票用紙は、埋もれてしまったことだろう。
 だがこうして私が確認し、わざわざ夜光石の箱に混ぜ入れたからには、彼女の名の書かれたそれ――その用紙がたったの一枚として取り上げられ、その名が読み上げられるに違いない。意味のある一枚だからこそ、目に飛び込んできたのだ。
 なぜならば彼女は強運の持ち主。それも、ただ何となくついている、とかいう程度のものではない。
 本人の望まぬことを避け、望むことを引き寄せる能力を、確かに持っているのだから。

「これは楽しいことが待っている、という予感なのかな?」
 だとすれば、その結果までをできれば知りたいものだ。
 床にひれ伏したうちの一人の上に、私は視線を置いた。

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