古酒の隠れ家

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魔族大公の平穏な日常

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【第四章 大公受難編】

22.魔力の著しく減った僕が、伯爵と対峙せざるをえなかった結果



「お前、宝に愛情を注いでいるんじゃないのか? こんなところで暴れたら、台無しになってしまうぞ」

 二階には剣帯の他にも、雑多な宝物が置かれてある。漆塗りの筆入れや杯、飾りのせいで重そうな宝錫、刺繍も見事な腰巻き、絵画や彫像・壺なんかの大物がこの階にあるようだ。
 俺は芸術を判ずる目はもたないが、それでも、どれもかなりの一品だということはわかる。

「知ったことか! 役目だから磨いていただけだ! 誰がこんなおぞましいものどもに、愛着なぞ抱くものか!」
 楽しんでいたっていうのは嘘か?

 叫びつつヒンダリスが展開したのは、三層五十五式が一枚。
 普段の俺なら貧弱な術式だと判断して、一瞬で解いただろうが、今はちょっとばかり事情が異なる。
 なにせ、いつもほどの術式が使用できないのだから。
 正直、これほど魔力の少なかった経験は、物心ついてから一度もない。そのせいか、どうも調整がうまくいかない。
 くそ、もどかしいな……。

 俺は相手の魔術を解除するのをあきらめ、攻撃のみに集中した。
 つまり、今日に限っては、一切の手加減はなしということだ。

 床に突き刺さっていたレイブレイズの柄に手を伸ばすと、一気に引き抜く。
 自分が引いてもうんともすんとも言わなかった剣が、俺の手にあっさり渡ったことで、ヒンダリスは驚愕に目を見開いている。
 その一瞬の隙に、すかさず奴の間合いに踏み込んだ。
 相手の術式に、蒼光りする刃を向ける。
 並んだ二枚を一閃すると、術式は見事、四散した。
 思わず、口笛を吹いてしまう。

「さすが、世にあるものはすべて切れる剣だ! 術式までとはな」
 賭けだったのだが、うまくいった。万が一、薙払っても術式を消せないでいたら、俺は発動したその魔術を少しは食らっていただろう。
 魔王様の蹴りほどの威力はないにしても、痛かったに違いない。

「まさか!」
 驚愕しているところを見ると、ヒンダリスもこの剣の威力を知り尽くしてはいないようだ。恐れるあまり、鑑定に手を抜いたのか? それとも単に、術式を切った者が今までいなかったのだろうか。

「さて、覚悟しろよ」
「黙れ、それはこちらの台詞だ!!」
 ヒンダリスは慌てて机上の剣を引き抜いた。さっきまで、俺の腰に収まっていた、もう一本だ。
 その頼りない構えを見れば、奴が武具を武器として使用した経験がないのは一目瞭然。軽く打ち込めば、それだけで呆気なく勝負はついてしまうだろう。
 だが、それでは意味がない。
 奴にはっきりと誤算を自覚させるには、魔術で勝たなければ。
 俺は剣で相手を威嚇しつつ、術式を展開する。

 四層七十式二枚……情けないことに、今、俺が一度に発動できる最大の術式だ。
 ヒンダリスも同様に術式を展開する。さっきと同じ、三層五十五式一枚。どうやらこれが、こいつの限界らしい。
 発動はほぼ同時だった。

 俺の魔術とヒンダリスの魔術……炎を纏った猛禽と、触れるものを切り裂く黒い竜巻がぶつかり合う。
 机上に並べられていた剣帯が宙を舞い、棚に収納されていた宝物は飛び出し、ぶつかり合って砕け散る。
 あるものは切り刻まれ、あるものは炎をあげて燃えさかった。

 どれも、由緒あるものばかりだろう。後でエンディオンに怒られなきゃいいが……。
 そんなことを考えていたからだろうか。猛禽の顔が、家令に見えた。
 呑気な俺。
 ー方、ヒンダリスの頭部からは脂汗が滝となって、白い毛をべっとりと濡らしている。

