古酒の隠れ家

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魔族大公の平穏な日常

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【第四章 大公受難編】

37.もう一刻の猶予もない感じ……ですか?



 プートからの信書だって?
 嫌な予感がする。どんな内容なんだ。

 ペーパーナイフで封を開け、中に入っていた黒い紙を取り出す。そこにはこう書かれていた。

“明日 昼餐会を兼ねた<大公会議>を我が城にて開催する”
“議題:魔王ルデルフォウス陛下の在位三百年を祝う大祭について”

 たった二行。
 たったこれだけ……。
 しかも、明日って! おい、明日って!!

 以前、魔王様に御前会議の開催日時のお知らせ日について、余裕を持って報せろと文句を言っていたのは誰だったっけ?
 なのに明日って!!
 しかもこの書き方だと、有無を言わせず強制参加かよ!

 お ー ぼ ー。
 魔族の大公、横暴ー。

 っと、遊んでいる場合ではない。
 真面目な話、俺はまだ元の魔力に戻っていないんだぞ?
 この状況で、七大大公揃い踏みとか、勘弁してくれ!

「どうしよう、エンディオン。これ、欠席できないかな……?」
 エンディオンに書簡を渡すと、家令はじっくりとその文面を読んだ後、こう答えた。
「議題が議題ですし、難しいかとは思います。そもそも、<大公会議>と書かれているからには、拒否権は認められないかと……」
 え……そうなの? <大公会議>って、大公が絶対参加しないといけないものなの?
 そんなに特別な会議なの?

「旦那様。大公閣下といえば、ほとんどの存在と命令に対して否を言える立場ではございますが、魔王陛下の御命令と、同僚であられる他の大公閣下が宣言されて召集された<大公会議>のみは、何があっても拒否なさることはできません」
 まあ、魔王様の命令に関しては、内容と関係性によって変わるとは思うけどね!
「この<大公会議>というのは、実は公的な会ではなく私的な会に分類されるのですが、扱う議題は全魔族の運命を左右するというほどの大事ばかりなのです。故に、この会議に不参加を表明すると言うことは、自ら大公位を降りると表明したも同様の意味をもつのです」
 えええええ。
 なにその面倒くさい決まり。

 でも待てよ?
「ってことは、なんだったら俺も、そんな強制力を持った会議を招集できるってこと?」
「もちろんです、旦那様」
「プートの例を見れば、手紙を送るだけでいいということかな?」
「はい。召集状のなかに、<大公会議>との一文を入れれば、それだけでよいのですが」
 お手軽だな!
 ってことは、あれか?

「例えば俺の伴侶を捜すための話し合いを」
「旦那様。恐れながら、全魔族の運命を左右する議題、でございますので……」
 あ、はい。ごめんなさい。
 そうですよね、たかが大公の嫁探しくらいで召集できる会議ではないんですよね。
 第一、そんな議題が通ってしまっては、逆に怖い。
 その会議場でウィストベルがどう出るのか、考えると怖い。

 ウィストベルといえば……手紙の返事はきていなかったな。
 魔道具に関する知識を問うたが、もうそれはよくなったし。
 それより、俺の今の状況を目にして、彼女はどう反応するだろう。
 ちょっと怖い。

「しかし、それにしたって急すぎじゃないか? 明日だなんて……」
「旦那様。<大公会議>は、たいてい急なものでございます」
 ああ、うん……。全魔族の運命を左右する議題、だもんね。
 でもそれ、どうなの?
 魔王様をのぞいて、魔族の運命って決めていいことなの?

「例えば前回の会議では、七大大公のお一人を断罪するための裁判の開廷が、決定されました。その後、被告人である大公閣下は有罪となり、六人の大公閣下方のお手によって刑に処されたのでございます。また、前々回には、仲のお悪かったお二人の決闘が行われることになり、他の大公閣下の立ち会いの元、片方の大公が絶命なさるまで、戦いは続けられたのです」
 うわ、なにそれ怖い。
「このように、どちらかというと大公間での争いや諍いを議論したり、仲裁したりする性質の強い議会と認識しております」
 ああ、なるほど……大公同士が戦わず、平和的に優劣をつけられるなら、確かにそれはかなりの魔族の運命を左右する、といってもいいかもな。
 でも、今の二例とも、仲裁のちゅの字もなかったんですけど、そこはつっこんだらいけないんだろうな。

 が、今回は魔王様の在位を祝う祭に関してか。
 まあ、確かに三百年で初めての大祭となれば、魔族の大事には違いない。それに召集に強制力を持つ会議でもなければ、ベイルフォウスあたりが「なんでプートが主導するんだよ」
とか言って、不参加を決め込みそうだ。

「旦那様。封筒の中にもう一枚、お手紙が残っておりますが」
 エンディオンが小さく折られた便せんを取りだし、俺によこしてくれた。
 さすがに、二行では情報不足だもんな!
 こっちに詳細が書かれているんだろう。

