古酒の隠れ家

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魔族大公の平穏な日常

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【第三章 成人式典編】

9.もう我慢の限界です!私だっていつまでも堪え忍んではいないのです!



「うええ、うええええ、うえええええええ! げほっ、げほっ!」
「まあまあ、マーミルお嬢様。いつまで泣いていらっしゃるんです? ほら、鼻水がかぴかぴになってますよ、汚らしい」
 主人に向かって汚いとはなんだ、この侍女め!
「マーミル、元気を出して」
「仕方ありませんわ、私たちはまだ子供なんですもの」
「うえええ……で、でも……」

 ネセルスフォとネネリーゼが頭や背中をなでてくれますが、それでは私の気持ちはおさまりません。
 これまで私はお兄さまに対して、とっても我慢してきたのです!

 大公になったとたんに、仕事、仕事といって、会えない日が何日も続き、たまに一緒に寝たいといっても、疲れてるから駄目とすげなく断られ……。
 いつものお仕事が休みだと聞いて喜んでみれば、魔王城やウィストベル様のお城に行くという。
 何が不満で泣いているか、もう察していただけますね!?
 そうです、お兄さまがかまってくれないのです!!!

 その上、なんですって? サーリスヴォルフ大公のお子さまが、成人するから泊まりがけで祝いにいくですって!?
 招待状には家族や臣下を連れて来てもいいと、書いてあるとか!
 なのに!

「なんで私は行っちゃ駄目なのぉぉぉぉ!!」
「だから、双子姫がおっしゃっておいででしょ。お嬢様が子供だからですよ」
「じゃあなんで、シーナリーゼとアディリーゼは一緒に連れて行ってもらえるのよぉぉぉぉ!!」
 そうです!
 双子の姉たち、長女のアディリーゼと次女のシーナリーゼは連れて行ってもらえるそうなのです!!

「不公平だわ! お兄さまの実の妹は、私なのに……私……なのに……うえええええ」
「そういう問題じゃありません、お嬢様。お姉さま方は、成人前とはいえお年頃だから連れて行ってもらえるのです。でもお嬢様はまだこんなクソガキ……いえ、お子ちゃまじゃありませんか」
 知るもんか! そんな理屈で、納得できるもんか!!

「…………てやる…………」
「マーミル?」
「家出してやるーーー!!!」

 そうして私は、必死に追いすがる双子の手をふりきり、なぜか笑って止めようともしないアレスディアに見送られ、<断末魔轟き怨嗟満つる城>を飛び出したのでした。

 ***

「うえええええええ」
「わーかった、わかった。いや、わからないけど。とにかく泣くな、マーミル」
「うええええええ……うぇ?」
 目の前に差し出されたラズベリーケーキに、私の目は釘付けになりました。仕方ありません、好物なのですから。
「ほら、これでも食べて落ち着け。な?」
 そう言って、ベイルフォウスが強引にお皿を渡してきます。しかたありません、こんなに強引にぐいぐいやられたら、受けざるを得ません。  決して自ら奪い取ったわけではありません、ありませんとも!

 ケーキにがっつく私。そのまま床に座り込もうとしたのを、ベイルフォウスに抱えられます。
「ちゃんと椅子に座って食え」
 荷物のように運ばれますが、今日だけは勘弁しておいてやりましょう。
 それより今は、ケーキです!

「ぷはー」
 最後に紅茶でケーキのかけらを流し込み、私は満足のため息を……って、違う!
 満足などしてはいない、私は怒っているのだから。
 ちょっと、頭をなでないでください、ベイルフォウス!

「で、何があった? 俺の妹になる決心でもついたのか?」
「ばかなことを言わないでください」
 べーっと舌を出したら、ほっぺたを引っ張られました。
「いりゃい」
「生意気な口をきくからだ。泣いて駆け込んできたくせに」
 ぐっ……。

 そうです、ここは<不浄なり苔生す墓石城>、ベイルフォウスの居城です。
 どうやってきたかって? もちろん、竜を駆ってです!
 イースに乗り方を教えてもらえたのはつい昨日ですが、そこはあれ、マーミルちゃん、気合い一発です!
 ちょっと暴れかけられましたが、お兄さまが最初の日にいっていたとおりに殺気を込めてにらみつけ、強引に従えました!