 術式を再構築する。
 炎の鳥は、黒い竜巻を苦もなく圧倒しかけていたが、それに最後の一押しだ。
「ばかなっ」
 ヒンダリスが悲鳴を挙げた。

 小さな文様を追加すると、猛禽は勢いを増した。
 頼りになる家令を思わせる鋭い嘴は、竜巻を貫いて霧散させ、その先にいたアルパカを炎で包み込み、消えた。

「ぐあああああっ」
 炎は白い毛を焼き、ことごとくを焦がし尽くして、ようやく鎮火する。
 ヒンダリスは火だるまになって倒れ、体中を掻き毟って激痛に身もだえし――やがて静かになった。
 だが死んだ訳ではないらしい。その証拠に、口元がぴくぴくとひきつっているし、体から発せられる魔力も消えてはいない。

 やれやれ。手加減しなくても、この程度の魔術では相手の命を取るまではいかない、か。魔族の体は頑丈だしな。
 つまり、俺の今の実力は、その程度、ということ……。

 ……。
 …………。
 ……………………。

 え? マジで?
 やばい。
 超不安になってきた!
 なにこれ、なにこの弱い魔力!
 え?
 どうしたらいいの、俺、こんな弱くて、生きていけるの?
 みんなどうやって、こんな魔力で平然と暮らしていけるの!?

 どれくらい弱いかというと、この程度の伯爵をかろうじて圧倒できる程度だ!
 マーミルで例えると、千マーミルくらいだ!
 うわあ……今更ながら、変な汗がふきだしてきた。
 どうしよう……俺、生き残れるのだろうか。
 だって、大公の最低条件といってもいい、百式一枚も展開できないんだよ!?
 ……いや。動物を描くのにこだわらなければ、小さい一枚くらいならギリギリなんとか?

 とにかく、このままというわけにはいかない。どうにかこうにかなる前に、魔力を元にもどさないと……しかし、どうやって?

 俺は泡を吹き、煙を上げて倒れるヒンダリスに目を向けた。
 とりあえず、こいつに質すしかないか。わざとではないとはいえ、殺してしまわなくてよかった。
 俺は散らばった剣帯を拾い、比較的無事なものでヒンダリスの手首を縛る。
 あと、口もふさいでおこう。アルパカの涎で汚すには、勿体ない布ばかりだが、仕方ない。……まあ、涎云々以前に、焦げ付いて原型が残っていないのがほとんどだが……。
 エンディオンに怒られ……ない、と、いい……な……。

 ヒンダリスをがんじがらめにしたところで、三面鏡を手に取る。開いては……みない方がいいだろう。
 一度目では魔力を奪い、二度目では魔力を返してくれる……そんな単純に片がつくならいいんだが。

 とにかく調査が必要だ。ある程度判明するか、全く手がなくなるまでは、うかつなことはしない方がいい。
 俺はやはりそこら辺に散らばっていた大き目の布で、三面鏡を包み込んだ。

 少しすると、騒ぎを聞きつけてきたのだろう。エンディオンが数人の従僕を引き連れてやってくる。

「旦那様、このご様子はいったい……? 何がございました?」
 エンディオンは険しい表情で、宝物庫を見回している。
 その表情には、宝物が台無しになったことによる不機嫌さはまったく認められない。むしろ、俺に対する気遣いが見え隠れしている。  ごめん……怒られるかも、なんて考えて悪かった。いつも本当にありがとう、エンディオン!

「ヒンダリスから爵位の挑戦を受けた。まあ、ほとんど不意打ちだったが、結果は見ての通りだ」
 まあ、事実はちょっと違うけど、この場ではそういうことにしておこう。

 俺の言葉に、従僕たちは「おお」
とそろって嘆息を漏らす。
 それはなに?
 俺が打ち損じられて残念ということなのか、それとも心配してくれているからこその、ため息なのか。
 やめよう、俺。疑心暗鬼に陥りすぎだ。

「宝物庫の職員は管理記録簿持参で、執務室に招集。一人残らず、な。手配を頼む」
「は」
 神妙な面持ちで、従僕たちが頷く。

 ヒンダリスはさっき、宝物を磨く下働きがいるといっていた。だから、宝物庫に出入りしている者が数人はいるはずだ。いや、この宝物庫の規模からすると、かなりの数の職員がいるのかもしれない。
 鑑定魔術を持ってはいなくても、この鏡については何か知っているかもしれないし、記録があるかもしれない。なにより、ヒンダリスと思想を同じくする者がいるかどうか……調査は必要だろう。

