古酒の隠れ家

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魔族大公の平穏な日常

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【第四章 大公受難編】

31.さて、僕にとってはむしろここからが本題です



「ううう……うううう……」
 ……。
「こわ……怖かった……本当に、怖かったんです」
 ……あ、うん。

 人間のオジサンことガストンは、床に直座りして泣きじゃくっている。
 ちょっと内股なのが気持ち悪い。乙女か!
「気持ちはわかった……いや、ほんとに気の毒だったね。まあ、町の方はなんとか元通りにできないか、試してみるからさ。そう気を落とさずに」
 俺はそう言いながらオジサンの前にしゃがみ込み、その肩をぽんぽんと軽く叩いてやる。

 ベイルフォウスが帰ってくれない。だから、とりあえず部屋の外に追いやった。
 そしたらとたんに、この有様だ。

「あああありがとうございますぅぅぅぅぅ。ぜひ、ぜひよろしくお願いしますぅぅぅぅ」
「うおっ」
 そうしてオジサンは、俺の膝にすがりついてきた。

 ベイルフォウスに怖い目をみたってのは、よくわかるんです。
 そりゃあ、このオジサンは人間ですからね。魔族がはっちゃけたら、そりゃあ怖いよね。わかるんですよ。
 目の前で町一つが、一瞬で凍土にされたんだもんね。恐怖心を抱かないほうがおかしいよね。

 でも、いいですか?
 ちょっとつっこんでいいですか?

 あの、実は俺も魔族なんですけど。
 こう見えて魔族の、しかも大公なんですけど。
 あなたが大層怖がっている、あの赤毛の魔族と同じ地位にあるんですけど?

 なんでこのオジサン、俺には平気で話しかけてくるばかりか、とりすがってさえくるの?
 いくら魔力が半減しているとはいえ、大公としての威厳が、ですね……。
 威厳……ないのかな、俺。
 ないん、だろうな……。

「ここは……げふ、げふ……寒気がします。怖い気配がたくさんして……ひっく。ぞわぞわします……おえ……町に……町に、帰りたいです……おええええ」
 おい……吐くなよ? 俺の膝で吐くなよ!?

 それにしても。
 今なんていった?
 怖い気配? それって、曲がりなりにも魔族の気配を感じてるってことだよね。
 あれ?
 だったらなんで、俺のことは平気なの?
 どうしてなのかな?
 魔族としての気配が俺から感じられない、とかそういうことなの? それもこれも、俺の隠密体質のせいなのか?

 ……もういいや。

「もちろん、帰してあげるよ。でもその前に、一つ教えてもらえないか? 君たちが使ったという手鏡……いわゆる邪鏡ってやつだよな?」
 その質問で、ガストンはようやく俺の膝から身を起こしてくれた。
「邪鏡じゃありません、聖宝鏡です」
 聖宝鏡?

 ガストンの語ったところをまとめると、こうだ。

 去年の傭兵団の全滅。ベイルフォウスが俺の配下を助けるために、人間の傭兵団五十人を跡形もなく焼き尽くしたあの一件。
 俺は傭兵団の雇い主であった領主に、その噂を広めないようにと言い含めたつもりだったのだが、手遅れだったらしい。というのも、領主がその跡地の調査を任せた集団――冒険者という者たちの職業が、問題であったようだ。

 冒険者たちというのは依頼主と雇用契約を結ぶときに、とくに秘匿すると約束したこと以外のことは、経験を口述して講談師や詩人に売ったり、作家を雇って本にしたりして、副収入を得ているらしい。なるほど、俺が好んで読んでいる人間たちの冒険譚のいくらかは、そうやってできあがっているわけか。
 そして当然、件の冒険者たちも傭兵団の調査結果を本にした、というわけだ。

 このところ――具体的にいうと、魔王がルデルフォウス陛下に代わってからの、この三百年近く。魔族によって非道が振る舞われたという具体的な話が、多くの地域であきらかに減少傾向にあるらしい。もちろん、直接支配を及ぼしている魔族によっては、そうも言っていられないのだが。

