古酒の隠れ家

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魔族大公の平穏な日常

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【第五章 大祭前夜祭編】

51.誤解とか早とちりは阻止したいですね!



「あの、閣下……私にお話とは……」
 ジブライールは、どこか……困惑気味だ。
 そう、困惑気味に見える。間違っても、迷惑そうではない、と思いたい。

「話というのは他でもない、先日の件で……」
「先日?」
 イースのやつ、預けた鞄をどこに置いてくれてるんだろう。
 少なくとも目に付くところにはない。
 俺は執務室の引き出しや、部屋に備え付けられた戸棚を開いてみる。

「何かお探しですか?」
「ああ、うん……鞄をちょっと、な……」
 だが、ない。
 なぜ?
 確かにイースに手鏡の入った鞄を預けて、後で届けてくれと……はっ!

 あれか。もしかして、セルクが帰ってから、と言ったのが不味かったのか?
 試用期間を今日からにしたせいで、結局まだいるからな、セルク。
 それで届けに来ないんだろうか?
 ……そうかもしれない。

 俺はエンディオンを呼び、イースを探して届け物をしてくれるようにと伝言を頼んだ。
 実行委員会が始まるまでに、間に合えばいいんだが。

「悪い、手違いがあった。とりあえず、座って待とうか」
 手鏡が届くまで黙って突っ立っているのもなんだし、ジブライールには他に話したいこともある。
 それで執務机ではなく、その前の応接セット……この間、不覚にも俺が眠り込んでしまった長椅子に深く腰掛け、ジブライールにその正面をすすめた。

 よし、もう大丈夫。
 二人きりで近くにいても、内股になったりしてないぞ、俺!

 だが、彼女は椅子に腰掛けようとはせず、俺に向かって深々と腰を折る。
「まずは、魔王陛下の新居城の築城現場監督……そのような大役をこの私にお与えいただきましたこと、心の底より感謝申し上げます」
 相変わらず真面目で堅いな。
「いや、正直、一番面倒な仕事を割り当ててしまったかなと思ったりもするんだ。礼なんてされると、かえってこちらが恐縮してしまう。だから、顔をあげてくれ、ジブライール」
「面倒だなどと、とんでもございません!」
 ジブライールは勢いよく頭を上げた。その両手はぐっと胸の前で握りしめられ、葵色の瞳は明るく輝いている。

「他の大公閣下を差し置いて、魔王城の築城を一任されるなど、いかに閣下が魔王陛下の寵を得ておいでか、下々にもわかろうというものです」
 うん、まあ、確かに俺、魔王様の寵臣だけどね!
「その大事なお仕事の、現場監督を私におまかせいただける。これほどの栄誉はありません。なぜなら、それは閣下の……わ、私に対する……ち、ちょ……………………信頼の証、ではないかと……う、自惚れ……でしょうか」
「いや、自惚れではないけど……」
 確かに信頼はしている。誰とは言わないが、まあ小動物二匹より、その性格に対しては。
 が、割り当てた役割の重要度については、どれも同じだと思うんだが。
 まあ、せっかく喜んでくれているんだから、水を差すのはやめておくか。

「それより、ジブライール。最近、何か変わったことはないか?」
「変わったこと……ですか?」
 あ。失敗した。変な聞き方をしてしまった。
 さっきまでちょっと嬉しそうだったジブライールの表情が、また怪訝さでいっぱいになっているではないか。
「たとえばその……変な噂話を聞いた、とか……」
「…………」
 なんだろう。沈黙が怖い。
 あと、目が据わってきている気がする……。
 その状態で見下ろされているのは、あまり好ましくない。

「とりあえず、座ってくれないかな? 立っていられると、どうも落ち着かないというか……」
「も……申し訳ありません! 閣下を上から見下ろす、など……」
 ジブライールは、ようやく俺の正面に腰を降ろしてくれた。

「それで、あの……」
「閣下に関する噂話であれば、耳にしました」
 ジブライールの声はいつにも増して固い。
「俺に関する……」
「はい」
 短い肯定は、深いため息と共に吐き出された。
「近頃、ジャーイル閣下が特定の女性と公私にわたって親しくしている……という噂話でございます」

