古酒の隠れ家

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魔族大公の平穏な日常

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【第四章 大公受難編】

38.プートさんの意外な一面……知りたくないです



 こうなったら、俺だって腹をくくるしかない。
 元々、他人の魔力量を知れる者なんて、俺とウィストベルくらいしかいないんだ。
 ウィストベル自身の反応は怖いが、彼女が俺のピンチとなるような状況を、ほかの者に漏らすはずはない。なんといっても、俺と彼女は同盟関係にあるのだから!
 それに、ベイルフォウスはあれで、聡いところがある。そのベイルフォウスが何も気付かなかったのだ。他の連中にだって、バレずにすむだろう!
 まあ……ある意味、ウィストベルに知られるのが一番……怖い……というか……。いや、ほんとに……どうしよう。

 今更だが、こんなこと言っても今更だが、自力で解くのにこだわらず、聖者……だっけ? もうプライドがどうとか何とか言わないで、人間に解いてもらえばよかったのではないだろうか!
 今更言っても遅いけど!

「ジャーイル大公閣下、御来城ー!!」
 うお!
 考えに没頭している間に、いつの間にかプートの<竜の生まれし窖城>だ。
 無意識なのに、よく到着できたな、俺。初めて訪ねる城だったというのに。
 しかも、いつの間にか竜を降りて、城の玄関ホールで家臣団に迎えられてるんですけど!

 玄関ホールは奥に深く伸びていて、太い柱がいくつも立ち並んでいる。柱の前に立派な肘掛けのついた椅子がおいてあるのは、ここが待合いの役目も果たしているからなのかもしれない。
 今は、中央に敷かれた黒い絨毯の左右それぞれに、五十人ずつほどのいかついデヴィル族の家臣団が並び、俺に頭頂部を向けていた。
 そして、絨毯の行き着く先には、いつものように胸の前を誇らしげにはだけさせる、プートの姿が。

 なんというか……全体的に、黒い。
 家臣団の服装や絨毯ばかりか、天井や壁まで黒い。置かれた家具も黒い。そしてプートのはだけた胸まで黒い。黒くないのは、獅子の顔部分だけだ。
 黒すぎる。

「よくぞ、我が<竜の生まれし窖城>に参られた!」
 俺からプートのところまで四十メートルは距離があるというのに、鼓膜に響くほどの大音声。しかも。
「ようこそおいでくださいました!」
 マッチョデヴィルたちの唱和付きだ。
「歓迎いたすぞ、ジャーイル大公!」
「歓迎の至りにございます、ジャーイル大公閣下!」
 わかった。わかったから、もう少し近づいてから普通の音量で話してください!
 あと、唱和もしないでください!!

 俺はほとんど駆け足なみの早さで、プートに歩み寄った。
 ちなみに、白い服を着てきて、なんやかんや言われては面倒なので、今日は紋章を染めたマント以外は、上から下まで黒一色だ。そこを合わせたからといって、胸まではだけようとは思わないがな!

「召集に応じ伺った」
 あと二、三歩の距離まで近づくと、プートはそのゴリラ手を高くあげた。
 おおい、その手をどうするつもりだ。まさか……。
 空を切る音を発して振り下ろされる手、響く打音、きしむ俺の肩。

 やめてくれない、ゴリラの馬鹿力で叩くの! しかも二回も!!
 殺す気なの?
 俺のことを、撲殺する気なの!?
「奥に席を設けておる。まずはゆっくりと親交を深めようではないか!」
 親交を深める?

「大祭についての打ち合わせかと思ったのだが?」
  「もちろん、そうである。我は儀礼を重んじる故、常套句を欠かさぬだけである」
 あ、そうですか。
 俺は大人しくついていくことにした。

 そうして俺は、プート自らの案内によって、城の奥に通された。
 奥に十五メートル、横に十メートルほどの長方形の会議室だ。
 あれ?
 席を設けてあるって、ここほんとに<大公会議>で使用する場所だよね。本当に言葉だけだったんだね。

「別室をとも思ったが、それでは不自然であろうと思ってな。ここに通すだけならば、初のことで逸ったそなたが余裕を持ちすぎてやってきたので、我が歓待した、ということにすればよい」
 つまり、俺にだけ早く来いと言ったことは、内緒にしたいわけか。
「なにせ、ただでさえ実兄のことを私が主導するのを快く思わぬであろうあの者が、その親友にまで協力を要請したとしっては、また邪推するであろうからな」
 ああ、ベイルフォウスに知られたくないわけね。
「それに、実際そなたも初の会議がどうやって行われるのか、聞いておきたいであろうし」
「いつもの会議と、何か違う点でも?」

 会議場には部屋と同じ縦横比の四角い机が中央に置かれており、奥に席が一つ、他の三方に二つずつ設けられていた。
 そして、明言するまでもなく、黒い。
 中央に飾られた花や花瓶さえ、黒い。
 これ……花を飾る意味、あるの?

