魔族大公の平穏な日常
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【第三章 成人式典編】
御前会議かぁ。面倒くさいな。
……いや、俺は当日に魔王城へ行けばいいだけなんだけど。
御前会議というのはあれだ。
四年に一度開かれ、侯爵までの配下の一部を引き連れて、俺、ジャーイルを含めた七大大公が魔王城に集まり、魔王様の前でこの四年に領地で起こったあれやこれやを、なんやかんと報告しあう会なのだ。
いや、俺が報告するんじゃないけど。
半年ほど前に行われた御前会議は、当日にデイセントローズがマストヴォーゼへと大公位をかけた挑戦をしたため、中止となった。
そうしてそれまで爵位さえ得ていなかった、無名のデヴィル族の青年デイセントローズが、同じくデヴィル族のマストヴォーゼを破って大公位についたのだ。
大公マストヴォーゼの同盟者であった俺は、その義務により彼の妻スメルスフォと、その間に生まれた二十五人の娘を引き取ることになり、今に至る。
二十五人のうちの四女と五女は双子で、俺の妹のマーミルとはとても仲がいい。あんまり仲がよすぎて、最近では三つ子だったかと思うくらいだ。
……見かけはデヴィル族とデーモン族なので、全く似ていないが。
マストヴォーゼの子らは、みんな背の高さが違うだけで外見はそっくりだ。娘だと知っていなければとても性別の判別など……ごほ、ごほっ。
だって仕方ないじゃないか。デヴィル族の見た目なんて、動物の複合体だぞ。俺には判別できない……美醜もわからない……。
逆にデヴィル族の者だって、俺たちデーモン族の美醜などわからないだろう。
それはともかくとして、御前会議が開催されることを、せっかく魔王様から事前に教えてもらったんだ。正式な伝令は明日としても、部下に先に知らせておくのはかまわないだろう。
俺は<断末魔轟き怨嗟満つる城>に帰城すると、まっすぐ執務室に向かった。
とりあえず、資料やらなんやら用意してくれるのも、会議の席で実際に報告してくれるのも、副司令官だからな。四人いるうちの、誰か一人くらいは城にいるだろうか?
フェオレスじゃないといいな……俺は先日の、妹たちの騎竜練習の件で、まだちょっぴり傷ついているのだ。俺の見学する前で完璧な指導をしたフェオレスに、ほんの少し、嫉妬中なのだ。
俺に口出しするな、見ていろといって、見事な教師役をつとめたフェオレスに……。
思い出すと、涙が出そうだからやめておこう。
「ワイプキー。今日は城で副司令官を見たか?」
執務室に入り、筆頭侍従のワイプキーに尋ねると、彼は眉間に深いしわを刻んだ。ちなみにこのワイプキーは、デヴィル族の多いこの城では珍しいデーモン族だ。一見したところ、髭を生やした上品な紳士だが、それはあくまでも見かけだけ。内面はフザけたオッサンだ。
「あーーー。はあ、まあ……」
なんだよ、そのぐだぐだな返事。
そうか……なるほど。
ワイプキーが口ごもる副司令官といえば、たった一人しかいないではないか。
「ジブライールを見たんだな?」
俺がそう指摘すると、ワイプキーは信じられない、とでもいいたげな視線を向けてきた。
「だ……旦那様が、鋭い、だと?」
俺がいつも鈍いみたいな言い方はヤメロ。
「ところで、いつにいたしましょう?」
は? なぜ急に質問に転じる?
「明日にでも伺候させましょうか? 誰のこと申しているのか、察しのよい旦那様には、もちろんおわかりでしょうが」
せっかくのダンディっぷりを台無しにする、このにやついた顔。
「気遣いは結構。エミリー嬢にわざわざ足をお運びいただくようなことは、何もない」
「しかし、旦那様。なんでも、このあいだ娘をご信頼なさった時のお礼、とやらをいただけるお約束なのでしょう?」
ぐ……こいつ……。
そうなのだ。俺は、マーミルの呪詛を解くための実験のさい、エミリー嬢の手を借りたのだが、まだその礼ができていないのだった。
だが、それはそれ。
話を逸らそうという魂胆がミエミエなんだよ、ワイプキー!