 やっぱり、か。それで怒っているわけだ、ジブライールは。
 ここはさっさと謝ってしまうべきか。

「正直に申しますと……そのお話を聞いた時は、ショックでした」
 膝の上で固く握られた手が、ぶるぶると震えている。
 そこからは、怒りしか感じない。
 そりゃあジブライールにとっては、迷惑千万な話、だもんね……。
「まさか、ジャーイル閣下がベイルフォウス閣下と同じせい…………ご趣味をお持ちだなんて……」
 ……ん?
 なぜ目をそらす、ジブライール。しかもなんか、気まずそうに……。
 それにベイルフォウスと同じって、どういう意味だ?

「はっきり言ってくれ。ベイルフォウスと同じという、意味がわからないんだが」
 ジブライールはやや逡巡を見せた後、意を決したように、俺を見つめてきた。
「ジャーイル閣下が……花葉色の髪をした幼い少女のもとを、頻繁に訪れているばかりか…………」

 え?
 花葉色?
 え?
 それってミディリース?
 それでベイルフォウスと一緒ってことは、まさか。

「先日などは……ウィ……ウィストベル大公と、三人で……一晩をあかされ、朝食をご一緒なされた……と……」

 なに、ちょっと待って。頭がついていかない。
 なぜかジブライールは涙目だ。
 だがそんな噂が本当に流れているのなら、俺のほうこそ泣きたいくらいなんだが!

「確かにウィストベルは一泊したが、彼女はその花葉色の髪の女性と一晩中、二人きりだったはずだ。俺はその間、執務室にこもっていただけで、もちろん彼女たちとは一緒じゃなかった。翌日の朝食を客人……それも、同盟者であるウィストベルととるのは当然だろう。それに、ミディリースは幼い少女じゃない。ただ背が低くて、童顔なだけだ。あと、別に通ってない。会ったのもまだ三度ほどだし、顔を見たのなんて、この間が初めてと言っていい。朝食に同席したのも、ウィストベルと彼女が知り合いだったからだし、他意はない」
 一気にまくしたてた。

「では、そのような事実はなかったと……」
「当然だ! あるわけがない!」
 思わず肘掛けを叩いてしまう。
 この長椅子の上でのできごとが頭をよぎったが、瞬時に忘れることにした。

「今の噂、誰から聞いた? 誰がそんなことを言っていた? そんな風に、はっきり言っている奴がいたのか? この城の中で? ジブライールはそのでたらめを、信じたのか?」
 俺の詰問口調に、ジブライールはとまどいを見せている。

 だがこれは看過できない問題だ。
 なぜって、俺がちょっと女性と部屋で二人きりでいるだけで、妙な噂がたつというのでは困るからだ。
 まして、ベイルフォウスと同じ趣味とされては……好みの女性と知り合う機会が、よけい遠のいてしまうじゃないか!

「でたらめ……」
「当然だ。はっきり言うが、俺はこの城に移って以降、そういう風に女性と親しくしたことは一度もない」

 一度もない。
 一度もない……。
 一度もない…………!

 あれ?
 なんだろう。
 ものすごく……ものすごく、グサリときたぞ。
 自分で言った事ながら、ダメージがハンパないぞ。
 ちょっと泣きたくなってきたぞ。

「誰かがそう断言しているのを聞いたわけではないのです。閣下がそれほど強く否定なさるのですから、私はそれを信じます」
 ……とても複雑な心境だが、まあ、信じてもらえたことに関しては喜ぶべきかな。
「今回は、私が断片的な噂話を勝手につなぎ合わせて、早とちりをしてしまったまでのこと……。申し訳ございません」
 気のせいだろうか。謝っているはずのジブライールは、なぜか嬉しそうに見える。
 彼女があくまで早とちりだと主張するのなら、それでもいいが。

