古酒の隠れ家

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魔族大公の平穏な日常

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【第四章 大公受難編】

30.本能ばかりに従うのも、どうかと思うんです



 俺は今、盛大に呆れている。
 またしてもとんでもない勘違いを発動して、ベイルフォウスとジブライールをわざわざ人間の町に呼び出したというマーミルに。
 そうして、なによりも。

「話はわかった。まず人間たちの方から、お前たちを取り囲んで攻撃しようとしてきたって経緯は。でも、だからって、なんで町をまるごと一つ、凍土にする必要があるんだ」
 あの町は、まあまあな広さがあったはず。とはいっても、この<断末魔轟き怨嗟満つる城>の敷地の半分もなかったと記憶しているが。
「必要? お前は必要か不必要かで攻撃の規模を決めるのか? いつだって敵は全力で叩き潰す。そうでなくて、どうして大公なんかやってられる」
 くそ、この脳筋。いや、むしろこれが高位魔族としては一般的な考え方なのか?
 常に自分の最大限に近い実力を示し続けることで、周囲への牽制としている……とか?

 ちょっと待てよ。
 もしかしてサーリスヴォルフの城で俺と剣をあわせたのも、周囲に対する実力誇示のためとか言わないよな?
 いや、まさか。本人の言ってたとおり、八つ当たりだよな。だよな?
 単純バカに見せかけて、実は狡猾なんてことはないよな?

「だいたい俺は今回、いつもよりよっぽど気を使ったんだぞ。マーミルは人間の焼かれる臭いは嫌だと言うし、ジブライールは体面ばかり。おかげで、氷なんて慣れない魔術をつかうはめになったってのに!」
 目を見ても、口先だけで物を言っているようにはみえない。というか、単純脳筋バカに見える。
 でもこいつの場合、意外にそうと断言できないのは、今までの付き合いでわかっている。
 うん、もういいや。

「悪かったな、ジブライール。変なことに巻き込んで」
「いえ……とんでもございません」
 ジブライールは、俺との噂のことを知っているのだろうか?
 さっきから一度も目を合わせてくれないのは、そのことを迷惑に感じているから、とか? 目も合わせられないほど、怒り狂っているからなのだろうか。
 そうだったらどうしよう……。

「で、ベイルフォウス、氷のどんな術式を使ったんだ? これに書いてくれ」
 とりあえず、ジブライールへの対処は後で検討しよう。
 俺は友に向かって、白紙を差し出した。

 マーミルが興奮して語ったところによると、ベイルフォウスは一瞬で何もかも凍らせたらしい。それなら、人間たちは仮死状態に陥っているだけかもしれない。だとすれば解除方法さえ間違わずうまく氷解できれば、何事もなかったかのように蘇生するかもしれない。
 いつものベイルフォウスなら町は猛火で焦土と化して、人どころか建物の跡すら残らなかっただろう。そうなるともう手の施しようはなかった。
 本人の言うとおり珍しいことだろう氷の魔術を使ったのは、むしろ人間たちにとっては不幸中の幸いだったという他ない。

「人間のことなんてどうでもいいだろ? それより、マーミルの魔力をなんとかする方が先決だ!」
 ベイルフォウスは俺の差し出した紙を奪うようにひったくってから、乱暴に投げ捨てた。
 白紙はひらひらと舞い降り、ジブライールの足下に着地する。
 我が親友は、どうも本気でイライラしているらしい。

「その魔術師とやら、割と強そうだったのか?」
「マーミルの敗北を確信できるほどにはな」
 こいつ、あれだよな……マーミルの前だと軽口を叩いてからかったりするくせに、意外に本気で親身なんだよな。
 こういうところを本人に対してちゃんと態度に現せば、一回くらいは「お兄ちゃん」と呼んでくれるかもしれないのに。絶対に、助言はしてやらないけど。

 そう、今この離れには、マーミルとアレスディアは――ついでに、イースも――いない。
 マーミルには事情を簡単に聞いたあと、部屋に戻るよう言いつけた。本人も疲れているようだったし、正直いても何の役にも立たないからだ。不満を口にするかと思ったら、少しは反省する気持ちがあるのか、おとなしく居住棟へ戻っていった。

 だからこの部屋に残っているのは俺とベイルフォウス、ジブライールに、それからガストンとかいう人間の中年男性、その四人だけだ。
 もっともそのガストンとやらは、部屋の隅でうずくまってガタガタ震えるばかり。存在感は皆無だ。

「もちろん、マーミルのことはなんとかする。当然だろう、たった一人の妹だぞ」
 ああ、当然だ。むしろ、俺の一番の関心は、そっちに向いている。正直にいうと、人間の町がどうとか、問題にもならないくらいだ。
 だって鏡だぞ?
 手鏡とはいえ、鏡だぞ?
 俺の被ったより遙かに実害は少ないとはいえ、魔力の減少という効果をみせている鏡だ。あの魔鏡と無関係のはずはない! そう考えるのが当然というものだ。
 でもそっちを先に聞いてしまうと、ほかのことはどうでもよくなってしまうかもしれない。
 正直、俺はそれくらい興奮している。だから冷静になるために、こうして必死に状況確認に時間を割いているというのに!

