古酒の隠れ家

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魔族大公の平穏な日常

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【第四章 大公受難編】

39.女王様の女王様たる所以……うん、やっぱり知りたくないです



「心配せずとも、ベイルフォウスとてそこまでバカではない。プートよ」

 痛い痛い痛い!

 デーモン族一の絶世の美女――大公ウィストベルは、笑みを浮かべつつ側までやってきて、がっしりと俺の二の腕をいつもの謎怪力でつかんだのだ。
 そうして間近から俺を見上げ、こうおっしゃった。
「主には随分と、説明してもらわねばならぬことがありそうじゃの」

 怖い怖い怖い!

「昼餐にはまだ随分早いようだが」
 プートは冷静だ。その声はこの場に不似合いなくらい、静かだった。
「そうじゃな。早すぎる。のう、ジャーイル?」
 いや、俺じゃなくて、どうぞプートに目を向けてください!
 この城の主ですから!
 召集者ですから!

「ジャーイルは若輩ゆえ、<大公会議>が何かも知らぬで早く出過ぎたのであろうと……心配になって追ってきたのじゃ。なにせこの者は我が同盟者。面倒を見る必要があるとすればプート、それは主ではなく私であるべきじゃろう」
 今度はしっかりと、プートを見据えている。
「……そなたの怒りに触れるようなことは、我とて望んでおらぬよ、ウィストベル。好きにするがいい」
 プートはそっけなくそう言うと、何を考えているのだか部屋を出ていったのだ!!

 ちょっと!
 わざわざ早く来いと自分から呼んでおいて、ウィストベルがきたら話し途中であっさり出て行くとか。
 そこは居座るべきだろう!
 たとえ彼女がいることで、目当ての話ができなくなるにしても。
 要するに、だ。

 今の俺と、ウィストベルを二人っきりにしないでくれよ!!

 あっさり降参とか、アンタそれでも魔族第二位の実力者ですか!!

 まさかプート、ウィストベルの真の実力を知ってるんじゃ……?
 はっきり魔力が見られる目なんて持っていなくても、魔族ならば相手の強さや弱さを、ある程度感じることはできるはずだ。ましてやプートほどの上位者であれば、他者との実力差には敏感であっても不思議はない。
 けれど万が一プートが相手の魔力に敏感であったとしたら……今の俺の弱体化にも気づくのではないだろうか。
 今のところ、そんな気配はなかったが。
 だが、今はそんなことよりも。

「ウィストベル。なぜ、こんなに早く?」
 デヴィル族嫌いのウィストベルのことだ。てっきり昼前ぎりぎりにくるものだと思っていたのに。
「主を追ってきた、といったろう。この城へやってくるのに、主は我が領地を通ったであろうが」
 あああ、しまった!!
 俺の城からプートの城を目指すには、ウィストベルか魔王様の領地を横切るのが近道なんだ。それで思わず通りやすいウィストベルの領地を横切ったんだが……。
 魔王領を通るんだった!!
 そりゃあ他の大公が通ったんだ、領主に報告がいかないわけはないよな!

「で、昼餐と言われているのにも拘わらず、わざわざ早朝から城を出たのは、プートと密談をするためだったというわけか?」
 俺は強引に椅子に座らされる。その上、肘掛けに彼女の両手が置かれて逃げ道がない。
 覆い被さってくる髪がもう、牢獄の柵のようだ。

「密談だなんて……違います。ちょっと、会議の前に打ち合わせを……」
「プートは主の同盟者ではないぞ? そんな相手と、何を話し合う必要がある。それとも何か? これを機に同盟を結ぶつもりでおるのか? 黒づくめなど、そなたには似合わぬというのに。まさか、のう?」
 笑顔が怖い。笑顔だけど、怖い。

「まさかそんな! ある訳ないじゃないですか!」
 やばい。どうやって逃げる、俺。
「ほう……では別の用件か? 例えばそう……この見るも無惨な魔力の減少を、あの男ならなんとかしてくれると?」
 いっそうぐっと顔を近づけてくる、ウィストベル。
 その目力が怖いです!

