古酒の隠れ家

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魔族大公の平穏な日常

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【第三章 成人式典編】

18.僕……邪魔者ですか?



 よし。アディリーゼの確保、すみ。
 やはりティムレ伯に頼んで正解だったか。犬の鼻は、よく利くらしい。
 だが……。

 俺とアディリーゼは、今は談話室で飲み物を手に、くつろいでいる。
 朝からすでにいろいろあったので、そろそろ休憩したい気分なのだ。それに、こうして腰を落ち着けていれば、さすがに誰彼と気軽には近づいてこないだろう。
 なにせ、こういう改まった場では、上位から下位へ話しかけるのが礼儀にかなっており、その逆は無礼とみなされているからだ。つまり、大公か魔王様以外は、顔見知りか、よほど肝の据わった者かしか、話しかけてこないはず。

 俺の右斜めに座るアディリーゼは、なんだかそわそわと落ち着かない。手をしきりに組み替えたり、ちらちらと視線をあちこちに送ったり。  まさか、自分に見合う相手がいないか、物色している……とか?
 …………間違っても、俺と一緒なのが嫌でたまらない、ってわけじゃないよな?

「どうした、アディリーゼ。……もし、誰か話したい相手がいるなら、俺のことは気にせず、その相手のところに行ってもいいんだぞ?」
 マナー的にも、性格的にも、アディリーゼは自分から相手に話しかけることはできまい。
 だが彼女はデヴィル族では相当の美人らしい。話したい対象に近づけば、きっと相手から声をかけてきてくれるだろう。
 しかし、アディリーゼは俺の言葉にびっくりしたようだった。

「え……」
 とまどいの色を瞳に浮かべて、俺をじっと見てくる。
「君だって年頃だ。今日ほどデヴィル族の男性が多く集まることは、そうあることじゃない。いい機会だと思うなら、積極的に動いていいんだよ」
 俺は心からそういったのだが、気弱なアディリーゼが簡単に首肯するわけはなかった。
「そんな……」
 彼女は俺の言葉にはにかんだように頬を赤らめ、うつむいてしまう。

「あ、いや……いきなり自分から話しかけるのは、無理だよな。うん」
 やっぱり無理か。
 それにたとえ彼女が誰かを捜しているとしても、それは不特定の者などではないだろう。
「気になる相手がいるなら、俺が声をかけて、ここに連れてきてもいいが」
 そう、たとえば。
「それとも、誰か……特定の相手を捜している、とか?」
 ずるい聞き方をしたと自覚している。
 アディリーゼは顔を真っ赤にして、またうつむいてしまった。
 しまった。さすがにいらん世話だったか……。

 フェオレスがどこかにいないものかと、視線をめぐらせる。
 だが、俺の視界をさえぎったのは、猫顔の副司令官ではなく、蛙顔の男女だった。
 そう、このお誕生日会の主役……サディオスとサディオナ、双身一躯の双子だ。
 サディオスは俺と目が合うと、サディオナに囁きかけ、蛇身をくねらせやってきた。
「ジャーイル大公閣下。こちらにおいででしたか」
「ああ、サディオス、サディオナ」
 この子たちを呼ぶときもまた、順番を組み替えたりしないといけないのかな。双子サディとかじゃ駄目なのかな。
 俺とアディリーゼは立ち上がって、大公の子供たちを迎える。

「さきほどのベイルフォウス閣下との剣舞は、見事でございました。僕はもう、興奮してしまって……もっとも、ほとんどお二人の剣捌きを目では追えなくて……。それでも最後まで見ていたかったのですが、サディオナが……」
「あら、だって、いつまでも終わりそうになくて、退屈だったのですもの。だいたい、見切れないものを見て、何が楽しいのか私にはわかりかねますわ」
 蛙児くんはどうやら戦いの観覧を好むようだが、蛙娘ちゃんはそうでもないらしい。こういうふうに、二人で意見が違ったときは、蛙児くんが押し負けるのだろうか。

「それより、閣下。ぜひ、私たちにそちらの美しいお嬢様をご紹介くださいな! サディオスだって、なんだかんだと理由をつけておきながら、その実、お嬢様が目当てで話しかけたのでしょ! 男というのはこれだから」
「そりゃあ、きれいなお嬢さんを嫌いな男なんていないと思うけど、それにしたって妹よ、君のデリカシーのなさにはビックリだ。そういう君だって、さっきは美男の伯爵に情けなくも首っ丈だったじゃないか」
 どちらも相手のことを少し小馬鹿にしたような口振りだ。だが、お互いを見る目には、愛情とユーモアが溢れている。
 雰囲気がどこか母親に似ている……かな。

「こちらはアディリーゼ。我が<断末魔轟き怨嗟満つる城>でお預かりしている、ご令嬢だ。アディリーゼ、お二人にご挨拶を」
 大丈夫かな。アディリーゼ、人見知り激しそうだけど、挨拶できるかな。
「あ……あの……」
 アディリーゼはうつむきながら、手をもじもじと組み替えた。
「ジャーイル閣下のご紹介にあずかりました、アディリーゼと申します……サディオス様と、サディオナ様のお誕生日を、心からお祝い申し上げます。……その……」
「まあ、なんてつつましくもかわいらしいお方!」
 サディオナがサディオスを先導するようにアディリーゼに歩み…………這い寄り、上体を落としてアディリーゼの両手を握りしめた。