「ついでにいっそ、もう一つ言っておく。この間から俺が気にしている噂ってのは、俺とジブライールに関するものなんだ」
 やっぱりきちんと話しておかないからダメなんだ。噂話だけが耳に入っても、また誤解するだけだろうから。
「私と、閣下……ですか?」
 俺との間に噂がたっているだなんて、想像したこともないのだろう。ジブライールはキョトンとしている。

「前にも言ったが、発端は俺の不注意からだ。それに関しては、本当に申し訳なかったと思っている」
「そんな、閣下……」
「その噂って言うのは、俺が……その、君を……」
「閣下が……私を?」
「……なにを聞いても、驚かないでほしいんだけど」
 俺が言いよどんだ瞬間、ジブライールは長い息を吐いた。

「はい、お約束いたします」
 そう言って両手をしっかりと膝の上で握りしめる。
 ジブライールが緊張しているのがわかって、俺も余計に気が張ってしまう。

「俺が君を……ジブライールを、寵姫に選んだのだ、と」

 沈黙が返ってくる。
 そうだろうとも。そんな話、現実味がなさすぎて、理解するのも難しいだろう。

「……もう一度、おっしゃっていただいて、よろしいですか?」
 いや、理解以前の問題らしい。
 聞き取りやすいように、ゆっくり言ってみよう。

「俺が、ジブライールを、寵姫として、迎えることに、決め」
「本当ですか!?」
 本当ですか?
 噂が広まってることが本当かって?

「うん、本当らしい」
 俺がうなずくと、ジブライールは見る間に顔を赤くさせた。
 さっきまではほんのり頬が色づいていただけなのに、今は首もとから額の生え際まで、全部朱く染まっている。
 それだけじゃない。葵色の瞳は今にも大粒の涙がこぼれそうなほど、潤んでいる。

「あ、あの……私……」
 しかも、恥ずかしそうにもじもじと指を合わせてたりする。
 何この反応。予想外なんだけど。
 と、いうか……あれ?
 ちょっと待てよ。これはまさか……。

「ふ……ふつつかものですが」
 困惑する俺の前で、ジブライールはおもむろに長椅子を立つと、床に両膝をついた。

「ひたむきに、閣下におつかえさせていただきたいと……」
 は!?
「ちょっと待った、ジブライール! 違う、そうじゃない!」
 俺は床に指までつきかけたジブライールに慌てて駆け寄り、その手を取る。

「落ち着け、ジブライール。いくらなんでも、そんなわけないだろう?」
「え?」
 今の流れで、なんで誤解した?
 早とちりといったって、ほどがあるだろう!
「俺がそう決めたとは言っていない。そういう噂が、一部で流れている、という話なだけで……」
「え……」

 葵色の瞳が、大きく見開かれる。
「うわ……さ……」
「うん、噂だ。事実じゃない」
 葵色の瞳が急にあちこちに動きだした。視点が定まらない。
 必死に考えを整理しているのだろう。

「ジブライール。俺が、あんなことぐらいで」
 蹴られたこと、だ。
「責任をとってもらおうなんて、考えるわけがないだろう」
 いや、なんか……我ながら、変な表現だと思うけれども。
 責任をとってもらうって……乙女か! 俺は乙女なのか!

「だいたい俺がそのつもりだとしても、ジブライールはちゃんと断っていいんだ。責任を感じて、言いなりになる必要はない。俺がそれを強制をするような男に見えるなら、話は別だが」
 無茶な言い分だとはわかってるんだ。
 大公が望めば、公爵といえど簡単にその誘いを断る事はできないだろう。それこそ、拒絶には命を懸ける覚悟が必要だ。
 だからこそ、ジブライールも無理を受け入れる方向で結論づけたんだろうし。

「ち、ちが……わた、し……私、は……責任とか……そんな……」
 普段が冷静だから、しどろもどろなジブライールはとても珍しい。
 ……とか、言ってる間に、待て。
 頼む、涙目になるのはやめてくれないだろうか。
「……っ……」
「ちょ、ちょっと待った、ジブライール」
 泣かれるのはやばい。子供ならまだしも、成人女性に泣かれるのはやばい。
 というか、俺が泣かせたことになるよな、これ。