 ……嘘です。そんなことで、私がベイルフォウスのところまで、たどり着けるわけはありません。
 なにせこの城と来たら、兄の領地から広大な魔王領を越え、まるで海のような湖を越えて、さらに飛ばないとたどり着かないのですから!

 確かに、途中まではなんとか自分の力で飛びました。
 けれど、なれていない竜をこんな長距離にわたって制御できるはずもなく……。途中で竜の背からおちかけた私は、後をついてきていた城の竜番によって助けられたのでした。
 もちろん竜番は、私をつれて城に帰ろうとしました。
 が、そこは簡単に引き返すわけにはいきません!
 家出をするといって、飛び出してきたのですから!
 必殺泣き落としを使い、なんとかこの<不浄なり苔生す墓石城>へ向かってもらったのです。

 あんまり遠いので、途中でもっと身近な相手のところにすればよかった、と思ったのは内緒です。そして、考えてはみたものの、その相手を思いつかなかったのも……。

「ぐす……」
「ケーキならまだある。食べるか?」
「ありがとうございます。でも結構ですわ」
 私が泣き出すと、意外にもベイルフォウスは困惑顔です。もっとこう、迷惑な感じで対応されるかと思っていたのですが。
 ついでにいうと、私がケーキを食べている間に、器用に鼻水と涙の跡を拭いてくれたのは、お手柄として付け加えておきたいと思います。
 しかし、泣き出しそうになるたび甘いものを差し出すという、単調な対応しかしないのは、女たらしとしてどうなのでしょうか。

「どうした、またジャーイルに折檻でもされたのか?」
「お兄さまはシスコンです。私を痛めつけたりしません」
「…………お前って、鳥頭?」
 なんだと、失礼な男だな、ベイルフォウス!

「私は家出してきたのです。なので、しばらく泊めてください、ベイルフォウス様」
「家出? なんでまた……」
 涙をふくふりをして、いつまでもほっぺを触るのはやめてください。
「貴方が目の前で女性といちゃつくのも、私の情操教育には大変悪影響ですが、我慢する覚悟です」
「お前な……」
 ベイルフォウスは私の頬から手をはなし、深いため息をつきました。

「泊めてやるのはいいが、お兄さまにはちゃんと断ってきたのか?」
「家出なのに、断ってくるはずがないでしょう!」
 よく考えるがいい、ベイルフォウス!
 しかし、今の私は下手にでなければいけない立場……あまり強くは言い返せないのです。
「それよりも……お願いが、あるのですが」
 お兄さまには通じませんでしたが、ベイルフォウスには通じるかもしれません。私はぎゅっと両手を胸の前で握りしめ、上目遣いでベイルフォウスを見つめました。
「それ、教えたの、俺」
 ちっ。そういえばそうだった。

「閣下」
 遠慮がちに、従僕がやってきます。
「おじゃまをして申し訳ありません」
「まったくだな」
 ベイルフォウスに睨まれて、その従僕は少しひるみました。相手が男性だからといって、なにもそんな舌打ちまでしないでもいいと思います。可哀想です。
「あの、お客人がいらっしゃっておいでで……」
「ああ……」
 ベイルフォウスは毒気の抜けた顔で立ち上がりました。
「お客様?」

 あら、お約束でもあったのかしら。
 どうしましょう、私。どこにいればいいかしら。
 ここでいいかしら。居間みたいだし、お客様には応接で対応するだろうし。
「マーミル! ベイルフォウス、マーミルは……やっぱりここか!」
 お兄さまでした。

「お兄さま!? なぜ、ここに!」
 私はベイルフォウスの背にさっと隠れます。
「なぜってお前、大事な妹が泣いて城を飛び出したと聞けば、当然探しにくるだろ!」
 大事な妹!
 はい、もう一度!
 大 事 な 妹 !

