古酒の隠れ家

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魔族大公の平穏な日常

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【第五章 大祭前夜祭編】

52.試用期間と現地検分



 どこから見てたんだろう。
 どこから見られてたんだろう。
 俺が情けない悲鳴をあげたところとか、絶対見られてるよな。
 くそ、なんてこった。
 こうなったら、あの小動物たちの口をふさいで……。

「旦那様。いかがなさいました?」
 セルクの掛け声で、我に返る。
 しまった。ちょっと物騒な考えになっていたか。
「いや、なんでもない。それでええと、今いるのはどこだって?」

 俺は今、セルクと外出中だった。
 普段はどこへ行くにも供なんてつけないのだが、今日は特別だ。
 というのも、ただでさえ今は忙しい時期だ。いつまでも筆頭侍従の件をひっぱりたくない。
 使えるか、使えないか、結論はさっさと出してしまいたい。そのためにはなるべく一緒にいるべきだろう。そう考えてのことだ。

「地図でいいますと、このあたりです。一度竜を降りて検分なさいますか?」
 セルクは振り返り、俺と彼の間に広げた地図を指さした。
「そうだな。降りてみてくれ」
「かしこまりました」
 セルクはそう言うと、ゆったりと円を描くようにして竜を下降させた。

 普段はマーミルぐらいとしか、相乗りなんてしない。だが今はセルクに手綱を任せて、俺は流れる景色をゆっくり眺めているだけ。
 別に、今日に限って手を抜いたわけじゃない。セルクの操竜技術をチェックしたかったというだけの事だ。

 今のところ、特別うまいと思えるところもないが、とりたてて下手でもないという感じかな。乗ってても気持ち悪くならないし。
 たまにいるんだよな。がくんがくんなって吐き気をもよおさせるような、下手なやつ。
 この下降の滑らかさだと、むしろかなりいい点を与えてもいいかもしれない。
 いや、別に点数とか、つけてないんだけどね。
 ついでに、着地も静かだ。
 操竜技術に関しては、なにも問題はなさそうだな。
 なんだったら今度、マーミルたちに習わせてみるか。

「広さは問題ないようだな」
 俺は竜から降り立ち、周囲をぐるりと見回した。
 南にそびえる山は、遠すぎて地平線とほとんど一体化している。
 東にかけて森があるが、竜で飛んでも一瞬で到達するのはとても無理なほど、遠い。
 西はずっと平地だし、北は小さな沼地があるだけ。
 多少の起伏があるのはやむを得ないが、ほぼ見渡す限りの平原だ。

 ここは魔王領。
 そしてさっきセルクが示した地図は、その領地の細かな地形や配分までが記された、詳細なものだった。
 新魔王城の候補地の選定に必要だからと、魔王城の役所に申請してもらったものだ。

 そう。俺とセルクは、新魔王城の候補地を探すべく、竜で各地を飛び回っているのだ。
 なぜ、そんな事までしなければならないか、というと、魔王様がわがままだからに違いない。

 魔王領のことを一番よく知っているのは、他ならぬ魔王様だ。
 だから俺は初回の運営会議の帰り、魔王城の建設候補地や、建造にあたって譲れない条件なんかを問い合わせる質問状を置いて帰った。
 そして今日、魔王城を訪れて、その回答をもらったんだが……。

『全てお前に一任する。ちなみに、他の大公を関わらせることは、許さん。特に、ウィストベルには披露する当日まで現場を見せるな』

 そ れ だ け だ っ た。

 回答、それだけ。
 それだけだけど、ものすごく破壊力のある返事だ。
 他の大公を関わらせるなって、これだけの大事業を、俺と俺の配下だけで請け負えってことだよね?
 秘密裏に行えってことだよね?
 いや、築城自体を隠すことは無理でも、配置図とか間取りとか、いっさい他言するなってことだよね?
 せっかく<大公会議>を開いて、みんなに配分しようと思ってたのに。

