魔族大公の平穏な日常
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【第九章 大公位争奪戦編】
「閣下、何してる……の……?」
「ああ、ミディリース。いいところに来た。これ、二つ折りにして封筒に入れてってくれ」
「……なに、これ?」
ミディリースは隣の席に座ると、俺が手渡したその用紙をじっと見つめ――そうしてそこに書かれた内容を理解するや、息を呑んで青ざめだした。
「か……閣下……これ……」
「ん」
「ん、……じゃない……これ……これ……」
「もちろん、ミディリースへの分もあるぞ。はい」
俺は正式な紋章入り封筒に封入済みの一通を、ミディリースへ差し出す。
そう。それは魔王城の建築に関わった作業員たち、そのすべてを我が昼餐回に招くための、招待状だったのだ。
本当のところ、図書館で作業をしているのだから、いいところに来たも何もない。なにせ最近のミディリースは、俺が図書館にいると高確率で姿を見せに出てきてくれるのだから。
だがそもそも紋章の焼き付けなんて、普段なら執務室でする作業ではないのか、だと? 確かにその通りだ。
なのになぜ、こんなところでやっているのか?
決まっている。ミディリースへの自覚を促すため……それと、無かったことになったミディリースのお手伝い、を、こっそり復活させるため、だ。
まあ、あとは……俺の気分転換?
大祭ではあちこち飛び回っていたってのに、急に執務室にこもって仕事しろっていわれても……な。
「ほんとに……出ないと、だめ……?」
「駄目。約束したろ」
上目遣いに見上げてくるミディリースの頭を、ポンポンと叩く。
「でも……閣下、もう、無茶も無理も言わないっていった……」
ミディリースが勝ち誇ったような笑みを浮かべる。
だが、しかーし。
「昼餐会の約束は、その前だったろ」
「えっ!?」
「ほら、あのときはこう言ったろ? 『この約束以後の件で、無理矢理引きずり出そうとはしない。以後の件で、強要することもしない』と。つまり、それ以前の約束は有効だ」
俺は彼女に微笑んでみせた。
「うーーーむーーー? なんか、ずるい……」
ああ、ずるいとも。知ってる。俺はずるい。
だが、今回はずるいままいかせてもらおう。ミディリースだって、親戚との再会が待っていると知ったら、喜んで参加してくれたに違いないのだから。……たぶん。
「そんなに嫌なら、ほんとに乾杯の時だけでいいから」
いや、なんなら当日はオリンズフォルトとは別室で会って、会食には不参加でもいい。
とにかく、大事なのはミディリースを喜ばせることだ。
「むー。……わかった……です……」
そうしてミディリースは、諦めたように小さな手で招待状をせっせと二つ折りにする作業に精を出しはじめた。
しばらく図書館には、カサカサした乾いた音だけが響き――
「ところで……」
「うん?」
「おめでと、ございます」
「何が?」
「コンテストの一位……」
「ああ」
サーリスヴォルフから投票人数が一人少ないとつっこまれたことは、本人には内緒にしておこう。変に気にしても可哀想だし。
「奉仕……」
「……」
「相手……すごい、美人……前回の……入賞者……」
「…………まあな」
なんで相手まで知ってるんだ。
ほんと引きこもってる割に、ミディリースは色々よく知ってるよな!
「閣下……でれでれ? 待ち遠しい?」
無邪気に小首を傾げながら、聞いてこないでくれ。
「まさか! それはない。絶対ない。断じてない」
だって相手はあのリリーだぞ? リリアニースタだぞ?
確かに彼女は美人だ。立っているだけで目を引くレベルの美女だ。しかも、男を惑わす色気だってある。それは間違いない。
だが、彼女のあの俺に対する無関心さ……。いや、無関心っていうか、関心がないわけじゃないんだろうけど、男として見られてないのはヒシヒシと感じるわけだ。それで何かあると期待する方が、どうかしてないか?