 いけない、顔がにやけてしまうわ。
 それにしても、なぜここだとわかったのでしょう?
 私の行きそうなところなんて……いくらでも……いくら……でも……ぐすっ。
 ち、ちが……愛の……愛のなせる技……これは、愛のなせる技……。

「……お仕事は……?」
「お前が飛び出したのを放っておいて、仕事なんてしていられるか。走って出て行ったぐらいならともかく、竜を駆って出たというならなおさら」
 ああ、やっぱり私、お兄さまに愛されている!

「さあ、一緒に帰ろう。今すぐ」
 手をさしのべてくるお兄さま。すぐにでも駆け寄って、その手を握りしめ、割れた腹筋に抱きつきたい!
 しかし、チャンスです。これはチャンスなのです。
「いやですわ」

 その一。頬を膨らませ、ぷいっと横を向く。

「でも、お兄さまがお願いをきいてくださるなら、帰ってもいいですわ」
「なんだ、言ってみろ」
 ようし!

 その二。ちょっとすねた様子を残しつつ、ちらりちらりとお兄さまを見る。

「サーリスヴォルフ大公のお城へ、私も連れていってくださると、約束してくれるなら」
「駄目だ」
 即答か!
 即答です、即答!
 考えるそぶりもみせませんでした!

「また帰ってきてから、体調を崩したらどうする。それに今度招待されているのは、重臣の他は妙齢の未婚男女だけだ」
「じゃあ、どうしてシーナリーゼとアディリーゼは連れて行くんですの? あの二人だって、まだ成人前ですわ!」
「成人前だが、あの二人は年頃なんだよ……スメルスフォに聞いたから、間違いない」
 兄が困ったように頭をかきつつ、弁解してきます。

「なるほど、サーリスヴォルフの招待の件でもめてるのか」
 ベイルフォウスが腕を組みながら頷きました。
「マーミル。ジャーイルの言うとおりだ。その、なんちゃらいう娘たちのことは知らないが、今回の招待はむしろ結婚適齢期に達している者……それも、デヴィル族の男女がメインで、俺たちですらおまけみたいなもんなんだぞ。なにせ、サーリスヴォルフの息子と娘が成人する祝いの儀式だからな」

 私だって、それほど世間知らずではありません。
 成人の儀の際に、両親が子の行く末の平穏なことを願って、力ある魔族とのつながりをもとめたり、保護してもらえそうな相手と婚姻を結んでしまう、ということがあることは、知っています。
 でも、だからって、その結婚相手になりそうな相手以外は全排除だなんて!

「絶対よけいなことはしませんわ! 私だって、自分の時の参考にしたいと思っていますのよ!」
「いや、俺はお前の儀式の時に、結婚相手は探さないからな、絶対。今回のとは全く違う式になるから、参考にする必要はない」
 まあ、お兄さまは私のことを手放さない決意ですのね!  そんなにも私のことを……。
 嬉しいですが、それはそれ、これはこれ。お誕生会なんて、めったにあることではありません。参加してみたいと思うのは、当然です。
 そして、何より…………お兄さまとお泊まり! お兄さまとお泊まり!
 お と ま り ーーーーーー!

「つまりマーミルは、なにがなんでもジャーイルが、サーリスヴォルフの城に連れて行くと約束するまでは帰らない、と。だが、ジャーイルはマーミルが心配だから、絶対に連れて行かない、と」
 マーミルが心配だから!
 心配だから!
「その通りです!」
 私は胸を張ってベイルフォウスに答えました。

「よし、わかった。とりあえずジャーイル、お前は帰れ。マーミルはしばらく俺が預かる。なあ、マーミル。お前だってこのままでは気がおさまらんだろう」
「その通り、おさまりませんわ!」
 よし、その調子だ。ベイルフォウス。
「は?」
 兄がじろりとベイルフォウスをにらみつけます。
「お前のところに、一人で置いていくわけがないだろ。嫌だと抵抗するなら、引きずってでも連れて帰る」
 強引なお兄さまもすてきです!
 私のことを思うあまりの行動だというのなら、なおさら!

