古酒の隠れ家

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魔族大公の平穏な日常

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【第四章 大公受難編】

21.宝物庫の管理人になるには、鑑定魔術を持っていることが望ましいようです



 ある日の謁見が予想外に早く終わったため、俺は午後までの空いた時間を宝物庫の見学に費やすことにした。

「おおお、すげえ」

 宝物庫は俺の想像以上の規模だ。思わず感嘆の声があがってしまう。
 以前住んでいた男爵邸では、一部屋がその保管場所としてあっただけだが、大公の城ともなればそれではすまないらしい。三階建ての一棟まるまるを、宝物が占めている。
 柱がいくつも並ぶ、だだっ広い空間の中を仕切るのは、宝物を納めた種々様々な棚だけだ。

 一階は武具・防具の類、二階が小物から大型の宝物、三階は宝飾品に限った宝物と、鑑定室や資料庫があるらしい。
 俺の目当ては、もちろんこの一階だ。

 おおお、なんだあの弓!
 五メートルはあるんじゃないか? 矢は? あのでかいのか?
 あんなので頭を打ち抜かれたら、さすがの魔族でも即死ものだな。
 あの剣もでかいな! 柄が俺の腕ほどありそうなんだけど、どれだけでかい奴の持ち物だったんだよ!?
 何あのきれいな輪っか!
 え? 投げるの?
 くるくる回して投げるの?
 扱い難しそうだな! でもやってみたい!

 壁にずらりとかけられた大小さまざまな盾、円筒に入った数種類の矢と造りの異なる弓、彫りの細かい鞘に納められた刀剣・短刀の類は言うに及ばず、棹状武器、投擲武器、その他の俺も初めて見るような特殊な形状の武具の数々……。すべて合わせると、万を越えるだろうか?  細かく見て回るとなると、一日でもこもっていられそうだ。
 まさかこんな近くに、こんな楽しい場所があっただなんて!

「この槍、見たことある」
 父の持っていた槍と、柄の部分が色違いのものを見つける。
 子供の手ではとても握れないような柄の太い槍で、穂先は三形態で構成されている。先端の尖った部分で突き、横に延びた斧のような刃で斬り、その逆側の鉤爪でひっかけるのだ。
 俺の父は、それは見事な槍使いで、流れるような動作でその大槍を操ったものだった。
 しかし、大公の宝物庫にあるのと同じもの、ということは、父は結構いい槍を持っていたんだな。

「それは“魔槍ヴェストリプス”と言われる名槍でございます、閣下。先々代の大公閣下が、先代の魔王陛下に下賜されたものでして」
 魔王が配下に下賜するほどのものか。どうやって、そんなのと同じものを手にいれたんだろう。
 まあ、単なる模造品かもしれないが。

 ちなみに持ち主が敗れた後の武具の扱いは、というと、その親族が形見として持ち出しでもしない限り、屋敷の所蔵の一つと数えられて、新しい主の所有物となる。
 父の槍がその簒奪者のものとなり、ヴォーグリムの宝物が俺のものとなっているように。

「さて、その隣にございます鉄の棒は、かつての魔族大公の手にあって、数千の人間を撲殺するのに活躍しましたものでございます。その大公閣下は、血を見るのがたいそうお好きな方でいらしたために、魔術ではなくこの鉄棒で人間を……」
 さっきから一つ一つ丁寧に、別に知りたくもない情報まで長々と説明してくれるのは、特殊魔術である物品鑑定の能力を持っているという、宝物庫の管理人だ。アルパカの顔をしたデヴィルで、名をヒンダリスという。
 なんと、城付きには珍しい伯爵だ。

 鑑定魔術は医療魔術より、さらに保有者は珍しい。だから高位であっても、本人が能力を隠すか、頑迷に拒否するかでなければ、宝物庫の任につくのが普通だ。
 だがたとえ大公の城でも、実際に鑑定魔術を持った管理人がいることはほとんどない。そして、それが伯爵のような中位の爵位の者であるという可能性は、さらに低い。それだけ珍しい存在なのだ。