「マストヴォーゼ閣下のお嬢様とお聞きしましたわ! 大公の娘として育ったもの同士、ぜひ、お友達になっていただきたいわ! 実際のところ」
 サディオナは俺たちだけに聞こえるような小声でささやく。
「私、別に今日は伴侶を求めてなんていないんですのよ。どちらかといえば、お友達がほしいの。だって、今まではサーリスヴォルフ様の子供たちくらいしか、同年代のお話相手がいなかったのだもの。それも、サーリスヴォルフ様の子供は、基本的には自分の母や父ごとに別館に別れて暮らしているから、時々しか会えないの」
 この子たち、母親を名前に敬称付けで呼ぶのか。それに異母兄弟のことは兄妹とみなしていないかのような口振りだな。
 まあサーリスヴォルフの呼び方については、ある子は「母」と呼び、ある子は「父」と呼ぶのでは、ややこしそうだもんな。
 と、いうか……子供何人いるんだ、サーリスヴォルフ。

「ねえ、ジャーイル閣下。よろしいでしょうか? 私、お嬢様といろいろ女の子同士のお話しがしたいわ。少し、お借りしても?」
 ……オジサンは邪魔ってことですか。そうですか。
 っていうか、女の子同士といったって、君にはずっとお兄さんだか弟さんだかがついていると思うのですが、それはよろしいのでしょうか。女の子だけのお話し合いにはならないと思うのですが、よろしいのでしょうか。

 それはともかく、アディリーゼが少しでも嫌そうだったら、断ってあげよう。
 そう思って彼女に視線をうつすと、意外にも長女はこくりと頷いた。

「あの……私も、妹たちしか普段はお話ができなくて……」
 えっと、うちのマーミルは……ああ、子供すぎて同年代には数えられないからですね。
「お……お友達は、欲しいと……常々……」
 ちらり、と、俺を見てくる。
 まあ、本人がそう望むのなら、それでもいいか……。いくらなんでも、主催者の誘いを保護者面しただけの他人の俺が、一方的に断る理由もないしな……スメルスフォにも、構わなくていいとはいわれていたことだし……。
 俺はそれでも周囲を見回し、自分の配下の位置を確認する。
 よし、なんとなく気にしてもらうように、言っておこう。

「わかった。じゃあ、俺はちょっと席を外す。少ししたらまた様子を見に来るから、それまでごゆっくり」
 そうして俺はその部屋に数人いた配下に、アディリーゼの様子に気を配ってくれるよう伝えてその部屋を出た。

「閣下!」
「フェオレス」
 副司令官が、廊下を軽やかにかけてくる。
「アディリーゼ嬢が、閣下といらっしゃるとお伺いしたのですが……」
 あ、うん。
 俺じゃなく、アディリーゼを探しているのか。
「ああ、今、談話室でサディオナと話をしているよ。お互い、お友達になりたいといって」
「ありがとうございます」
 フェオレスは俺の言葉が終わらないうちに、颯爽とかけ去っていった。
 なんていうか、少し焦った感じで珍しい。あれかな、やっぱりフェオレス……。

 いかんな、ついつい邪推してしまって。
 さて、俺も誰か話し相手を探そう。
 ウィストベルをダンスに誘うか、魔王様と話すか、ベイルフォウス……は、きっと今頃個室だろうから……ティムレ伯と遊ぶか……。
 とにかく、誰か探そう。
 ぼっちには慣れているが、なんというか……このがっついたデヴィル族だらけの中で、一人でいるのはちょっと辛いのだった。

 そうして俺は、ティムレ伯爵を見つけだし、彼女と気安い会話に興じることにした。
 この機会に相手を探さなくていいのかと聞いてはみたのだが、今はまだその気にならない、と返ってきたので、邪魔者にはならずにすみそうだ。
 このところ、話しかけてもどこかそっけなかったティムレ伯だったが、今日は昔のようにノリノリで相手をしてくれる。ちょっとうれしい。 「今日は怖い目がないからね!」
 意味が分からないのでつっこんだら、言葉を濁して教えてはくれなかったが。

 とにかく俺はティムレ伯爵と、なごみつつ砕けた話をしていたのだった。
 そしてその時、その騒ぎは突然もちあがったのだ。

「サディオスとどこかの公爵が、中庭でにらみ合っている」
 ざわめく一団が、こぞって舞踏室をかけ出て行く。
 中庭って……あの、俺とベイルフォウスが対峙したところか。
「喧嘩かなぁ!」
 ティムレ伯爵が目をきらきらと輝かせた。
「いや、今日の主役に喧嘩を売るバカはいないでしょう。さっき、サディオスは俺とベイルフォウスの仕合に関心を示していたから、自分もやってみようと思ったんじゃないですか?」
 しかし、相手が公爵レベルって……あの蛙児ちゃんは、そこまでの腕はないと思うのだが。大丈夫なのだろうか。

「相手は、猫顔の公爵だそうだ!」
「ああ、昨日、ジャーイル閣下の目録を読み上げていた、あの」
 ぶっ!

 俺は飲んでいた飲み物を吹き出した。
「は!? フェオレス!?」
「おお、猫公爵か!」
 ティムレ伯爵は、その情報を聞いてもなお、楽しそうだ。
「見に行こうぜ、ジャーイル君!」
 俺の腕をぐいぐいと引っ張ってくる。
 いや、見に行こうっていうか、もちろん見に行かざるを得ないというか!

 俺とティムレ伯爵は、中庭に駆けていった。

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