 とにかく、人間たちにとってこの三百年を魔族との関係に絞ってみると、おおむね平穏と言い表してもいい状態と言えるようだ。
 だからかえって、五十人もの傭兵が壊滅したという話は、その一団が勇猛さで名を馳せていたことも手伝って、人々の間に新鮮な好奇心と恐怖を呼び起こしたのだろう。
 その結果、魔獣や魔族を警戒し、恐怖を新たにした人々が増えた一方で、好奇心にかられて跡地を見学するために、森へ侵入する者も現れた。だが、森には当たり前のように魔獣がいるし、下位の魔族と遭遇する危険もある。そこで仕入れられたのが、その<聖ポダリスの手鏡>であるらしい。
 鏡は大変高価だが、鏡面に映ったものの魔力をすべて吸い取る、という効果があり……。

 うん。どこかで聞いた話だよな。
 ああ、つまりそうだとも。

「そう、魔族の魔力を根こそぎ奪い取るという、伝説の聖宝鏡。それを作った伝説の技師ポダリス! 手鏡はその方の造形物を研究し、一般化することを目的に創設されたポダリス工房が、百年にも及ぶ研究の末、小型化に成功して量産したものなのです! その効果は絶大……ほとんどすべての魔獣の魔力を、根こそぎ奪ってしまうほどの……!」
 ガストンは、話すうちに宝具屋の血が騒ぎだしたのか、興奮で頬を赤らめ目を輝かせて熱弁してくれた。

 しかし、聖宝鏡、だと!? 魔鏡……邪鏡じゃないのかよ!
 ポダリス!? ボダスじゃないのかよ!!
 まさかヒンダリスの奴、わざと違う名を俺に伝えたのか?
 もっとも、言われてみれば納得はできる。
 人間にとっては魔獣や魔族の魔力を抑えることで、益をもたらすという認識になり、聖の方に分類されるわけだ。
 いや、俺だってもちろん、多少は名称の相違を考慮に入れてはいたけどさ……。

「ですがまさか、魔族といっても子供にしか効かないとは……やはり、本家本元の技術を利用して造られたとはいえ、聖技師とまで言われたポダリスの技は、並の者たちでは再現することも困難ということですな」
 ガストンは誤解している。手鏡だって、子供でなければ全く効かない、というわけじゃない。実際にジブライールのみならず、ベイルフォウスですら、魔力は減少していた。
 だがおそらく奪い取る量に上限があるのだろう。だから元から魔力容量の少ないマーミルだけは、ごっそり減って見えた。
 もちろん、そんなことを正直に教えてやる義理はない。

「その手鏡……今、持っているか?」
 俺の質問に、ガストンは首を左右に振った。
「いいえ。この身一つでここにさらわれて……ぐぶ……」
 また恐怖を思い出したのだろう。口元を手で覆って体を前のめりに折る。
 俺の膝の上じゃないから、吐いてもいいぞ。

「で、その奪った魔力を戻す方法があるんだろ? どうすればいい」
 背をなでてやりながら、話を続ける。
 ベイルフォウスは面倒くさい方法だと思ったらしいが、どうなんだろう。
「それは……」
 ガストンは体を起こすと、ちらちらと俺の方を上目遣いで見だした。
「なんといいますか……もちろん説明するのに吝かではないのですが……まずはその……お約束通り、町をなんとかしていただかないと……」

 ん?
 ……ええっと、聞き違えたのかな? 俺の耳が、おかしいのかな?
 まさか、ベイルフォウスには素直に白状しておいて、俺には対等の取引を申し出てくるとか……何かの間違いだよね?

