古酒の隠れ家

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魔族大公の平穏な日常

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【第九章 大公位争奪戦編】

間話10.少年よ、理性を抱け



 大祭の始まる前って、どんな生活してたんだっけ?
 もう思い出せない。
 終了から一夜明けたら、いきなり普通の仕事が待っているだなんて……。
 それでもまあ、午前の謁見は楽しかった。領民から大祭の感想とか、興奮気味に聞けたりして。
 けれどそれが終わると後は執務室での書類整理だけだなんて……。
 俺はただ紋章を焼くだけの人形になっている。

「すっかり気が抜けてしまわれましたね。無理もございませんが」
 セルクが苦笑を浮かべている。
「なんていうかな……わかってるんだよ、まだ色々、やり残してることとかあるってのは……でもなんだろう、こう……やる気がでない……」
「盛大な大祭でしたからね。この城の静寂さも、これが通常通りとはいえ、寂しくさえ感じられますしね」
「そうなんだよ」

 大祭中は、あちこちであんなに賑やかだったというのに。その最中はうるさいと感じることもあったが、終わってしまうと何か物足りない。これが喪失感というやつか。
 いいや、そうも言っていられない。
 城のみんながよく働いてくれたおかげで、我が大公城もすっかり大祭前の落ち着きを取り戻している。
 もちろん片づけがすべて終わった訳ではないが、部外者がいないだけでこれだけ静かになるとはな……。

「では旦那様、少し気分転換をなさいますか? 本日、武具展の解体が始まるとのことですので、最後にそちらを見学されてきてはいかがです?」
 武具展! ぜひ、見に行きたい!
「……いいのか?」
「至急の案件もございませんし、どうぞ」

 わーい!
 俺は年甲斐もなく、浮かれた気持ちで武具展の会場に向かった。

 解体は、まだ始まっていなかった。
 個々の運搬のための道具が運び込まれ、あちこちに積まれてはいたが、作業員はまだ一人もいない。
 俺は隅から隅までを、じっくりと見回る。
 そうしてこの武具展の目玉でもあった、魔槍ヴェストリプスの前で足を止めた。
 ベイルフォウスにやる約束をしたのだから、すぐにでも取りにやって来るだろう。こうしてじっくり見られるのも、あとわずかだろうから、この際よく鑑賞しておこう。

 魔槍を改めて見てみると、やはり見れば見るほど見事だ。力強さを体現した刃に、繊細さを感じさせる模様が浮き出ており、全体をほんのり覆う魔力には癖も曇りもない。ただ、揺るぎない強さを醸し出しているだけ。
 この槍を見ていると、やはり父を思い出す。
 多少、らしくない感傷に浸った後、次の展示に移動した。

 武具展は、そのほとんどが初日に展示したそのままの姿を保っていたが、唯一、ぽっかりと開いた空間がある。
 大公位争奪戦が始まるまで、〈死をもたらす幸い〉を展示していたその場所だ。
 そうしてその横には――

 超一流の佇まいを演出する、赤地に金の鋲と装飾の施された見かけだけはビリッとカッコいい魔剣。その鞘をも越えてにじみ出す魔力は、この剣が決して他の武具に劣らない一品であることを思わせる。だがそれも、見た目だけだ。見た目だけ……。
 なぜならば、これをひとたび鞘から抜いた日には、その饒舌さに持ち手はウンザリすること請け合いなのだから。

 かの魔剣の名は、ロギダーム。
 いや、確かにロギダームも魔剣としては超一流なんだ。力はある。でもなぁ……。
 その剣を鞘ごと手にとったところで、背後からの視線を感じた。

「なんだ、ケルヴィスか」
 振り向いたそこには、少々中身が風変わりに思える、しかし一途なのであろう少年の姿があったのだ。
「あっ。すみません、黙って見ていたりして」
 え、黙って見てたの?
 今、来たとかじゃないの?
 俺に遠慮したのか?