 そりゃあまあ、バレない訳がないよね。
 どうしよう、俺。
「なんじゃ、この主の状態は。詳しく説明してもらおうか?」
 ですよねー。ですよねー。

「えっと……詳しく説明するには……ちょっとこの体勢だと不安定すぎて、落ち着いて話ができないというか……」
「ふん」
 鼻でせせら笑いながらも、ウィストベルは肘掛けから手をはなし、俺を解放してくれた。それから少し乱れた髪を華奢な手でかきあげると、本来デイセントローズが座るべき場所にゆったりと腰を降ろす。

「それで? お主、なぜそれほどに魔力が落ちておる。尋常ではないぞ……。いったい何があった」
「ええっと……まあ、話せば長いことながら……」
「……待て」
 ウィストベルの指が俺の唇に伸びてくる。
「二人きりとはいえ……念のためじゃ」
 そうして彼女は周囲を見回し、部屋いっぱいに強力な結界を張った。
「これで、城の主さえ入ってはこれぬな?」
「は?」

 なんですか、その怪しげな笑顔は!
 せっかく座ったのに、なんで立ち上がるの?
 しかもなんでゆっくり寄ってくるの?
「ちょ……」
 そしてなんで、俺の太股の上に座るの!?

 視線を降ろせば、すぐ下には並ぶ者のない美貌と深い谷間、そして太股には柔らかい感触……が……。
 やばい!
 こんなところを魔王様に見られたら、確実に殺される。
 いや、魔王様は今日はいないけれども、さすがにこれはダメだろ!!

「ウィストベル!」
 俺はそのまま彼女を横抱きに立ち上がる。
「ようやくその気になったか?」
 首に手を回してこようとする気配に慌てて、彼女を地面に降ろした。
「なりません!」
「無粋な」

 ちょっと待って!
 さっきまで怒ってたのに、なんで今は上機嫌なんだ。上機嫌って言うか……その、獲物を捉えた肉食獣みたいな目、やめてくれませんか。
 プートに睨まれた時の百倍怖いんですけども!!
 さりげなく、椅子の後ろに回る俺。じりじり歩み寄るウィストベル。
 何これ、何これ。

「まあしかし、今の主に迫って想いを遂げたとしても……力でねじ伏せたとあっては興が醒めるの」
 そう言って、ぴたり、と足を止めるウィストベル。
「ですよね、ですよね!!」
 よかった!
 ウィストベルが無理矢理を喜ぶタイプじゃなくてよかった!!

「冗談はこれまでにして」
 冗談なの!?
 ホントに冗談だったの?
「では、心おきなく説明してもらおうか? 主の魔力が、デイセントローズにすら遙かに劣る、今の状況をの」
 ウィストベルは俺から離れ、本来、彼女が座るべき席に移動した。
 俺もようやく落ち着いた気持ちで、自分の席に座り直す。

「何から話せばいいか……」
「最初から、一つ残らず語るがよい」
 えー。一つ残らず?
 それはさすがになぁ。
 だってなんか、保護者に話してるみたいじゃないですか?
 一応、立場上は同位なんですから、そんな全部って貴女。

「一つ、残らず、じゃ」
 目力が怖い、目力が。
「はい」
 そうだった。保護者じゃなくて、女王様だった。

 俺は彼女にあらいざらいを話した。
 といっても、もちろん魔力の減少に関係することだけだ。もっとも、ベイルフォウスが人間の町を氷漬けにしたことや、それを戻した…………まあ、そこら辺は本題には関係ないので、人間から解読方法を手に入れた、という情報だけを伝えるにとどまった。
 ガストンとかいう奴が……とか、詳細はいらないだろう。その帰り道の出来事を含めて。

「なるほど。では主の回復は、そのミディリースという司書が、今この間にどれほどの成果をあげているか、ということにかかっているわけか」
「ええ、まあ……ですが、あと解明されていないのは単語たった二つでしたから、ミディリースならきっと、帰るまでになんとかしてくれていると思うんですよね」
「……随分な信頼じゃの」
「人物は相当変わってますが、能力に関しては信頼できるかと」
 あのベイルフォウスの術式を、一瞬で解いた時には驚いたからな。
「ほう……」
 ウィストベルの瞳がキラリと光ったような気がした。

「……というわけで、まあ元にもどる目処はたっているんです。だから、ウィストベルに送った手紙のことも……」
「手紙?」
「はい、魔道具について問い合わせた手紙ですが」
「なんのことじゃ? 我が元には主からの手紙なぞ、届いておらぬぞ……一通もの」
「え?」
「魔道具について…………そういえば、他からはあったような気がするが……」

 ちょっと待てよ。俺、確かに手紙を書いたよな?
 で、エンディオンに託して……。
 まあ、実際に届けたのはもちろん別の者だろうが。途中で何か問題があったという報告は、あがってきていない。

「これは、捨ておけぬ問題じゃ。大公の手紙が紛失したなどと、あってはならぬこと」
 ウィストベルは立ち上がり、俺の方へ歩み寄ってくる。
 今度膝に座ろうとしたら、それは断固として阻止するからな!