 その場の片づけは従僕たちにまかせることにする。そして俺自身は二本の剣を左腰に佩すると、右肩にヒンダリスを担ぎあげ、鏡の運搬をエンディオンに任せて、彼と共に執務室に戻ったのだった。

 ***

「……って訳なんだが……」
 エンディオンに一部始終を打ち明けた。
 本来なら、俺の魔力が減ったことを誰かに知られるのは、非常にまずい。それが下位のものであるならなおさらだ。
 だが、エンディオンは別だ。彼には絶大な信頼を置いている。

「つまり、旦那様は今現在、通常の百分の一ほどの魔力しかお持ちではない、と……」
「ああ。この状態で、侯爵以上から挑戦されると、相手によってはきつい。公爵とかになると、割とやばい……と、思う」
 正直、今はウォクナンの不意の突撃をよけられる自信はない。別に反射速度が鈍くなった訳ではないが、心理的に不安なのだ。
 俺の弱体化をはっきり知れる者なんて、ウィストベルの他には誰もいないだろうが、うかつに背後をみせないようには気をつけないと。

「それでも侯爵以上、ですか」
 エンディオンは息を呑んだようだ。
 俺のあまりな弱体化に、事態の深刻さを認識してくれたのだろう。
「とにかく、まずい。早急になんとかしないと、な」

 俺は床に転がるヒンダリスを見下ろした。
 奴はまだ、気を失ったままだ。その顔は黒く、苦痛に歪んではいても。

「おい、起きろ。ヒンダリス」
 胸元をつかんで上体を起こさせると、痙攣した後、瞼がゆっくりと開いた。
 ヒンダリスはその双眸に俺を映すや、表情を強ばらせて――焦げているので、非常にわかりにくかったが――、身体をのけぞらせる。その瞳には、さっきの余裕はもうない。あるのは俺に対する恐怖と、苦痛のみだ。

「うぐ……ぐ……」
 あ、猿ぐつわをはずしてやるか。
 たとえ叫ばれても大丈夫。執務室の防音設備は完璧だからな!

「ば、化け物!!」
 ちょ……唾とばすなよ!
 頬にかかった粘っこい水滴にイラッとして、眉を寄せてみせると、ヒンダリスは「ひいっ」と一言、小刻みに震えだす。
 俺は奴の衣服で頬を拭くと、そのまま乱暴に手を離した。
 ごん、と鈍い音がしたが、ムカついたので気にしない。

「企てが失敗して、残念だったな。せめてあのとき、俺にこの剣を選ばせていなければ、少しは望みもあったかもしれないのにな?」
 レイブレイズは俺の腰に収まっている。
 この剣でなければ、奴の術式を一閃にはできなかったろう。通常の剣では、魔術をはじくことは場合によっては可能でも、斬って消滅させることなどできないのだから。
 もっとも、この剣がなくとも、俺がこいつに負けるとは微塵も思っていないが。

「それを選ぶとは……思わなかったのだ。そんな、目にするのもおぞましい、恐ろしい剣を、よくも平然と……」
 ヒンダリスの声は、震えて弱々しい。
「ああ、鑑定の能力があると、この剣はおぞましく見えるのか。俺にはただの美しい剣としか映らないのだが。特殊魔術が当たり前に備わっていると、通常と異なる見方をしてしまうことがあるが、お前の場合はそれが弊害として表れたようだな」

 今日の俺は、いつもより冷たいです。
 なんといったって、マジで半端なくムカついてるんだもん!
 いつもの四倍ほどは、ムカついてるんだもん!
 いくら温厚な俺でも、こんな微弱な魔力におとされては、怒らない方がどうかしてるだろう!!

 だって、いいですか?
 今、万が一、ベイルフォウスが剣の稽古をするぞ~、なんて呑気にやってきたらどうする!?
 俺は間違いなく、殺される!
 あいつのことだ、俺の弱体化を見逃すはずはない!
 楽しげに笑いながら、ものすごくサクッと殺ってくるに違いない!

 ジブライールにアソコを蹴られたら死ぬし、ウィストベルにはいっさい抵抗できずにいただかれる!
 あと、魔王様の蹴りを受けたら、間違いなく脳味噌が砕け散って死ぬ!!