 ……いや、待て。
 『大公』はダメでも、『魔王様』はダメとは書いていないじゃないか。
 よし、魔王領の人員を集めることにしよう。

「地盤も問題ないようですね」
 セルクはしゃがみこんで地面に手をついている。
 空気がよどんでいるということもないし、呪詛の気配もない。
「第三候補地にしておいてくれ」
「はい、旦那様」
 最初は“大公閣下”呼びだったのだが、どのタイミングからか、“旦那様”になっている。エンディオンに指導されたのだろう。

「しかし、城を建てるというのは、想像するだけでもわくわくしますね」
 そうか?
「ちなみに、今のところ三つの候補地の中で、セルクはどこが一番気に入った?」
「私は……そうですね。こちらもよろしいですが、二番目、でしょうか」
 二番目というと。
「山か」

 一番目は海の端だった。
 紺碧の海を眼下に望む切り立った崖。
 海風が気持ちいいだろうが、ここに建てると横に長い城になって、臣下の移動が大変だろうと思われた。
 それに、前地を確保しようと思ったら、森を相当切り開かねばならない。

 二番目は山の上だ。
 もともとかなり平らな部分が多い、高い山。
 その頂上から山腹に及んで、段々に降りていく感じだ。
 緑の濃い山で景観もすばらしく、麓はなだらかな平地になっていて、前地としても十分利用できそうだった。

 そしてこの三番目の平地。
 魔族の城を建てるには、もっとも一般的と考えられる用地だ。

 どれも長所と短所があり、選びがたい。
 それこそ魔王様が自分の好みで選んでくれればいいのに、と、つい思ってしまう。
 いくつか候補をあげて、最終的にはその中から魔王様に選んでもらおう。そうしよう。

「やれやれ……」
「お疲れでしたら、続きはまた明日にいたしましょうか?」
 ため息を聞きのがさず、セルクが声をかけてくる。
「ああ、いや。問題ない。むしろ、できれば今日中に候補地をあげてしまいたい。次にいこう」
「かしこまりました」
 魔王城候補地の検分に、筆頭侍従候補の試用。
 どっちも早く結論を出してしまいたいからな。

 俺が竜の背にしっかり腰をおろしたのを確認して、セルクは竜を飛翔させた。
「築城をお任せになるのは、ジブライール公爵なのですよね?」
「ああ、そうだ」
「お連れにならなくて、よろしかったのですか?」
「用地が決まってからで問題ない。それに、今日は他の副司令官同様、実行委員会に参加しているし」

 結局、手鏡の魔力をジブライールに返すことはできなかった。
 もう委員会も終わっているだろうか。自分の屋敷に帰ってしまったかな?
 まあ、今日はもう……なんか顔をあわせづらい心境だから、いいけど。

「さようですか。しかし、なんというかその……」
 セルクは前を向いたまま、首を右に傾けた。
「初めて間近でお会いしましたが、おきれいな方ですね」
 おっと。
「いいのか。エミリー以外の女性を褒めて」
「今ここにはおりませんし、それに事実は事実ですから」
 まあ、確かに美人だからな。残念美人だけど!

「けれど……こう言ってはなんですが、無表情すぎて雰囲気もどこか冷たく感じられて……冷静と表現すればよいのかもしれませんが、情が感じられないと言うか……」
 長くつきあってると、少しは微妙な変化を読めるようになってくるんだけどなぁ。それに……今日みたいに、表情豊かな時もちょいちょいあるし。
 でも確かに最初は、無表情で冷たい風に感じるのかもしれない。

「あの方がエミリーと、旦那様を争っただなんて、とても信じられません」
「……なに?」
「いえ、ですから、エミリーとジブライール公爵閣下が、旦那様を情熱的に取り合ったとはとても思えないものですから」
 誰と誰が誰を取り合ったって?

「それともあれが、選ばれた者の余裕というものでしょうか」
「セルク。君はものすごい勘違いをしている」
 ジブライールに対する噂は、誤解だとわかったんじゃないのか!

