古酒の隠れ家

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魔族大公の平穏な日常

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【第三章 成人式典編】

4.お庭の散歩は、楽しく腕を組んで?



「先ほどは、私のことで大変なご迷惑をおかけしまして」
 ああ、さっきのベイルフォウスとプートの喧嘩のとき、私のために争わないで、とか言ってたっけ、このラマ。
 きっかけはデイセントローズにあるのか。
「お前のためじゃない。迷惑なのは常にだがな!」
 ベイルフォウス……気持ちは大いにわかるが。

「デイセントローズ。以前にも言ったが、俺たちは序列はあるとはいえ、大公としては同位なのだから、閣下はいらない」
 口でだけ下手に出られても、かえってムカつくだけだからな。
 それにしてもデイセントローズのやつ……以前に比べてずいぶん魔力が強くなってないか? あれからそんなに経っていないのに、一体なにがあった。

「こんな奴に優しくする必要はないだろ、ジャーイル」
 ベイルフォウスが殺気立つ。
「マーミルに手を出した奴だぞ。百回殺しても、殺し足りない」
 まあ、俺にとってはそうだけど、お前は単に嫌いなだけだろ。
 ん? まてよ……。
「おい、まさか……ベイルフォウス。お前、この間の訪問の時に、こいつを殺したのか?」
「は? 殺したら、ここにいないだろ」
 あ、いや……うん、そうだよね。甦るには呪詛以外は無効だろうしな。
 だが、瀕死の状態を治療するのに医療班の手を借りるのではなく、一度呪詛を受けて甦る、という手もとれるわけだな、こいつの場合。

「まさか、ベイルフォウスにまでその件が漏れているとは思ってもみませんでした。存外、お二人は仲がよいのですね」
 なんで不満げな顔をみせてくる。俺の神経を逆撫でしたいのか、こいつ。
「それで、何か用か? ベイルフォウスの言葉じゃないが、俺はお前との雑談に時間を割くつもりはないんだが」
 機会があればいつでもガツンといかせてもらいますからね!
 あれで許したわけじゃないですからね!

「ああ、いいえ……さきほどの会議の件で、ご迷惑をかけたお詫びをと思ったものですから。私を巡ってベイルフォウスとプートが争い、ジャーイル……にまでご迷惑をおかけした、そのお詫びを」
 なんでちょっと、陶然としてるんだ、こいつ。
「お前を巡って? 気持ち悪い言い方するな」
 うん、その言いぶんには完全に同意するよ、ベイルフォウス。

「ですが、先ほどの争いの発端は、ベイルフォウスが私に瀕死の重傷を負わせたことを、プートが咎めて始まったもの。全くの無関係とは申せません」
 ああ、そうなんだ。それで二人は喧嘩し始めたのか。
 てことは、プートが同盟者であるデイセントローズを庇ったって感じ?
「無関係だ。それを理由にしただけで、プートの奴は俺に文句さえ言えればそれでいいんだからな。お前だからああなったわけじゃない。だから謝罪を受ける必要もない」
 ベイルフォウスはデイセントローズに冷たい一瞥をなげかけた。

「行こうぜ、ジャーイル」
「ああ」
「あ、お待ちを」
 ベイルフォウスにあわせて歩きかけるが、デイセントローズに腕をつかまれた。その瞬間、ゾッとしたのは生理的嫌悪からか。

「ジャーイル……私も是非、先ほどの技について、ご教授いただきたいと……」
 は?
 俺はデイセントローズの手を乱暴に振り払う。
「なんでお前に……同盟者でもない相手に、そんなこといちいち教えてられるか」
 どれだけ図々しいんだ、こいつ。

「同盟者でないというのなら、ベイルフォウスとて同じことではありませんか」
「ジャーイルにとって、貴様と俺とが同列だと?」
 ベイルフォウスが今にも手を出しそうだったので、押しとどめる。
「こいつは親友だ。同盟がどうこうは関係ない」
「そうですか……それは残念だ……」
 デイセントローズの瞳に剣呑な色が浮かぶ。

 こいつ、この間ベイルフォウスに瀕死の重傷を負わされたっていうのに、よくその実力の差に躊躇もせず、軽口をたたいてこれるもんだ。
 こういうのも剛胆というのか?
 いや、言い表すなら無謀だろうな。

「それではこの件はいずれ、私が貴方の上位に躍り出たあかつきに、提案することといたしましょう」
「俺の上位、だと?」
 俺の上位に躍り出るにはつまり、俺かそれ以上の相手と戦って勝たねばならないということだ。
 今のこいつが七大大公の誰に勝てるって?