「どうももったいないな……これだけの武具が倉庫の中で眠ったままとは……」
 まあ、たいていの魔族にとって武具はほとんど飾り。魔力の強弱こそが価値あるもので、自分の地位を確定するものだからだ。
 だが、俺にとっては違う。これだけあるなら片っ端から手にとって、性能をためしてみたくなる。

「どうぞ、大公閣下。お気に召された剣なり弓なりございましたら、ぜひ傍らにお持ちください。閣下のおっしゃるとおり、どの品もこの場で眠らせるだけでは惜しい物ばかり……技を持たぬ私や下賤の下働きが毎日磨くだけでは、これらの品々も、武具として生み出された意味がなかろうというもの」
「そうだな……いくらか、ためしてみるか」
 正直に言おう。今日は内勤であるにもかかわらず、珍しく帯剣しているのだが、それはこんなこともあろうかと期待してのことだ。
 収納された剣を片っ端から抜いて軽く振り、そうして手にしっくりくる一本を選んだ。

「いいな、これ」
「ほ……本当に、それでよろしいのですか?」
 ヒンダリスの表情が、こわばってみえる。
 なんだろう、俺はまずいものを選んだのか?
 そう思っていると、彼は予想とは逆の言葉を口にした。
「さすが閣下、お目が高い」
 蹄型の手をパンパンと合わせ、歓声に近い声をあげる。だが、無理矢理感ハンパない。

「そちらはこの世に存在するものなら、何であろうが切れぬものはないという名剣“レイブレイズ”……別名、魔断の剣、または蒼の剣とも申します。この世に出て、二千年を数える歴史ある剣でございます。もっとも、そのうちの千五百年ほどは、この大公城の宝物庫にあるのですが。残りの五百年は世にございまして、そのわずかの間に、数千の人の血を吸って人間よりは邪剣、覇者の剣と恐れられ、五十の竜の命を奪って竜殺しの剣と称えられ、四の魔族を滅ぼして類いまれなる名剣と尊ばれております。その間、一度として刃こぼれせず、切れ味おとろえず、血も払う必要すらなく錆もしない。それがこのレイブレイズです。まさに大公閣下が持つにふさわしい一品かと……」

 蒼の剣、か。鞘は黒いが、抜いた諸刃の剣身は目の覚めるような蒼だ。片側に黒い色で呪文のような文字――我々、魔族の使う文字ではない――が刻まれており、その剣自体が魔力を宿しているかのような、一種独特の威圧感を放っていた。

「そういうのって、鑑定してわかるのか? それとも、手に入れた元から判別してることなのか?」
「元からわかっていることも、もちろんございます。なにせどの品々も、それなりにいわく付きの一品ですので。しかし鑑定魔術は、当然それ以上の詳細を知れるのです。私の場合、そのものを視認すると、脳裏に言葉が浮かぶのです。それはもう、今説明申し上げたこと以上の詳細が……。たとえば、誰がこの剣を、どの期間保有していたか、だとかいうような、持ち主の簡単なデータなども含めて。物とは案外、歴史を記憶しているものでして……」
「へえ……そんなことまでわかるのか」
 今の説明が本当だとすると、どうやら目に付随の能力ではないようだな。

 ちょっと待て。ってことは、だよ?
 たとえば、このヒンダリスに例の軟膏を見せたらどうだろう。もしかして、流通経路とかわかったりするのではないだろうか。もしかして、作った者なんかもわかったりするのではないのだろうか。
 やってみる価値はあるかもしれない。

「ヒンダリス……君の能力を見込んで、今度是非、見てもらいたいものがあるんだが。宝物の類じゃなくて、悪いんだけど」
「はあ。もちろん、ご命令とあらば、どのようなものでも」
 そう答えはするが、やや怪訝顔だ。
 そもそも、宝物以外を鑑定しろと言われた経験はあまりないのだろう。

 それにしても、興味深い能力だ。
「色々、面白そうな能力だな」
「ええ。おおむねは、楽しんでおりますよ」
 ヒンダリスはニタリ、と笑った。

 ……なんだろう、ものすごく既視感がある……。
 いや、わからないフリはやめよう。こいつは似ているのだ。デイセントローズ……あの、ラマに。
 エンディオンからアルパカです、と、事前に聞いていなければ、同じだと思っただろう。
 正直、俺にはあまり違いがわからない。多少……こいつの方が、毛が多い……のかな……。