「俺がジブライールを寵姫に選んだ、という噂は……でたらめだと言わなかったか?」
「え? 聞いておりませんが」
 え?
「初対面の時、否定……」
「否定されたのは、エミリーとの関係だけだったと記憶しておりますが」
 え?
 ……そうだっけ? あれ?

「まさか、とは思うんだけど……だからって、ジブライールとの噂を……流したりは……してない、よな?」
「まさか! 私がそんなことをするとお思いですか?」
 いや、俺、君の性格をまだよく知らないから、なんとも。
 まあ、いきなり疑ったのは悪かったかな。
「ただ……」
 ただ?
「ワイプキー殿とエミリーは、事あるごとに下働きの者やお客人に吹聴していたようですが」

 あ の お や じ !

 もとい、あの父娘め!!

 全ての元凶とまではさすがに思わないが、それでも半分くらいはあの父娘のせいに違いない!
 俺はため息をついた。

「セルク、頼みがあるんだが……」
「旦那様に言われるまでもありません。今後はあの二人が暴走しないよう、私がしっかり手綱を握ることをお約束いたしましょう」
 セルクは振り返り、言葉通り手綱を強く握りしめた。
「ああ、よろしく頼むよ」

 そうして俺たちは魔王領の東西南北を飛び回り、候補地をいくつかあげ、ようやく<断末魔轟き怨嗟満つる城>への帰路についたのだった。

 ***

 城に帰りついた頃には、日が暮れかけていた。
 さすがに魔王領は広い。

「お帰りなさいませ、旦那様」
「ただいま」
 エンディオンの出迎えにホッとする。

「お仕事はうまくいかれましたか?」
「ああ、セルクが手助けしてくれたからな」
「光栄でございます」
 緊張はしていないつもりでも、やっぱり慣れていない相手と長くいるのは、心理的な負担があるのだろう。俺でもそうなのだから、セルクの方はよけいにそうだろう。
 だが、彼はそんなことを感じさせないさわやかな笑顔を浮かべ、頷いた。

 とりあえず、今日一日、一緒にいた間は、初対面の時のように暴走することもなく、その態度にひっかかるところもなかった。
 エミリーに関わること以外では、割と冷静に振る舞えるようだ、というのが俺の感想だ。

「セルクも今日はこれであがっていいぞ。ご苦労様」
「あの……今日は、と、おっしゃいますと……」
「明日も頼む。試用期間は……とりあえず、十日、でどうだ?」
「よろしいかと存じます」
 俺とエンディオンの会話を聞いて、セルクの表情に笑みが広がっていく。

「ありがとうございます! 明日もまた、誠心誠意、勤めさせていただきます!!」
「ああ、よろしく頼む」
 俺はセルクを玄関先で解放した。
 まあ、このままなにもなければ採用、かな。

「城の方はどうだ? 何か変わったことはなかったか? 運営委員会はもう終わっているだろうが……」
「はい、報告書が届いております。ですが、旦那様。その席で、ジブライール公爵閣下がお怪我を負われたとのことです。現在、医療棟にて治療を受けておいでですが」
 ジブライールが怪我?
 運営委員会で?

「どういうことだ? 会議で怪我って」
「それが、どうやらヤティーン様と対決なさったようでして」
 あの二人がライバル関係なのは知っているが……喧嘩で一方が怪我?
 それほど実力の差はないだろう。

「まさか、物理的に殴り合った訳じゃないだろう?」
「はい、魔術でのことのようです」
 大演習でのやりとりをみる限り、魔術のぶつけ合いなんてお互いやり慣れているだろう。
 それなのに、一方が治療が必要なほどの怪我をしただって?
 加減を間違ったのか?
 それともまさか、本気でやりあった?
 いや、待てよ……。
 ジブライールには結局、魔力を返せていない。まさか、そのせいで調整に失敗して……。

「イースは見つかったか?」
「はい、旦那様。鞄でしたら、執務室に届いております」
「悪いが、報告書と鞄を医療棟へ届けてくれ。俺もこのまま執務室ではなく、医療棟へ向かう」
「かしこまりました」
 俺はエンディオンに荷物を頼んで、ジブライールの元へ向かった。

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