魔族大公の平穏な日常
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【第三章 成人式典編】
魔族は成人すると、全員が軍団員に組み込まれる。だから戸籍は、軍務を管理担当する兵部にまかされている。
そこから紋章官という役人が二、三人でやってきて、おたくのお子さんは来年のいついつに成人ですから、それまでに紋章を考えて提出してくださいね、と言ってくるのだ。
その日から当人は自分の紋章のデザインを考えるし、その保護者は当日に行う儀式の内容に頭を悩ませる。
とはいえ、その儀式の形式に決まりはなく、それぞれがそれぞれの考えのもと、お祭り騒ぎを行うだけのこと……まあ、ぶっちゃけ、儀式でもなんでもないんだけどね。
簡単にいうと、生涯に一度のお誕生会、だ。
それまでは自分の生誕日にこだわらず、年さえ数えないものだから、本人も周囲もその子が子供であるとだけしか認識していない。
それが、その知らせがきた瞬間から、大人になるという心構えを当人はいだき、周囲もそれなりの扱いをするのだ。
ちなみに俺の時は、内輪で食事会を開いただけだった。当日一日限りで、使用人も含めての無礼講にして。そして、成人したのだからと割とすぐに出て行った。男爵位を得て。
だが、大公となると、そう簡単にはすまないのだろう。
サーリスヴォルフの子供が成人するからと、そのお誕生会の招待状がつい先ほど届いたのだが、なんと会は三日にわたって開催されると書かれてある。三日もだ!
だから彼の領民は別として、他領の者で複数日招待を受けるものには、部屋を用意するとのことだった。その部屋の用意のために、参加日数と人数をこと細かに返事しないといけないようだ。
それだけの会なのだから、参加者も誰でもいいというわけでもないようだ。
というのも招待状のカードには、招きたい相手の条件が書かれていたのだ。
必ずしもそのとおりでなくてはいい、という注意書きがついていたにしても、こう書かれていては。
そろそろ身を固めたいと望んでいる、独身のデヴィル族の男女を第一に希望する、と。
そして同時に成人を迎えるという彼の息子と娘の姿絵と、ご丁寧に二人の性格と能力、身体情報までもを記した手紙が同封してあるのをみれば、この会の目的は容易に察せられる。
「つまり、これは……」
「サーリスヴォルフ大公はこの際に、お子さまの身の振り方も決めておきたいと考えておいでなのでしょうね。招待者には未婚のデヴィル族を希望する、とあるからには、結婚相手をお探しということでしょう」
ワイプキーが停職中のため、今日もエンディオンがその代わりをつとめてくれている。
「そういうことだよな」
どうやらサーリスヴォルフは、子どもたちの成人の義を単なるお誕生会ですませる気はないらしい。三日もかけて、その伴侶を選ぶつもりのようだ。
魔力の強さは遺伝しない。だから、大公の子であっても爵位を得られないほど弱い、ということは往々にしてにある。ヴォーグリム大公の息子であるリーヴが、異様に弱いのがいい見本だ。
俺自身を顧みたところで、両親もそれほど飛び抜けた存在ではなかったし、マーミルだって今のところごく普通といっていい成長具合だ。今の状態から将来を予測する限りでは、爵位はいずれ得られるだろうが、大公レベルまで達するのは難しいと思われる。
そんなマーミルの将来を考えれば、強大な力を持つ親がその子の行く末を心配して、自分以外の保護者を求める気持ちはわからないでもない。今は自分が健在でも、大公であるからには、いつその地位を取って代わられるか知れないのだから。
「それにしたって、なんだって身体情報まで……」
身体のデータを書くにしても、デーモン族ならばせいぜいバストウエストヒップに身長体重くらいだろうが、様々な動物の混じったデヴィル族ではそれですまないらしい。
脇回り、胴回り、乳回り、腰回り、尻回り……その他の項目が、数字となんの動物であるのかという詳細と共に書き連ねられている。
体型を知らせることは、デヴィル族にとって重要なことなのだといわれれば、そうなのかもしれないが、正直読むのも面倒だ。
同じ日に成人する二人は男女の違いはあれど、よく似ている。おそらくネネネセのように双子なのだろう。蛙の顔と上半身をしたその二人は仲良さげに腕をくみ、お互いがもたれかかるようにぴったりとくっついた姿で一枚の紙に描かれていた。
「お祝いの品に、衣服を選ぶものも多いからでしょうね」
そうか。招待されるんだから、当然プレゼントを持って行かないといけないのか。
しかも、大公の身内への贈り物となれば、簡単にすませるわけにもいかないのだろう。
なぜなら、その開催日は二ヶ月近く先に設定されていたからだ。通常の会なら、一ヶ月前の知らせでいいはずだ。準備期間を多めにやるから、その間にいいプレゼントを用意しておけよ、ということなのだろう。
「しかしこれは……衣服をお選びになるのでしたら、よほど気をつけなければいけません」
「え? このサイズ通りにつくれば……」
「お見かけしたところ、お子さま方は双身一躯であるように思われます。そこを配慮しそこねると大変なことになってしまうでしょうから」
双身一躯。
聞いたことがある。デヴィル族にも稀という、一つの下半身に二人分の上半身が備わっているというものだ。なるほど、だから絵もこんなにぴったりくっついているのか。
親が雌雄同体、という珍しい身体だと、子も何かしら変わった特徴を持つものなのだろうか。
「ってことは、この子たちは……どっちになるんだ? 息子、それとも娘?」
「どちらも、でしょう。お手紙にもご子息とご息女で、二人、とありますし。それぞれに個性があり、それぞれ嗜好も異なるはずです」
「ってことはえっと……結婚相手って……どっちになるの?」
「やはりどちらもでしょうね。ご子息には細君を、ご息女には夫君をお探しなのでしょう」
え?