「それにしても、よくこの男が情報を握っていると看破できたな。その上で一人だけ氷漬けにしないだなんて、機転のきくことを」
「女を全員連れて帰ろうと思ってな。マーミルが可愛らしくすねたので、やめたが。そいつはたまたまそこにいただけだ」
「えっ。たまたまだったのですか?」
 ジブライールが信じられない、といった表情でベイルフォウスをガン見している。
 正直、俺も信じられない。いや、信じたくない。デヴィル族に食指が動くだけでも驚きなのに、人間にまで手を出す気満々なのか、こいつ。女性なら種族すら問わないのか!? 

「ともかく、だ。こいつがその手鏡に詳しい奴らしい。魔力が戻る方法を知っている。俺も聞いたが…………お前にまかせる」
 聞いたのか、ベイルフォウス。つまり、面倒くさい方法だったんだな?
 だから、わざわざ連れて帰ってきたんだな?

「わかった。あとは俺がなんとかする。……妹が迷惑をかけて、悪かったな。ベイルフォウス。この詫びはいずれまた……疲れているだろうから、もちろん手合わせなんか頼まないよ」
 とりあえず、ベイルフォウスにはさっさと帰ってもらおう。いくら親友とはいえ、今は高位実力者と同じ空間にはいたくない。ジブライールでもドキドキするのに!
 今なら自信を持って言える。目の前にいるのがデイセントローズでも、同じようにドキドキすると!
 嫌でも目に入ってくるからな、保有魔力の差ってやつが。心を抉って、不安にさせるんだよね。

 ベイルフォウス自身も少しは魔力が減ってるけど、そんなの誤差程度だ。本人は支障なんて、全く感じてはいないだろう。
 もっとも、解除方法がわかれば、元にもどしてやるつもりはある。ただし、こっそりと。当の本人さえ気づいていない魔力の減少を、なぜ俺がわかるのか、とかいう話になるとまずいからだ。

「なんだよ、詫びだなんて水くさいな。まあ、人間の町になんて呼び出されたのは不快だったが、結果、楽しかったから問題ない。それにお前が困ってるってのに、俺が力にならんはずがないだろう。もちろん、解決するまで協力は惜しまんぞ」
 それ、困った相手に向ける心優しい親友の笑顔じゃないよね? おもしろいことは一つも見逃さないぞっていう、好奇心と嗜虐心に満ちた笑みだよね?
「いや、ほんとに俺はどこも悪くないから……マーミルが一人で勘違いして、暴走しただけだから。ジブライールも、気にしないでくれ。蹴られたところは無事だ。全く、全然、なんともない」
 本当はジブライールを視界に入れると、あのときのことを思い出してちょっと……なんていうの、不安とともにヒュンってなるんだけど。腰がひけるんだけど。

「本当ですか?」
 真剣な顔で、ぐいっと一歩近づいてくるジブライール。
 あ、やばい……。
 無意識に二歩、後退してしまった。
「か……閣下……」
「あ、ごめん……いや、反射的に……」
「は、反射的に?」
 頼むから、そんな不安そうな顔をしないで、ジブライール。いつもみたいに無表情でいてくれ!
「いやつまり、だからその……」
 あああ、やばい。頭が真っ白になってきた。
 なんて言い訳すればいいんだ?

「そ、そうだ! ジブライールは覚えてないか? ベイルフォウスの魔術、みただろ?」
 彼女はため息をついた後、床に落ちた用紙を拾った。それから迷いもなく、さらさらと術式を書き出してくれる。
「視認できたのは一瞬だけですが……確か、こうだったかと……」
「おお、だいたいあってる。お前、記憶力いいな。あとは、ここが……」
 つられたのか、ベイルフォウスがジブライールからペンと紙をひきとってすらすらと訂正し、またジブライールに戻した。
 いや、俺に渡してくれよ!

「閣下、このように……」
 差し出された紙を、俺は手を伸ばして受け取る。ちょっと遠かったが、なんとか指に挟めた!

