魔族大公の平穏な日常
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【第三章 成人式典編】
「大演習会の開催とか、はたから見てると簡単そうに見えたのに、やってみたらハンパなく大変でした。やっぱり見るとやるとじゃ大違いですね」
…………。
「でも他の大公って、いつもものすごく楽そうですよね。長年やってるともうちょっと簡単に、なんでもサクッと決められるようになるのか、さぼってるのか、どっちなんでしょうね?」
…………。
「だいたいねえ、なんだって魔族ってああ脳筋が多いんでしょう。すぐ喧嘩するから、見てるだけで疲れますよね。はあ」
…………。
「……というわけでこのところの俺は、とっても疲れてるんですよ。わかってもらえます? この気持ち」
…………。
「ちょ……うわ、い、いたいいたいいたい。魔王様、痛いですって!!」
いくら腕を叩いてきても無駄だ!
いっそこの金髪がズルムケになるまで掴んでいてやろうか!?
「黙れ、この馬鹿。脳筋というなら、お前こそ脳筋だろうが。あ? お前には見てわからんのか、この私が仕事中だということが!」
「えー今更」
「何が今更だ、何が!」
こいつ……魔王をなんだとおもっているのだ。
手を放すと、ジャーイルの奴は大げさに頭を抱えてしゃがみこんだ。
「あーあ。また頭蓋骨が……ほんっと、乱暴なんだから」
脳味噌まで砕ければいいのに。
「なんならお前が代わりに引き受けるか、この書類の束の処理を!」
そういいながら、机の書類の束をバンバンとたたいてみせると、ジャーイルは実にさわやかな笑みを浮かべつつ、こう言い放った。
「命令ならやりますけど、世界の支配者である魔王ルデルフォウス陛下ともあろうお方が、部下に仕事をおしつけて自分はのうのうとしようだなんて、どうなんでしょうね?」
この顔だけさわやか男め。腹の立つ。
むしろ、私は魔王としては、仕事熱心な方だ。
前魔王など、ほとんど王座に座って命令するばかり。二百年の間、奴のもとで大公として仕えたが、その間、一度として事務仕事をしているところなぞ、目にしたこともなかったというのに。
本当にこの金髪をむしって、ハゲさせてやろうか?
……そうなるとさすがにウィストベルも愛想をつかすかもしれん……か?
しかしそんなことよりも、今回もまた、うちの衛兵や儀仗兵たちは一体何をしているのだ?
なぜ、こいつは毎回、誰にもとがめられもせず、したり顔で執務室に入り込んでこれるのだ?
魔 王 城 だ ぞ !?
いくら七大大公の一とはいえ、知らせもなく入り込む権限はなかろう。
警備を見直す必要がありそうだ。
「ところで、丁度いいから知らせておく。御前会議の日程が決まった。明日には一度目の正式な伝令を、それぞれの城に向かわせる」
「ああ、一回目の知らせは一ヶ月前、二度目は十日前、でしたっけ」
どうでもよさそうなことなのに、よく覚えてるなこいつ。
「そういえば、デイセントローズの具合はどうなんですかね?」
「どう、とは?」
「ほら……陛下の弟君が、かなりこっぴどくやったんでしょ?」
なぜそこで、わざわざ私の弟、と強調する。確かに大公ベイルフォウスは紛れもなく血のつながった弟だが。
「ああ……そなたの親友がか」
「参加には問題ないようで?」
「ないだろう。先日、最後の訪問先であるプートの城を訪ねたそうだからな」
「ああ、そうなんだ。それはよかった」
……笑顔が嘘くさい。実に胡散臭い。
「ウィストベルには門前払いをくらったそうだ」
「で、しょうね。となると……結局デイセントローズは望み通り全員と同盟、とはいかなかったようですね」
「デーモン族の大公とはな。だが、デヴィル族の大公全員とは同盟を結べたようだが」
私がそういうと、ジャーイルは意外そうな顔をした。
「へえ。全員と、ですか?」
「ああ。全員と、だ」
「ふうん……」
珍しく、まじめな顔をして黙り込む。
「まあ……予も気を配るが、お前も気をつけておいてくれ」
「……何にです?」
「もちろん……そなたの親友が、やりすぎないように……だ」
ジャーイルは沈思黙考し、それから首肯した。
「仰せの通りに、陛下」
ベイルフォウスが何かしでかしたとして、止められるならこいつだろう。
「ところで、一つ、お聞きしたいんですけど」
「何だ?」
弟のことか、それともデイセントローズのことか。
「魔王様って……騎竜の方法、誰かに習いました?」
予想だにしなかった問いに、一瞬、意味を把握しかねる。
「騎竜、だと?」
私が確認のため尋ねると、ジャーイルは真剣な表情でうなずいた。
なんだ……なにか特別な方法でもあるのか?
「もちろん、習った」
「習ったんだ……」
脳天気なジャーイルには珍しく、ずいぶんと暗い声音だ。
「大半の家では父が子に教えるというが、予の場合は教師からだ」
「習ったんだ……」
奴はもう一度そういって、深くため息をついた。
「ベイルフォウスもですか?」
「ああ。弟には予が教えた」
この情報に、なんの価値があるというのだろうか。
いつもの雑談かとも思うが、それにしてはジャーイルの態度は真剣そのものだ。
「なんで、習ったんです?」
「なんで、とは、どういう意味だ」
「魔王様なんだから、習わなくたって竜の一体や二体……」
「無茶をいうな。いくら予でも、子供時分からこの強さではない。それに、不用意に竜に近づいて、瀕死の重傷を負う子供が毎年何人もいるのを知らないのか?」
その言葉に反応したジャーイルの表情には、絶望の色がありありと浮かんでいた。
何がそんなにショックなのだ。
本当に知らなかったのだろうか。だが、だからといって、こんなガックリとするものだろうか。
「まさか、マーミル嬢が竜に噛まれでもしたのか?」
あの小さな姫は、どうやらうちの弟のお気に入りでもあるらしい。
デイセントローズを瀕死の状態においやった原因も、彼女にあるのだと小耳に挟んだのだが。
「まさか……いや、でも、そうなってもおかしくはなかったということか……」
後半はほとんど独り言だ。
「他には?」
「他?」
「なんかこう……魔族としての、常識的な考え方、というか、やりかた、というか、慣習、というか」
急に何を言い出すのだ、こいつ。
う ざ い。
この、涙目でオロオロしだすところがもうなんかうざい。
「儀式のことが知りたければ、儀典長にでも聞くがいい。居場所は役所の最奥だ。とっとと行け」
「ちょ、魔王様、ちが……」
私はジャーイルの頭をめがけて奴を廊下に蹴り出した。
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