魔族大公の平穏な日常
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【第三章 成人式典編】
意識を取り戻したら、なんか始まってました。
いや、別に……気絶したわけじゃない。
ちょっとショックだったので、意識が飛んでいただけだ。
頭蓋骨の割れる音って、聞いたことある? ねえ、聞いたことある?
そりゃあ、呆然とする俺の気持ちもわかってもらえるよね?
死なないけど、痛いんですよ!
さすがに痛いんですよ!
割れた骨が脳にささって……って想像してみてください!
聞いてるだけでも痛いでしょ!?
呆然とうずくまる俺、最大限に焦るジブライール、駆けつけてくる配下、そしてその騒動を見ながら、俺を指さしてゲラゲラ笑う薄情な親友。
頭蓋骨はすぐに、会議室の入り口脇に控えていた魔王城の医療班に治療されたのだが、俺の意識は戻らなかった。いや、戻らないって言うか、しばし呆然としたままだったのだ。
繊細だから。なんといったって、俺は繊細なのだから。
そして気がついたら、会議はとっくにはじまっていた。
後から来たほかの大公たちと、挨拶を交わした気もしないではない。が、あんまりよく覚えていない。
もちろん、俺はちゃんと自分の席に座っていた。でも自分で座ったのか、座らせてもらったのか、覚えていない。
たぶん、変なことは口走っていないと思う。
そして現状、目の前で殺気だった二人が仁王立ちしながらにらみ合っています。
ウィストベルとアリネーゼ?
いいや。
たくましいゴリラの腕を組み、獅子の顎髭をのけぞらせているプートと、右手を腰にあてて、蒼銀の瞳に怒りをみなぎらせているベイルフォウスだ。
「なに、どうした。何が起こってるんだ?」
前回同様、七大大公は背後にそれぞれの臣下を従えており、壇上では魔王様がまた姿勢正しく剛剣に手を置いて、厳しい表情でにらみ合う二人を見下ろしていた。
大公の席は奇数位と偶数位に分かれている。序列六位の俺と四位のウィストベルは隣同士、そして二位のベイルフォウスは彼女の向こうだ。
俺たちの正面には、一位のプート、三位のアリネーゼ、五位のサーリスヴォルフが並び、俗に言うお誕生日席である魔王様の正面には、七位のデイセントローズが座っている。
そう、見事にデヴィル族とデーモン族に分かれているのだ。
「ウィストベル」
俺は右隣のウィストベルにそっと声をかけた。
「おお、ようやく意識が戻ったか、ジャーイル」
にらみ合う二人の緊迫感なぞ歯牙にもかけない様子で、女王様は俺に微笑む。
ああ、俺が呆然としてるの、バレてたんだ。まあ、そりゃあバレバレですよね。
「戻りましたが、これはいったい……」
俺の問いに、ウィストベルはつまらなさげに鼻で笑ってみせる。
「いつものことじゃ。プートとベイルフォウスが、殴り合いでもするのであろう。どうでもよい内容でな」
どうでもいい内容?
どうでもいいことで殴り合いするんですか?
「いつも言ってるだろ、いちいち他人のことまで口出しするんじゃねえよ」
「他人のこと、と言ってすむ程度のことなら、もとより私とて口出しはせぬ。黙っておれぬのは、陛下の治世をお守りしたいという意志がまさってのこと。そなたが誰彼かまわず喧嘩を売って回り、騒動を引き起こしてばかりいるのを見過ごしては、せっかくの平穏が乱れてしまうと危惧してのことよ」
「あ? 俺が兄貴の邪魔になってるってのか?」
ベイルフォウスが一気に殺気立つ。
おい、ベイルフォウス。興奮しすぎて会議の席でも兄貴って言っちゃってるよ? 「陛下」だろ、「陛下」!
プートもダメだよ、お兄ちゃんのこと絡めちゃ! ベイルフォウスは意外にブラコンなんだから!
「上等だ! 今日こそてめえの地位を奪ってやるよ!」
「貴様のようなヒヨッコが、百度かかってきても私に勝つのは無理だと、まだわからんか」
一気に緊迫する場内。
だがしかし、それなりに慣れているのか、臣下たちは特に混乱する様子もみせずに立ち上がって、さっと壁際に引いた。
平然と座っているのは魔王様と七大大公だけだ。
だが、駄目だろ。このままおっぱじめたらダメだろ!
会議の最初に「相手が気にくわなくても、破壊行為をしたらいけないよ」
と、宣言するのはプートの役目ではなかったのか?