 そう思って開いてみたのだが。
 そこにはプートの直筆らしき猛々しい文字で――招待状や召集状や公文書は、達筆な書記官が代筆する――こう書かれてあった。

『先日約束した通り、大祭について貴君の助力を願いたい。他の大公が到着の前に、ご来城を請う』

 俺だけ早く来いってか!
 確かに、約束したけれども。補助を乞われて、俺でよければとは言ったけれども。

「絶対いやだ。俺だけ早くとか……これは断っていいよな?」
 魔力がないに等しい状態で、デーモン族嫌いの大公第一位と二人きり?
 そりゃあ<大公会議>の前だし、プートが何かするとは思えないが……。
 期待を込めつつエンディオンを見る。だが家令は苦笑を浮かべるばかりだった。
 つまり……ああ、断らない方がいい、ってこと……?

 こうなると、今の俺がすべきことはただ一つ。
「朝からすまん。ミディリースのところに行ってくる」
 明日までに、この状況をなんとかしないと!
 俺はいつもの仕事を放り出して、図書館へと駆け込んだのだった。

 ***

 ミディリースは、昨日別れた場所にそのままの姿でいた。
 そのまま、というと、語弊があるか。
 正確には仮面と手袋を取った状態だ。
 少し観察していると、本を開いてはノートに書き込みをし、時々眉根を寄せてペンの背で額をこづいている。
 身にまとったローブはそのままなので、たぶん昨日から一度も休んでいないのだろう。
 そのことにも驚いたが……。

「もったいない。そんな可愛らしい顔をしているのに」
 俺の正直な感想に、ミディリースの手がぴたりと止まる。
 子供みたいに大きな目が余計大きく開かれ、俺を見上げて恐怖の色を浮かべた。
「い……」
「い?」
「いやあああああ!!」

 叫び声と共に、次々と本が飛んでくる。
 それを傷まないように受け止めながら、読書机にきれいに積み直していく俺。

「ああああ、大切な本がっ!」
 さっきは赤くなったかと思ったら、今度は顔を青くしている。
 自分でその大切な本を投げたくせに、忙しい娘だな。
 彼女は自分の投げた本が俺によって机上に積まれ終わると、ガバッと顔を伏せた。

「ひどい……ひどすぎる……」
「ミディリース?」
「黙って見てるなんて、ひどいです……」
 おお! ミディリースが、割とすらすら喋っている!
 初めてのことじゃないか?

「えっと……ごめん?」
「謝ってすめば、魔王様はいらない!」
 なんか……うん。ものすごく怒ってるみたいだ。
「でも、可愛いのに」
 俺がそういうと、ミディリースは顔を伏せたまま、両の拳をダンダンと、机に叩きつけた。
 鼻に衝撃が当たるだろう。痛くはないのだろうか。

 前からその挙動不審な態度といい、小柄なところといい、カタコトな言葉遣いといい、子供っぽいとは思っていたが、その童顔をしっかりと確認した後では、余計その感は強まるばかりだ。
 何より、子供だと思えば、今までの仕打ちもあきらめられる気がする。
 いいや、だが、子供扱いしてはいけない! なにせ相手は、確実に俺より年上……六百歳は下らないのだから!
 でも、思わず「ごめんな」
とか言って、頭を撫でてしまいそうだ。

「本……」
「ん?」
「お詫びに、本が欲しい……」
 お詫びって何。ミディリースの顔を見たこと?
 なんか、理不尽な要求のように思わないでもない。
 まあしかし、詫びはともかくとして、今回はだいぶ世話になっているのは事実だ。
「この件が片づいたら、お礼に望みの本を数冊、図書館にいれると約束するよ」

「ふふ……」
 不気味なくぐもった笑い声が漏れたと思うと、ミディリースは少しだけ顔を机から浮かし、その間に仮面を差し込んで器用に装着した。
 もう今更、隠さなくてもいいのに。

「後日……リスト……送る、です」
 あれ?
 なんでまた、カタコトに戻るの?
 そこはもう、すらすら喋ってくれよ!

「ところで、今も昨日の続きをしてくれてると思うんだけど」
 俺の言葉に彼女は何度も頷いた。
「でも、難し……です……」
 床にまで散らばった書き付けの紙が、彼女の試行錯誤をよく表している。
「どんな具合かな?」
 ミディリースの横に行こうとすると、彼女は立ち上がってものすごい勢いで後退した。
 おい……おい……。

「わ……私、……してない……ずっと……昨日から……だから、その……」
 はい?
「そ……側、くる……ダメ……です」
 ……ああ……。
 ……うん……。
 要するに、近寄るな、だね。
 ふ……泣いていいかな?