「奥に座すのは召集をかけた者……今回の場合、私だ。そちらから見て右手の席に残りの上位二名、左手に次の二名、正面に最後の二名が座る。つまり、今回は私の右手にベイルフォウスとアリネーゼが座り、左にウィストベルとサーリスヴォルフが。そして、君が私の向かって右、デイセントローズがその隣となる。当然、魔王陛下は不参加だ」
 うわ。あのラマとがっつり隣か。
「これに書記官が一名加わり、私の左斜め後ろの小机で記帳することとなる」
 表向きは私的な会議なのに、記録を取るのか。
 まあ、内容が内容だけに、メモはとらないといけないだろうが。
「後は給仕が出入りするが、これを数にいれる必要はないだろう」
 ああ、昼食もここでなのか。

「今回は今までの会議と違って、決して室内での戦闘は許されぬ。相手を口汚くののしることも禁止だ」
 え……あの、今までの会議と違ってって……今までもダメでしたよね?
 あなたたちが決まり事を守らなかっただけですよね?
 しかもあなた、喧嘩はダメだって注意事項を自分の口から発したくせに、破った人ですよね?

「ゆえに、いちど席についたが最後、終了までは立つことさえ許されぬ。何十時間かかろうとな」
 え? じゃああの……トイレ……は?
 食事もするのに、トイレ行けないとか……いや、別に俺は近くないけど。
「過去にそんな……何十時間もかかったことがあるのか?」
「私の経験ではないが、それ以前にはな。最長で五日間続いたと聞いておる。終わった頃には、みな痔になっていたそうだ。椅子は血みどろになり、数人が立ち上がれなかったという」
 えっ!

 俺はプートの顔をまじまじと見つめた。
「そんな顔をするな。私とてたまには冗談くらい言う」
 ああ、冗談なんだ。冗談言うんだ。

「まあ、とにかく座られよ」
 プートはどこかバツの悪そうな顔をして、俺に着席をすすめてきた。
 へえ……困ったりもするんだ。
 いつも威圧的にぷんすか怒って不機嫌なばっかりの印象だったが、意外だな。
 まあ、口を開く度にちらちら牙がのぞいて、なんかこう……冗談言うからってちっとも和みはしないんだけどね!

「さて、本題に入ろう。何も初心者相手に親切な解説をするばかりが目的で、そなたを呼んだのではない」
 俺が彼の向かって右手の席に座ると、プートは机上で両手を組み、口を開いた。
「<大公会議>というのは、たいていが危機的状況下において開催されるものだが、今回は違う。書面に書いたとおり、魔王ルデルフォウス陛下の在位を祝う大祭が、その議題だ」
「大祭の内容を話し合って決めるのが目的と思ったらいいのかな?」
 俺の言葉に、プートは頷く。
「その通りだ。本来ならばめでたいこと……。大公全員一致で盛り上げていきたいのだが、そうはいかぬであろう」
 プートはなんだな……デーモン族嫌いだというが、魔王様に対する忠誠心には嘘がなさそうに見えるんだよな。

「そこで、会議が滞りなく進行するために必要なことを話し合いたいのだ。つまり、そなたの親友についての対応を、だが」
 ……なに?
 俺に助力を乞うって、ベイルフォウスのことなのか?

「さきほども申したが、私がこの会を主催していることを、あの男が快く思うはずはない。自分では<大公会議>の開催を思いつくどころか、三百年目の節目もわからぬくせに、だ」
 まあそれは……魔族なんて、自分の年齢どころか生まれた日さえ、覚えていないくらいだからな。

「いつものようには表だって喧嘩を売ってくることはすまい。なにせ、<大公会議>であるからな。だが、議題の進行を、邪魔してこようとするに違いない」
「まさかそんな。子供じゃあるまいし」
「いいや。邪魔をしたあげくに、こう言い出すに違いない。今回は、いっこうに話が決まらなかった。故に、次回の<大公会議>は自分の城で、自分が主催して行う、と」
「いくらベイルフォウスでも、そこまでは……」
「いや、する。確実に。若いそなたにはわかるまいが、<大公会議>を主催する、というのは大変なことであり、それは他の大公と戦って勝利するより、名誉なことなのだ。その名目が、他ならぬ奴の兄君のことに関係しているとあっては、他者にその誉れを譲ろうはずがない」
 どうも大げさに考えすぎている気がする。
 けど、俺もいまいち<大公会議>の重要性を把握できていないからなぁ。

「で、プートは俺にベイルフォウスの諫め役に回って欲しいと」
「まあ、有り体にいえばそうだ。私はあれと同僚となってこの三百年……いや、奴が成人する前から知っているが、今そなたに見せているほどの親愛を、かつて誰かに示していたという覚えが全くない」
 えー。口では確かに親友っていってるけど、でもあいつ、いつでも俺のこと殺しにきそうなんですけど?

「万が一、奴がいつもの態度をとるようであらば、会議の議題は大祭に関しての話し合いから、ベイルフォウスを断罪するものに変わらざるを得ない」
 目が怖いですよ、プートさん。牙みせてぐるるるとか唸らないでくださいね。
 いつもの俺なら引き受けてもいいんだが、今は……なあ。

「何かと思えば、小賢しいことをするものじゃな」
 突然響く、嘲笑を含んだなまめかしい声。
 ああ、それを聞き違えようがない。

 プートの視線が俺の背後に向けられる。
 俺も立ち上がり、扉を振り返った。

 絶世の美貌を誇るその女大公は、妖艶な笑みの中に怒りを含め、真っ黒な部屋でその白い姿を浮かび上がらせていた。

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