 ああ、厳密にいうと、勝てる相手はいるか。たった一人だけ。
 だが、こいつにそれを図る能力はあるまい。
 それともなにか、この間会った時から今現在の魔力の補強具合をみるに、このペースで成長していくから、あっという間に上位に躍り出られるという目算あってのことか? そういうつもりなら、ちょっと問題だな。
 まあ、どちらにせよ、今の状況でこんな台詞を口にするのは命知らずではあるまいか。

 なにせ、大公の間には、同盟を結んだ相手に挑戦するわけにはいかないという不文律がある。ならば、デヴィル族の大公全員と同盟を結んだデイセントローズが挑戦できるのは、俺かウィストベルかベイルフォウスに限られる。三人とも正式に挑戦を受ければ、手を抜かずにデイセントローズを殺すだろう。たとえ大公同士の序列をかけた戦いでは、相手を殺さないのが普通だとしても、だ。

「今すぐに挑戦させてやろうか? もちろんこの間のような、手加減はなしでだ」
 ほら、我慢できなくなった人が俺の横から手を出しましたよ。
 マジで手がでてますよ。
 ラマの胸倉ぐっと掴んでますからね。
 ベイルフォウス、殺る気ですよ。
「やめろ、ベイルフォウス」
「だがな、ジャーイル。こいつのこの態度……」
「俺もムカつくが、やるなら外にでろ。ここは魔王城の中だぞ」
 別にもう、止めません。ええ、止めません。
 正直、ラマなんてどうでもいいです。
 でも、魔王様には遠慮しよう。
 城をつぶしたら、きっと怒られるよ?

「……申し訳ございません……口がすぎました」
 さすがに俺も止めないとなるとビビったのか、ラマが青ざめ、あとじさる。
 プートにはかなわないまでも、ベイルフォウスはマジで強いから。しかも、短気だし。すぐ手がでるし。

 だが、いくら短気な奴だといえ、俺にはこんな風に喧嘩を売ってきたことはない。それどころか意見が対立しても、最終的には自分から引くかごまかすかしないか? 俺のことも最初は気にくわなかっただろうに。
 それだけこいつも、デイセントローズに生理的嫌悪を感じているということなのだろうか。

「イライラする。ジャーイル、俺は帰る。帰って発散しないと気が済まない。さっきの魔術の件は、また後日、お前の城で教えてもらうことにする」
 ベイルフォウスは突き放すように、デイセントローズから手を放した。
「ああ、別にかまわないよ、俺は」
 しかし、帰って発散って、何で発散するんだ。……うん、聞かないよ。むしろ、言わないでおくれ、ベイルフォウス。

「俺は魔王様に挨拶してから帰るよ」
「ああ、そうか。じゃあ、な」
 ベイルフォウスは俺の肩をたたき、デイセントローズを射抜くような視線で一瞥して、会議室を出ていった。
 俺もこんなラマには用がない。というか、二人っきりでいたくない。
 いつの間にかウィストベルも他の臣下もいなくなって、会議室にはデイセントローズと俺だけとなっていたのだから。

 とっとと魔王様のところへいくか。
 だが、廊下に出た俺の後を、なぜかデイセントローズがついてくる。
 なんですか、この人。ストーカーですか?
 気持ち悪いんですけど。
 俺は足を止めた。
「……なんだ……?」
「いえ。私もルデルフォウス陛下にご挨拶を、と、思いまして」
「そうか、なら先を譲ろう」

 後ろをぴったりついてこられるのは正直気味が悪い。しかも、こんな何考えてるかわからない奴に。
 行くなら勝手に行けばいい。ついてくるな。
「いえいえ。お先にどうぞ」
「後を待たれて、急くのはごめんだ。先に行け。それに俺には、まだ他の用事があるしな」
 せっかくの気安い時間を、こいつのせいで台無しにされてはたまらない。

「その通り、ジャーイルは我と約束があるのじゃ」
 し……しまったーーーー!