「……馬鹿……」
 ああ、ごめん。俺は本当に馬鹿です。
「私の……馬鹿!!」
 頭を机に向かって振り下ろしたので、つっぷして泣き出すのかと思ったら違った。
 なにを思ったか、ジブライールは頭を机に激しく打ち付けだしたのだ。

「ちょ、待て!」
 頭がっ!
 額が大変だ!!
 一度目で赤く腫れ、二度目で傷が生じる。
 三度目が当たる前に俺は彼女の両肩をつかんで、なんとか額が机に激突するのを押し止めた。
 たぶん、そのままいってたら、ジブライールの額も机も逝ってた。
 机は別にいいんだが。

 それにしても、抵抗する力がすごい。こんな華奢だというのに、さすがは公爵。
「誤解することくらい、誰にだってある! 早とちりとか、俺なんてしょっちゅうだ! だから、そんな気にすることはない」
 俺の言葉にも、ジブライールは力を緩めようとはしない。それどころか。
「手を離してください! 私なんか……私なんか、もう……!!」
 やむを得ん。

「ちょっと落ち着け、ジブライール!」
 俺は彼女を前から抱きすくめた。
 こうするより他に、彼女の勢いを止める方法が思いつかなかったのだ。

「大丈夫、わかってる、迷惑な噂話だってのは、よくわかってるから。だからちょっと誤解したくらいで、そんな風に自分を痛めつけるのはやめてくれ。当然、ジブライールが望むなら、公式に否定する声明を出してもいい。なんなら、今後一切、その話題を口にするのは禁止にして、破った者は俺が直々に手を下してもいい。俺がいいたかったのはそれだけで、誰も無理強いなんて……」
 もう俺も焦りすぎて、自分がなにをいっているのかよくわからない。
 とにかく、抱きしめる腕に力を込める。
 その瞬間、ジブライールはビクッと体を震わせたかと思うと、いっさいの抵抗をやめた。
 その結果、俺の力が余り。

「うお」
 俺たちはそろって床に倒れてしまった。
 俺がジブライールに覆い被さって、押し倒したような感じだ。
「悪い」
 慌てて両手を床につき、上半身を持ち上げる。

 そこで……。
 脂汗がどっと吹き出した。

 だって……ほら、この状況。
 思い出さない?
 思い出さない?

 下をみれば涙目の上目遣いで見上げてくる、ジブライール。
 そこへのしかかる、俺。
 次にやってくるのは、下半身への衝撃……。

「うわああああああ」
 俺は恐怖を感じて飛び退いた。
 叫び声からして情けなかったのは、自覚してる。

 だけど、だけど、わかるはずだ!
 男にならわかってもらえるはずだ!
 あの恐怖の再来を、恐れる俺の気持ちが!!!

「か……閣下……」
 呼びかけられてビクッとしてしまったことについては、我ながら反省すべきだとは思う。
 すでにもう十分、醜態をさらしているとしても。

 俺はおそるおそる、侮蔑の色を浮かべているであろうジブライールを振り返った。
 が、どうしたことか、身体を起こした彼女は、俺の醜態になぞ気づいた風もない。
 それどころか、なんというか……。
 押し倒したせいで……いや違う、そうじゃない。
 うっかり倒れたせいで、いつもはきっちりまとまった銀色の髪が、乱れて華奢な肩や背中にかかっている。その様が、妙に婀娜っぽい。

「あの……閣下、わ、私……私は……」
 そのまま潤んだ目で四つん這いになって、近づいてこられてみろ!
 勘違いしても仕方ないよな?
 これは、勘違いしても仕方ないよな!?

 だが。
「あーおほん」
 可愛い咳払いが、俺たちの耳に届く。

 執務室の入り口を見上げると、そこには可愛い二匹の小動物がいた。
 リスと、雀だ。

「失礼いたします、閣下。そろそろ、大祭実行委員会の時間かなぁ~なんて、思ったものですから……」
 リスがニヤつきながら、そう言った。

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