「よく聞こえなかったな。なんだって?」
「ですから、魔族に対しての効果に疑問が残るとは言え、手鏡は我ら人類にとっての生命線ともいえる大切な宝具。魔獣にちゃんと効くのは実証済みですし、魔族であっても子供になら効果はあるのですから。その情報を、ただで教えろとおっしゃるのは……」
 へえ、そうくるのか。
「ああ、なるほど……。よしわかった、今から町に連れて行ってやろう」
 俺の言葉に、ガストンは勝ち誇ったような笑みを浮かべた。

「氷漬けの町を、隅々まで粉々に砕いてやろう。塵と紛うほどに細かくな。もちろん、その手鏡とやらもだし、残った女たちもすべてだ。一人残ってはお前も寂しいだろうから、その結果を見届けた後に同じように扱ってやろう。なに、妹の魔力を戻してやれないのは残念だが、今はまだ成長期……わずかに減った分など、あっという間に取り戻すだろうよ」
 俺は微笑を浮かべつつ、そう言った。
 ガストンは反射的に口元をゆるめかけ、それからしばらく表情を硬化させる。言葉の意味を、よく噛み分けているのだろう。

 俺は何も人間の味方ではない。ただ他の魔族よりは無駄な殺生を厭うている、というだけのことだ。本性は、残虐と無慈悲さを好む魔族であることには違いない。そこのところを、この男は勘違いしているようだ。

 いや。ある意味では、勘のよさを褒めてやってもいいかもしれない。
 確かに実際のところ、俺にとって彼の持っているだろう情報は、喉から手が出るほど欲しているものに違いないからだ。
 手元の邪鏡ボダスと伝説の聖宝鏡ポダリスとやらが、全く別のものであるという可能性もなくもない。が、たとえ別物だとしても、停滞している現状を打破するきっかけにはなってくれるだろう。
 だがそれにつながる情報を、人間の有利な風に運ばれ公開していただいた、というのでは、さすがに大公としての面目がすたるというものだ。多少のハッタリは、必要だろう。

 まあ、ほんとに町を粉々に壊す気なんてないけどね。面倒くさいから。
 けれど万が一、ガストンがこれ以後も対等の取引相手のような態度で接してくるなら――。

「図に乗って、申し訳ありませんでした!」
 おおっと。振りかぶっての見事な土下座だ。

「あ……貴方様があんまり資産家のぼんやり息子っぽ…………いえ、あまりにお優しそうで、お育ちがよさそうなので、つい、いつものくせが……人間のお坊ちゃま方と、同列に扱おうなどという浅ましい根性が出てしまい……。それに、まさかあの可愛らしいお嬢様が、城主様の妹君だとはつゆとも思わず……」
 頭を床にこすりつけて大声で叫んでくる。
 つまりこいつは、普段は人間の資産家を相手には、割とあくどい商売をしているわけか。

「本気ではないのです、本気では……ええ、この期に及んで魔族様に逆らおうなどと、思うはずがございません。ましてや、交換条件などと!! お優しそうな城主様、どうかお願いです! 町を救ってくださいなどと、大それたことは申しません! ええ、申しませんとも!! ただ、このガストンは……ガストンめの命ばかりは、ご容赦ください! お見逃しいただいた暁には、もてる財産、もてる知識の全てを差し出し、犬のごとき忠誠を貴方様に誓約いたします!!!」

 ……極端な奴だな。
 いや、いらないんだけど。人間のオジサンの忠誠とか、いらないんだけど。鏡に関する情報だけでいいんだけど。

「忠誠は結構だ。それより、鏡のことを……」
「あ、はい! 実は、あの手鏡はですね!!」
 オジサンは、べらべらとしゃべり出した。

 必要な情報を得られるまで、なんと長かったことか。
 ようやく聞き出せた、という感じだ。
 なんだろう……端から恐怖で屈服させ、あっさりと聞き出しただろうベイルフォウスとの差をみると、世の不条理さを感じずにはいられない。