まさか開会宣言の内容が、毎回変わるわけでもないだろう。
そう言っているはずの本人が、戦う気満々ってどういうことだ。
魔王様の様子をうかがう。
あ、目があった。
陛下はすっと目を細め、かすかに頷く。
仕方ない、ちょっとがんばるか。
つい先日も、弟を頼む、的なことを言われたばかりだしな。
ベイルフォウスは後ろに回した右手の先に、術式を展開する。四層百式が三陣。
対するプートは悠然と構えながら、それでもやはりベイルフォウスと同じ規模の術式を展開した。
ベイルフォウスの術式は真っ赤、プートのは金銀混じった黒だ。
しかし、合わせると百式六陣か……しかも大公レベルでは、一気に無効化するのも辛い。プートの方は面倒くさい術式組んでるし。
間に合わないか?
焦る俺の耳に、場違いに脳天気な声が届く。
「お二人とも、私のために争うのはおやめください」
デイセントローズだ。
奴のやや浮かれたような声に、二人の意識が一瞬それた。
よし、これなら!
俺は片方の手でベイルフォウスの術式を解き、もう一方でプートの術式を無効化するための術を展開する。
だが。
「ふざけんな!」
一歩、遅かった。
プッツンしたベイルフォウスが術を発動させ、プートがそれを迎え撃ったのだ。
「ああ!?」
「む!?」
あと少しだったんだが!
完全な解除は間に合わなかった。
それでも、ベイルフォウスの方はただの十五式までに減らせたし、プートのほうもなんとか二十式で押さえられた。
その結果、ベイルフォウスの術はただの炎の鞭となりプートの右腕をかすめ、プートの術は黒光りする一本の槍となってベイルフォウスの左頬をなで、消滅する。
「はあ!? なんだよ、今の!」
「我が術が、無効化された?」
キレるベイルフォウスと驚くプート。
「誰だ、邪魔しやがったの」
プートの槍は、ベイルフォウスの左頬を切ったようだ。刻まれた一筋の傷から、血がにじんでいる。それがまた、デーモン族一と名高い美貌に凄みを与えているようだった。
一方で、プートの方は服を破いただけですんだようだ。
まあ……これはあれだな、実力差というやつだな。
「俺がやった」
立ち上がると、二人から驚愕の瞳を向けられた。
まあね……七大大公でさえ、術式の無効化とかしないんだろうからなぁ。
実質、俺は御前会議には初めての参加といっていい。前回は中途半端だったからな。だから他の大公にとっては、いつもの光景なのかもしれないが、そんなことは無視して言わせてもらう。
「会議とは戦うための場ではないだろう。相手の意見がどれほど気に入らなくても、この場での破壊行為は認められないのではなかったのか? 御前会議だぞ。意見の相違は言葉で解決したらどうだ」
妹に見せてやれないのが残念だ。俺だってね、言うときはいうんですよ、ビシッとね!
二人から厳しい視線を向けられるが、そんなことで怯む俺でもないのだ。
「ジャーイルの言うとおりじゃな」
俺の援護にと立ち上がってくれたのはウィストベルだ。
彼女は見るからに上機嫌といった笑みを浮かべている。
正直、プートとベイルフォウスの両方に睨まれるより、ぞっとしたことは内緒だ。
「二人とも、座れ。陛下、会議を続けてよいか?」
ウィストベルが壇上のルデルフォウス陛下を見上げると、魔王様は薄く笑いながら立ち上がった。
「さきほどもジャーイルが申した通り、開催にさいしてプートによる戦闘を禁じる宣言がなされている。故に、今後一切、会議場内での魔術や暴力での争いを禁じる。四人とも座るがよい」
さすがに魔王様にまでそう言われては、ベイルフォウスもプートも従うしかないようだ。
俺たちは静かに席についた。
以後、ベイルフォウスは腕を組み、机上の一点を睨みつけたまま黙り込んでしまった。
おかげで二度とプートとの間に諍いは起きなかったが、代わりにウィストベルとアリネーゼの小競り合いを俺が止めないといけなくなった。まあ、あの騒動をみた後ではかわいいものだ。サーリスヴォルフも間に入ってくれて、二人の口喧嘩はすぐに収まったのだから。
そうして会議は席に戻った臣下による報告会に移り、特に中断されることもなく、無事終わったのだった。
***
御前会議の後は、特になんの催しもない。別に終わったからと言って、飲み会などしない。
魔王様を全員で見送れば、終了即解散。
アリネーゼは終わるなり、さっさと臣下を引き連れて帰ってしまったし、プートもそうだ。
「俺は魔王様に挨拶をしてから帰るから」
来たときにはちゃんと挨拶できなかったからね。帰る前には顔を見に行って、会議前の仕打ちに対する文句をいっておかないとね!