むしろ一晩中、女性との付き合い方について、指導される未来しか浮かばない。それはもう、指導員のように……。
指導……。
……。
…………。
……それともあれか。……お……お姉さんが、教えてあげる……的な、展開に……。
「いやいやいや。それはない、ホントない!」
我に返ったところで、隣からの鋭い視線に気づいた。それもなぜか、軽蔑をはらんでいるように感じるではないか。
いや、気のせいだろう。俺は無実だ。
とにかくそれから俺とミディリースが無言で手を動かし続けたおかげで、招待状の封入は予想より短時間に終了したのだった。
そうしてなぜか微妙な空気のままミディリースと別れ、できあがった招待状をセルクに預けに執務室に戻ると――
「よう、どこ行ってたんだよ」
ベイルフォウスが待ちかまえていたのである。
「ああ、来たのか」
「なぜ来たのか、理由は説明するまでもないだろう?」
もちろんだ。むしろ、大祭の終わったすぐ次の日にやってこなかったことを、意外に思っていたほどなのだから。
セルクに招待状の束を預け、親友と向かうのは当然、宝物庫だ。
ベイルフォウスがやってきた理由が、魔槍ヴェストリプス以外の理由であるはずがない。
「で、対価は決めたか?」
「ああ、それだが、任せるからヴェストリプスに値すると思う宝物を何か適当に送ってくれないか?」
エンディオンに相談したところ、宝物庫の数を減らすのだから、やはり引き替えるのも宝物がいいだろう、という結論に至った。
だが、こちらはベイルフォウスの所蔵品を知らない。とはいえ他ならぬ親友のことだ。信頼して任せてもよいだろう、ということになったのだった。
「ある訳ないだろう」
「え?」
「お前、魔槍ヴェストリプスに値するものなんて、この世にあると思うのか? 魔槍ヴェストリプスだぞ?」
「この間はなんでもやるって言ってたじゃないか」
「もちろん、何でもやる。お前に望む物があるのならな。俺が言ってるのは、同等の物などこの世にはない、という真実だ。わかるよな?」
いや、わからないけども。っていうか、確かにヴェストリプスは大した槍だが、同じ程度の価値のものならこの世にいくつかはあるだろう。たとえば俺のレイブレイズとか。
「なら、お前が合計して足りると判断した分だけ、送ってくれればいいが」
反論するのも面倒だから、とにかく丸投げしよう。
ベイルフォウスがこの調子なら、まあ損をすることはないだろう。
「そうだな……では、俺の城の宝物庫から、百ほど武具を見繕って届けるか」
いやいやいや。いくらなんでもそんなにいらないから。
「それとも半分はエロい女の方がいいか?」
いやいやいや。物扱いだなんて、女性に失礼だとは思わないのか。
こいつ、魔槍が絡むと極端だな。任せるのも却って面倒か。
「じゃあ……せいぜい、二つくらいでいいよ。そうだな、お前のところにいい弓があると言ってたよな。それでどうだ?」
「ああ。魔弓シュザリーだな」
「それと……うん、将来マーミルに持たせるのに良さそうな剣とか、まあ何か」
「マーミルにか……」
ベイルフォウスは束の間、真剣な表情を浮かべて黙りこくった。
「わかった。そうしよう」
対価についてはそれで話し合いがついたのはいいが、問題なのは宝物庫についたその後だ。
いいだろうか。
大前提として、ここは我が城の宝物庫だ。そして主である大公の俺だって、それほど頻繁には訪れない場所だ。
もちろん、どこに何があるのか、宝物庫に勤める職員にでも聞かないとわからない。
だというのにベイルフォウスは……誰に案内されるでもなく、一階の武具置き場を真っ直ぐ進み、魔槍ヴェストリプスの元へとたどりついたのである。
ヴェストリプスは割と奥の壁際に、しかもベイルフォウスに贈ることを考えて、棺のような大層な箱に仕舞い込んで立て掛けてあったというのに。ベイルフォウスはまるでその声が聞こえた、とでもいわんばかりに迷いもなく足早に近づいて、絶対の確信を持ってその蓋を開いたのだから。
「なあ、まさか下見にでも来てたのか? それとも誰かに場所を聞いていた、とか?」
思わずそう、聞いてしまったくらいだ。
「下見なぞせんでも、誰に聞かずとも、わかる。俺を呼ぶ気配がした」
やだー。
ベルフォウスくん、気持ち悪い。
なにこの魔槍オタク。
ヴェストリプスはロギダームと違って、喋りはしないというのに。
俺、どん引き。
しかもベイルフォウスは箱を開いたはいいが、前にじっと立ち尽くして動きもしない。
「……で、なにしてる?」
まさか見惚れている、とでもいうんじゃないだろうな。
「見てみろよ。見事じゃないか? 触れるのも躊躇われる、この美しさ……」
ホントに見惚れてた!
女性を口説く時よりまだいっそう艶めいた声を出すベイルフォウス。
おいおい本気か。そこまでなのか、ベイルフォウス。
まさか持って帰って一緒に寝るとか、そんな気持ち悪いことまで言いださないだろうな?
「ずっとこうして愛でていたい気分になるな……」
ずっと見てていいよ。俺はとりあえず、お暇するから。
そうして俺は、陶然と魔槍に見惚れる親友をおいて、宝物庫を抜け出したのだった。
しかし、ちょっと待ってくれ。ケルヴィスといい、ベイルフォウスといい……。
もしかして武具好きって変なやつばっかりなのかな?
……俺は大丈夫だと思うけど、気をつけることにしよう。
その後、ベイルフォウスはもちろん魔槍を持ち帰ったのだろうが、それが何時間たった後だったのか、俺の知るところではないのだった。
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