古酒の隠れ家

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魔族大公の平穏な日常

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【第五章 大祭前夜祭編】

54.解決したこと、していないこと



「旦那様?」
 俺がしょんぼり廊下に立っていると、鞄と報告書を手に、エンディオンがやってきた。

「どうなさいました? ジブライール公爵は……」
「ありがとう。中でまだ治療中なんだ」
「さようでございますか」
「俺は……まだジブライールに用事があるから、ここで待ってるよ。エンディオンは仕事に戻ってくれ」
 たとえ、顔を見たくないと言われたとしても、魔力を返さないですませる訳にはいかない。
 このままではまたいつ何時、こんな事態が引き起こされるかわからないからだ。

「では、お部屋を用意させましょう。廊下では、さすがに……」
「いや、かまわない。そうだな……椅子でも持ってきてもらえれば、ありがたいが」
「手配いたします」
 そう言って、エンディオンは帰って行った。
 それからすぐにテーブルと椅子が運ばれてきたので、俺は席につく。
 まずは今日の運営委員会の報告書に目を通しながら、彼女の治療が終わるのを待つことにした。

 提出された報告書は、薄いものと分厚いものの、二種類ある。
 分厚い方が参加者すべての意見が記された議事録で、薄い方はそのうちの決定事項だけを抜き出した簡素なものだ。
 とりあえず、薄い方から見ていくことにする。

 まずは、運営委員会での役割分担について。
 同じく、各副司令官が担当する組織の運営について。
 それから、主行事の参加者の募集方法や、告知時期について。
 次いで、自領で開催する催しの第一案。
 その他、諸々。

 自領で独自に行われる催しについては、様々な種類の行事が提案されたようだ。
 舞踏会は……まあ、<大公会議>で決まったことでもあるし、大公城を開放して行うのは当然として。
 ところで大公城の開放というのは、城主一家やその他住人の暮らす居住区、それから医療棟や宝物庫のような専門棟以外は、ほとんどがその対象となっている。
 となると、あちこちで馬鹿騒ぎが行われるのが心配の種だったのだが、どうやらこの報告を見る限りでは、フェオレスがうまく意見をまとめてくれたようだ。
 すべての棟が舞踏会場とそれに準じた施設として開放されるのではなく、絵画展や宝石展なんかの静かに観覧する催しも多く並んでいる。

 まあ、絵画の展示は、もともと俺からのリクエストだったんだが、それをヒントにうまく立案してくれたんだろう。
 絵画をリクエストしたのは……まあ、マーミルの要望を考慮してのことだ。どうせ指導者にするなら、うまい方がいいと思うのは自然なことだろう。
 絵画展を開くことで、その人員を選定しやすくなるというわけだ。
 未成年者のためだけの会場も提案してくれているのは、これもやはりマーミルやスメルスフォの娘たちの愉しみも考えてのことか。
 実行委員長をフェオレスにしたのは、やはり正解だったようだ。

 それから、自領を仮装して回るミニパレード。
 もちろん主行事のように全日程で行うわけではないし、規模ももっと小さい。それぞれの地域で行う小規模なものだ。
 これにも未成年の参加を許しているから、卑猥なものは極力避けられるだろう。

 その他、主行事に関する案もいくつもある。
 音楽祭に関連する演奏会や芝居の興行、ウォクナンが率いるパレードがやってきたときの対応、爵位争奪戦を観戦する団体旅行の企画、競竜に参加する竜と乗り手の候補一覧。
 俺が考えていたより、ものすごく詳細で真面目な検討がなされたようだ。
 これだと会議の時間もかかったことだろう。

 それにしても、どれもこれも一魔族として参加するのだったら、ものすごく楽しそうだ。
 いや、魔王様の在位祭なんて、そうそう経験できるものじゃない。俺もあんまり難しいことは考えずに、期間中は無心で楽しむよう心がけよう。

 そうしてちょうど薄い方を一通り読み終わった頃、診察室からサンドリミンが出てきた。

「旦那様。このようなところでお待ちいただいていたとは……」
 さっきは“顎クイッ”で俺を追い出したのに、治療が終わって満足したからか?
 サンドリミンがとても申し訳なさそうだ。

 俺は資料を机に置いて、立ち上がった。
「ジブライールは?」
「ぐっすり眠っていただいております」
 眠って“いただいて”おります?
 なに、今の強制的に眠らせた、といわんばかりのその言い方。
「なにせ、旦那様が出て行かれてしばらくすると、また治療を拒否されましてね。混乱した様子で、窓から逃走しようとなさったので、やむをえません。医療魔術で寝ていただきました」
 …………。
 ジブライール。なにしてるんだ。