ゾロゾロ引き連れて帰るのが嫌、っていうのが本音だろって?
そこはあれだ……つっこんじゃ駄目だ。
「ですが、閣下。こちらで医療班の治療を受けたとはいえ……やはり一刻も早く御帰城なさって、<断末魔轟き怨嗟満つる城>の医療班にも看てもらったほうがよいのではないでしょうか」
ジブライールはここでも真面目だ。
「大丈夫、くっついたから」
もう脳味噌も痛くないから大丈夫だと思う。
「……申し訳ございません……」
俺を押してしまったことを、気にしているらしい。顔が真っ青だ。
「いや、悪いのはベイルフォウスだ。気にするな」
そうとも! あいつがよけいなことを言わなければ、こんなことにならなかったんだ!
「本当に大丈夫だって。なんなら触ってみるか?」
俺が頭を突き出すと、ジブライールは右手を挙げかける。が、今度は真っ赤になりながら、すぐにひっこめた。そうして床をじっとにらみつけるようにして一言。
「結構です」
なに……そんな、怒りで赤くなって打ち震えるほど、俺に触れるのが嫌ってことですか。そう、ですか……。
以前よりは仲良くなっているつもりだったのだが、所詮、俺の独りよがりだったのだろうか。
「……とにかく、ここで解散ということにしよう。各自、自由に帰ってくれ」
俺が少し落ち込みながらそう言うと、渋々、といった感じでジブライールは頷いた。
「承知いたしました。では、我々は帰宅いたしますが、閣下もくれぐれも無理をなさらぬよう、お気をつけください」
「うん、ありがとう」
……と、そんなことを言っている間に、サーリスヴォルフが臣下と帰りかけているではないか!
「じゃあ、ジブライール。後は頼む。サーリス」
「おい、ジャーイル」
サーリスヴォルフを引き留めようとしたら、俺がベイルフォウスに捕まってしまった。
いや、まあ、何か言ってくるだろうとは思ったが。
サーリスヴォルフはといえば、俺の呼びかけに気づいたように一瞥をよこしてきたのだが、微笑しつつ行ってしまった。
この間デイセントローズが言っていた件……マーミルの呪詛をサーリスヴォルフが阻止したのだという話の真相を、確認したかったんだが。
「なあ、さっきのなんだ? お前の特殊魔術か?」
喧嘩を邪魔された怒りでもぶつけてくるのかと思ったが、俺の親友はそれほど狭量ではなかったらしい。
「いや、特殊魔術じゃない。普通に術式を使っただけだ」
「普通に? 普通ってどうやって?」
興味津々だな、こいつ。
「だから、相手の使ってる魔術を解析して、その威力と効果を相殺できる術式をくむんだ。それだけだ」
「解析? どうやって?」
いや、お前も考えて術式組んでるだろ?
相手の術式見れば、分析できるだろ?
それともなにか、ホントに本能だけで戦ってるのか、こいつ。
「お前、頬の血」
「ああ……」
俺の指摘に、友は粗雑に手の甲で頬の血をぬぐう。
「そんなことより、なあ、もちろん教えてくれるんだろ? さっきのやり方」
ぐいっと肩を抱き込まれた。俺に血をつけるなよ。
お前とひそひそ話してると、なんか悪巧みでもしてるみたいじゃないか。
「知りたいのか?」
「知りたい」
面倒くさいな。まあしかし、こいつにはマーミルに剣と魔術をタダで教えてもらっているという恩もあるしな。
「わかった、教えるよ」
「おう!」
俺がしぶしぶ頷くと、ベイルフォウスは子供のように瞳を輝かせた。
こいつ、ホントにただの脳筋バカに見えるんだけどな。
「ジャーイル閣下、ベイルフォウス閣下」
その声でベイルフォウスの表情が曇る。親友は舌打ちをしつつ俺から離れ、相手をじろりと睨みつけた。
「用もないのに声をかけてくるんじゃねえよ」
いや、ベイルフォウス君。用があるから相手は呼びかけてきたのではなかろうか?
いつもの慇懃無礼な笑みを浮かべつつ立っていたのは、デイセントローズだった。
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