「ああ、いや……どうした?」
「すみません、武具展の解体が今日だとお聞きしたものですから、せめて最後にと……父に無理をいって、大公城への入場許可をいただきました」
「そうか」
 そうだな。この少年がおそらく、大祭中はもっともこの武具展に足を運んでいてくれていたのだろうしな。

「そういえば、君の愛用の剣のことは悪かったな。結局折れてしまって――」
「いえ、とんでもないです。もとより、献上したものですし」
「ちょうどいい。魔剣を代わりにやる約束だったな。この展示の中で、何か欲しいものはあるか? もしくは宝物庫の中から選んでくれてもいいが」
「本当に、よろしいのですか?」
 少年の頬は、ほんのり赤く染まっている。やはり剣好きとあっては、魔剣に興奮を覚えるのだろう。俺だって、成人前に誰かから魔剣をもらえたなら、小躍りしただろうし。

「では、その剣を――」
「ん? その剣って、どの剣だ?」
「あの……今、閣下がお手にされている……」
「えっ! これ!?」
 ロギダーム!? 魔剣ロギダーム、なのか?

「ちょっと待て、ケルヴィス! 本気か!?」
「あ、やはり……望みすぎたでしょうか。僕なんかがその剣を手にする実力も、資格もないままに――」
 俺の剣幕にケルヴィスは罪悪感を覚えたように、うつむいてみせた。

「いや、違う。そういう意味じゃない。これが本当に欲しいというなら、喜んでくれてやる。だが……本当にこれでいいのか? これだぞ? 魔剣ロギダームだぞ?」
 俺は剣を鞘から引き抜いた。
 その途端に、またも部屋中に轟き渡るダミ声の歌――

「へ~~い、知ってるかぁーい! 俺様は魔剣ロギダーム! 世界一強いかは知らないが~あっ、世界一カッコいい~~!!」
 俺は剣を素早く鞘に戻した。
「これだぞ?」
 実物を近くに見たら、感想も変わるかと思ったのだが、少年は変わらず瞳をキラキラと輝かせている。
「さすが、名剣百選に選ばれる剣ですね。個性的で、その実力に見合った自信が素敵です」
 そうか。ケルヴィスはちょっと変わった子だったか。

「……やはり、駄目でしょうか?」
 俺の無言の対応に、ケルヴィスはうなだれる。どうやら少年は、本気でこの剣が望みらしい。
「本当にいいんだな?」
 念を押すと、少年は瞳を輝かせながら顔を上げた。
「……はい!」
「わかった。なら、これをやろう」
 まあ、ロギダームも見かけだけなら見惚れるほど格好いい。使わずとも蒐集品としてなら、十分その役を果たすだろう。

「では、有り難く頂戴いたします」
 お、おう……。
 俺は剣を普通に差し出したのだが、少年はその場に片足立てて跪き、それから剣を両手で大事そうに受け取ると、捧げ持つように頭を下げたのだ。
 そういえば、剣を借りた時にもこんな風に芝居がかっていたっけ。

「ケルヴィス……? 大丈夫か?」
 問いかけたのは、少年があんまりにもうつむいたまま、顔を上げようとしなかったからだ。しかもなんか、手もぷるぷる震えているし。
 俺が心配な気持ちで見守る中、ケルヴィスはようやく顔をあげた。
 ちょっと目が潤んでいる。
 まさか、さっそく後悔しているんじゃないだろうな!?

「この剣を、生涯の友といたします」
「え!? ロギダームだぞ!?」
 俺の叫びは、素直な気持ちを表現していたに違いない。
 誰だって思うよな? 「こんな変な剣と友達になれるのか!?」、と。
「はい。ロギダームはすばらしい魔剣です。閣下を目指して、というのはおこがましいですが、せめて僕も成人するまでにはこの剣を使いこなしていられるよう、鍛錬に励むことをここに誓います」
 そうしてケルヴィスは見事な敬礼を披露し、俺をさらに心配にさせたのだった。

 だが、このときの俺は予想だにしていなかったのだ。
 このとき手放したこの魔剣ロギダームが、後々あのすばらしい騒動を人間と魔族の間に巻き起こすことになるだなんて未来を――

 ……なーんてな!
 もちろん、冗談だ。

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