「ジブライールを見たんだな?」
俺が話をそもそもの話題に戻すと、ワイプキーはあきらめたような表情で、大げさに肩をすくめた。
「お見かけはしましたが、さて、あれはいつのことでしたかな? どちらにせよ、朝早い時間……旦那様が魔王城においでの時間帯であったと思いますので、もうこの城にはいらっしゃらないのではありませんかねぇ」
こいつ、とぼけやがって……。
「ジブライール公爵に何のご用です? 万が一、まだ城においでのようで、お見かけしましたら、私からお伝えしておきますが?」
「ワイプキー」
俺はため息をつきながら、執務机の椅子に腰掛けた。
「ジブライールは俺の副官の一人だぞ。この間から、妙な勘ぐりをしているみたいだが、エミリー嬢もジブライールも、俺が困っているときにたまたま居合わせたんで、手伝ってもらっただけだ。それ以上の意味はない」
大演習会の後の舞踏会で、ジブライールと踊ると言ったらこのエセダンディ、後ろから歯ぎしりしやがったからな。
一女性魔族と踊るくらいで、いちいち侍従に不満を示されたのでは、ますます俺の婚期が……ごほっ、ごほ。
いや、ともかく、言うべきことは、きっちりと言っておかねばならない。
「あんまりエミリー嬢を焚きつけるなよ。彼女にだって、自分の好みってものがあるだろう」
「もちろん、ございます。娘の好みに、旦那様、ドンピシャ」
上司を指さすな、この髭め。しかも両手使って。
「本当ですよ、旦那様。うちの娘は私に似たもので」
うわ、気持ちわる。ウインクしてきやがった。
「そっちの趣味はない」
「いやですよ、旦那様。私だって性癖はノーマルですよ。旦那様の好きそうな、清楚で可憐な妻を、世界一、愛している、愛妻家ですよ。ただ……わかるでしょ? 権力が大好きなだけなんです!」
なんか自慢げに言ってくるんだけど。その撫でてる髭、抜いていいかな? 一本残らず。
ほんと、ワイプキー。君の正直さには、時々本気で感心するよ。
なぜこんなフザケたオヤジが、あんな清楚な奥方を得られたのか。やはりあれか、ギャップというやつなのか。それとも誰しもやはり、自分とは正反対な相手に惹かれるのか?
っと、なんでこんなに話が脱線したんだ。
「とにかく……俺が副司令官を探しているのは、御前会議の開催日が決まったことを、知らせておこうと思ったからだ。正式な伝令は明日、魔王城よりやってくるとは思うが」
「そうでございますか。いつでございましょう? 関係部署に知らせておきますが」
「各部署には魔王城から知らせが来てからでいい」
「つまり……先にお知らせいただける私はと・く・べ・つ」
ワイプキー。今日は絶好調だな。気持ち悪い方向に。
「筆頭侍従に知らせたぐらいで、特別もなにもないもんだ」
だいたい、特別というなら、俺にとって臣下として特別なのは家令のエンディオンであって、お前ではない。断じて。
そのままワイプキーの髭面を見ていると、どうしても髭をむしりたい気持ちが沸くのを抑えられなかった俺は、筆頭侍従から離れることにしたのだった。
***
「お・に・い・さ・まー!」
おっと。
うざい髭から逃れたと思ったら、今度はかしましい妹に横から抱きつかれてしまったではないか。
「マーミル。大勢の面前で、いきなり抱きつくのはどうかと思うぞ。たとえ、兄と妹という関係でも、な」
マーミルの肩を押して離れさせる。
「あら、お兄さま。私だって、時と所と場合は考えていますわ。本棟でなら、こんなことしませんけど、居住棟なんですもの。お家なんですもの。お家で従僕や侍女の目まで気にして、兄妹が仲良くできないだなんて、そんなの間違ってますわ」
む……また両手を胸の前でぎゅっとしてからの、この上目遣い。
おかしい。絶対誰かが妹に吹き込んだ結果だ。
四女と五女か? いや、あの子らはそんな小細工をしそうにない。
侍女のアレスディアか? いや、デヴィル族一の美女である彼女のことだ。男には媚びる仕草なんて、思いつきもしないだろう。
「……いっとくが、お兄さまにやってもダメだぞ」
「な……何が、ですの……」
急にあたふたし出した。
やっぱり、わざとだったんだな。
「逆に気持ち悪い。どん引きだ」
「……ベイルフォウスめ。何というでたらめを!」
妹は小声で吐き捨てるように言った。
しかし、ベイルフォウスめか!