 まあ、それはおいといて、だ。
 ガストンに聞いた「手鏡で奪った魔力を抽出する方法」
というのはこうだ。

 1.まず、手鏡を机に置きます。
 2.鏡面を割らないように気をつけて、(最悪割ってもかまいません。粉々でなければ大丈夫でしょう。たぶん)周囲の装飾を取りましょう。削っても、割っても、切ってもかまいません。お任せです。
 3.取り出した鏡を、ひっくり返しましょう。ほら、なんとそこに、呪文のような文字が!!
 4.これは、失われた古代文字です。なんとか解読して、そこにかかれてある通りの方法を行いましょう!
 5.さて成功すれば、魔力は解放されます! ※これは決して、奪った相手の側でやってはいけません。せっかくの魔力が、その器に戻ってしまうからです。解決方法としては、そのときに、手鏡の横に魔力を吸う宝珠などを置いておけばあら不思議!! 宝珠がその魔力を吸い取り、あなたが魔術師であるならば、とても役に立つ聖玉のできあがりです!! ええ、ただのガラス玉ではいけません。ですが、ご安心ください! このガストン商会にお任せを! 親指の爪ほどのものから、水おけほどの大きさまで、大小様々なものを取りそろえて……え? いりませんか、そうですか。

 余計な宣伝まで入ってしまったが、要するに鏡の後ろに解除方法が記されている、という単純な話だ。
 まさか、量産品なのに書いてあることが一枚一枚、違う訳でもなかろう。たった一枚あればいいのだが、このオジサンは持っていないというし。
 仕方ない。手鏡を取りに行くついでに、町の氷結を解除してやることにするか。

 しかし今の方法を聞くに、その手鏡は手元の邪鏡と同じ人間が造った訳でもないそうだから、同じ方法で俺の魔力まで戻ってくるかどうかは怪しい。
 だが、とりあえずは手元の邪鏡も囲いをはずして、裏面を確認してみることにしよう。案外、同じように解決方法が書かれているかもしれない。なにせ、俺の持っているのは、手鏡の元となった鏡なのだろうから。
 全部やってみて、それでも駄目な時は、直接そのポダリス工房を訪ねてみるということでいいだろう。
 よし、早速試してみるか!

 俺が膝を叩いて立ち上がると、ガストンは反射的にだろうか、俺の足にすがりついてきた。
「あ、あの……どちらへ!?」
 どちらって、もちろん鏡のある執務室にきまっている。
 そう正直に答える義理はないが。

「い……行かないでください!」
 黙っていると、ガストンは小刻みに震えだした。
「こんなところに一人で残されたのでは、私の神経がもちません! どこかへ行くなら、私もご一緒に!!」
 いや、意味がわからないから!
「この部屋を出なければ何も危害を加えることはしない。配下にもそう申し伝えておくから、安心しておとなしく待っていろ」
「で、ではせめて……せめて、お願いが」
「なんだよ」
「それがその……決して失念していたわけではないのですが……」
「何を?」
 俺が聞く耳をもったとたんに、バツの悪そうな表情を浮かべる。
 なんだっていうんだろうか。

「その……私がさっき申し上げたことですが……」
「さっき?」
 聖宝鏡の解除方法のことか?
「あの、町を救ってくださいとは申しませんと……」
 ああ。自分の命だけ見逃してくれ、といったことか。
「その……どうか、あの発言はなかったことにしていただきたいのですが。私はもちろん、町のことを深く思っており……ですね。ですから本当に、彼女たちのことを忘れていた訳ではないのです」
「彼女たち?」
 氷結を逃れられた、という一部の女性たちか。

「ですからどうか、お優しい城主様。ここで待つならせめて彼女たちも一緒に! この部屋で、一緒に……!!」
 彼女たちも一緒にこの部屋で?
 彼女たちも一緒に?
 彼女たちも?

 嫌な胸騒ぎがする。
「ちょっと待て。まさか……ここに連れてこられたのは、お前だけじゃないのか?」
「さようです、魔族の城主様。ええ、私と一緒に三人ほど、女性が……」
 三人?
「この城に連れてこられてすぐに、引き離されてしまいまして……ええ、はい…………あの、怖い赤毛のお方が、彼女たちをどこかに連れて行っておしまいに……」
 おい。

 ベ イ ル フ ォ ウ ス は ど こ だ !?

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