「のう、ジャーイル?」
 そうして俺の腕に回される白く細い手。
 俺をのぞき込んでくる、赤金の瞳。
 ウィストベル以外に、こんな瞳を持つものはいないではないか!
「約束をしたのであったな?」
 俺はその艶っぽい声を聞いて思い出したのだ。会議前の、彼女との会話を!
「はい……その通りで」
 他にどう、答えることができただろうか。
 俺はウィストベルに引きずられるようにして、その場を後にした。

 ***

 あれ?
「ウィストベル、竜に乗るんじゃ?」
 城によって、竜を乗り降りする場所は異なるが、魔王城は正面だ。
 だが、ウィストベルが俺を引っ張っていったのは、裏手の方だった。

「何を申す。庭を見るといったであろう?」
 ああ、魔王城の庭なのか。そういえばそうだっけ。てっきり<暁に血濡れた地獄城>に行くのかと、誤解してしまった。
「まあ、それは表向きの話じゃ。後でルデルフォウスと確認したいことがあっての」
 つまり、デイセントローズが帰るまでの時間つぶしか。
「それとも何か? それほどお主、我の寝室に招待されたいか? もちろん、そう望むのであれば」
 俺は背の高い垣根の続く庭園に引きずり込まれた。
「場所など、どこでもかまうまい?」

 両肩を細い手で掴まれ、垣根に追いつめられる。
 背中に繁みが刺さる。痛い。地味に痛いです。
 いつも謎なんだけど、なんでウィストベルはこんなに力が強いんだ!
 俺、結構、腕力あるよ?
「ウィストベル、待って。庭……ほら、あっちに綺麗な花が咲いてる! 散策しましょう!!」
 無視ですか、無視ですか!?
 やばい。これは非常にやばい。
 ギラギラ光る赤金の瞳が近づいてきて……赤金の……そうだ。
「デイセントローズの、魔力、どう思いました!?」
 俺が早口でそうふると、ウィストベルはピタリと接近を止めた。
「主も……やはり、気づいたか」
 ウィストベルの体がすっと離れる。
「ルデルフォウスと話し合おうと思っていたのも、その件じゃ」
 おお、マジか。
 よかった、この話題を思いついて。
 俺は繁みから脱出し、背中についた葉を手で払う。

「なんじゃ、あの魔力の増量加減は……我は未だかつて、あのような短期間であれほど成長した魔力を見たことがない。主はどうじゃ? あれをどうみる?」
 やはりウィストベルも気になったか。あんまりにも不自然だもんな。
「あのペースで増えていったんじゃ、あっという間に俺も負けちゃいそうですね」
 そう言って肩をすくめると、ウィストベルはクスリと微笑んだ。
「バカなことを申すな。いくらなんでも、それはあるまい。それに、万が一にもそのようなことは、我が許さぬ」
 つまり、俺より強くなりそうだったら、ウィストベルがサクッとやっちゃうんですね。うん、デイセントローズ。お前が俺の上位にたてることは、生涯なさそうだ。

「ウィストベル……蘇生に関わる特殊魔術って、知ってます?」
 ウィストベルは本好きだ。蔵書に関して、俺とかぶっていることも多いし、むしろ俺の持っていない本も多く所蔵している。
 だからもしかすると、特殊魔術にも俺より詳しいかもしれない。
「蘇生? つまり、死して甦るということじゃな?」
 ウィストベルはその純白に輝く長い髪を、華奢な肩からはらった。
 そのまま手を口元にもっていき、じっと物思いに耽る。
「知っているというか……見たことは、ある……」

 おお、見たことがあるのか。どんな蘇生術だ?
「胸に剣を刺しても、首を落としても、肉体をつぶしても、甦ってくるのじゃ……」
 あ……敵だったんだ。そうなんだ……。
「身の爛れた女での……そう、アリネーゼのようにな。近づくと異臭がしての……醜い女であった……」
 デヴィル族としては、美人の部類なんだろうな、たぶん。
「魔術で塵と化して、ようやく滅ぼした。だが、それまでに何度もいたぶれたのは……むしろ、楽しい経験であったが」
 嗜虐心に満ちたその笑みに、俺の背筋は震えた。
 いや、別に内容的には大丈夫なんですよ。俺だって魔族なんですから。

「そう……あの女を殺せた時は……」
 ウィストベルは恍惚としながら、首をゆっくり左右に振る。
「ふふ……生涯で、二度目の喜びであった」
 ただでさえ白い顔がいっそう白くなり、反対に唇は血を塗ったように艶をまして見えた。
 やばい。このままいくと、ウィストベルがどんどん怖くなる。