 …………かもしれない。

 別に魔力の強弱は、身体の強化や弱体化に影響しない?
 いや、だから、つまり、俺はそれだけ不安なんだってことなんだよ!
 情けないと思うなら思うがいい!
 だって……ほんとに、こんな弱い魔力しか持たなかったことなんて…………物心ついてから、ほとんど覚えがないんだもん……。そりゃあ、不安にだってなるよ……。

「正直、お前に尋ねたいことは山ほどある。が、今はただ一つだけ、問おう。俺の魔力は、どうすれば元に戻る?」
「誰がそんなこと、白状するものか」
 ヒンダリスは身体を震わせながらも、反抗的な色を瞳に込めるのをやめない。歯ぎしりの音さえ聞こえてきそうだ。

「俺の領内に、鑑定魔術を持った者って、他にいる?」
 こっそりエンディオンに尋ねてみる。が、家令は首を左右に振った。
「私の把握する限りではおりません。特殊魔術の中には血統隠術と呼ばれる家系に脈々と受け継がれるものもございますが、鑑定魔術は一代限りのものとされておりますし……」
 それは俺も知っている。
 やはり、俺の目ほど稀少ではないにしても、そうそういる訳はないか。

「なら、どうやったって、こいつから聞き出す他はないよな」
「念のため、調査はしてみますが」
 確かに、エンディオンが知らないだけで、鑑定魔術を持った者が領内に存在する可能性はあるもんな。
「頼む。それから、医療魔術で自白を強制させる能力を持つ者、あるいはそれに近い能力の持ち主は?」
 いたらいいな、そんな便利な能力の持ち主。
 人間たちには自白剤とかいう、飲むだけで秘密をべらべらしゃべるようになる便利な薬があるらしい。しかし、毒の効かない魔族にはその他の薬剤なんかもほとんど効かないからなぁ。

 ちなみに、俺が知る限りでは、相手の意思を封じ込めて操る、という魔術は存在するはずだ。術者の力量によって、その影響力の強さは異なるにしても。

「サンドリミンに確認して参ります」
「ああ、いたらとりあえず、つれてきてくれ」
 エンディオンは俺に一礼すると、部屋から出ていった。

「無駄だ。私は絶対に語らん。たとえどんな目にあわされてもな!」
 どんな目にあわされても、だと?
「そういや、世界残虐大全に、いろんな拷問方法が載ってたっけ……いくつか試したいと思ってたんだよな。丈夫が取り柄の魔族だ。さぞ長い間、耐えてくれることだろう」
 俺ができる限り邪悪と思える笑みを浮かべて見せると、ヒンダリスは歯の根をガタガタいわせだした。

「き……きしゃ……きしゃま……」
 あ、噛んだ。
「貴様のような男がいたせいで……私は……」
 こいつ、口は大層だが、さっきから態度が伴ってないんだよな。いくらなんでも、歯がガチガチいうほど震えなくても……。

「主も、……敬愛するお方さえも、失うこととなったというのに……いくら恨んでも、恨み足りない……しかし、それでも。それでも、ああ……なんと恐ろしい……」
 ヒンダリスは絶望的な表情を浮かべて俺を見上げる。

 なんか……そりゃあ脅そうとはしたけど……したけど、だよ? でも内心複雑だ。
 いくらなんでも恐がりすぎじゃないのかと思うんだけど?

 俺ってほら、自分でいうのもアレだが、見た目は好青年じゃない?
 睨み付けたところで、そんな怖くないだろうに。
 なんでいつも、みんな過剰に反応するんだ。
 きっとあれだな……むしろ、デヴィル族が多いからこそ、こうなるんだろうな。デーモン族相手なら、俺がすごんでも怖くはないはず……うん。そう思っておこう。

「お許しください。どうか、お許しください!」
 急にヒンダリスはそう叫ぶと、うつ伏せに体を転がし、背中を左右に揺らし出した。
 俺に言っているのかと思ったが、様子が変だ。

 その瞬間、魔術のひずみを感じた。
 小さな術式がヒンダリスの体内で生じたのだ。
 とっさに解除を試みる。だが、体内では術式の詳細は、完全には見て取れない。しかし、規模も大きくはない。威力の軽減はできる、はず。

 そんな俺の考えも、むなしく。
 一瞬の後、ヒンダリスは口を大きく開き、白目を剥いた。
「!? おい、ヒンダリス!!」
 俺はしゃがみ込み、ヒンダリスの首に手をかける。

 領内唯一の鑑定魔術を保持した男は、事切れていた。

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