「ところで閣下。二階の方もごらんになられませんか? その剣を吊すにふさわしい剣帯なども各種、そちらにございますし。それに、この際ですので、ぜひ儀式用の錫杖や宝冠、杯や儀式用布なども、ご覧いただければ幸いにございます」
 儀式用の云々はともかく。
「剣帯か……」

 確かに、今のは男爵時代からのもので、相当くたびれている。剣を新しくするのだから、いっそ剣帯も選び直すっていうのもありかな。ピッタリくるのがなければ、新調してもいいわけだし。
「そうだな、見てみよう」
 時間になれば、エンディオンが迎えをよこしてくれるはずだ。それまでは、この宝物庫にいても大丈夫だろう。

「ああ、閣下。剣はこちらに一端戻しておかれてはいかがでしょう。二本もお持ちでは、重うございましょうし……」
「……剣ぐらい何本持ったところで、重くはない」
 えー。
 プートにもヒョロヒョロみたいに言われたが、まさか、他のデヴィルから見ても、俺ってか弱く見えるの?
 いや。いくらなんでも、このアルパカくんよりはたくましいと思うんだけど……。
 やはり筋トレするべきか。筋肉もりもりにならないといけないのか。

「それに、剣帯を選ぶのなら、実物とあわせるべきだろう」
「至極ごもっともですな……」
 口では同意し、頷くのだが、どうも表情が険しい。
 なんだろう、さっきからこの管理人、態度と口調が一致していない気がする。

 ともかく俺は、ヒンダリスの案内で、二階へ続く階段を登っていった。

「ところで閣下はやはり、と申しますか……青い色をお好みなのでしょうか? 大演習会の時も、白地に青の模様の服をお召しでしたし」
「いや、あれは俺の趣味じゃ……」
 近頃の正装は、俺の趣味で色やデザインが決まっているわけではないことだけは、はっきり言っておきたい。
 なぜだか会議で衣装まで多数決を取られ、決められるのだ。まあ、正直俺はあまり服飾には興味がないので、自分で決めなくていい分、楽と言えば楽なのだが。それに、青系の色も嫌いではないし。
「そうですか」

 まずは剣帯を見せてもらう。むしろそれ以外は、割とどうでもいい。
 古い剣帯を腰からはずし、二本の剣と共に狭い机に置く。
 それからヒンダリスが次々と棚から出してくれる剣帯を手に取り、腰に吊してみた。
 まあ、ある程度はサイズ調整が可能だが、やはりなかなかこれというのは……。

「もうちょっと、幅のある奴はないかな?」
 俺はベルトに吊したり代わりに巻くより、どちらかといえばがっつり腰に巻き付けるベルトと一体型の幅広タイプが好きだったりする。
「では、こちらでいかがでしょう」
 ヒンダリスは俺の要望にあわせて、一本の剣帯を出してくれる。幅の広い、光沢のある黒革の剣帯で、蒼い糸で縁取りがしてある。
 色目が剣とも合うし、俺の腰にもぴったりだ。

「ああ、いいな。あとは剣を吊してみて……」
「おまちください、閣下。ぜひ、最後の仕上げにこちらを……」
 そういって、ヒンダリスは大きめのジュエリーボックスを俺に差し出してきた。
 パカッと開かれたそのボックスの中に入っていたのは、中央に蒼い宝石をはめ込んだ、ネックレスのような宝飾品だった。

「剣帯用の帯飾りでございます、閣下」
「いや、儀式用じゃないんだし、飾りなんて」
「閣下。実用性を重んじられたい閣下のお気持ちはわかります。たかが男爵であれば、それもよろしいでしょう。が、高位であればあるほど、こういった宝飾品は、閣下のご威光の一助ともなるもの……所詮、魔族にとって剣など宝飾品と同様。配下のためにも、ぜひ外見を多少なりとも美しく装飾なさることも、御考慮ください」
 え?