「主の手紙を失ったのはそなたの配下か? 我が配下か? それとも……」
「俺の、ではないと思いたいですが」
「うむ。だが、不安要素はある。どちらにもな……主が配下を未だ把握すらしきれておれぬのは、宝物庫の管理人に反逆されたことからも明らか。そして私は、城内の者はあらかた掌握している上で、こういうことをやりそうな者に心当たりがある。しかも複数な」
「は?」
 心当たりがある?
 しかも複数って……。

「嫉妬故に、な」
 ああ……ああ、そりゃあ山ほどいるでしょうね。またそれが楽しくて、わかっていながら放置しているというわけか。
 それはもう……どうしようもないな。

「その件は、双方で調査することとしよう。それよりも……私なら今すぐにその魔力を元に戻してやれる、といったらどうする?」
 えっ!
「本当に!? どうやって!?」
 それが本当ならありがたい!
「知りたいか?」
「それはもちろん」
 俺は立ち上がり、ウィストベルに歩み寄った。
 彼女は満足げに頷く。

「正確には私が何かをして戻してやれる、というわけではない。が、戻るであろう方法を教えてやれるということじゃ」
「俺は何をしたらいいんです?」
 今すぐ戻るのなら、俺は何だってするだろう!
 プートにもばれなかったからといって、やはり七大大公が揃う場で力がないのは不安でしかない。いくらレイブレイズがあるとはいっても……。

「何でもするか? 自らの力のために、全てを犠牲にできるか?」
 そう、何だって……。
 は?
 え?
 ちょっと……ちょっと待って。
 なにその重々しい雰囲気。
 普段でも怖いのに、しかも今なんて俺の魔力がないせいで余計怖いのに、そんな血も涙も通っていない、なんて顔をされたらヒュンどころじゃすまないんだけど!

「全てって……」
 ちょっと待って。まさか俺の貞操的な……そんな感じのことか!?
 何でもするって、そういうことか!?

「いやあの……何でもっていうか……何でもっていうのはさすがにちょっと……」
 何でもやるとか、軽々しく思ってすみませんでした!
 俺には魔王様みたいなことはできない。ちょっとできない。魔王様のことは尊敬してるけど、あの性癖は真似したくないというか、真似できないというか!
「何を考えておる? 意外に主も俗物じゃの」
「すみません……」
 なんだろう……ウィストベルにこの手のことでため息をつかれると、なんだかちょっと傷つく。

「まあしかし、そうじゃの……せっかくこちらも情報を提供するのじゃ。それもとっておきの、な。引き替えに、口づけの一つくらいはいただいてもよいかの?」
 しまった!
 俺のバカ!
 いらないことを考えたせいで、ウィストベルがその気になったじゃないか!!!

「ちょ……」
 伸びてくる繊手から、間一髪、飛びしさる俺。
「力を手に入れる方法を、知りたくはないのか? 主の今後を左右するほどのものかもしれぬぞ?」
「知りたいです、知りたいですけど!」
「ではウダウダ言わずにおとなしくしておれ!」

 おかしくない?
 おかしくない、この状況!
 魔族を代表する強者である大公が、狭い会議室の中で追いかけっことか、おかしくない?
 しかも、男の俺が逃げる方って、なんかおかしくない!?

「それにこれは……我らが特殊魔術に関することなのじゃぞ」
 俺は足を止めた。
 それに呼応するように、ウィストベルも追いかけてくるのをやめる。

 我らが特殊魔術? ってことは。
「この、目……ですか?」
 俺とウィストベルに共通するものというなら、これしかないではないか。
「そうじゃ。主が知らぬであろうその目の秘密を、私が教えてやろうというのじゃ」
 つまり……この目は魔力を見る能力を持っているだけではない、ということか?
 ウィストベルが他に比べて異様に強いのも。
「私が魔術の修行や研究の結果、この強大な力を手に入れたと思うのか?」
 その微笑みには、残虐さと……悲痛さが同居しているように見えた。

「覚悟さえあれば、主は私と並ぶことができるのじゃ。この世で唯一、主だけが……の」
 ウィストベルが俺の方へゆっくりと歩みよってくる。
 逃げなければ捕まるのはわかっていたが、足は根が生えたようにそこから一歩も動かなかった。

「だがそのためには……」
 白く細い手が、俺の頬を優しく撫でる。
「主は我と同じ道に堕ちねばならぬ」
 背筋を冷たいものが走った。
 かつて覚えたことのない本能的な恐怖が、俺の全身を支配している。