「そのかいあって、治療も無事終わりましたので、ご心配なく」
「やっぱり熱があったのか?」
「まあそこら辺はその……複雑な事情を察していただいて」
 複雑な事情?
「医療魔術で眠らせた、というのはつまり……ごほっ。察していただいて」
 ……よくわからないが、とにかく言いたくはないと。
 魔族が熱を出すなんて、よっぽどのことだ。
 これも魔力の減少に関係あるのだとしたら問題だが、少なくともマーミルにその兆候はなかったしな。

「とにかく治療をほどこし、解熱を成し得ました、とだけ、ご報告申し上げます」
「まあ、治ったんなら、それはそれでいいが。で、俺は部屋に入ってもいいのかな?」
「なんのためにですか?」
「なんのためって……」
 当然、決まっている。
 手鏡が奪ったジブライールの魔力を、返すためだ。

 ジブライールが眠ってくれているのは、逆に都合がいい。
 本当は事情を全部説明して、魔力を返してしまうつもりだった。
 だが説明するまでになぜか毎回話がそれて、結局今の時点でも手鏡の件を言い出す事ができずにいるわけだし。
 こうなったらもう、寝ている間にこっそりと返してしまうのがいいだろう。
 説明は、後でもできるわけだし。

 それに、事が終わればこの手鏡は全て砕いてしまうつもりでいる。なるだけこんなものがあることは、誰にも知られたくはない。悪いが、サンドリミンにもだ。
 魔道具について、医療班が研究しているというならまだしも、範疇外だと言っていたし。

「まあ、旦那様でしたら、寝ている御婦人を前にしても不埒なことなどでき……なさらないでしょうが」
「当たり前だ!」
 まさかそんな心配をされていたとは、心外だ!
 だが、なぜ下半身を見た、サンドリミン。
 できない、と言い掛けたように聞こえたが、気のせいだろうか、サンドリミン!
 その視線にはどういう意味が込められているんだ、サンドリミン。
 まさか、機能的にできるはずがないという意味……そうなのか、サンドリミン!?

「ただ私としましては、ジブライール閣下が旦那様に寝顔を見られてどう思われるか、などということに対してまでは、想像が及びませんので。夫婦や恋人関係にあるというならともかく、無防備な寝顔を見られて喜ぶ御婦人はおりませんでしょう」
 うわ……。そんな言い方されたら、さすがに俺だってためらってしまうではないか。
 だいたい、自分だって寝顔をじっくり見たくせに、よくそんなことを言えたもんだ。
 デヴィル族がどうとか、デーモン族がどうとか、そういう問題じゃないだろ、今の理屈だと!

「もっとも、旦那様と私が黙っておけば、ジブライール閣下はその事実を知ることはないわけです」
「その通りだ、サンドリミン」
 俺はサンドリミンと握手した。
「用が済みしだい、すぐに出てくる。それまでこの報告書を頼む」
 サンドリミンを廊下に残し、俺は鞄を手に、診察室に入った。

 サンドリミンが妙なことをいうから、ちょっと意識してしまうじゃないか。それでなくとも、午前中にあんなことがあったっていうのに……。

 診察台には仰向けに眠るジブライール。
 すやすやと静かな寝息をたてるその様子は安らかで、顔色も落ち着いて健康そのものだ。
 少し微笑んでいるようにも見えて、むしろ起きている時より雰囲気は柔らかい。
 セルクだって、こういうジブライールを見れば、無表情だなんだと言い出さないと思うんだがな。

 おっと、見ほれている場合ではない。それこそ無礼千万だと非礼を追求されても、何一つ反論できないじゃないか。

 俺は鏡を鞄から取り出すと、マーミルにやったようにジブライールの身体と平行に空中で固定して、儀式を行った。
 当然、今度もさくっと成功だ。
 一応、ジブライールの魔力が戻ったのを目で確認してから手鏡をしまい、物音をたてないよう気をつけながら部屋を出た。

「お早いですね」
「ああ、まあな。ところで、ジブライールはいつ目覚める?」
「それほど時間はかからないと思いますが。なんでしたら、無理にでも起こしましょうか?」
「いや、いい。起きたら本棟に寄って、好きな服に着替えて帰るよう、伝えてくれ」
「かしこまりました」

 何はともあれ、ジブライールに魔力を返せてよかった。
 あとはベイルフォウスが残るのみだ。
 今回のジブライールのようなことになってはいけない。あいつにも早く返してやらないと。
 まあ、割合的にみても、実際の分量をみても、ベイルフォウスの減少はごくわずかだ。
 だいたい、あいつが魔術の発動を失敗したとところで、それにつけ込んで勝つことができる相手なんて……それこそ、限られている。
 例えば俺、とか。

 そんなことよりも……。
 今度ちゃんと診てもらおう。
 そう固く決意しながら、俺は医療棟を後にした。

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