「やっぱり、な」
 ベイルフォウスは俺とジブライールを見比べて、うんうんとうなずいている。
「何が!」
「ジブライール。しばらくはジャーイルに近づくな。大事なところを、魔族の女の力で蹴られてみろ。いくら大公であろうが、モノが無事だろうが、相手に対する恐怖心がわくってもんだ。お前にはわからないだろうが、死ぬほどの痛みを味わったことだろうからな。さすがの俺も同情するぜ」
「私に対する恐怖心……」
「ちが……別に、ジブライールが怖いわけじゃない! ベイルフォウス、よけいなことを言うな!」
 そうとも、ジブライールが怖いわけないじゃないか。ただあの……ちょっと、近づきたくないと本能が……尻込みしているだけで。怖いわけじゃ……。

「大丈夫。女に対する恐怖心の克服なら、俺にまかせろ。今日中になおしてやる!」
「頼むから、ちょっと黙っていてくれ、ベイルフォウス!」
 くそ、こいつ。楽しそうな顔しやがって!
「とにかく……俺のことは心配いらない。むしろ、現時点でジブライールには多大な迷惑をかけていると、申し訳なく思っていて……それでつい、過剰な反応をしてしまっただけだから!」
「閣下が私に? ご迷惑など、被ってはいませんが……」
 この様子だと、あの噂のことは耳にはいっていないのだろう。
「実はこのところ……」

 いや、待て。噂の件は、ベイルフォウスには知られない方がいい。絶対に。
 こいつのことだ。よけいに面白がって、いらないことを言い出すに違いないからな!
 仕方がない。

「おい、ベイルフォウス」
「なんだ?」
「俺はジブライールと領内のことで、ちょっと話があるんで別室に失礼する。その間、この人間の面倒を……」
「ひやああああああ!」
 それまで隅でガタガタ震えていただけの中年男が、突然叫び声をあげて俺の足にすがりついてきた。

「行かないで、行かないでくださいー!! お願いです、この恐ろしい魔族と二人きりにしないでください!!」
 おい、ベイルフォウス……げらげら笑ってやるな、可哀想だろ!
「わかった、わかった。置いてったりしないよ」
「あああああありがとうございますぅぅぅぅ」
 わかったから、鼻水を俺の足にこすりつけるな。顔面蹴るぞ。

「ジブライール。もしかすると、だが」
 とりあえずオッサンを足から引き離す。
「君にとっては不本意な噂を耳にするかもしれない……それについては、本当に申し訳ないと思っているんだ」
「ふ……不本意な、噂……ですか?」
 本当に何一つ耳に入ってはいないようだ。

「俺としてはしばらく静観するつもりだが……君がそれに異論ありというなら、訴えてきてくれ。もちろんきちんと対処はさせてもらう。とにかく、もし不満があるというのなら、俺に挑戦してくる前にまずは口頭で伝えてくれると助かる……考慮しておいてくれ」
 ジブライールが噂話に激怒して、俺をボコボコにしたいと思うほど腹がたたないとは限らないからな! まずは話し合いを希望するということを、伝えておかないと。

「よくわかりませんが」
 ジブライールは小首をかしげながらも、小さくうなずいてくれた。
「承知いたしました」
「ええと……うん、じゃあ……気をつけて帰ってくれ」
「え? けれど、領内の件でお話があるのでは……」
 あ、うん。さすが真面目なジブライール。
「いや、まあ……それは急がないから。……他の副司令官でも、明日以降でもいいことだから、かまわない」
 と、いうことにさせてもらおう。

「あの……でも…………では」
 意を決したように顔をあげる彼女の視線が、まっすぐすぎて痛い。
「なに?」
「ほ……本当に、閣下が私にその……恐怖心を抱いていらっしゃらないとの証明を……し、していただけないかと……」

 え、ちょっと待って? 証明ってなんだよ!
 まさかちょっとでも手合わせを、とか言うんじゃないよな!?
 俺は今、こんななのに!
 ジブライールみたいな強い娘が相手だと、手加減するどころじゃないんだけど! っていうか、今度こそ本気で自分の命が心配になるんだけど!

「しょ……証明って、つまり……?」
「……………………ぎゅ……」
「は?」
 ぎゅ?
「あ、あああああの……ぎゅ……ぎゅって、触っていただけたら……」
 ああ、なるほど。
 なんだよ、びっくりした。
 そうか。さっきは思わず後じさってしまったからな。触れて証明になるのなら、いくらでもそうするさ!

「これでいいのか?」
 俺は若干の勇気を振り絞ってジブライールに歩み寄ると、固く握りしめられた両手を包み込んだ。ぎゅっとな!

「せっかく勇気を出したのに、残念だったなジブライール。まあこいつはそういう、ガッカリな奴だよ」
 なにがだ、ベイルフォウス!
 そして、なぜまたちょっと涙目なんだ、ジブライール?

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