 寂寥感に満ちた心を抱えながら、俺はミディリースの前の席に座った。
 これくらいは許してもらえるだろう。隣ではないし、机は広くて距離もあるんだから。
 気を取り直して、本題に戻ろう。今回も、さくっと事務的にいこうではないか。

「それで、進捗状況を教えてもらいたいんだが」
 ミディリースはこくりと頷くと、逃げたときの倍ほどの緩慢な動作で、元の席に戻った。
「……意味、一部判明……けれど、全容……まだ……」
 おお、一部でも判明したのか! それはすごい!
 だが……だが、しかし、だ。
「意味もあれなんだけど……ミディリース。読み方は判明しないか?」
 正直、意味などどうでもいいのだ。
 人間たちだって、理解した上で呪文を唱えたわけではないだろう。それでも発動した。
 邪鏡ボダスだって同じはずだ。言葉の音さえ分かればいい。後は術式をそのまま展開すればいいだけのはず。

「音だけ……たぶん、だめ」
 ミディリースは首を左右にふる。
「理由、これ」
 彼女は資料の山の中から、俺が昨日帰ってすぐに届けさせた手鏡の使用説明書を取りだし、俺の方に差し出す。
「手順、変える……元に、戻らない……手順通り……元、戻る」
 彼女は説明書に線をひきつつ、説明してくれた。
「やり方……手順……間違う……無効」
「いや、そうでもないだろう」
 マーミルに魔力を戻す時、二回とも(2)の変な顔の指示は無視したが、支障なかったぞ。

「ダメ。無効」
 しかしミディリースはやはり首を左右に振った。
「私、これ、やってみた」
「あれをやったのか!」
 ミディリースの肩が、ビクリと跳ね上がる。
「ご、ごめ……検証の、ため……」
「いや、別に責めたわけじゃない。少し、驚いただけだ」
 だって、あれをやったっていうんだぞ? あの、変なポーズを!

「誰に協力してもらったんだ? エンディオンか?」
 検証するには手鏡を持つ役と、映される役とがいるだろう。
 だが、エンディオンは特に何も言っていなかったが。
「自分……」
 え?
「一人……やった……」
 自分で自分に手鏡を向けて、呪文を唱えたの?
 いや、吸うときはまだいい。
 解除も試したということは、鏡を上にかかげながら、自分を間違いなく映し続けなければいけないし、なにより……あの、ポーズ。

「まさかあの、変なポーズ……あれも、書いてあるとおりにやったのか? 自分自身に鏡を向けて? (2)のことだが……」
「も……もち、ろん……」
 ミディリースはこくりと頷く。
 なんというか、ミディリース。素直だな。
「ミディリース……あの(2)はやらなくても、大丈夫だったんだぞ」
「えっ!!」
「順番を変えたって、どこを変えたんだ? まさか、(3)、(2)、(1)の順でやってみたとか、それだけじゃないよな?」
「(2)(3)(1)も……やった……」
 どちらにしても、(3)と(1)が逆になっているだけじゃないか。

「あと、舌を先、足を後……」
 落ち込み具合が、うなだれた首の角度でよくわかる。
「まあ、そう落ち込むな……」
 思わず頭をぽんぽんしそうになってしまったが、すんでのところで思いとどまった。

「とにかく!」
 そう言って、彼女はガバッと顔をあげ、俺が置いていった手鏡を机の上に出した。とはいっても、周囲の装飾が取られ、ただの楕円になっていたが。
「それで、いくらかの文字、判明した!」
「そうか、試行錯誤を重ねてくれたんだな。ありがとう」
 ミディリースはこくりとうなずく。

「けど、まだ、一部……」
「それなんだけど、実は急いで解読しないといけなくなったんだ。というのも、もうあらかたバレてると思うんだけど……」
 ミディリースが首を傾げる。
「実は、この写しの結果が必要なのは……俺、なんだ」
 彼女はこくんと頷いた。ああ。やっぱり、バレてるよな。

「つまりその……俺の魔力は今、減っているということで」
 また一つ、うなずく。
「だが明日、七大大公の集まりがあってな……」
「っ! 閣下……瞬殺…………悲しい……」
「いや! さすがに瞬殺はされないけど!」
 誰が相手でも、一矢報いてみせるさ!
 って、そうじゃない!!
 なんで俺の状況がバレて、殺られる前提なんだ!

「とにかく、俺としてはこんな状況で行くのはごめんというか……なんとしても、今日のうちに魔力を戻したいんだ。わかってくれるかな?」
「もちろん」
 ミディリースは深く頷いた。
「城主……替わる……本、入らない……」
 つっこまないぞ!
 俺は、つっこまないぞ!!

 それから俺とミディリースは、それから一昼夜、二人で協力して翻訳作業を続けたのだった。
 もっとも、彼女は俺が近づくことは相変わらず拒否したし、途中、ものすごく息苦しそうにふーふー言い出したのに、仮面を取ることは決してしなかった。
 つまり二人の親密度は全く上がらなかったが、それでも解読は進んだのだった。

 そうして、判明していない単語はあと二つだけとなったその時、図書館にエンディオンがやってきたのだった。
「旦那様。そろそろご用意をなさいませんと」

 タイムリミットも、やってきたのだった。

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