「俺がその話をふったのは、実はデイセントローズがそうだからでして」
「なに? では、あ奴も殺しても死なぬと言うのか?」
「いえ……その女性とは、少し違う。あいつは呪詛を受けると死に、甦るそうなんです」
「呪詛を受けて、甦る……じゃと?」
 さすがにそのパターンは、ウィストベルも知らないか。
 まあ、いいんだ。それは。

「俺がこんなことを言い出すのも、もしかするとその蘇生が、魔力の成長に関係あるんじゃないかという可能性を思いついたからなんですが」
 あくまで勘で、根拠はいっさいないが。
 だが魔力は成長するものとはいえ、いくらなんでもこの短期にあの増量具合は異常だ。普通に誰かと戦ったり、訓練したり、だとかで伸びる量ではあるまい。なにせ、マーミル一人分くらい増えていたからな。
 半年で、一マーミルだぞ。
 となると、特殊魔術の影響を考えるのは妥当だろう。

「なにせ、一度爛れて溶けて、それから再生するそうなんです。もっとも、本人の言に嘘がなければ、ですが。俺が思うに、その再生するときに、魔力も再構築されるのではないかと……おまけつきで」
「魔力の再構築……」
 ウィストベルは特に俺の説に反論する気もないのか、小さく頷いている。
「なるほど、あり得ないことではないな。あの女は……どうであったか思い出せぬが」
 ええ、そりゃあもう、嬉々としていたぶってらっしゃったんでしょうから。他のことなど目に入らないほど。

「一度、実際に目にすることができれば、その真偽もわかるのじゃがな」
 やはりあのとき、おとなしく帰すのではなかったな。たとえ絨毯が汚れ、エンディオンに怒られようとも。でも蘇生したら何かが変わってるかも、だなんて、考えもしないじゃないか。
「それにしても、主はどうやってその情報を仕入れたのだ? 本人の言といったな? なぜ、そのような秘密をあれが主に語る? いったい、どういう関係なのじゃ?」
 たて続けの問いかけに、俺は口を開き、閉じた。
 まあ……あれだな、ベイルフォウスでさえ知っていることだ。同盟者のウィストベルに知らせないというのもな。

「どこかで座りませんか? ちょっと説明に時間が……」
 俺は別にこのまま話し続けてもいいのだが、さすがに女性をずっと立たせたままというのはどうだろう。
 いくらウィストベルが謎怪力を誇る、丈夫な女性でも。
「では、この奥に……あまり人の通りがからない四阿がある」
 詳しいな、ウィストベル。やっぱりあれか、魔王様とのお楽しみのために、いろいろ把握しているのか。
 とにかく俺は、ウィストベルの案内に従ってその四阿を訪れ、デイセントローズと妹の間に起きた一件を、彼女に語ったのだった。

「なるほどの。……しかし、興味があるな……」
 デイセントローズの能力にか? まあ、そりゃあそうだよな。
「その軟膏……今度、是非、わけてくれぬか?」
 あ、そっちですか。
 なんですか、ウィストベル。誰か飲ませたい相手がいるんですか。
 まさか、俺じゃないよな?
 あんな目にあうのは、二度とごめんだぞ。
「今度、届けさせます」
「届けさせる?」
 ウィストベルのこめかみが、ぴくりとひきつる。
「……届けます」
 言い直すと、彼女は満足そうに頷いた。

「そろそろ、デイセントローズは帰ったであろうかの?」
「竜舎を見てきますよ。飛竜がいるかどうかみれば一発だ」
 俺は四阿を離れかけ、それからふと思い立ってウィストベルを振り返った。
「ところで、ウィストベル。騎竜は?」
「何のことじゃ? もちろん、今日も乗ってきておるが?」
「いや、練習……どうやってしました?」
「練習……? そんなもの」
 彼女は俺の言葉を鼻でせせら笑った。
「竜など、力で従えるだけじゃ。何を練習する必要がある」
 あ、同類、発見した。
 俺は思わずウィストベルの元にかけもどり、その手をしっかりと握る。
「全くそのとおり」
「?」
 そうしてキョトンとなったウィストベルをその場に残して、俺は竜舎に向かったのだった。

 結局、竜舎にデイセントローズの飛竜はおらず、奴はすでに帰ったものと思われた。それで俺とウィストベルは、デイセントローズの動向に注意をはらう約束だけして、次の時まで様子をみることにしたのだった。

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