 確かにウィストベルの姿形をとっているのに、その女は初めて見る顔をしていた。

「おい、ジャーイル。他人の城でいちゃつく度胸が、お前にあるとは思わなかったぞ」

 よく知ったその皮肉たっぷりの声音に、俺は我に返る。
「ベイルフォウス!」
 会議室の扉に手をかけて、我が親友が立っていた。
 細い眉は逆立ち、目は殺気で満ちあふれている。
 だが、そんなことが今の俺の気になろうはずはない。

 ウィストベルの白い手が頬から離れると同時に、俺は足早に親友に歩み寄った。
「久しぶりだな、ベイルフォウス!!」
 ベイルフォウスの手を取り、激しい握手を交わす。
「は? 何言ってんだお前」
 うん、言いたいことはわかる。
 一昨日会ったばっかりだもんね!!

「ちょうどよかった。聞きたいことがあって……ここではなんだから、あっち行こう!」
「は? いや、お前、何を……」
「いいから行くぞ!」
 腑に落ちないという顔のベイルフォウスの腕を強引に引いて、俺は会議室から飛び出したのだった。

「おい……おい、ジャーイル!!」
 腕をふりほどかれたのは、廊下を曲がって会議室の扉が見えなくなってからのことだ。
 本気で怒っているのがわかる。肌がピリピリするあたり、魔王様が怒っている時と同じだ。さすが兄弟というか。
 でもごめん!
 ウィストベルへの恐怖心で、それどころじゃないんです!

 本気で怖かった。今までもそりゃあ怖かったけど、今回は更に怖かった。
 なんだろう……ウィストベル自身に対する恐怖心と……あれはたぶん、彼女が話そうとしていた内容に対する本能的な畏怖。
 ウィストベルは俺たちの目に関係することだと言っていたが、だからこそ、かもしれない。聞いてはいけないと、本能が俺に命じたのだ。
 腹の底からぞっとした。
 逃げるべきだと、脳の中で警鐘が鳴っていた。
 だが、動けなかった。一歩も動けなかった。

「ジャーイル、いったいどういうつもりだ……って、なに青ざめてるんだ、お前」
 俺の顔を見たとたん、ベイルフォウスは呆れたような表情を浮かべる。
「……結界は?」
 俺は廊下の壁にもたれ掛かり、息を吐いた。

「は?」
「ウィストベルが張ってた……」
「ああ、それか。随分お粗末な結界だったな。すぐ砕けたぜ」
 俺は彼女が結界を張るところを見ていたが、お粗末なんてとんでもない。それこそ、俺やベイルフォウスが頑張っても突破も解除もできないほどしっかりしたものだったのに……。
 俺との追いかけっこの途中で手を抜いた?
 それとも……わざと、ベイルフォウスに解除させた?

 ……わからないな。

「結界が張ってある時点で、怪しすぎるだろう。それで入ってみたら、お前とウィストベルがいちゃついてるんだ。俺の怒りも納得できるだろ?」
「ああ……」
 そういえばすっかりロリコン属性なイメージが強いが、そもそもこいつはウィストベルに懸想してるんだっけか。

「まさかジブライールで得た恐怖心を、ウィストベルで克服しようって魂胆だったとはな」
「は?」
 俺は改めてベイルフォウスを見る。
 今なんて言った?
 こいつの頭には、本当にそれしかないのだろうか。
「ベイルフォウス、お前……鈍いな」
「ああ?」

 あの女王様の怖さがわからないなんて! でもだからこそ、さっきも平気で部屋に入ってきて、邪魔してくれたわけだしな!
 人間の町での魔術の一件……こんな目に合うまではちょっとひっかかっていたんだが、そんなことはもうどうでもいい。
「お前が来てくれて、ホントによかったよ」
 俺はベイルフォウスの肩に手を置き、満面の笑みで言った。
「これからも、俺たち親友でいような!」

「ふ ざ け ん な !」

 なぜか蹴られた。

「兄貴にも伝えておくからな。お前がウィストベルを誘惑してたって!」
「ちょ……しゃれにならない。やめてくれ」
 そんなこと魔王様の耳に入ったら、絶対ただじゃすまないじゃないか。
 俺だってそういつもいつも、頭蓋骨の心配ばっかりしたくはないんだ!

「ジャーイル大公閣下、ベイルフォウス大公閣下」
 プート配下のマッチョ従者が、遠慮がちに近づいてくる。

 他の大公たちがやってきたというので、俺は改めてベイルフォウスと会議室に戻ることにしたのだった。

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