よくわからないな……それだと二人は離れられないんだから、それぞれの相手とはどうやって夫婦生活を送るんだ?
「四人で一緒に暮らすことになる、ってこと?」
まさか。常に四人で一緒のベッドに眠るのか?
「そういうことになりますでしょうな」
ちょっと俺には耐えられそうにない。
デヴィル族は奥が深い。
「しかし、祝いの品の選別かぁ……大変そうだな」
俺は二人の絵をじっと見つめながら、頭をかいた。
今の話だと、衣服は避けた方が無難か? そうなると、装飾品とかがいいのか?
そもそも、どの程度の品をもっていけばいいんだ?
二ヶ月もかけろってことは、山ほど用意しないといけないのか?
「よろしければ、旦那様。この城の贈答記録がございますので、それを参考に案をお出ししましょうか?」
「助かる……ぜひ、そうしてくれ!」
やっぱりエンディオンだな!
もういっそ、どんな時でもエンディオンがついててくれないかな!
しかし、未婚で相手の定まっていないデヴィル族の男女、か。
誰かいたか?
そういえばイースは、と考えてみる。あいつも未婚だったはず。だが、あいつは無爵位だしなぁ。
そりゃあ、この城はむしろデヴィル族の方が大多数を占めるのだから、確認すればいくらだって該当者はいるのだろう。だが、俺がよく知りもしない者を、大公の身内候補として紹介するっていうのはどうなんだ。
仕方ない。デーモン族であるジブライールと、既婚であるらしいウォクナンは不参加でいいとしても、あと二人の副司令官は強制参加にするか。いっそ、軍団長も参加させるとしよう。いくらなんでも、誰も連れていけませんでした、というのはまずいだろうからな。
「それほど堅苦しく考えずともよいのではないでしょうか。お悩みでしたら、旦那様。スメルスフォ様にご相談なさってはいかがでしょう?」
スメルスフォ?
確かに、彼女は未亡人だから未婚と言えなくもないが。
「それはさすがに……初婚だろう大公の子に、未亡人を紹介するだなんて……スメルスフォだって、うんとは言うまいし」
「いいえ、旦那様。そうではなく、スメルスフォ様にお嬢様の参加を打診なされては、ということなのですが」
娘たち?
「いや、いくら彼女たちがデヴィル族といっても、まだ一人として成人していないようでは……」
「ですが、アディリーゼ様とシーナリーゼ様は、お年頃といっていいご年令のように見受けられます。成人してはいないといっても、それもそう先のことでもないと思われますが」
マジか。
俺にはぜんっぜん、わからん。
デーモン族なら多少は見かけで判断がつくんだがなぁ。
「じゃあ一度、スメルスフォに相談してみるよ。助言をありがとう。ちなみに、エンディオンに未婚のお子さんは?」
「お気にかけていただいて、光栄ではございますが、幸いなことに皆、片づいております」
だよな。
数千年を生きているエンディオンの、息子と娘だもんな。
***
俺はさっそく、彼女の娘たちの同行について、スメルスフォに相談してみることにした。
「というわけなんですが、どうでしょう?」
「そうですね」
スメルスフォは絵と釣書のような手紙を見比べている。
「私は、よいと思いますが」
「やっぱり難しいですか。そうですよね、いくらなんでも四人で新婚……え?」
今、もしかして、「よい」って言った?
それは同行させてもいいってこと?
え? いいの?
双身一躯だよ。それでもいいの?
「娘たちにとっても、いろんな方と交流できるのは、よい社会勉強になると思いますわ」
そうか。招待客はたくさんいるだろうから、こっちだって何もサーリスヴォルフの子供たちだけを見合い相手に考える必要はないし、それ以前に別の目的を抱いていくってのもありなのか。
そういう考えだったからこそ、俺が開いた舞踏会にもマストヴォーゼとスメルスフォは子供たちを連れてきていたのだろうし。
「では、誰を連れていきましょう」
「年齢的に、上の二人だけでよいと思いますわ」
エンディオンの予想と同じ答えが返ってきた。
ということは、長女と次女は見かけも成人レベルだと思っていいのか。
今度から、そのことを念頭に置いて接するようにしよう。今まではつい成人前だと思って、子供扱いしすぎていたから。
しかしそういうことなら、フェオレスが長女と特別な関係だったとしても、ロリコンドン引きというわけではないということだな。
「わかりました。けど、実際に同行するかどうかは、二人の意志に任せたいと思うんですが」
もしかして、フェオレスとなんだったりするなら、行きたくないと言うかもしれないし。
もちろん一方のフェオレスは、副司令官という立場にありながら独身なので、強制参加だ。
「お気遣い、ありがとうございます」
「返事には二、三日かかっても大丈夫なので、お話はお願いできますか? そちらの絵と手紙は、そのときに返していただければ」
「わかりました。確認してお返事いたしますわ」
こうして俺は、母に娘への説明を任せて、通常業務に戻ったのだった。
長女と次女が、二人とも参加するつもりだという連絡をもらったのは、それから二日後のことだ。
そうしておおよその参加者も決まり、本格的に誕生日会への参加準備に追われる日々を送っていた最中に、その事件はおこったのだった。
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