 なんですか……え?
 それはつまり、宝石の一つもつけなければ、俺なんてみすぼらしすぎて見ていられない、ってことですか?
 いくらデヴィル族とデーモン族では審美眼が異なるといっても、結構ショックなんですが。

 ああ、エンディオン。俺が間違ってたよ。
 やっぱり、側にいる相手だと相性は重要だよね。筆頭侍従には、相手の気持ちを慮って、穏やかな言葉を口にする相手を選びたいな。

 ともかく、俺はその帯飾りを受け取り、剣帯に吊してみた。
 まあ……動いてもさほど飾りは邪魔にはならないみたいだから、まあいいか……。
「閣下、鏡でぜひ、ご確認を」
「ん?」
 それは剣を吊してからでいいのでは?
 だが、ヒンダリスは三面鏡らしき五十センチ四方の鏡を手に取り、俺に向かって開いた。

 その瞬間。

 半端ない倦怠感が俺を襲う。
 目が回り、身体が揺らぐ。
 なんだ、これ。
 倒れるのはこらえたが、片膝をつかずにはいられなかった。

「大丈夫ですか、閣下?」
 ヒンダリスの声がいやに遠くで聞こえる。
 気味が悪いほど、冷静な声が。
「大丈……夫……」
 額に手を当て、なんとか顔を上げ……。

「……!」
 目の端で捉えた光を、俺は間一髪、左に避ける。
 蒼光の残像……レイブレイズか!
 何でも切れる、との言葉通り、俺の身を捉え損ねた切っ先は、床を大きく抉って突きささっている。
「ヒンダリス!」
 もちろん、犯人が他のものであるはずはない。彼と俺しか、この宝物庫にはいなかったのだから。

「ち……」
 ヒンダリスは忌々しげに舌打ちをすると、レイブレイズの柄から手を離した。いくど引こうとも、床から抜けないらしい。
「なんの、つもりだ」
 目眩、は、おさまった。
 俺はゆっくりと立ち上がり、宝物庫の管理人をにらみつける。

「ふん……おとなしくしていれば、楽に生を終えられたものを」
 その態度には、強者の余裕が見られる。
「つまり……これは反逆とみなしていいわけだな?」
 リーヴのお粗末な暗殺とは、訳が違う。ヒンダリスは何らかの方法をつかって、一瞬とはいえ俺に体調不良を引き起こさせ、その瞬間に殺そうとしたのだ。

「反逆、ね。私は元から、貴様に忠誠など誓った覚えはないのだが」
 ヒンダリスの口元に下卑た嘲笑が浮かぶ。
「我が主は先代の大公ヴォーグリム閣下。我が忠誠は、そのご家族にのみ、向けられる」
 ネズミ大公と、その家族、だと?
 ネズミの親兄弟のことか?
 それともまさか、リーヴのことか?
 あるいは他にも、息子なり娘なりがいるのか?

 それにしても。

「ずいぶん、余裕だな。暗殺が失敗したんだから、とっとと尻尾を巻いて、逃げるべきなんじゃないか?」
 仮にも大公を前にして、伯爵……真実、実力がその域から越えることのない伯爵が、こうも落ち着いているのには違和感を感じる。
 違和感……いや、違和感は……相手の態度にだけ、じゃない……。
 まさか……。

「そう、気づいたかな、ジャーイル大公? 今の貴様に、もはや大公の実力はない」
 ヒンダリスは勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
「この三面鏡は邪鏡ボダス。下賤な人間どもが造ったものだが、馬鹿にできない特殊な能力があってな」
 さっき、俺の姿を映していたその鏡は、今はきっちり閉じられてヒンダリスの手に握られている。
「特殊な能力?」
 軟膏と違って、呪詛のかかったものではない。呪詛とは魔力を媒体とするもので、それならば、俺にわからないはずはないからだ。
 それに、人間が造ったもの、とは?

「姿を映した相手の魔力の、九十九パーセントを奪うのだ。つまり、ジャーイル大公。今の貴様であれば伯爵の私であっても、正面から堂々戦って、貴様をなぶり殺しにできるということ!」

 ああ、確かにこいつの言うとおりだ。
 俺の魔力が、ずいぶん減っている。
 そう、百分の一ほどにな。
 だが、だからといって。

 俺がお前に負けるって、誰が保証してくれたんだ?

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