「なあ、ジャーイル」
 ベイルフォウスは私の盾役を放棄し、兄の方に歩み寄っていきました。そして、兄の首をぐいっと引いて、二人で私に背をむけてこそこそ話し出します。

「……いや、でも……」
「……だから、……大丈夫」
「そんなの……」
「……だろ?」
「……でも……」
 なんでしょう。何を話しているんでしょう。
 ものすごく気になります。
 内緒話なんて、マーミルちゃんの気分が悪いです。
「わかった、じゃあ、そうしてみよう」
 最後に兄が頷いて、二人は離れました。

「マーミル。今すぐお兄さまと帰ったらどうだ?」
 な……なんだと、ベイルフォウス! 無条件で屈しろというのか!
 さっきは預かるといったではないか!
 その舌の根も乾かぬうちから、帰れだと!? なんという変わり身の早さだ!
「いやです! 私はお兄さまがお誕生日会に連れて行ってくれると約束してくれるまで帰りません! 絶対にです!」

「そこまでの気持ちがあるなら、選べ、マーミル」
「な……何をです?」
 ベイルフォウスが兄と顔を見合わせ、ニヤリと笑います。
「無条件でいますぐジャーイルと帰るか、残って俺のことを『お兄ちゃん』、と呼ぶかだ!」
「だから残ると言っているで…………え?」
「よし、残るか!」
 は?

「いや、ちょっと待て、ベイルフォウス!」
「残ると言った!」
 不服を申し立てようとした兄に、ベイルフォウスが勝ち誇った風に宣言しました。
「言いました、でも……」
「ほら、本人も言ったと言ってる。ジャーイル、お前も約束したよな? この条件で、マーミルが残るといえば、いったんあきらめて帰ると」
「……約束、したが……」
 お兄さまがちらりと私を見てきます。
 ああ、違うの、違うんです、お兄さま!
 反射的に答えてしまっただけなんです。誰がこんなエロ大公を、「お兄ちゃん」
だなんて呼びたいものですか!!

「わかった。そのかわり、さっきの話……」
 あきらめないで、あきらめないで、お兄さま!
 さっき言ったとおり、強引に連れて帰って、お兄さま!!
「承知してる。マーミルがいる間は、その世話係以外の女は基本、表に出さない。間違っても、目の前で触れたりしない」
「約束だぞ……」
「俺だって子供の前で、本命でもない女といちゃつこうとは思わないさ。信頼しろ」
 ちょ……二人で話をすすめないで!
 私の意見も聞いてください!
 いや、帰らないといったけども……いったけども!

「わかった……じゃあ、少しの間、マーミルを頼んだぞ」
「お兄さま!」
 待って、お兄さま!
 私は必死に目で訴えます。
 いくら「お兄ちゃん」呼びが嫌だからといって、さすがにいまさら「連れて帰れ」とは口にしがたいのです。
 でも、お兄さまならわかってくれるはず!

「マーミル……おまえ、そんなに……」
 え? なぜ、ため息をつくの、お兄さま。
 私の気持ちは通じているはずでしょ?
「ほんとに……信頼していいんだな、ベイルフォウス」
 えっ!?
「しつこいな。さすがに温厚な俺も、本気でキレるぞ」
「わかったよ……」
 え、ちょ……。
「お兄さまのバカー!」

 その後、兄は私の最後の叫びを無視して、あっさりと帰宅してしまいました。
 そして残ったのは、涙目になる私にしつこく「お兄ちゃん」を強要してくるベイルフォウス。
 なぜこんなうざい状況になってしまったのか?
 これもそれも、それもこれも、全部ベイルフォウスが悪いのです!!
「お兄ちゃん」などと、呼んでやるものかっ!!

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