あいつはこの間から、マーミルにろくでもない話ばかり聞かせてるんじゃないか?
もういっそ、接近禁止令でもだすか?
「まあ、しかしそうだな。お前のいうとおり、居住棟でまでお行儀よく、というのじゃ、さすがに堅苦しすぎるかもな」
俺の言葉を聞いて、妹は大きな赤い瞳をキラキラと輝かせ、再び抱きついてきた。
「そうでしょー。お兄さまなら、わかってくださると思ってましたわ!」
仕方がないので俺によく似た赤金の髪を撫でつけてやると、妹はさんざん俺の腹に顔を押しつけ、頬をすりすりしたのち、ようやく満足げに離れた。
「で、何か用だったのか?」
「用がなければ、抱きついてはいけません?」
いや……別にダメとは言わないが……。
「でも、そうですわね……せっかくなのでおたずねしますけど、騎竜練習の二回目はいつ、してくださいますの? 次は竜具をつけるのだって、フェオレス先生が言ってましたわ」
この間までフェオレス公爵と呼んでいたはずなのに、一回教えてもらっただけで「先生」だと?
なんだろう、この胸を駆けめぐる敗北感……。
「せっかく、竜の顎を撫でられるようになったんですのよ。時間をおきすぎて、この間習ったことが全部台無しになってしまうのは嫌ですわ」
「そうだな……いや、しかし、この間はたまたまフェオレスがいただけで、彼も忙しい身だし、毎回指導役をお願いするわけにもいかないだろう」
なんたって、フェオレスは軍団副司令官とはいえ、公爵として屋敷を構える領主でもある。たまたま大公城にいることはあり得るが、普段は自分の城で忙しく仕事をしているだろうからな。
教師役は俺ではダメなようだし?
「じゃあ、イースでどうかしら、お兄さま」
イース? ああ、マーミルと双子に剣を教えてくれている、デヴィルの従僕か。あいつなぁ……ちょっと頼りないんだよな……。
「それと、もちろんお兄さまは毎回、見学してくれるのでしょ?」
なんだと?
珍しくやる気満々だったのに、お前の教える内容はすべて間違っている、と言われて教師役を放棄せざるを得なかったこの俺に、他の奴が教えるのを、黙ってみていろというのか。
「時間があればたまにはな」
「お兄さま!」
そっけない俺の返答をうけて、マーミルは両手を腰に当てながら、目をつり上げる。
「いつもそれ! 時間があれば、そればっかり! 時間というのは、自分で作るものですわ!」
誰だ、妹にこんな面倒くさい考えを吹き込んだのは。ベイルフォウスめか。
「わかった、わかった……なるべく時間を作るよ」
俺がうなずくと、妹は力強く握られた拳をかかげた。
「よぅし!」
……大丈夫か、うちの妹。
どんどんおかしくなっているのではないだろうか。
お前は最終的には、なにを目指しているのだ。
兄はとても、心配です。
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